つるはしやスコップが突き出ているリュックサックを背負ったまま、俺はバイクからゆっくり下りた。サイドカーに乗っていたカレンも愛用のSaritch308DMRを準備し、サイドカーから下りる。
俺たちの目の前の光景は、もう草原ではなく渓谷に変わっていた。大昔に形成された大地の亀裂に滝の水が流れ込み、岩肌の間を巨大な飛竜たちが飛び回っている。バイクを下りてから聞こえてくるのは、谷底に落ちていく激流の絶叫と飛竜たちの咆哮だった。
「・・・・・・すごい所だな」
「地下墓地があるのはこの警告のほぼ中心よ。飛竜に気を付けて進みましょう」
リュックサックの脇に背負っていたSaritch308LMGを取り出した俺は、飛竜をすぐに7.62mm弾のフルオート射撃で迎撃できるように、フロントサイトとリアサイトの間に用意されている折り畳み式の対空照準器を展開しておいた。
飛竜の外殻はアラクネ並みに硬い。5.56mm弾や5.45mm弾では弾かれてしまうだろう。でも、俺とカレンが持っているSaritch308の弾丸は7.62mm弾だから、飛竜の外殻を貫通する事が出来る筈だ。
でも、俺たちの目的は地下墓地の最深部にある棺の中からリゼットの曲刀を回収することだ。ここで弾丸を撃ちまくるわけにはいかないだろう。だから、飛竜を発見しても攻撃は仕掛けず、攻撃された場合にだけ反撃するようにしなければならない。
下り坂を下りて行くと、段々と道が狭くなっているのが分かった。肩幅の広い俺がそのまま歩いて下りていけるほど広かったんだが、左右の岩肌が段々と俺の肩に近づいてきているように狭くなっている。そのせいでさっきからリュックサックの中から突き出たつるはしの先端部が岩肌と擦れてガリガリと音を立てていた。
「せ、狭い・・・・・・!」
「ちょっと、通れるの? 別の道を探す?」
「いや・・・・・・。大丈夫だ」
スコップとつるはしを岩肌に擦り付けながら、俺は強引に狭い道を何とか通り抜けた。無理矢理通り抜けたせいで、左右の岩肌にはスコップとつるはしが擦れた跡が刻まれている。
「今度は絶壁かぁ・・・・・・」
目の前には大地の亀裂に流れ落ちていく巨大な滝があった。右側にはまた狭い道がある。渓谷の中心に向かうには、この道を進むしかないようだ。
ダンジョンとは、環境や生息する魔物が危険過ぎるせいで全く調査が出来ないような危険地帯のことだ。このオルエーニュ渓谷も、かなり足場が危険な上に生息する飛竜の数が多いからダンジョンということになってるんだろう。空を見上げてみると、巨大な翼を広げた飛竜が何体も空を舞っているのが見える。
頼むから、移動中に襲い掛かって来るなよ。あんな狭い道で襲われたら滝壺に重装備のまま落下することになるぞ。
「カレン、命綱代わりだ。掴まってろよ」
「分かったわ」
俺は腰にぶら下げていたロープを腰のベルトに縛り付けると、ロープの端をカレンに手渡した。カレンがそのロープを掴んだのを確認した俺は、Saritch308LMGを背中に背負ってから右手で岩肌を掴み、少しずつ狭い道を移動し始める。
一歩横に移動してから別の岩を掴み、その岩が外れないか確認してからまた横に一歩移動する。旦那やミラみたいにワイヤーの付いてる武器を持ってるならすぐに移動できるんだが、俺とカレンはワイヤーの付いてる武器なんて持ってないから、このまま移動するしかない。
「お、落ちるなよ」
「大丈夫よ。ギュンターこそ落ちないでよね!」
「分かってるって」
飛竜が襲って来ないなら大丈夫だ。このままゆっくり移動していれば落ちないだろうし、上空の飛竜も俺たちに気付いていない。
「あっ・・・・・・!」
俺が次の岩を掴んだ瞬間、その掴んだ岩がぐらりと揺れ、足元の岩肌に当たってからそのまま滝壺へと落下していった。移動するために右手と右足に体重を乗せる前だったから体勢を崩すことはなかったけど、もし体重を乗せていたらカレンと一緒に滝壺に落っこちてたかもしれない。
左手で冷や汗を拭い去りながら、俺は左側でロープを握っているカレンをちらりと見た。カレンも俺と同じように左手で冷や汗を拭ってから、落ちそうになった俺を睨みつけてくる。
「す、すまん――――」
その時、上空を舞っていた飛竜の影が動いたような気がした。
彼女に謝っている途中で黙った俺は、拭い損ねた冷や汗を垂らしながらゆっくりと上空を見上げる。岩が外れて落ちそうに張る前は飛竜が6匹くらい空を飛んでいたんだけど、その中の1匹がまるで急旋回するようにいきなり飛んでいる方向を変えたんだ。
そして長い首を俺たちの方に向けてから、そのままこっちに向かって急降下していた!
「ちょっと、あいつ私たちに気付いたんじゃないの!?」
「今の音で気付いたのか!? ひ、飛竜ってあんなの聴覚が良かったのかよ!?」
拙いぞ。このまま急降下で襲い掛かって来られたら滝壺に落下する羽目になる!
どうする? 片手でLMGを持って迎撃するか? でも、あと2mくらいでこの狭い道を渡り切る事が出来る。迎撃せずに渡り切ってしまうべきだろうか?
だが、飛竜はブレスも使ってくる。さっきみたいに一歩ずつ移動してたら2人とも丸焼きにされちまう!
「くそったれッ! おい、カレン! 掴まってろよッ!!」
「え? ちょっと! ・・・・・・きゃああああああああッ!?」
俺は左手でカレンの手を掴んで彼女を引き寄せると、そのまま左手で彼女を抱え、目の前の滝壺に落ちないように体重を後ろに向けながら右手でつるはしを引き抜いた。
いきなり俺に抱えられたカレンは「な、何するのよ! この変態ハーフエルフ!」と喚いている。きっと無事に渡り終ったらビンタされるかもしれない。
でも、飛竜のブレスを喰らうよりもカレンのビンタの方がいい!!
「ふんッ!」
俺はつるはしを思い切り背後の岩肌に叩き付けた。先端部が岩に突き刺さったのを確認した俺は、そのつるはしの柄を握ったまま、カレンと一緒に狭い道を全力で突っ走る!
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
「きゃああああああああああッ!!」
飛竜の唸り声が段々と大きくなり、カレンの絶叫と俺の雄叫びを飲み込んでしまう。聞こえる音は、飛竜の唸り声と滝の音が混ざり合った轟音だけだった。
俺たちに急降下して襲いかかってきた飛竜はブレスを吐く気がなかったらしい。そのまま口を開けて俺たちに向かって突っ込んで来ている。
何とかあの牙に引き裂かれる前に狭い道を渡り切り、広くなっている岩だらけの道を踏みつけた俺は、まだ右手でしっかり掴んでいたつるはしの柄を思い切り引っ張った。岩が欠ける音がして、真っ白な岩の破片の中からレベッカちゃんが作ってくれた漆黒のつるはしが引き戻される。
俺は左手に抱えていたカレンを岩の上に下ろすと、引き戻したばかりのつるはしの柄を両手で握り、素早く後ろを振り向いた。
俺の後ろから突っ込んで来ているのは、もちろんさっき急降下してきた飛竜だった。
「あっち行け、バーカ!!」
まだ唸り声を上げて俺たちを喰おうとしている飛竜の顔面に向かって、俺は思い切りつるはしを叩き付けた。さっき岩につるはしを叩き付けたように外殻の破片が舞い、飛竜が咆哮を上げる。
飛竜は呻き声のような咆哮を上げると、割れた外殻の破片を散らしながら上昇して行った。俺たちを喰うのを諦めたらしい。
「ざまあみろ」
「つ、つるはしで飛竜を撃退するなんて・・・・・・」
息を吐きながら冷や汗を拭い去った俺は、ベルトからロープを外してつるはしをリュックサックに戻すと、顔面の外殻を割られて去っていく飛竜を見上げているカレンの肩を優しく叩いた。
「行こうぜ」
「く、屈強過ぎるわよ・・・・・・」
そりゃ、俺はハーフエルフだからな。
そういえば、ビンタはしないのか?
「ねえ、ギュンター」
「ん?」
「あ、ありがと・・・・・・。助かったわ・・・・・・」
「え? ああ・・・・・・」
ビンタの代わりに彼女に礼を言われた俺は、少し顔を赤くしながら岩の上を歩き始めた。
ネイリンゲンの周囲には草原が広がっているから、俺たちはいつもその草原を見ることになる。だから岩肌と滝ばかりのこのオルエーニュ渓谷の景色は刺激があると思ってたんだけど、段々飽きてきた。
狭い道や大きな岩の上を移動していると、道の隅や落下してきた岩の下に折れた剣の破片や白骨化した死体が転がっているのが見えた。死体が身に着けている金属製の防具はもう錆びついた上にひしゃげていて、ボロボロの茶色い服のように見える。
このダンジョンを調査している最中に命を落とした冒険者たちなんだろう。危険地帯であるダンジョンの中で命を落としてしまえば、もちろん遺体は回収してもらえないため、彼らのように白骨化するまで放置される羽目になる。
「死体が増えてきたわね・・・・・・」
「ああ」
死体が転がっているということは、ここで魔物に殺されたということだ。俺は静かにアサルトマチェーテの柄を掴みながら、カレンを連れてゆっくりと移動していく。
近くには魔物がいないみたいだな。上空にも飛竜はいないし、他の魔物もいないみたいだ。
マチェーテの柄から手を離そうとした瞬間、岩肌の上を見上げていたカレンがいきなり腰の鞘からペレット・レイピアを引き抜いた。俺も彼女が見上げている場所を見上げながら、鞘からアサルトマチェーテを引き抜く。
「アラクネよ!!」
「ちっ!!」
岩肌の上から、3体のアラクネが飛び降りてきた。ネイリンゲンの西にある森の中に生息している奴らの外殻の模様は黒と紫なんだけど、こいつらの外殻の模様はグレーと白だった。保護色なんだろうか?
アラクネは俺たちの前に飛び降りてくると、人間の女性のような顔の口から唾液を垂れ流しながら俺たちを睨みつけてきた。久しぶりにごちそうがやって来たって思ってんのか?
「叩き潰すぞ」
「分かってるわ。弾薬は節約しなさいよ」
「はいはい」
俺はナックルダスターが装着されている左手を握りしめると、カレンよりも先にアラクネたちの群れに向かって突っ込んだ。先に突っ込んで来た俺から喰うつもりなのか、アラクネ共は唸り声を上げながら3体とも俺に向かって突っ込んで来る。
先頭のアラクネが突き出して来た爪の生えた腕を躱し、ナックルダスターを装着した左手をその腕の肘の辺りに向かって思い切り振り上げた。でも、アラクネの外殻はアサルトライフルの5.45mm弾を弾き飛ばすほど硬いから、ナックルダスターで思い切りアッパーカットを叩き込んでも腕をへし折ることは出来ない。
俺はアッパーカットのために振り上げた左手をすぐに引き戻すと、俺のパンチで腕を強引に上に振り上げさせられたアラクネの頭に向かってジャンプする。両手でアサルトマチェーテの柄を握った俺は、口の周りが薄紫色の唾液で汚れたアラクネの気色悪い頭に向かってアサルトマチェーテを振り下ろした。
呻き声を上げながら、アサルトマチェーテの刀身に頭を叩き割られたアラクネが絶叫する。俺に頭を斬られたアラクネは紫色の体液を吹き上げながら両腕を振り回したけど、俺はもう着地して別のアラクネに襲い掛かっている。必死に腕を振り回して俺を引き裂こうとしても空振りするしかないんだよ。
カレンも左手のマンゴーシュでアラクネの爪を受け止めると、レイピアの切っ先をアラクネの顔面に突き入れ、引き抜いてからもう一度串刺しにしている。あのアラクネもすぐにカレンが倒してしまうだろう。
「うお!?」
生き残った最後のアラクネは、いきなり雲のような胴体を俺に向けてくると、尻の方にある穴から灰色の糸を俺に向かって噴射してきた!
俺は右にジャンプして糸に飲み込まれないようにすると、すぐに立ち上がって再びそのアラクネに向かって突っ走る。アラクネは吐き出した糸を千切ってから唾液まみれの口を開け、俺に向かって両手を伸ばして来た。
「汚ねえな!」
前傾姿勢になってアラクネの爪を躱し、アラクネが突き出した腕を左腕で掴んでからジャンプした俺は、落下しながらアラクネの頭に向かってアサルトマチェーテを振り下ろした。重い刃がアラクネの頭蓋骨を叩き割り、左目の辺りまで食い破る。でも、アラクネはまだくたばっていないようだ。紫色の体液が混じった唾液を吹き出しながら、まだ俺に噛みつこうとしてくる。
「やかましい!!」
右目に向かって左のストレートを叩き込んでからアサルトマチェーテを強引に引き抜いた俺は、紫色の体液まみれになった刃をアラクネの首に向かって右側から叩き込む。
外殻に覆われていない肉を簡単に引き裂いた刀身は、そのままアラクネの背骨を叩き切った。アラクネが呻き声を上げるのを止め、ゆっくりと岩の上に崩れ落ちる。
「・・・・・・終わったぞ、カレン」
「こっちも終わってるわ」
アラクネの首からアサルトマチェーテを引き抜いた俺は、すぐに鞘に戻してから後ろを振り向いた。
カレンが戦っていたあのアラクネは、カレンに頭を何度も串刺しにされたらしい。後頭部にはレイピアに貫かれた穴がいくつも開いているのが見える。
「行きましょう。・・・・・・必ずリゼットの曲刀を見つけるわよ」
「おうっ!」
俺はアラクネの死体を蹴飛ばしてから、彼女と一緒に奥に向かって歩き出した。