IS 不死鳥の鳥瞰   作:koth3

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お久しぶりです。
仕事で忙しく、中々書けませんでした。
なんとか書き終えたので投降します。


暴走キタイ

 束と箒が喧嘩別れをしてしばらく、強張った顔付きの真耶が専用機持ちを呼びつけ、旅館の一室に集めた。

 集められた部屋の周囲では、教師陣が物々しい気配を纏って忙しなく作業をしている。また呼びつけた真耶までもがすまなさそうに顔を歪め、部屋を出て行ってしまった。

 待てど暮らせど何も分からない。時間ばかりが無駄に過ぎていく。次第に皆そわそわしだす。鈴は部屋の中を右往左往し、セシリアは髪の毛を弄くり回している。ラウラは何かを感じ取ったのか、腕を組んで瞼を閉ざし、精神を集中させているようだ。だが、それはまるでこれから何か大きな事件でも起きる、そんな予兆を暗示しているようで、周りの落ち着かない気配をより強めた。

 唯一の例外は、紅輝と箒だ。二人はそれぞれ覇気のない様と怒りをあらわにした様とを隠そうともせず、それぞれの世界に閉じこもっている。

 誰もが気もそぞろでいると、唐突に扉が開け放たれた。そこには普段より鋭い眦の千冬がいた。

 

「全員揃っているようだな」

 

 つかつかと部屋の中央まで進んだ千冬は、後ろに着いてきた真耶にアイコンタクトを示す。真耶は頷くと、扉を閉めカーテンまでも締め切った。そして片手で持てる程度の何かの機械を懐から取り出しつまみを弄った。

 

「これで盗聴などは不可能です」

「ああ、ありがとう」

 

 千冬が専用機持ちに目を向ける。途端、部屋の空気がひりつきだした。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働中だったアメリカ・イスラエル開発の軍用ISが暴走した」

 

 その言葉に、箒ですら顔を青ざめた。紅輝だけが、呆けたままだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ、千冬姉!」

「後だ、織斑。暴走した機体は第三世代ISシルバリオ・ゴスペル。以後、『福音』と呼称する。この福音が、こちらへと向かってきている。日本政府はIS学園に福音の迎撃を要請した」

 

 一拍の合間にラウラが問う。それは疑問を解決するよりも、すべきことの確認をとるための問いだった。

 

「教官、つまり私達が福音を迎撃すると」

「いいや、あくまで確保だ。それに無理強いはしない。お前達は生徒なのだから。さて、今から五十分後、ここから五キロ先の海域を福音が通過する。教職員が海域を封鎖し、そこで専用機をもつお前達に確保を頼みたい」

 

 それは、つまり実戦だ。学園内で行われる競技ではない。危なくなったとしても、誰も助けてはくれない、死が影になってつきまとう。一夏が生唾を飲み込む音がやけに響く。

 静寂を切り裂くように、シャルロットが発言した。

 

「福音のスペックは開示されますか」

「ああ。当然守秘義務が発生するがな。ここで見たこと聞いたことを迂闊に喋ってみろ。はれて形ばかりの査問委員会の裁判後、アルカトラズにぶち込まれるだろう」

 

 そう言って千冬は、束になった書類をシャルロットに手渡した。

 一夏、箒、紅輝を除いた専用機持ちが素早く書類に目を通す。

 

「さすがに第三世代ね。基本スペックが高いわ」

「基本性能もそうだが、一番厄介なのはリミッターがないことだな。我々のISとは内臓エネルギーが文字通り桁違いだ。軍事用だからといえばそこまでだが」

「私としましては、この特殊武装というものが気に掛かりますわ。エネルギー武装の類いのようですが、私のブルー・ティアーズとはまた違うようですし」

「銀の鐘……。どうやら大型スラスターと一体化したものみたいだね」

 

 さすがは国家代表候補生、数少ない専用機をもつことを許された存在。的確に戦力を分析していく。一夏は何も出来ず、それをただ眺めて話を盗み聞くことしか出来なかった。

 

「でも、最大の問題は……」

「速度……か」

 

 机に投げられた書類には、福音の飛行速度が掲載されていた。最大速度、二四五〇キロ。マッハ二を越える超音速。

 第三世代のISでも、ここまでの速度は出せる機体は多くない。専用機持ちでも難しい。特にシャルロットでは。

 シャルロットの専用機は、リヴァイヴ・カスタム。第二世代のISだ。ある程度手を入れていたとしても、一世代前のそれも速度に特化した機体というわけでもない。福音に到底追いつくことは出来ないだろう。

 誰もが渋い顔をするなか、セシリアは髪をかき上げてみせる。その耳に飾られたイヤリングが輝く。

 

「私のブルー・ティアーズならば問題ありませんわ。ちょうど折良く、高機動型パッケージが本国から届いておりますの」

「そうか。となると、強行偵察……は無理だろうな。アプローチは一回。それも相手の能力は未知数。継戦能力は高い。となれば最善は」

 

 ラウラはそこで区切ると、一夏をちらりと見た。

 

「お、俺か!?」

「そうだ。白式は零落白夜が使用可能だ。あれならば、一撃で大ダメージを狙える。今回の任務は、短期決戦で片を付けるべきだ」

「俺が」

 

 一夏は自らの手の平を眺めている。

 

「織斑、無理に参加する必要はない。たとえお前が加わらなくとも、誰も責めることはない。これは実戦なのだ」

 

 千冬の言葉に、一夏は拳を力強く握り締めた。

 

「いや、千冬姉。やるよ、俺、やるよ」

 

 一夏は真っ直ぐに千冬を見詰めて言い切った。千冬はそんな一夏を黙って見詰めた。

 

「そうか。ではお前が切り札だ。そうそうに飛び出すなよ」

「分かった、千冬姉」

 

 ラウラが資料のなかにあった海図を引き延ばし、一点を差す。そこは、福音との交戦予定地だ。

 

「ではお前を起点に、オルコットがフォローに回るという形で――」

「ちょっと、待ったぁ!」

 

 唐突にここにいるはずのない声がした。誰もがあたりを窺う。

 

「上か!」

 

 千冬の声に応じるように、天上の一部が開き、そこから束が下りてきた。

 身軽に着地をすると、千冬や一夏、それに箒にピースを向けている。

 

「それなら断然箒ちゃんと紅椿の出番なんだよ!!」

「どういう意味だ、束」

「紅椿には第四世代ISの技術、展開装甲が使われているんだよ」

 

 展開装甲を利用すれば、白式にも負けない速度が出せる。束はそう締めくくった。

 

「だ、第四世代ですって!? 各国がまだ第三世代ISの作成にすら苦心しているというのに!」

「あんな無能達と一緒にしないでよ。それに」

 

 束が一夏を見た。いや、その視線の先は、一夏の腕にある、白式だ。

 

「とっくの昔に白式にも使った技術だもん。今回はそれを全体に利用しただけ」

「えっ」

 

 一夏が白式を見る。専用機持ちの視線が集中するなか、千冬は束に尋ねた。

 

「……束、調整には」

「六分もあれば大丈夫。さっきデータも手に入れたしね」

 

 千冬はしばし考え込んだ。

 

「オルコット、パッケージの展開にはどれくらいかかる」

「三十分はかかります」

「高機動状態での訓練は」

「十五時間です」

「……よし。織斑、篠ノ之、頼めか」

「なっ、私では力不足だと!?」

「今は時間が惜しい。それに高機動状態でのブルー・ティアーズの運用は国家代表でも難しいものがあるだろう。お前の習熟度では、フレンドリーファイアーの危険性が高いと判断した。それを踏まえた上で意見はあるか、代表候補生」

「そ、それは」

 

 セシリアは唇を食む。ブルー・ティアーズのビットは強力だが、元々一対多を前提にした武装だ。味方がいるなかでの運用は難しい。それもお互い高速で移動しているなか、敵にだけ攻撃を行うというのはあまり現実的ではない。

 となれば、セシリアの攻撃手段は、スナイパーライフルか、インターセプターだけに限られる。それではどうしても火力不足に陥ってしまう。精々が白式の援護で精一杯だ。

 が、箒の紅椿ならば援護のみならず、攻撃にも回れる。束の言を信じれば、展開装甲にはそれだけのポテンシャルがある。

 セシリアは悔しそうにしながらも、引き下がった。

 

「それで、どうだ。二人とも」

「俺は構わないけど……」

 

 一夏が心配げに隣に立つ箒を見る。その表情は忌々しげに束を睨んでいる。

 

「……私も構いません。軍用ISが暴走している一大事ですから」

「箒、大丈夫か?」

 

 箒は一夏に返答することなく、束の方へ近寄っていった。

 

「早くしてくれ、姉さん」

「うん。任せて、すぐに終わらせるから。ね、箒ちゃん」

 

 箒は束に身を預けたまま、むっつりと黙り込んだままだ。

 

「……一先ず二人以外はここで待期だ」

 

 

 

 一夏と箒は海岸で専用機を纏い、合図を待っていた。

 

「早く乗れ」

「あ、ああ、こうか」

 

 移動に使う僅かなエネルギーも零落白夜に回せるよう、一夏は紅椿の背中に乗った。

 が、一夏はどうにもしがたいやりづらさを感じていた。

 普段の箒ならば、男が女の背中になどというだろう。だが、今の箒は黙り込んだまま、ただただ怒気を放っているだけだ。

 その濃密な怒気にあてられ、一夏の身体は自ずと強張ってしまう。

 と、作戦決行時刻が迫ってきた。

 

「織斑、篠ノ之。準備はいいか」

「はい」

 

 本部からの問いに箒が短く答えると、すぐさま砂浜を飛び立った。瞬間、猛烈な加速で砂浜がどんどん遠退いていく。白式に勝るとも劣らないその速度に、一夏は改めて紅椿の性能に驚きを隠せなかった。

 

「そろそろ接敵する。気を引き締めろ」

「分かった、千冬姉」

 

 遠目に黒い影が映る。が、すぐにそれが近付いてくる。銀色の装甲に、大型のスラスターと翼。これまで一夏が見てきたISとどこか違う。それは完全な軍事用のISとして作られたからか。

 一夏は雪片弐型を構えて、精神を統一させていく。

 

「加速する」

「なっ、箒、ちょっと待て!」

 

 あまりに唐突な加速に、一夏の姿勢が崩れる。それでも一夏は雪片弐型をなんとか振り抜いた。が、

 

「浅いっ!」

 

 手応えがない。やはり無理な体勢での一撃は効果的とはいえなかった。切っ先がようやく装甲を掠めた程度だ。エネルギーを大幅に消耗してようやくかすり傷。収支でいえばマイナスもいいところ。

 さらには。

 

「完全に敵認定されたか」

 

 福音が能面で一夏たちを見据える。紅輝のISと同じく、顔面を覆うバイザーのせいで、パイロットの様子はうかがい知れない。

 鈍色の顔が告げている。お前は敵だと。

 焦げ臭い匂いを感じ取った一夏はその場を跳び退る。間一髪。一夏がいた場所を、ぶどう弾のようにいくつものエネルギー弾が穿つ。

 もともと機動性の為に防御力を犠牲にした白式が、至近距離から散弾染みた攻撃を食らえばひとたまりもない。

 こめかみを汗が伝い落ちる。

 

「だからって、引くわけに行かないんだよ!」

 

 自らに気合を一喝し、間合いを詰めようとする。が、福音は先ほどと同じようにエネルギー弾をばらまき、一夏を拒絶する。

 

「くそっ」

 

 強引に針路を切り替え、エネルギー弾の回避に努める。身をかすめるだけで、白式のエネルギーが減少していく。

 一夏が攻めあぐねていると、箒が動いた。

 

「箒!?」

 

 しかしそれは傍から見ても無茶なものだった。背後から隙を突いてといった風ではあるが、その実全く隙などない相手に突撃を敢行した。当然福音は紅椿を迎撃する。

 

「チェストォッ」

 

 だが、箒は迫り来る弾幕を気にも留めず、大上段から太刀を振り下ろす。

 鬼気迫る一撃は、しかしあまりに幼稚だった。その一撃はただ腕力で振るうものだ。とてもではないが、全国優勝を成し遂げた剣士がすべき太刀筋ではない。力自慢のずぶの素人が、初めて長物を振ったような有様だ。

 あれではあたるまい。いや、そもそもあたったところで紙一枚切れはしまい。

 

「なんだよ、それ……!」

 

 あまりの醜聞。いや恥知らず。篠ノ之箒という少女が積み重ねたであろう剣に対する侮辱ともいえる行いに、一夏は雪片弐型を固く握り締めた。

 

「なんだって、そんな剣を……」

 

 白式が告げる。僚機である紅椿のエネルギーが刻一刻と減っていき、そろそろ危険領域に至ることを。

 だというのに、箒は突撃して剣を振り回すのを止めない。このままでは、シールドエネルギーが尽きて、最悪の事態は免れない。

 しかし一夏には、なぜだか箒がそれを望んでいるかのように見えた。

 

「箒、落ち着け! そんな力押しが通用する相手じゃないぞ! 一旦離れて機会を」

「うるさいっ、邪魔をするな!」

 

 紅椿の一撃が福音の胴をなぎ払った。鈍い音と火花が散るものの、一夏の予想通り、今の箒の攻撃では福音になんらの影響も与えられなかった。

 しかし攻撃を加えられたことを危険と認識したのか、福音は紅椿から距離を取ろうとする。

 

「くそっ、急がないと」

 

 その一瞬の隙を突き、一夏はイグニッションブーストで間合いを詰め、切った。白く輝く刀身が、福音の絶対防御を切り裂いた。零落白夜の一撃を受けた福音は、一夏からも距離を取った。その動きに深刻なダメージは見当たらない。

 それを証明するように、白式のセンサー群によれば、福音のエネルギーは三割も減っていない。なのに一夏が使える残りエネルギーはもう半分を切っている。

 余り動きのない福音に警戒しながら事態を覆せる案がないか思案に暮れていると、通信が入った。それは本部からの通信だ。

 

「織斑君、篠ノ之さんを連れて退避してください! 作戦は失敗と判断します」

 

 苦々しく思いながらも、一夏は真耶の言葉に首を振った。白式のエネルギーはすでに枯渇が見えだしている。なのに、福音のエネルギーはまだ七割以上残っている。せめて箒と共闘できるならばまだ可能性はあるかも知れない。だが、今の箒では不可能だ。

 

「箒!」

「断る!」

 

 箒は刃を顔すれすれまでに引き付け前傾姿勢をとっている。それは明らかに突きを狙った構えだ。

 

「何を言って!?」

 

 一夏が止めるまもなく、紅椿と福音が再び激突した。

 

「箒っ!?」

 

 紅椿の装甲が剥がれ落ちる。それはつまり、絶対防御を貫かれたということだ。

 だというのに、箒はより過激に攻めかかる。

 

「死ぬ気か!」

 

 一夏が箒を止めようとするも、福音のエネルギー弾によって邪魔をされる。尻込みをしている合間に、福音は紅椿に攻撃を加えていく。

 紅椿のシールドエネルギーがみるみる減少していく。一夏の顔が青ざめていく。

 

「箒!」

 

 とうとう、福音のエネルギー弾に紅椿のシールドエネルギーが空になってしまった。

 意識するまもなく、一夏はイグニッションブーストを発動していた。エネルギー弾を零落白夜で搔き消し、箒の下へ駆けつける。

 箒はシールドエネルギーが枯渇した影響か、気を失ってしまっていた。

 

「一夏、後ろっ!」

 

 いざという時のため後方で待機していた鈴の声がする。一夏は首だけを振り返る。視界いっぱいに、エネルギー弾が見える。

 避けることは出来ない。それが分かったから、一夏は箒を抱きかかかえ、エネルギー弾から庇った。

 薄れ行く意識のなか、気を失っただけの箒を見て、一夏はうっすらと微笑んだ。




次はもう少し早く投降したいものです。

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