異世界で転生者が現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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リゼットの棺

 

 俺とカレンが逃げ込んだ蜘蛛の巣だらけの通路の先は、長い螺旋階段になっていた。真下に続いている穴は10mくらいの幅があり、俺たちが下りている階段はその穴の淵にある。手すりは用意されていないため、俺たちは壁に寄りながらゆっくりと下に向かって進んでいた。

 

 さっきみたいにいきなり壁からスライムが溢れ出してくるかもしれないから、俺は穴の方だけではなく右側にある壁の方も確認しながら階段を下りていた。

 

「しかし、すごい地下墓地だな」

 

 この地下墓地を作り上げた人々は、ここに埋葬されるリゼットの墓参りに来るつもりはなかったんだろうか? さすがにここが出来上がった当時は魔物が入り込んでいたわけではなかった筈だけど、もう地下墓地に突入してから何時間も経過している。しかも危険なトラップがいくつも用意されているんだ。彼女の家臣たちはトラップの餌食にならない方法を知っていたのかもしれないけど、この地下墓地の構造も少しおかしい気がする。

 

 埋葬されたリゼットの棺に誰も二度と近付く事が出来ないように、非常に長い通路に大量のトラップが配置されているんだ。トラップに引っかからないように警戒しながら長い通路を進む羽目になるから、侵入者たちの集中力はどんどん削られていくことになる。そして集中力がなくなれば、トラップの餌食になるというわけだ。トラップの回避の方法を知っている家臣たちでも、全て覚えるのは難しいだろう。

 

 まるで、家臣さえも拒んでいるようだ。

 

 彼女は埋葬されたんじゃなくて、封印されたんじゃないだろうか? 彼女が与えられた伝説の刀を誰にも渡さないように、自分の遺体と共に棺の中に封印したのかもしれない。

 

 螺旋階段を下り終えると、目の前に巨大な扉があるのが見えた。螺旋階段が用意されている円柱状の空間の最下層に鎮座しているその扉は、間違いなく10m以上の高さがある。表面には古代文字の羅列と鎧を身に着けた男女の壁画が描かれていて、下の方には巨大な紋章のようなものが刻まれているのが見えた。

 

 それは、カレンの実家であるドルレアン家の家紋だった。

 

「・・・・・・最深部ってことなのか?」

 

「多分ね」

 

 カービンのライトで扉を照らしながら、カレンがゆっくりとその家紋に近づいて行った。俺は彼女の代わりにショットガンのライトを周囲に向け、魔物や他の冒険者が襲い掛かって来ないか警戒するけど、この螺旋階段の最下層には全く死体が見当たらなかった。白骨死体や防具の破片すら転がっていない。埃まみれの石の壁と、蜘蛛の巣があるだけだった。

 

 他の冒険者はここまでたどり着けなかったのか? ダンジョンの中で死亡した冒険者の死体は、魔物の餌になったとしても骨や装備の破片は残る筈だ。他の冒険者が死体を運び出したわけではないだろう。

 

「カレン、どうだ?」

 

 敵がいないことを確認した俺は、ショットガンを背中に背負いながらちらりと扉を確認しているカレンの方を見た。彼女は腕を組みながら、目の前の自分の家の家紋を見つめている。

 

「何でこの壁画にだけ家紋があるのかしら?」

 

「え? 他のにはなかったのか?」

 

「ええ。他の壁画には家紋なんてなかったわ。・・・・・・もしかして、この家紋は・・・・・・」

 

 彼女は腕を組むのを止めると、右手をそっと扉に刻まれている家紋の前にかざした。魔術を使う時のように右手に魔力を集中させると、カレンはその魔力を扉の家紋に向かって流し込み始める。

 

 すると、彼女の魔力を流し込まれた家紋がいきなり緑色に輝き始めた。扉に刻まれている壁画と古代文字の羅列も同じように輝き始め、螺旋階段の最下層を緑色の光で満たした。

 

 緑色に輝く巨大な扉が、轟音を円柱状の空間に響かせながら少しずつ開いていく。上にしか逃げ場を与えられていない轟音たちは何度も円柱状の壁面に激突して反響を繰り返し、飛竜の咆哮のような轟音を形成していった。

 

 開いていた扉が止まり、緑色の光も弱まっていく。上に逃げ去っていく轟音の残響を聞きながら、俺は開いた扉の向こうを凝視しているカレンの傍らへと向かう。

 

「――――ここが最深部よ」

 

「すげぇ・・・・・・」

 

 扉の向こうにあったのは、エメラルドのような緑色の結晶に囲まれた広間だった。壁面からは無数の菱形の結晶が突き出ていて、広間の中を綺麗な緑色の光で照らし出している。広間の中心部の床も結晶と同じく緑色の光を放っていて、その緑色の床から3本の緑色の光の線が、広間の奥に向かって伸びていた。

 

 その線の先にあったのは―――緑色の炎が灯った蝋燭に照らされた、1つの棺だった。

 

「あれがリゼットの棺・・・・・・!」

 

「――――へえ。あの中にリゼットの曲刀があるのか」

 

 部屋の中に足を踏み入れようとした瞬間、俺たちを呼び止めるかのように背後から少年の声が聞こえてきた。

 

 今の声は、宿屋に宿泊していた時に廊下から聞こえてきた冒険者の少年の声だ。敵ではないのかもしれないという考えは全くなかった。振り返りながら反射的にアサルトマチェーテの柄を握り、階段の近くに立っていた少年たちを睨みつける。

 

 やっぱり、俺たちの背後に立っていたのは宿屋で見かけた少年と少女たちだった。

 

「君たちもリゼットの曲刀を狙っているのかな?」

 

「―――当たり前よ」

 

 少年たちにカービンを向けながら、カレンも答える。

 

「なるほどね。同じものを狙ってたってわけか・・・・・・」

 

 少女たちを引き連れている少年は微笑みながらそう言った。紳士的に喋っているつもりなのかもしれないが、全く似合っていない。気色悪い奴だ。さっき俺たちが遭遇したスライムよりも気色悪い。

 

 その少年は腕を組むと、カービンを向けているカレンの方を見つめながら喋り始めた。

 

「出来るなら、リゼットの曲刀を僕たちに譲ってくれないか?」

 

「何ですって?」

 

 俺たちとは戦わずに交渉するつもりなのか? 

 

 だが、絶対にリゼットの曲刀は渡さないぞ。あれを手に入れなければ、カレンは領主にはなれないんだ。

 

「リゼットの曲刀は、レベルの高い転生者さえも葬ってしまうほどの力があるらしい。そんな武器を他の冒険者に渡してしまったら、この世界の人間を蹂躙できる転生者が脅かされることになるんだよ」

 

「なっ・・・・・・!?」

 

 あいつは転生者なのか!?

 

 拙いぞ・・・・・・。今から俺たちは転生者と戦う事になるかもしれない。しかも、転生者以外にも仲間がいるようだ。こっちは2人しかいないし、旦那や信也もいない。旦那がくれた銃と他の武器だけで、こいつらを倒せるのか?

 

 しかも転生者にはレベルがある。転生者はレベルを上げればステータスが強化されていくから、レベルが高い転生者は非常に強力になるんだ。強烈な攻撃を簡単に繰り出してくる上に、魔物以上の防御力を持ってる奴もいるらしい。

 

「だから、僕に譲ってくれ。いいだろ?」

 

「ふざけんじゃねえ。てめえなんかに渡すわけねえだろ、クソ野郎」

 

 アサルトマチェーテを鞘から引き抜きながら、俺は少年に向かって言った。

 

「木村くんを馬鹿にしてるの!? 薄汚いハーフエルフのくせに!」

 

「存在価値のないハーフエルフの分際で! さっさと私たちに譲って消えなさいよ!」

 

 少年の周りに立っていた少女たちは俺を睨みつけながら、次々に俺の事を罵り始める。彼女たちが俺に叩き付けてきた言葉は、全て今まで何度も聞いてきた言葉だった。

 

 湿地帯であのブタ野郎に支配されてた時も、何度も薄汚いと言われてきた。大昔からハーフエルフという種族は他の種族に迫害され、奴隷として虐げられてきたんだ。

 

 だから悪口を言われても全く腹は立たなかった。少なくとも、俺に向けた悪口ならば全く腹は立たない。もしあの少女たちがカレンを馬鹿にしていたら、俺は雄叫びを上げながら少女たちに襲い掛かり、何度もアサルトマチェーテの大きな刃を叩き付けてズタズタにしていたに違いない。

 

 俺は黙って聞き慣れた悪口を聞き流していたんだが、隣でカービンを構えていたお嬢様は、俺を罵った少女を睨みつけながらサプレッサーの装着された銃口を彼女に向けていた。

 

「黙りなさい・・・・・・!」

 

「何よ。そいつ、あんたの奴隷なんでしょ? だったら―――」

 

「彼は奴隷じゃないわ。私の仲間よ。――――あまり彼を馬鹿にしないでもらえるかしら・・・・・・!?」

 

「カレン・・・・・・」

 

 俺は仲間が馬鹿にされると腹が立つ。どうやらカレンも、俺を馬鹿にされて腹が立っているようだ。

 

 カレンがあいつらにカービンを向けている間に、俺はちらりと後ろの広間を確認した。広間の中にあるのはあの緑色の結晶とリゼットの棺だけだ。魔物は見当たらない。

 

「カレン。こいつらは俺が相手にしてるから、お前はリゼットの曲刀を回収して来るんだ」

 

「え・・・・・・?」

 

 カービンを冒険者に向けているカレンにそっと言いながら、俺は転生者の少年を睨みつけた。

 

 きっとカレンは俺と一緒に戦おうとするだろう。転生者と3人の冒険者にたった1人で挑むのはかなり無謀だからな。カレンは絶対に仲間の事を見捨てないから、俺の作戦を拒否するに違いない。

 

「ダメよ、危険過ぎるわ!」

 

「俺は屈強なハーフエルフだぜ? レリエルに風穴を開けられても生きてたんだ。耐えられるさ。――――だから、行ってくれ」

 

「ギュンター・・・・・・」

 

「・・・・・・安心しろよ。捨て駒になったわけじゃねえんだ」

 

 俺は心配そうに俺の顔を見上げているカレンの頭を左手で優しく撫でると、彼女の顔を見つめながら笑った。

 

「・・・・・・無理はしないでね」

 

「おう」

 

 カレンは左手を俺の顔に向かって伸ばすと、俺の頬に触れてから後ろの棺のある広間に向かって走り出した。薄れていく彼女の香りの代わりに、さっきまで気にしていなかった地下墓地の黴臭い空気が入り込んで来る。

 

 1分以内に、この黴臭い空気は火薬の臭いと血の臭いで蹂躙されるだろう。

 

 俺に睨みつけられた冒険者たちが武器を構える。転生者の少年もたった1人で戦いを挑もうとしている俺を嘲笑しながら、腰の鞘の中からロングソードを引き抜いた。

 

 カレンが戻ってくれば、リゼットの曲刀を装備したカレンが加勢してくれるかもしれない。転生者を葬る事が出来るほどの力を持つリゼットの曲刀があれば、あいつらを血祭りにあげることも出来るだろう。

 

「ま、待ちなさい!」

 

 さっき俺を罵っていた獣人の少女が、ダガーを腰の鞘から引き抜きながら広間に向かって走り出す。俺を無視して広間に突入し、リゼットの曲刀を奪うつもりなんだろう。

 

 俺は左手を背中に伸ばしてウィンチェスターM1897トレンチガンの銃床を掴むと、銃剣の装着された銃口を広間に向かって走り出した獣人の少女に向け、トリガーを引いた。

 

 あの転生者は銃を装備していない。おそらく、仲間の少女たちは銃という武器を知らない筈だ。銃を知らない奴らがこの銃剣の装着されているトレンチガンを見れば、槍のような近距離武器だと思い込むことだろう。

 

 確かに銃剣で接近戦もできるんだが、ショットガンというのは強烈な散弾をぶっ放す事が出来る銃だ。

 

 いきなり下に銃剣が装着された銃口を向けられた獣人の少女が、ちらりと俺の方を見てから再びカレンの方を見る。

 

 やっぱり銃を知らなかったのか。

 

 じゃあな、野良猫。

 

 俺はニヤリと笑いながら、トレンチガンのトリガーを引いた。

 

 銃声が円柱状の空間の壁面に何度も激突しながら、螺旋状の階段の上層に向かって駆け上がっていく。

 

 マズルフラッシュの光の向こうで、猫のような黒い耳が生えていた獣人の少女の頭が砕け散ったのが見えた。黒い髪の生えた肉片がいくつも埃だらけの床に落ちて行き、上顎から上が抉り取られた少女の体がその肉片の上に崩れ落ちる。

 

 至近距離で頭に散弾を喰らったんだ。転生者なら耐えていたかもしれないが、この世界の奴が喰らったならば頭を粉々にされるしかない。

 

「ハンナぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 早速黴臭い空気が血と火薬の臭いで蹂躙されたな。

 

 杖を持った魔術師の少女の絶叫を聞きながら、俺は獣人の少女を血祭りにあげたトレンチガンを背負った。

 

「かかって来いよ、クソ野郎ども」

 

「よくもハンナを・・・・・・! 薄汚いハーフエルフのくせにッ!!」

 

「獣の臭いが嫌いなんでね。火薬と血の臭いで消しただけさ」

 

「うるさいッ!」

 

 エルフの少女が弓矢を構え、魔術師の少女が杖を構えて魔術の詠唱を始める。転生者の少年は俺を睨みつけながら剣を構えていた。

 

 獣人の少女を片付けても、まだ不利だ。でも、捨て駒になるつもりはない。カレンはきっとリゼットの曲刀を回収して戻ってきてくれる。

 

 頼むぞ、カレン―――。

 

 俺はアサルトマチェーテを構えると、冒険者たちに向かって走り出した。

 

 

 


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