「レリエル様・・・・・・!!」
傷口を再生させた私は、倒壊したホワイト・クロックの上空で白いドレスを着た女の子と戦っているレリエル様を見て呟いた。
なんと、レリエル様が劣勢だった。レリエル様はブラック・ファングを召喚して戦っているんだけど、あの白いドレスを着た女の子は白い雷を纏った剣でブラック・ファングを弾き飛ばし、次々にレリエル様に向かって強烈な剣戟を叩き込んでいる。
確かあの子は、私が路地裏で戦った蒼い髪の女の子じゃなかったかしら? どうして白髪になっているの?
「助けに行かないと・・・・・・!」
もしかしたら、レリエル様が倒されてしまうかもしれない。
もしレリエル様が倒されてしまったら、吸血鬼は今度こそ全滅してしまう。
吸血鬼を絶滅させるわけにはいかない。世界中には、まだ生き残っている吸血鬼たちがいるのよ。その吸血鬼たちを再び集める事が出来るのは、伝説の吸血鬼であるレリエル様しかない。
それに、私を奴隷から助け出してくれたお方はあの人なの。
「ま、待て! アリア!」
銃を持ったハーフエルフが叫んだのが聞こえたけど、私は無視して飛び上がったわ。背中から蝙蝠の翼を生やして急上昇し、レリエル様が戦っているホワイト・クロックの近くへと向かう。
何発か建物の中から飛んできた銀が私の背中に突き刺さったけど、私はそのまま飛び続けた。
レリエル様に私の血を飲んでもらえば、きっとレリエル様は更に強くなる。吸血鬼の血液中に含まれる魔力の量は、人間よりも圧倒的に多いの。
だから私の血を飲んでくれれば、レリエル様はあの子を簡単に倒す事が出来るようになるわ。
私は背中に開けられた風穴を再生させると、既に倒壊したホワイト・クロックへと向かって飛んで行った。
ホワイト・クロックの近くにあった巨大な橋は、燃えながら落下してきた時計塔の残骸たちのせいで燃え上がっているようだった。橋にある鉄柵は巨大な煉瓦と鉄骨の塊に押し潰されてひしゃげている。
レンガの破片と火の粉が舞う橋の向こう側に立っているのは、あの白いドレスと白い雷を身に纏った少女だ。私が先ほど倒したあの少年に何かを飲ませてから、私の方を睨みつけて立ち上がり、剣を構えている。
私は右足の太腿を貫いていた鉄骨の破片を引き抜いた。銀で貫かれたわけではないため、再生はすぐに終わる。傷口がすぐに塞がったのを確認すると、私は背中に生やしていた蝙蝠の翼をしまい、橋の上に突き刺さっていたブラック・ファングを引き抜いた。
あの少女は強敵だ。
今まで私を倒すために何人も人間たちが私に挑んで来たが、間違いなく彼らよりも圧倒的に強いだろう。
「・・・・・・いくぞ、小娘」
私は槍を回転させてから構えると、前傾姿勢の状態で少女に向かって走り出した。
筋力では私の方が勝っている。更に、再生能力もあるため防御力でも私が有利だ。だが、スピードでは彼女に劣っているかもしれない。先ほど上空で戦っていた時も、私の攻撃を彼女は素早い動きで躱し、逆に私に何度も攻撃を叩き込んできた。更に、彼女は剣術が得意のようだ。どこかの騎士団に所属していたのかもしれない。
少女も剣を構えて突っ込んで来る。だが、当然ながらバスタードソードの刀身よりも私の持っている槍の方が長い。更に、この槍は魔力を流し込めば長さを自由に変える事が出来るのだ。だから、先制攻撃をすることになるのはもちろん私だろう。
だが、上空で戦っていた時、彼女は私の先制攻撃を受け止めて反撃してきたのだ。おそらく、ここで先に攻撃を繰り出しても同じ結果が待っていることだろう。
ならば、先制攻撃は譲ってやるぞ、小娘。
少女が剣を振り上げるが、私はまだ攻撃しない。防御するふりをするだけだ。
剣術を得意としているのならば、必ず私が先制攻撃をしてこなかったことを怪しむに違いない。何かの罠なのではないかと警戒するか、それとも攻撃を断念して防御の準備をすることだろう。そのまま攻撃を続行する筈はない。
警戒したならばその隙に私が攻撃を仕掛ければいい。防御の準備を始めたならば、防御の準備が終わる前にこの槍で貫いてしまえばすぐに倒す事が出来る。
そして彼女は、剣を振り下ろすのを断念した。やはり私が先制攻撃を譲ったのを罠だと思ったらしい。
先ほど彼女がやったフェイントのお返しだ。
私はブラック・ファングの先端部を彼女の喉元に向けると、漆黒の槍へと魔力を流し込んだ。すると、柄が急に伸び始め、先端部に血ている漆黒の刃が彼女の喉元へと向かって突き出されていく。
「なっ!?」
「ふん」
少女は慌てて左手のチンクエディアで槍を逸らそうとするが、間違いなく槍が彼女の喉元を貫く方が先だ。私は彼女の喉元に向かって伸びている槍を更に突き出した。
その時、またしてもあの白い雷の残滓が目の前で煌めいた。糸屑のような白いスパークが舞い、目の前から白髪の少女の姿が消え去る。
「何・・・・・・!?」
「はぁっ!!」
「ぐおっ・・・・・・!!」
彼女は、私の左側に回り込んでいたようだった。回り込んでから体を時計回りに回転させ、そのままバスタードソードを私の胸に叩き付けてくる。私はすぐに槍でガードしようとしたが、槍に魔力を流し込んで伸ばしていたのが仇になった。槍を伸ばした分重くなってしまい、素早く引き戻してガードする事が出来なかったのだ。
彼女が振り回したバスタードソードの純白の刃は私の胸にめり込み、私の肉を引き千切りながら殴り飛ばした。
翼を生やして体勢を立て直そうとしたが、体勢を立て直す前に私の背中は橋の向こうに建っていた貴族の屋敷の壁に叩き付けられた。
「ぐっ・・・・・・!」
「レリエル様!」
「アリア・・・・・・!?」
切り裂かれた胸の傷を再生させながら再びあの少女の所へと戻ろうとしていると、空から聞きなれた眷族の少女の声が聞こえてきた。確か彼女は、時計塔で攻撃して来たあの空を飛んでいる敵を追って行った筈だ。
アリアは真っ白なマントを揺らしながら舞い降りると、私の目の前で跪く。
「―――レリエル様、私の血を吸ってください」
「何だと?」
眷族の血を吸えというのか? 確かに吸血鬼の血は人間よりも魔力を多く含んでいるため、吸えば私は確実にパワーアップする事が出来るだろう。
だが、彼女は私の眷族だ。多くの吸血鬼たちが人間に倒されていっても、生き残ってくれていた大切な同胞なのだ。
「お願いします。・・・・・・そうすれば、奴らに必ず勝てます」
「そんなことをすれば、お前が弱ってしまうだろう」
アリアは静かに頭を上げ、私の目を見つめた。
「レリエル様には、世界中で生き残っている吸血鬼たちを集めてもらわねばなりません。ですから、私は吸血鬼の頂点に立たれる貴方のために、私の血を差し出したいのです」
「アリア・・・・・・・・・」
「レリエル様、お願いします。―――私の血を吸ってください」
「・・・・・・・・・分かった。立て、アリア」
跪いていたアリアがゆっくりと立ち上がる。
私はブラック・ファングの先端を地面に突き立ててから手を離すと、真っ白な服に身を包んだアリアの小さな方を両手で掴み、口を開けながら彼女の首筋に顔を近づけた。
そして、私は彼女の首筋に噛みついた。
「あっ・・・・・・!」
私の牙が彼女の首筋を貫いていく。牙が突き刺さった場所から流れ出た鮮血を吸いながら、私のために血を捧げてくれた眷族の体を抱き締める。
そして、私はゆっくりと彼女の首筋から牙を引き抜いた。彼女から吸った血は少しだけだ。檻の中から私が助け出した時のようにふらつくことはないだろう。
顔を赤くして息を切らしながら、アリアは私に噛みつかれた傷口を再生させ始めた。
「―――ありがとうございます、レリエル様」
「すまない、アリア」
彼女から手を離した私は、踵を返してから地面に突き立てていたブラック・ファングの柄を握り、背中に生えている蝙蝠の翼を広げる。
「行ってくるぞ、アリア」
「はい。――――行ってらっしゃいませ、レリエル様」
私は燃え上がる橋を睨みつけると、その橋の上にいる白いドレス姿の少女に向かって飛んで行った。
夜空が段々と明るくなり始めている。夜が明けてもあまり問題はないが、身体能力と再生能力が低下してしまう。出来るならば早く決着を付けなければならなかった。
『エミリアさん、レリエルの魔力が・・・・・・!』
「上がっている・・・・・・!!」
蝙蝠のような巨大な翼を広げてこちらへと戻って来るレリエルの魔力は、私が先ほどあの貴族の屋敷の辺りまで吹っ飛ばすよりも強力になっていた。どういうことだ? 帝都に住んでいた住民たちは全員避難させた筈だ。誰かが血を吸われたのか?
まさか、アリアの血を吸ったのだろうか?
レリエルは再び橋の上に舞い降りると、ゆっくりと私の方に向かって歩いて来た。右手にはやはりあの黒い槍を持っている。
「貴様。なぜ魔力が上がっているのだ!?」
「――――我が眷族が、私に血を捧げてくれた」
眷族だと? やはり、レリエルはアリアの血を吸ったのか!
吸血鬼の血の中にある魔力は人間よりも遥かに多い。吸血鬼の血を吸ったということは、この男は確実にかなりパワーアップしている。
その時、いきなりレリエルは槍の先端部を私に向け、先ほど私の喉元に向かって伸ばしてきた時のように槍を突き出した。漆黒の刃が燃え上がる時計塔の残骸を貫き、邪魔な鉄骨を寸断しながら私に向かって伸びてくる。
私はその槍の先端部を左手のチンクエディアで受け流すと、私を貫くはずだった槍が逸れている間にレリエルに向かって突進した。白い雷を纏いながら、燃え上がる時計塔の壁面の残骸を飛び越え、レリエルに向かってバスタードソードを振り下ろす。
「・・・・・・!」
だが、私はすぐに振り下ろそうとしていたバスタードソードを構え直し、防御の準備をする羽目になった。なんと、先ほど私が受け流した筈の槍が元の長さに戻っていて、先端部が再び私に向けられていたのだ!
いつの間に槍を元の長さに戻した!?
「くっ!」
バスタードソードをレリエルが突き出して来た漆黒の槍に叩き付け、再び横に受け流す。今度は先ほどよりも距離が開いていないため、槍を引き戻す前に攻撃する事が出来るだろう。
槍を弾き返したバスタードソードを引き戻し、私は純白の剣を右上から左下に向かって振り下ろした。
しかし、その刃は何も切り裂いていなかった。あのまま刃を振り下ろせば目の前のレリエルを両断できる筈なのに、まるで空振りしてしまったかのようだった。
なんと、私のバスタードソードが切り裂く筈だった胴体を、レリエルは一時的に蝙蝠に変えて散開させていたのだ。
「な、何だと・・・・・・!?」
「・・・・・・・・・」
私の刃が通過した瞬間に再び蝙蝠を呼び戻して肉体を形成したレリエルは、剣を空振りした私を見下ろしながらニヤリと笑った。
「残念だったな、小娘」
「くっ・・・・・・!」
槍から右手を離したレリエルが、右手を握りしめ、拳に闇を纏わせ始める。
そしてその闇を纏った右の拳を、剣を空振りした直後の私の胸に向かって突き出して来た。
レリエルの拳が胸に装着していた防具にめり込む。レベッカが作ってくれた私の胸当てに亀裂が入り、そのまま砕け散っていく。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
『きゃあああああああッ!!』
先ほどレリエルをあの屋敷の壁まで吹っ飛ばしたように、私はレリエルに殴り飛ばされた。胸当ての破片をまき散らしながら、燃え上がる残骸が転がる橋の上に背中を叩き付けられてしまう。
私はすぐに起き上がろうとしたが、左腕が全く動かない。おそらく、レリエルの拳が命中したのが胸のやや左側だったため、鎖骨が折れているのかもしれない。
右手でバスタードソードを地面に突き立て、私は何とか立ち上がった。レリエルは燃え上がるホワイト・クロックの残骸の上で、立ち上がったばかりの私を見下ろしている。
その時だった。私の背後で、誰かが絶叫したのが聞こえたのだ。
「・・・・・・?」
聞き慣れた少年の声だった。私を見下ろしていたレリエルも、絶叫が聞こえてきた方向を見つめている。
後ろを振り向いてみると、橋の上に突き立てられていたホワイト・クロックの巨大な時計の針が浮き上がっているのが見えた。やがてその巨大な時計の針は橋の奥の方へと倒れていき、レンガの上に金属が叩き付けられる音を轟かせた。
そして、その針が突き立てられていた場所から、黒いオーバーコート姿の人影が起き上がる。腰の鞘に収まっていたライフルのような形状の刀を引き抜き、左手で背中に背負っていた巨大なアンチマテリアルライフルを取り出したその人影は、6匹の炎を纏った蝶を引き連れて私の方へと歩いて来る。
だが、彼が身に纏っているコートと持っている武器はボロボロだった。刀の刀身は折れているし、左手に持っているアンチマテリアルライフルのスコープのレンズは割れ、銃口に装着されているT字型のマズルブレーキは欠けてしまっている。
「り、力也・・・・・・!?」
「よう、エミリア」
彼はハーピーの真紅の羽根がついたフードをかぶったまま、私を見つめて微笑んだ。
「だ、大丈夫なのか・・・・・・!?」
「ああ。お前が飲ませてくれたエリクサーのおかげでな」
彼の腹を見てみると、時計の針に貫かれていた大穴が少しずつ塞がり始めていた。
「後は任せてくれ、エミリア」
「待て」
刀身の折れたアンチマテリアルソードを持ったままレリエルと戦おうとしている力也を呼び止めた私は、右手に持っていた純白のバスタードソードを彼に手渡した。
「こっちを持って行け」
「・・・・・・すまん」
アンチマテリアルソードとアンチマテリアルライフルを地面に置いた力也は、私からバスタードソードを受け取ると、残骸の上で私たちを見下ろしているレリエルを睨みつける。
「行ってくる」
「ああ。頑張れ、力也!」
「おう!」
力也は微笑みながら踵を返すと、バスタードソードを構えてレリエルに向かって突っ込んでいった。