IS 不死鳥の鳥瞰   作:koth3

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作者のkoth3です。
皆様、お久しぶりです。更新が遅くなり申し訳ありません。
最近私事ですが忙しく、なかなか執筆に時間を割けません。なんとか書き上げられましたが、これからもちょくちょく遅くなるかもしれません。前もって謝罪をさせていただきます。


暗躍する仙人

 シャルロットの眼前に藤原紅輝が仰向けに倒れている。

 倒れている紅輝の左目にはポッカリと穴が開き、そこから血が溢れ出していた。その流血は止まる気配がなく、なにか大きな血管が千切れたのかもしれない。コンクリートを隠すためにしかれたカーペットがあっという間に血に染まる。

 シャルロットは肩を震わし、右手を持ち上げた。そこには眼球の突き刺さった箸が握られていた。自らのしでかしたことに今更ながら恐怖を抱き、身体の震えを止められなかった。

 

「あっ……」

 

 激しくなった震えに、持っていられなくなった箸が指先からこぼれ落ちる。シャルロットは箸が落ちていく様を眺めるだけしか出来なかった。

 滑り落ちた箸は、眼球を引き裂きどろりとした体液を溢れ出させた。

 シャルロットはもはや何をすれば良いのかすら分からなくなり、身じろぎ一つ出来なかった。茫然と立ち尽くしていた。ただ、窓から差し込む斜陽がまるで炎のように鮮明で美しいと思った。

 日が地平線に沈み、部屋が真っ暗になる。まるで自分の未来のようだと、シャルロットは笑い膝をつく。力ない笑い声が部屋に虚しく響く中、力強い声がそれを引き裂いた。

 

「この程度で笑うな。笑って諦めるくらいなら生きるための方法でも考えろ」

 

 小さな火が揺らめいた。その火は、紅輝の眼孔から灯しだされた。ちろちろと揺らめく火は瞬く間に武火(ぶか)となり、眼孔から溢れ出ていた血を焼き尽くす。それどころか、溢れかえっていた血を導火線にし、血だけを燃やし尽くしていく。そして全ての血が燃え尽きたとき、紅輝の眼孔に変化が起きた。ぽっかりと空いていた穴の奥で肉が盛り上がったかと思えば、見る見るうちに盛り上がった肉で眼球が作られ、元通りになった赤い瞳がシャルロットのことを見詰めていた。

 その姿がシャルロットの目には、奇蹟として映る。シャルロットは知らず知らずにその両の手を合わせ、祈りを捧げていた。胸にぶら下がったロザリオを握り締め、一心に。

――きっと、神様がお矜恤(われみ)くださり使わしてくださった天使なのだろう。

 シャルロットは、その考えを捨て去ることは出来なかった。目の前で行われた光景が、シャルロットの考えを肯定していた。死んだはずの人間が、失った身体の一部を再生させて復活するなどありえない。なのに紅輝は失った眼球を復活させた。それに傷口を浄めるかの如く現れた火に、罪を抱えていたシャルロットを罰するような言動、それはまさしくペテロの黙示録に登場するウリエルそのものだ。何よりも暗闇の中で神々しく(きら)めいた火を前に、シャルロットは疑いの心を捨て去っていた。

 

「助けて、助けて、ください」

 

 だからシャルロットはその言葉を言えた。ずっと胸の奥に潜めていた言葉、助けを求める言葉を。誰にも言えないはずで、ダムのようにたまりきった感情と共に。

 シャルロットは涙を流し、教会で懺悔をする人の如く、「助けて」と繰り返し繰り返し言い続けた。

 

 

 

 藤原紅輝は、暗闇の中で涙を流し祈りを捧げるシャルロットを、感情を一切宿さない瞳で見下ろしている。鬼気迫る表情で縋り付くシャルロットに、かつての記憶が蘇り、ちくちくと紅輝の精神を苛立たしげに刺してくる。

 

「それで、何から助けて欲しいんだ?」

 

 紅輝は倒れていた椅子をなおすと、どっかり座り込み、煙草を口にくわえた。口にくわえた煙草が独りでに火がつく。暗闇の中、煙草の火だけがぼんやりと浮かぶ。

 紅輝が柏手を打つ。余音が消え去ると、辺りに柔らかな光を放つ火が現れ、蝋燭代わりに部屋の中を照らす。紅輝はその火がまるで当たり前のものであるかのように、反応を何ら示さなかった。椅子の背もたれに身体を預け、シャルロットの言葉を静かに待つ。

 シャルロットも暗闇が消え去ったことで落ち着きを多少取り戻したのか、涙を流すのは止めた。

 

「……父から、助けてください」

 

 シャルロットは、「父」と口にするとき、身体を強張らせた。しかし最後まで言い切ると、それだけで精根尽き果てたかのようにぐったりとし始めた。それでも震える手を合わせ、祈るのを止めなかった。

 紅輝は眉をひそめ、ため息を一つ大きく吐くと、煙草を握りつぶした。一瞬煙臭くなった。掌を広げると、僅かな灰だけがあった。

 

「父から、ねぇ。お前さんを引き取ったのは、愛情じゃなかったと」

「はい……」

 

 涙を浮かべている様を眺めるのは、紅輝とて心にくるものがあるが、それでもシャルロットに続きを促した。

 

「僕は――」

 

 シャルロットの言葉は思いついた言葉をそのままはき出しているようで、支離滅裂だった。しかしそれでもこんがらがった混線を丁寧に解せば、事実を十全に理解できるものだった。

 シャルロットは、物心ついた頃には、母と二人で暮らしていたそうだ。しかしある年の夏、とても暑い日に、突然母が倒れそのまま死んでしまった。周りの助けを借り、シャルロットはなんとか生活を送っていた。時に母がいないことに寂しさを覚えながら。そして母が死んで半年経ち一人の生活に慣れた頃、シャルロットが暮らしていた家に、黒塗りの高級車が現れた。高級車からは黒服の屈強な大男が降りてきて、父の命でシャルロットを迎えに来たと一方的に告げ、シャルロットを無理矢理に車内へ連れ込んだ。余りのことに抵抗したシャルロットだったが、その頬をはたかれ、恐怖で固まるしか出来なかった。

 そして連れられた家では、継母にあたる人物からは泥棒猫の娘と罵られ、周りの大人からも酷い扱いを受ける日々。それでいて、呼びつけた父親とは一回もあったことがない。何度逃げようと思ったか。だけれども、かつて暮らしていた家は、シャルロットの父親により壊されたことを告げられ、もはや帰る場所がないと知り、そんな気持ちもいつしか消え去った。そしてIS適性の高さからテストパイロットをさせられ、終いにはスパイとして日本まで送られた。その間、一度も父には会っていないと言った。

 やるせなさが胸元にまで上り、紅輝は溺れてしまいそうになる。だが何より紅輝を打ち拉がせたのは、シャルロットが最後に呟いた言葉だった。

 

「お前を助けてやる、シャルロット。だけど、一つだけはき違えるな。俺がお前を助けるのは、お前を哀れに思ったからじゃない。ただ、お前が助けを求めたという、お前の意志に答えようとしただけだということを。俺は、俺だ。お前の思っているであろう存在なんかじゃない」

 

 紅輝は、疲れ果てた老人の声音で、そう言った。

 

 

 

 アルフレッド・デュノアは、自らの居城であるデュノア社の社長室で、頭を抱えていた。アルフレッドの眼前にあるレポートには、デュノア社の収益状況が書かれている。収益を表すグラフはここ数年にかけて恐ろしい勢いで目減りしていた。

 昨年にいたっては、大幅な赤字を記録しているほどだ。この経営状態が続けばデュノア社が潰れてしまうだろう事は、想像に難くなかった。

 

「冗談じゃない……! 私のデュノア社が潰れるなど」

 

 アルフレッドが机を叩く。いくつかの万年筆が転がる。転がっていた万年筆の先には、デュノア社が開発したラファール・リヴァイブの写真がクリップで留められていた。アルフレッドはその写真を引き抜くと、力任せに破り捨て放り投げる。もはやISなど見たくなかった。

 そもそもデュノア社が斜陽を迎えている原因はISなのだ。ISの製造を始めた当初は良かった。ISの製造には高度な技術を必要としたが、それに比例してデュノア社にも多くの新技術をもたらした。新技術の多くはデュノア社の他の事業にも転用でき、一時はデュノア社の収益は二倍近くにまで跳ね上げたこともある。それからはデュノア社はIS関連の事業に舵を切った。多くの資源を投資したラファール・リヴァイブが完成したとき、デュノア社はまさしく黄金期を迎えていたのだ。

 しかし第三世代機の開発に着手した辺りから、風向きは変わった。開発は遅れに遅れ、今年に入りフランス政府からは支援の打ち切りが通告されてしまった。ISの開発にはとにかく金がかかる。政府からの支援がなければISの開発など出来やしない。かといってIS事業に力を注いでしまったデュノア社が、いまさらIS開発を止め他の事業に投資することは出来ない。デュノア社は八方ふさがりに陥った。

 だからこそアルフレッドは一つの賭けにでた。恥として世間の目から隠していた、かつての過ちで生まれてしまった自身の娘、シャルロット・デュノアを、シャルル・デュノアという男性としてIS学園に送り込んだ。広告塔兼産業スパイとして。

 シャルロットの報告によれば、いまだ成果はないようだ。しかし喜ばしいことに、シャルロットは二人の男性操縦者とコンタクトをとれたようだ。うまくいけば、何らかの情報を得られる。特に織斑一夏の機体は、第三世代機だ。そこから何らかの情報を得られれば、デュノア社の次世代ISの開発が進むかもしれない。そのためには、いざとなればハニー・トラップでも何でもして、情報を得るようシャルロットには命令している。

 アルフレッドにとって喜ばしかったのは、シャルロットがスパイとして中々の才能を持っていたことだ。その証左に、今日行われタッグマッチ戦の、織斑一夏のパートナーになれたと報告が入っている。こうも短時間に最重要ターゲットの懐に潜りこむ事に成功するとは、さしものアルフレッドも予想がつかなかった。

 とはいえアルフレッドは、この機会を逃すつもりはなかった。最悪な状況の中ようやく光をつかめたのだ。シャルロットには最大の成果を上げてもらわねばならない。そのために様々な人物に鼻薬をかがせたのだ。もちろん、事が終われば、シャルロットには消えてもらうつもりだ。

 そこまで考え、アルフレッドの顔に薄ら笑いが浮かぶ。良く磨き込まれた机に、その笑みが映り込む。過ちの果てに生まれた娘だが、その最後に自分の役に立ってくれる。アルフレッドは、自らの天に愛されているような強運に、哄笑する。まだまだアルフレッド・デュノアは健在だと。

 声を上げて笑う最中、ふと喉が渇いているのに気がついた。

 

「そういえば、いやに暑いな……」

 

 空調は利いている。では日差しが強いのかと思い、ブラインドを下ろそうと窓に近寄れば、信じられない光景が窓の外に広がっていた。

 人がいる。地上数十メートルの空に。赤い、赤い炎を翼にし。

 アルフレッドはその人物の顔に見覚えがあった。何せ、シャルロットにターゲットとさせた二人目の男性操縦者、藤原紅輝だったのだから。

 なぜ藤原紅輝がここにいるのか。いや、そもそもその翼は何なのか。アルフレッドの頭を疑問が渦巻く。しかしアルフレッドが混乱から立ち直り、何らかの行動を起こすよりも早く、紅輝はその翼で窓ガラスをなでる。炎の翼でなでられた窓は、一瞬にしてドロドロに融解し、人一人が通るには十分な穴を開けた。

 紅輝は窓に開いた穴から張り込む。その赤い瞳をアルフレッドに向け、近寄ってくる。

 アルフレッドは紅輝から離れようと二、三歩後退りした。フランス語でわめき散らし、紅輝へ指を突き立てる。

 

「な、何だ、貴様は!? 一体何だ、それは!?」

 

 紅輝の背には、先程より小さくなったといえども、炎が噴き出して翼を形作っている。余りに現実離れした光景に、アルフレッドは十字を切っていた。

 紅輝が笑みを浮かべる。

 

「なあに、ただの人外サ」

 

 紅輝は日本語でそう返すと、翼を一度羽ばたかせた。翼が火の粉となりかき消える。しかしその顔に浮かんだ笑みは益々すごみを増し、アルフレッドをさらに後ずらせた。

 

「安心しな。別にお前さんを食おうって腹づもりじゃないよ」

 

 紅輝がくっくっと声を漏らせば、アルフレッドの顔色はいよいよ亡霊を見たかの如く真っ青になり、後ろにあった来客用のソファへくずおれる。それを満足げに見た紅輝は、対面のホスト用のソファに堂々と座りこんだ。

 アルフレッドが唾を飲み込む。その音は部屋に響くほど大きかった。

 

「わ、私に何のようだ!?」

 

 ガクガク身体を震わしながらも精一杯の虚勢を張るアルフレッドに対し、紅輝は何ら気負うことなく机におかれているシガレットケースをとり、アルフレッドへと放り投げる。アルフレッドがシガレットケースでお手玉をしているのを後目に、自らは懐から取り出した巻き煙草を口にくわえた。

 

「ま、まずはいっぱいといこうじゃないか」

 

 アルフレッドが紅輝に促されシガレットケースを開けようとする。幾度かの失敗をした後、ようやく蓋を開け、煙草をくわえることに成功した。細かな細工が美しいジッポで火をつけようとするが、火花が散るばかりで火がつかない。

 アルフレッドの眼前に紅輝の白く小さな指が現れる。その指先から蝋燭程度の火が揺らめいた。裸火はアルフレッドの煙草に火移りする。

 

「ひっ!」

「おいおい、危ないぞ。火がついた煙草を落とすなんて。それで焼け死ぬ奴もいるんだから」

 

 紅輝はアルフレッドの口からこぼれ落ちた煙草をつかみ、再びくわえさせてやる。

 アルフレッドは涙を眦に一杯溜めながら、それでもようやく腹が据わったのか、紅輝を睨み付けた。

 

「もう一度訊くぞ、私に何の用だ」

 

 紅輝はその日一番の笑みを浮かべた。その笑みの前に、アルフレッドがかき集めた勇気は散り散りになったらしく、先程よりも青ざめた顔で、身体ごと震わした。

 

「なんのこっちゃない。警告しに来たのサ。あんまりなめた真似をしていると、火遊びじゃすまなくなるぞってね」

 

 紅輝がポケットに手を突っ込み笑うその様は、背丈も相成り子供が笑うようだった。しかしその瞳は、生半可な者に真似できないほど冷たく鋭利だった。そして煙草を吐き捨てた。火のついた面がアルフレッドの額に当たる。紅輝は大げさな悲鳴を上げるアルフレッドをひとしきり嘲ら笑う。

 

「もう二度とシャルロットに手を出すな」

 

 紅輝がアルフレッドの額に指を押しつける。その指先から炎が立ち籠め、アルフレッドの額に吸い込まれる。アルフレッドは余りの熱さに悲鳴を上げることすらできず、ソファから落ちて床を転げ回った。ようやく痛みが引き始めた頃には、脂汗をビッショリとかき、荒い息をしていた。キッチリ着込んでいた衣服は乱れに乱れ、だらしない姿になっていた。しかしそれよりも、アルフレッドはいまだ熱を孕む額に意識が向いていた。

 紅輝が再び炎を生み出す。アルフレッドが逃げようとしたが、その首根っこを捕まれ、無理矢理に炎と相対させられた。炎は輪を描いている。不思議なことに、多少揺らめいているが、輪の中の空間がまるで鏡のように光景を反射していた。

 炎の鏡に映るアルフレッドの額には、奇妙なアザが浮かんでいる。やけどとはまた違う、見たこともない奇妙な形。まるで鳥を意匠にしたような形だ。困惑したアルフレッドが紅輝を見上げれば、何のことはないように告げられた。

 

「安心しな。それは他の奴から見えやしない。お前さんが、シャルロットに何かしようとした瞬間、お前の全てを烏有に帰せるだけの代物(呪い)サ。信じる信じないは自由だ」

 

 紅輝はケラケラと笑い、アルフレッドに背を向けた。そして肩越しにアルフレッドを見下す。

 

「そうそう。シャルロットが言っていた言葉だ。最後にお前に送ってやる。『みんな死ねば良いのに』。俺も、そう思うよ。お前らに、生きている価値はないと思うよ」

 

 紅輝の身体が炎に包まれた。炎は紅輝の存在を跡形もなく燃やし尽くすと、かき消えた。

 アルフレッドは茫然と溶けた窓ガラスを眺め、そして――。




そういえば本作品の評価が安定してきたみたいで、作者的にも安心です。今までが過剰な高評価だったので。
さて、それではまたお目にかかれるよう、頑張らせていただきます。

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