IS 不死鳥の鳥瞰   作:koth3

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お久しぶりです。
2019年初投稿が2月になってしまい、申し訳ありません。
これからも遅筆ながらも、必ず投稿をしていこうと思います。


紅き砲火

 潮風が紅輝の髪を揺らす。割り当てられた部屋の窓から見える海は凪いでいる。しかしそれは見た目だけだ。この海原に、軍用のISがコントロールを失い、今も驚異として存在している。

 旅館では教師たちが大童に戦術を練っている。それが無意味であることを、紅輝は理解していた。先の交戦で一夏と箒が墜ちた結果、福音と戦闘ができなくなった。

 紅輝の機体やセシリアが高機動パッケージを使用すれば、速度だけなら福音と交戦に持ち込めるだろう。けれども二人の機体には決定打がない。逃げられるのがオチ(、、)だ。

 有効な戦術が存在しない。だから無為な時間が過ぎていく。

 紫煙が燻る。

 フィルターまで吸った煙草を灰皿に押し当てる。灰がボロリと崩れた。

 

「……別にいいか」

 

 ISである限り、いつかはエネルギーが切れる。そうなれば回収は可能だ。紅輝が何かする必要もない。

 新しい煙草をくわえる。先端には裸火が赤々と踊っている。

 人なんてこの煙草と同じだ。命を燃やし尽くしても、代わりはいくらでもある。人間であるならば例外はない。

 ならば人間でない存在は何に例えるべきなのだろうか。

 

「考えるだけ無意味か」

 

 やくたいもないことばかりだ。頭を振る。

 くだらないことばかりが頭をよぎってしまう。あの妖怪との密会から。

 紅輝はまだ吸いきっていない煙草を握りつぶす。開いた手のひらから少しばかりの灰がこぼれ落ち、風にのって消えていった。

 空を見上げれば、5つの影が青空へ吸い込まれていった。

 紅輝は新しい煙草を取り出した。

 

 

 

 旅館の慌ただしさが増す。

 誰かの足音が近づいてくる。紅輝はこちらに駆け寄ってきていることを認識しながら、気にもとめなかった。

 

「紅輝さん!」

 

 飛び込んできたのは、真耶だった。よほど急いだのか、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。

 だというのに、顔を青ざめさせ身体を震わせていた。

 

「あの子たちが! あの子たちが! お願いです、助けてください!」

 

 極度の恐怖からか、錯乱している。

 紅輝は一度ちらりと真耶を覗う。

 

「あの子たちが、福音の元へ。貴方しか止められないんです!」

 

 支離滅裂で飛び飛びの話。だが、事態はおおよそ分かる。

 専用機持ちたちが福音を倒そうと、勝手に飛び出していったのだろう。

 自らの危険を顧みず。

 止めようにも、言葉で止まる段階でないことは容易に想像がつく。

 だから、同じ専用機持ちである紅輝に助けを乞うている。

 だが、

 

「……」

 

 紅輝は煙草を吹かすのをやめない。

 紫煙が高く上っていくのを眺めながら、真耶へ顔すら向けなかった。

 

「それがどうした。たかが死ぬだけだ」

 

 人は死ぬ。死なねばならぬ。

 それがいつ、どんな風にかは分からない。

 だが、死ぬ。

 目の前で命が黄泉路へ下る。もはや数え切れないほど見届けてきた。

 これもその、数えきれない無数の一つでしかない。

 そんな些細ごとに付き合っていたらきりがない。

 

――パン。

 

 頬をはたかれる。

 真耶を見やれば、その瞳から涙をこぼし、紅輝をにらんでいた。

 

「たかがじゃないです! たった一つの命が失われそうなんです!」

 

 なぜ、袖を濡らすというのか。たかが命が失われるごときに。

 理不尽な死など、そこらに転がっている。いちいち反応していたら、何もできやしない。

 大げさに過ぎる。

 だけれども、それは大切なことではなかったか。

 不意にそんな考えが脳裏をよぎる。

 なぜか、くだらないと一蹴はできなかった。

 

「無数の一つでも、一つは一つか」

 

 加えていた煙草を吐き捨てる。空中で灰とかす。

 燻るのはここまでだ。

 

 

 

 海岸で機体を展開する。足が砂に沈む。まとわりつくその様は、すがりつく手だ。

 慣れた感覚だ。生きていればしがらみばかり増えていく。況んや長く生きれば生きるほど。だがずっとその場で蹈鞴を踏んでいるわけにもいかないだろう。ならばそれを清算しなければ。前へ進めやしない。

 

「だから、悪いな。幻想郷とやらにはまだいけそうにない」

「たかが人間の子供の命がそれほどまでに重要と?」

 

 虚空に穴が広がる。

 そこから八雲紫が出てきた。

 扇子で顔を隠しているため、その表情はうかがえない。

 

「そうだな。たかが餓鬼数人の命だ。だが、それはどうやらたかがではないらしい」

 

 口の端を弧に歪める。

 三十も生きていない存在に今更当然の道理を教わるとは。人生というやつは、どれほど長く生きようが、先を見通すことなどできないらしい。

 それともやはり、そんな当然のことも分からない阿呆さは、生来のものかもしれない。

 

「先の夜にも申し上げましたが、幻想郷は結界により守られています。その要石こそが、幻想は存在しないという認識。それが失われれば幻想郷は崩壊を迎えます。貴方が表舞台に立てば立つほど、幻が現へなりかねない」

 

 背後から感じられる妖力が高まる。

 背中から炎が吹き出す。あまりの高温に、陽炎が沸き立つ。

 

「少々不思議なことくらい、このISとやらの成果にできる」

「誰もがそれを信じるわけではないでしょう」

 

 八雲紫の言葉に、紅輝は笑い声を漏らす。

 どこかむっとした響きで告げられる。

 

「幻想は簡単に流布します」

 

 紅輝はかぶりを振るい、空を見上げる。

 青い空に影法師が映った。

 

「いいや、そうはならないサ。すべて『今は昔』になったからな」

 

 それだけ告げ、迦楼羅は飛び立った。

 赫赫たる残滓を残し。

 

 

 

 五つの機体が空を飛ぶ。

 

「二時の方向、距離二千に福音あり。これより会敵する!」

 

 各々が武器を構える。

 ISの性能からすれば、距離二千など、至近距離に等しい。

 セシリアとシャルロットが援護のためその場にとどまり、大型の銃器を構える。

 一方箒と鈴音、ラウラの接近戦に覚えがあるものは、自らの刃で風を裂きながら切迫する。

 

「――」

 

 だが、そううまくいくはずもなく。銀の福音が、主武装の光学兵器、シルバー・ベルで弾幕を張ったため、三方向に分かれ、よける。

 福音は制圧射撃といわんばかりにエネルギー弾を撃ちまくる。下手に踏み込めば、連射の的だ。

 中・遠距離に優れた攻撃能力を持つ福音を相手取るには、懐へ潜り込まねば話にもならない。そのためには、誰かが隙を作らなければならない。

 鈴音が福音の眼前にとどまる。その意味が分からない馬鹿はこの場にいない。

 

「セシリア! シャルロット!」

 

 鈴音が叫べば、打てば響くとでもいうのか、福音の左右から二人の援護が殺到する。

 実体弾とエネルギー弾が、福音を縫い止める。

 弾幕を無理矢理突破するより、正面に立ち塞がる鈴音を倒す方が損害は軽微と判断したのか、福音のバイザーが向き直る。

 

「そういえばアンタ、アメリカで造られたんだっけ? 面白いじゃない。西部劇の決闘っていうわけ」

 

 福音は何ら反応を見せず、シルバー・ベルを解き放つ。

 迫り来る光の嵐。飲み込まれたら一溜まりもない。だが、鈴音は小揺るぎもしない。

 

「確かに、アンタは今のところ最強でしょう。アメリカの工業技術に、イスラエルのITスキル。さらには軍用だけあって、行動ロジックやエネルギーも万全。だけど、アンタはアタシにだけは撃ち負ける。これがアンタを負かす早撃ち(クイック・ドロウ)よ」

 

 鐘が鳴り、龍が吠える。シルバー・ベルと龍砲との打ち合い。

 勝負にすらならない。先に攻撃したのは福音だ。さらにはエネルギーの総量も福音の方が上。甲龍に勝る面は何一つない。福音が急速に近づいてくる。龍砲を蹴散らし、至近距離からシルバー・ベルをたたき込む想定なのだろう。

 鈴音の口元が勝ち気につり上がった。

 

「――!?」

 

 龍の顎が銀の鐘を食い破った。

 確かにシルバー・ベルは強力無比な兵器だ。中間距離の制圧能力なら、龍砲を遙かに上回る。しかしどれほど優れた兵器であろうとも、光学兵器である限り、圧縮空気を砲弾とする龍砲にはかなわない。

 なにせ光は、密度の違う空間に侵入すると屈折してしまう。圧縮された空気の中を、光が真っ直ぐ進むことなどできやしない。

 これが、インプットされたデータだけで判断する戦闘AIと、これまで培ってきた全てをもって判断を下す人間の違いだ。

 純粋な攻撃性能(カタログスペック)を覆されたことに、福音は動きを止める。

 想定外の事態に定められた行動規則(アルゴリズム)で動くプログラムは対応できない。新たな行動ルーチンの作成がすぐさま行われる。これからに対応できるように。

 しかし未来のための行動が、今現在の隙となる。

 

「キェエエーー!!」

 

 猿叫。振り下ろされる鋼。

 紅椿の袈裟懸け。全国大会優勝者の一撃だ。学園であれば致命的だ。

 だが、福音は痛痒すら見せない。

 シールドエネルギーで完全に阻まれた。

 

「一撃がだめなら、何度でもだ!」

 

 乱舞するがごとく鈍色が閃く。

 

「下がれ、箒!」

 

 箒のいた場所を、シルバー・ベルが一掃する。あの場に留まっていたら、致命的なダメージを受けただろう。

 ラウラのレールカノンが火を吹く。

 福音は背後からの一撃をまともに受けた。海中へとたたきつけられ、激しい水柱を立てる。

 箒たちが有する銃火器の中で、最大の一撃だ。これ以上となれば、シャルロットの盾殺しだけだ。

 だが、盾殺しは接触状態でないと効果がない。それだけの隙を再び作るのは不可能だ。

 喉を鳴らし、海面に目をこらす。そのまま凪いでいろと願いながら。

 

「――」

 

 だが、海原を割り、終末を告げる笛吹き天使(銀の福音)が飛翔する。

 飛び散った海水が陽光に照らされ、砕いたガラスのように光を乱反射する。その中を飛ぶ福音は、まるで宗教画の一枚のようでもあった。

 ただし、箒たちにとっては、天使のふりをした悪魔だが。

 

「私たちでは止められないのか?」

 

 握りしめた刀が重たくなる。構えるだけの気力がごっそりと削られ、切っ先がだらりと垂れ下がる。

 視界に映るセンサー群は、銀の福音がいまだその身に蓄えたエネルギーを半分も減らしていないことを告げている。

 福音がシルバー・ベルを突きつける。箒は薄く笑い、肩の力を抜いた。

 

「ここまで、か。ああ、でも、最後に私を怒ってくれるような友達ができたのは、……うれしかったな」

 

 空裂と雨月が滑り落ち、海中へ沈んでいく。

 みんなの叫び声が聞こえる。逃げようとは思わなかった。ただ、今まで感じたこともなく心が澄み渡り、心地よかった。

 ここで死ぬ。それに納得できた。ならば、それで良いではないか。

 福音が引き金に指をかける。

 箒は目をそらさなかった。凪いだ心で見守った。

 だから、

 そう、だから。

 白き騎士の姿がその目に焼き付いた。


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