「はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・・!」
右手でプファイファー・ツェリスカのグリップを握りながら、俺はホワイト・クロックの残骸が転がる橋の上を歩き続けた。槍に貫かれた胸の傷口からの出血と激痛が止まらない。残骸の上をゾンビのようにふらつきながら乗り越え、俺は正面を睨みつけた。
燃え上がる残骸と火の粉の向こうには、先ほど絶叫を上げたレリエルがいる。俺が放り投げた巨大な時計の針に胸を貫かれ、仰向けに倒れていた。
あの時計の針は銀ではないため、おそらく傷口を再生させる事が出来るだろう。奴を倒すには、針に貫かれて倒れている間にプファイファー・ツェリスカのシリンダーに装填されている最後の.600ニトロエクスプレス弾を、心臓に撃ち込まなければならない。
シリンダーの方に潜り込んでいた撃鉄(ハンマー)を痙攣する右手でなんとか引き戻し、俺はレリエルに向かって歩き続けた。引き戻された撃鉄(ハンマー)が、まるで時計の針のようにかちんと音を立てる。
教会の鐘の音が帝都に響き渡っているというのに、その撃鉄(ハンマー)の音はよく聞こえた。
「・・・・・・あの時と同じだ」
時計の針に胸を貫かれたレリエルは、近づいてくる俺に向かって空を見上げながら呟いた。あの時とはいつの事なんだろうか? 彼が大天使に倒された時の事なのか?
口から血を吐き、日光と炎に照らされていた地面を真っ赤にしながら、俺は倒れているレリエルにリボルバーの銃口を向ける。
装填されている弾丸は.600ニトロエクスプレス弾だ。人間の肉体を簡単に引き千切る強烈なこの弾丸を心臓に叩き込めば、レリエルを倒す事が出来る。
「終わりだ・・・・・・!」
スコープのカーソルをレリエルの心臓に合わせるんだけど、ふらついてしまうせいで先ほどからリボルバーの銃身は揺れ続けていた。2mくらいしか離れていない筈なのに、全く狙いが定まらない。
しかも、出血のせいで段々とリボルバーのグリップを握る右手にも力が入らなくなる。引き金を引こうとしても、人差し指が痙攣するだけだ。力を込めて引き金を引く事が出来たとしても、狙いが定まらないため心臓には命中しないだろう。
あとはトリガーを引くだけなのに、トリガーを引く事が出来ない。
「・・・・・・・・・」
両足も痙攣を始める。リボルバーを倒れている吸血鬼に向けて突っ立っているだけだというのに、ふらついて倒れそうになってしまう。
ブラッド・エリクサーを飲めば回復できるんだけど、俺の持っていたエリクサーの瓶は全て割れている。仲間からエリクサーを分けてもらわなければ回復する事が出来ない。
そして、ついに俺はふらりと体を揺らし、地面に仰向けに倒れてしまった。背中を地面に叩き付ける痛みは全く感じない。何とか上半身だけを起こしてプファイファー・ツェリスカの銃口をレリエルに向けようとするんだけど、リボルバーを持ち上げるのがやっとだった。
「力也!」
『力也さん!』
後ろから俺の名前を呼びながら、エミリアとフィオナが駆け寄って来る。そういえば、エミリアはさっき白髪になってたな。あの時の俺みたいに、フィオナから力を借りてたんだろうか?
いつの間にか元の姿に戻っていたエミリアは、崩れ落ちた俺に駆け寄ると、俺の腕を掴んで立たせてくれた。フィオナは俺の傍らで灯の杖を構え、治療魔術を発動させてくれている。
「レリエル様っ!!」
「アリア・・・・・・」
エミリアたちと同じように、背中から蝙蝠を生やしたアリアが胸を時計の針に貫かれているレリエルの傍らに舞い降りると、彼の胸に突き刺さっている巨大な時計の針を引き抜き始める。レリエルの血で真っ赤になった時計の針を橋の下の川に投げ捨てると、アリアもレリエルに肩を貸して立たせ、俺たちの方を睨みつけてくる。
エミリアに頼んで、俺の代わりに最後の.600ニトロエクスプレス弾を撃ってもらうべきだろうか? 彼女はレリエルとの戦いで怪我をしているが、俺よりは軽傷だ。簡単に最後の銀の弾丸をレリエルに命中させ、彼を倒す事が出来るだろう。だが、彼を倒せばアリアが俺たちに襲い掛かって来る。エミリアとフィオナならば応戦できるかもしれないけど、出血のせいで歩く事が出来なくなった俺は簡単に殺されてしまう。レリエルと同じだ。
胸の傷口を押さえていた左手は、自分の血で真っ赤になっていた。フィオナに治療してもらったおかげで塞がった胸の傷口から猛烈な血の臭いのする左手を離した俺は、目の前でアリアに肩を貸してもらっているレリエルを睨みつける。
「――――いくぞ、アリア・・・・・・・・・」
「・・・・・・はい」
「レリエル・・・・・・!!」
アリアはレリエルに肩を貸しながら、背中から生えている蝙蝠のような巨大な翼を広げた。レリエルもボロボロになった自分の翼を広げ始める。
逃げるつもりなのか? 俺は呻き声を上げながら銃口をレリエルに向けようとするけど、やっぱり右手は痙攣するだけだった。
「力也よ・・・・・・。貴様のような戦士と戦う事が出来て楽しかったぞ」
「それはよかったな・・・・・・!」
「また戦おう・・・・・・。さらばだ」
レリエルとアリアは翼を広げると、ゆっくりと空に向かって舞い上がり始めた。俺はもうリボルバーを彼らに向けようとするのを止め、2人を見送るように黙って空を見上げている。
フィオナとエミリアも、銃口をあの2人に向けようとはしなかった。俺に肩を貸しながら、黙って大空に向かって飛んで行く2人の吸血鬼を見上げているだけだった。
『兄さん、聞こえる?』
「ああ・・・・・・」
信也の声だ。おそらく、教会の鐘がある鐘楼にいるんだろう。
『レリエルに止めは刺さないの?』
「ああ。・・・・・・撃つなよ」
口の周りについている自分の血を左手で拭い去ってから、俺はリボルバーをホルスターに戻した。
この戦いはどっちが勝ったんだろうか? 俺たちが引き受けた依頼は吸血鬼を倒す事だから、俺が見逃したせいでレリエルたちを逃がしてしまったことになる。だから、俺たちの負けかもしれない。
でも、俺とレリエルはもう立ち上がれないほどボロボロだった。どちらも、次の攻撃が確実に止めになるほどの重傷だったんだ。
「・・・・・・引き分けだな」
「力也、しっかりしろ! 力也!」
飛び去って行く2人を見上げながら呟いた俺は、血を吐いてから目を閉じた。
「レリエル様、私の血を――――」
帝都から離れた森の木の上に降り立った私に、真っ白な上着の袖を捲ったアリアが細い腕を近づけてきた。もう一度私に血を吸わせるつもりなのかもしれない。
だが、また彼女から血を吸うわけにはいかない。彼女から血を貰えば回復することは出来るが、彼女も奴らとの戦いで何度も銀の攻撃を喰らって弱っている。もしかしたら、また血を吸ったら彼女は死んでしまうかもしれない。
私の大切な眷族なのだ。死なせるわけにはいかなかった。
「いや、大丈夫だ」
「ですが・・・・・・!」
「すぐに治る・・・・・・」
力也が放り投げた時計の針で貫かれた胸の傷は、少しずつ塞がり始めている。
私の傷を見つめていたアリアは、涙目になりながら私の右肩に顔を押し付けた。私は右肩に顔を押し付けながら涙を流している彼女を優しく抱きしめると、彼女の頭を撫でた。
アリアは、私のために自分の血をくれたのだ。吸血鬼の血の中の魔力の量は人間よりも遥かに多い。だから、それを飲めば吸血鬼はすぐにパワーアップする事が出来る。
だが、その状態でもあの少年を倒すことは出来なかった。ボロボロになり、胸を槍で貫かれてふらつきながら、彼はまだ私に銃を向けていたのだ。
あれが父上の恐れた怪物だったのだろう。昔は愚かしいだけだと思っていたが、私も恐ろしいと思ってしまった。
「アリアよ。これから、世界中の同胞たちを助けに行くぞ」
「はい、レリエル様」
私の胸の中で、アリアが答えた。
私が大天使に封印された後、世界中の吸血鬼たちが人間たちに敗北して殺されたため、吸血鬼はかなり数を減らしている。だが、まだ生き残っている吸血鬼たちは世界中にいるらしい。
きっと彼らも、アリアのように奴隷にされているのかもしれない。だから、私たちはこれから彼らを助けに行くのだ。そして再び眷族たちを引き連れ、この世界を支配して見せる。
おそらく、あの少年と再び戦う事になるのはその時だろう。私が再び世界を支配しようとすれば、必ずあの少年は仲間たちを連れて私に戦いを挑んで来る。
決着をつけるのは、その時だ。
私は彼女から手を離すと、ゆっくりと立ち上がった。日光に当たらないために森の中に隠れたのだが、胸の傷口はまだ塞がらない。まるで銀で攻撃された時のように、傷はなかなか塞がらなかった。
これは、あの少年の執念がつけた傷だ。
やはり、人間は執念を持つ怪物なのだ。
またその怪物たちと戦う事になるだろう。私も強くならなければならない。
「行くぞ、アリア」
「はいっ!」
私とアリアは翼を広げると、世界中の同胞たちを助けに行くため、再び舞い上がった。
「すげえぜ、旦那。伝説の吸血鬼とあんな戦いをするなんてさ!!」
「本当よ。強くなり過ぎね」
スーパーハインドの兵員室に用意された椅子の上で眠りそうになっていた俺は、目の前の席に腰を下ろしている2人を見ながら「そんなことはないぞ」と言った。
戦いが終わって俺が気を失っている間に、信也たちがクライアントである騎士団に今回の戦いを報告してきてくれたらしい。
ホワイト・クロックが倒壊した上に、レリエルと彼の眷族のアリアを取り逃がしてしまったんだ。俺たちが引き受けた依頼は彼らを倒す事だから、作戦失敗ということになる。
でも、騎士団長は俺たちの事を責めなかったらしい。むしろ、伝説の吸血鬼をよく撃退してくれたと称賛してくれた上に、金貨が50枚も入った袋を報酬として2人に渡してくれたんだ。
ちなみに、レリエルとの戦いで撃墜されたスーパーハインドはもう装備のメニューで装備できないため、俺たちが今乗っているこのスーパーハインドは信也がもう一度生産し直した機体だ。
今まで武器を壊されたことはなかったんだけど、端末で生産した武器が破壊された場合は、またポイントを使って生産し直すしかない。だから、レリエルに破壊された俺のOSV-96とアンチマテリアルソードはまた生産し直さないといけないんだ。
どっちも気に入ってたんだけどな。また武器を作ってからカスタマイズして、アップグレードし直さないといけないのか。ポイントはまだまだあるから問題ないんだけど、これからは出来るだけ武器を壊されないようにしないといけない。
それと、レリエルを倒したわけではないので俺と信也のレベルは全く上がっていない。俺はレベル187で、信也はレベル24のままだ。レベルを上げるには敵を倒さなければならないらしい。あんな激戦を終えたのにな・・・・・・。まるで赤字の気分だ。
俺はあくびをすると、ゆっくりと兵員室の壁に後頭部を押し付けた。俺の隣の席にはエミリアが座っているため、横になることは出来ないんだ。
「ん? 眠いのか?」
「ん? ああ・・・・・・」
「なら、横になれ。そっちの方が寝やすいだろう?」
自分の太腿を軽く叩きながらそう言うエミリア。つまり、また膝枕をやってくれるということなんだろうか?
「いいのか?」
「ふふふっ。構わんぞ」
それじゃ、横になって寝かせてもらうか。
兵員室の壁から後頭部を離した俺は、エミリアの柔らかい太腿の上に頭を静かに乗せると、そのまま横になった。
「だっ、旦那ぁッ!? 羨ましいぜッ!!」
「ちょっと、うるさいわよギュンター」
「だって、姉御に膝枕してもらってんだぜ!?」
「力也はレリエルとの戦いを頑張ったんだし、ご褒美なんじゃないの?」
最高のご褒美だよ。
眠ってしまう前に少しだけ目を開けた俺は、エミリアに膝枕してもらっている俺をじっと見つめているギュンターに向かってニヤリと笑ってやった。
「羨ましい・・・・・・! なあ、カレン! 俺も頑張ったから膝枕してくれ!!」
「何言ってんのよ!? この変態ハーフエルフ!!」
兵員室の中に、カレンとギュンターの大きな声が響き渡る。フィオナは俺の傍らで浮かびながら、2人を見て笑っていた。
俺も笑いながら2人を見ていると、俺に膝枕をしてくれているエミリアが俺の頭を優しく撫でてくれた。
「良く頑張ったな、力也」
俺の頭を撫でながらエミリアは優しく言うと、彼女は俺に顔をゆっくり近づけてくる。彼女の長い蒼い髪が、俺の頬に触れた。
エミリアは更に顔を近づけて――――柔らかい唇を、俺の頬にそっと当てた。
「!?」
「・・・・・・ふふっ。ご褒美だ」
「あ、ありがと・・・・・・・・・」
頬にキスされた俺は顔を真っ赤にしながら、彼女の顔を見上げた。