仙人、不死鳥として火薬飛び交う空を舞う
山田真耶は軽い足取りで教室へ向かっていた。
廊下を歩きながら、真耶はここ数日のことを思い出す。
クラスリーグマッチに乱入してきた正体不明のISによる影響は、まだIS学園に色濃く残っている。弱り目に祟り目とばかりに諸外国はIS学園へ干渉を強めようとしているし、学園警備の見直しで教師陣に負担がかかっており、保護者からの生徒達の安否確認の連絡が尽きず、そして何より、幾らかの生徒達がIS学園を自主退学しこの学園から立ち去ってしまっていた。
それは真耶の生徒達でも例外はなく、教壇の上から歯の抜けたクラスを見るのは堪えるものがあった。
「でも今日は違います!」
ぐっと拳を握る。
そうこうしているうちに、教室にたどり着いた。
真耶が教室の扉を開く。幾人かの生徒が真耶のことを見て、時計へ視線をやった。ホームルームには五分早い。
不思議そうな生徒の視線に曝されながらも真耶は教壇に着く。
「皆さん、ちょっと早いですがホームルームを始めます。座ってください。……座ってくださーいっ」
ようやく着席してくれた生徒達を見回した真耶は、織斑先生のように一回で生徒達が従ってくれればなぁと考えながらも、続きを口にする。
「今日は皆さんに大切なお知らせがあります。なんと、転入生が私たちのクラスに来ます。それも二人です」
生徒達から絶叫が響く。おそらくうちのクラスならばこうなるだろうなと予想のついていた真耶は、要領よく耳に指を突っ込んで被害を防いでいた。
生徒達が落ち着いた頃合いを図り、真耶は恐る恐る指を外す。
「転入生はどこですか」
「転入生はどんな子なんですか」
「どうしてこんな時期に転入生が来たのでしょうか」
覇気すら感じられる生徒達の勢いに、真耶は若干腰が引けつつ苦笑いを浮かべる。
「織斑先生と一緒に来ますので、もう少し待ってくださいね」
ちょうど教室の扉が開き、織斑千冬が入ってくる。その後ろには二人の子が着いて来ている。それを見て生徒達は叫んだ。
「男子! 三人目の男子!」
「しかもうちのクラスに!?」
「美形! 守ってあげたくなる系の!」
教壇のとなりに立つ二人のうち一人は、男性用の制服を着用していた。
「自己紹介を始めろ。デュノア」
「はい。僕はシャルル・デュノアと申します。こちらには僕と同じ境遇の方がいると聞いてフランスからやって来ました。どうかよろしくお願いします」
金髪の青年が柔らかな笑みを浮かべた。
幾人かの生徒は顔を赤くして、デュノアに見惚れている。
一部からは腐った香りが漂ってくるが。真耶とて触れたくないものはある。努めて一部の生徒の話を聞き逃す。
「……」
デュノアの自己紹介が終わったが、もう一人の銀髪の少女はなにを語るでもなく、眼帯で隠されていない赤い瞳でクラスをただ一瞥しているだけだ。
背丈はクラスで一番低い藤原紅輝よりも低いが、その態度や放たれる威圧感のせいで実際よりも大きく見える。
「……ラウラ、自己紹介をしろ」
「ハッ、了解いたしました。ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
ボーデヴィッヒが口を閉ざす。五秒程度経ってもその小さな口からそれ以上の話がなされることはなかった。誰もが不可解そうな顔を向ける。
不可解そうな視線をよそに、ラウラはそのままツカツカと歩き出し、織斑一夏の席の前に来ると、いきなり一夏の頬を張り倒した。
いきなりの凶行に、誰もが動けなかった。皆目を丸くして、ラウラと一夏の顔を交互に見ている。例外は千冬と紅輝だけだった。
「な、何を……!」
「認めない。私はお前を認めない。あの人の弟など」
ラウラは一夏を見下したまま始めて語調を強めた。
幾人かの生徒が立ち上がろうとする。
「ボーデヴィッヒ、いい加減にしろ。私は自己紹介をしろといったが、我が儘をしろとは言っていない」
「ハッ、申し訳ありません」
しかしその前にラウラは千冬に敬礼を返すや、自身に向けられる畏怖や憤怒の視線を全く気にせず、千冬のとなりに戻った。
その目はクラスのことなど全く見えておらず、ただただ織斑千冬を見詰めていた。
転入生のボーデヴィッヒにはたかれるという衝撃のホームルームが終わり、一時間目の着替えと移動のために、織斑一夏は紅輝とシャルルとを連れて、廊下を走っていた。
後ろには女生徒達がバッファローの群れがあげる土煙もかくやとばかりの勢いで追いかけてくる。
「逃がすな、追え、追え」
「三人目の男子よ。絶対逃しちゃ駄目」
「新刊の資料ぉおお」
何故今日の朝一がグラウンド集合の授業なのだろうかと一夏は内心でグチる。
とにかく更衣室まで駆け込めば、女生徒はもう追ってこれなくなるだろう。……そう思いたい。
しかし、そううまくいきそうにない。ちらりと一夏は背後を見た。シャルルは現状に理解が追いついておらず、困惑しきっている。もう一人の紅輝はこんな状況にもう慣れているのか、眉一つ動かすことなく走っているが、いかんせん身長の低さからどうしても一夏達より走るのが遅くなってしまう。どうしても全力で逃げることはできない。
それでも追いかけてくるのが普通の女子ならばどうにかできただろう。だがここはIS学園。生徒達はエリートだし、その多くは身体能力にも優れている。女子だから男子より体力に劣るということなぞ有り得ない。
「ふははは! 甘い、甘い! 君たちの逃走ルートなんてお見通しだ」
一夏は表情を歪めた。
眼前には女生徒達がスクラムを組み、挟み撃ちを仕掛けてきた。前門の虎後門の狼。じわじわと包囲が狭まる中、紅輝が一歩前に出る。
けだるげに両手をあげ降参を示し、一夏とシャルルに顎で道をしゃくった。
「なっ、今捕まったら千冬姉にどんな折檻をされるか分からないんですよ」
「そりゃ、報告する奴がいないからだろう。先に誰かが知らせりゃ、それもこちらに正当性がある現状、小言の一つや二つですむサ。……そら、訊きたいことがあるんだろう。だったら俺が全部答えてやる」
歓声をあげた女生徒が紅輝に襲いかかる。一夏とシャルルは忘れられたように女生徒の輪からはじき出された。
「す、凄いね、皆」
「あ、ああ。シャルル、今のうちだ。藤原さんの犠牲を無駄にしないためにも急ぐぞ」
「う、うん。分かったよ」
なんとか更衣室にたどり着いた一夏とシャルルだが、着替えを急がなければ授業に遅れてしまう。それでは紅輝の犠牲が報われない。
一夏は勢いよく服を脱ぎ捨てると、いつもと違い服をロッカーに投げ込む。
「な、何しているの! いきなり脱ぐなんて!」
「え、いや、早く着替えないと授業に遅れるし。フランスじゃ違うのか?」
「あ、うん。そうだったね。遅れそうだもんね。でも、いきなり肌を脱いで見せつけるのはあんまり良くないよ」
「そっか。わりぃ、日本じゃあんまり気にしないから」
口を動かしながらもどんどんと服を脱ぎ捨ててしまう。なんとかISスーツを着こんでしまう。ISを操縦するのに必要な電気信号を増幅したり、装着者の保護をする素材で作られたとんでも性能な服だ。しかしフィットする素材のためか、あるいはそもそも女性が着るのを前提にしたものを一夏用に改造したからか、どうにも着るとパツパツになってしまう。何度か裾をつまんで弾いては楽になろうと無駄なあがきをする。
なんとか我慢できる程度になる頃には、すでにシャルルは着替え終わって一夏を待っていた。
「早いな、シャルル。これ着るとき引っかかるから着るのが面倒くさくて。どうやったらそんなに早く着られるんだ?」
「何言っているの!? セクシャルハラスメントだよ、それ!」
「ええ!? 男同士なのに!?」
「お、男同士でもだよ! いいかい、一夏。そういうのは同性でも言うべきじゃないよ!」
「わ、分かった。悪かったよ」
シャルルの剣幕に、一夏は一歩二歩下がりながら首を振る。
湯気を立てているシャルルの後ろを、納得いかないものの一夏はついて行った。
いろいろあったが授業開始前にグラウンドにたどり着けた。今日は一組と二組との合同授業だ。すでにほとんどの生徒は並んでいる。先に着いていた千冬に一夏が紅輝の件を報告すると、「そうか」とだけ告げ、それ以上とくに何も言わなかった。
紅輝は予鈴ぎりぎりにやって来た。
一夏のスーツとそっくりなスーツを着込み、気怠げに歩いていた。
「よし、では授業を始める」
素直に紅輝が列へ並ぶと、千冬は授業を開始した。
今日の授業はISの基本的な動きを学ぶものだ。普段千冬と会えない二組の生徒は特に食い入るように話を聴いている。
「今日は始めに専用機持ちのものに手本として試合を行ってもらう。藤原、前に出ろ」
生徒達がざわめく。
一夏もまた驚いていた。今まで紅輝が専用機を使って戦闘を行うのは見たことがない。セシリア曰く、飛行性能に特化した機体らしいが。あんな小さい身体で戦えるのかと心配するものの、当の本人は相も変わらず気怠げに前に出た。
「相手は?」
「すぐに来る」
一夏はふと何かが聞こえた気がした。辺りを見渡すが、特に何も見つからない。気のせいかと視線を元に戻すが、やはり音が聞こえる。それどころか、段々と音が大きくなっていく。
それが風切り音だと気がついたときには、すでにグラウンド上空を一機のISがものすごい速度で迫ってきていた。
「ど、どいてください~っ!」
「い、いいっ!?」
その正体はラファール・リヴァイヴを装着した一組の副担任、山田真耶だった。
慌てて逃げようとした生徒達だが、運の悪い一人が巻き込まれる。一夏だった。砂煙を上げながら、両者は一転、二転する。
砂煙がはれると、一夏が真耶を押し倒したような体勢で倒れ込んでいた。それだけならばまだしも、どこがどうなったのか、一夏の手が真耶のふくよかな胸を押しつぶしていた。
「一夏ッ!!」
「一夏さん!」
「死ね!」
どうやらセクハラとして社会的に殺されるより早く、一部女生徒達による私刑の方が早いらしい。
いまだ起き上がらない一夏めがけて、二組の凰鈴音が双天牙月と呼ばれる青竜刀を、連結したブーメランとして放つ。パワー型の甲龍が投げたそれが人に当たれば、爆散するのは想像に難くないだろう。
だが幸い、紅蓮地獄の再現は起きずにすんだ。押し倒されていた真耶が素速く立ち上がると、ラファールに装備された銃器を取り出して、撃ち落としていた。
絶技と呼ぶにふさわしいそれを行ったのが、普段はぽやぽやして生徒からため口を利かれる真耶ということに、生徒達は皆驚愕していた。
「山田先生は元日本代表候補生だ。あれくらい造作もない」
「昔のことですよ。それに候補止まりでしたし」
謙遜する真耶だったが、生徒達からは尊敬のまなざしが送られていた。
「では、藤原。山田先生が相手だ。すぐに始めろ」
紅輝がISを纏う。猛禽類を思わせる頭部ヘルメット。他のISのように機械的な見た目より、金属でできた生物を思わせるようななめらかな曲線美がある機体だ。身体の各所に多数配備されたスラスターが火を噴き、紅輝を空に追いやる。
後を追うように真耶も空へ飛んでいく。
二つの影が十メートル程度離れ、それぞれ試合開始の合図を待つ。
「始め!」
初手はラファールがとった。流れるような、無駄のない動作でライフルを構えると、タタタッ、タタタッと軽い発砲音が連続する。
洗練された一連の動きに、銃器に詳しくない一夏ですら、息を呑んだ。
「驚きましたわ。先程の射撃もそうですが、今の射撃も、避けるのは困難でしょう。なのに、あんなに簡単に避けるなんて」
紅輝が操る迦楼羅は、その優れた飛行性能を発揮し、ライフルの弾丸を全て避けきっていた。
白式にも劣らない速度で宙を自由自在に舞う。鳥のように優雅に飛ぶその姿は、迫り来る銃弾をものともせず、ラファールを中心に旋回しつつ、徐々に間合いを狭めていた。
ラファールはただライフルを放つだけでは有効打に繋がらないと判断したのか、ライフルを粒子化し収納し、新しい銃器を取り出す。腰だめに構えられたそれは、先のライフルよりも二回りほど大きい。何よりも目に付くのが、巨大なシリンダーだ。バスケットボールほどあろうかというそのシリンダーの中には、その大きさに見合った弾が装填されている。
「グレネード!」
爆炎が空を覆う。
しかしラファールは油断なくさらにグレネードを辺りにばらまく。
連鎖して空が黒煙に包まれた。
「見えないわよ!?」
鈴が叫ぶ中、黒煙を引き裂いて迦楼羅が姿を見せる。
手にもつは錫杖によく似た鉄棒。それが勢いよく振り下ろされる。
ラファールはグレネードランチャーを迦楼羅の顔面めがけて投げ飛ばす。グレネードランチャーを避けたため、鉄棒の速度が鈍り、空ぶる。
「うまい!!」
だがすぐさまふりおろしから刺突へ切り替わり、ラファールの胴体へ柄が突き刺さる。
その動作にはラファールと同じように何ら淀みはなく、傍目に見えて両者の技量は拮抗しているようだった。
「なあ、これどっちが勝つんだ?」
一夏がふと疑問を漏らす。
「どうでしょう。確かに藤原さんが多少おしてはいますが、遠距離攻撃手段がなければ遅かれ追い詰められると思いますわ」
「そうかしら? あれだけの棒術使い、そう簡単に追い込めるとは思えないわよ。それに、なんだろう……」
「あら、何かしら。鈴さん」
「……言葉にしづらいんだけど、なんか違うのよね」
「なにか、ですか?」
「そう。何だろう、なんか私たちと違う気がするのよ」
鈴は額に手を当て考え込む。
しかしその間にも試合は進み、ラファールは短機関銃を掃射することで迦楼羅を近寄らせない。迦楼羅もまた隙が僅かでもあれば間合いを詰めることで、ラファールの射撃を妨害していく。
「そこまで! 二人とも降りてこい」
降りてきた二人はISを待機状態に戻す。
真耶は顔を火照らせ、興奮気味だ。先程の試合の熱がまだ取れていないのだろう。
だが、どうしてだろうか。紅輝の顔は先程よりもさらにつまらなそうに見え、一夏はそれが気になって仕方がなかった。
いやあ、それにしても難しい。鈴についての説明が前回きちんとできなかったから、どうしても違和感が爆発してしまっております。申し訳ありません。もうちょっとキャラの扱いを考えないと。