IS 不死鳥の鳥瞰   作:koth3

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お久し振りです。ようやく書けたので投稿致します。



只人と天災

 一夏は顎先から滴る汗を拭う。汗だくの全身に、ISスーツが纏わり付き、べたべた鬱陶しく、眉根がよる。

 

「あ~、暑ぃ」

 

 手で風を送るも、朝早くからギラギラ照る太陽は全く容赦なく、一切の涼を得られない。それどころか光線はより鋭さを増したようで、汗がひっきりなしに流れ出る。

 しかし汗塗れなのは、暑さだけが原因ではない。岩に囲まれた入り江に、何十人もが集まり、整列しているというのもある。

 周囲から立ちこめる人いきれは、吹き込んでくる潮風でふき散ることはなく、それどころか熱気を集めてより一層煮詰まるばかりで、一夏の頭がクラクラしだす。

 何もせずぼうっと突っ立っているだけで、立ちくらみを起こしそうな中、もう十分は立ちん坊で待たされている。待っているだけだというのに、眦がきつくなっていく。

 何でも良いから早くしてくれないか。

 辺りの様子を探り出せば、視界の端では忍耐を叩き込まれた軍人のラウラですら、組んだ腕をしきりに叩いている始末。誰も彼もが、口にはしないが腹を立てているようだった。

 

「注目っ。今日は装備試験を行ってもらう」

 

 そんな中を大喝が飛ぶ。弾かれたように一夏が前を振り向くと、そこにはいつのまにか千冬がいた。

 その顔を見て大慌てに気をつけをする。辺りの生徒も、いつものお茶目さはすっかりなりを潜め、素速く襟を正した。

 なにせ、列の前で仁王立ちになった千冬の表情は、生徒と同じく、いやそれ以上に険しいものだった。

 辺りの空気が歪んで見えるくらいに、気色ばんでいる。

 

「そりゃあ、真っ黒なスーツを着ていたら暑いだろうに……」

 

 一夏は思わずこぼしてしまう。

 いつものようにスーツをビシッと着込む様は、弟の目からでも、凛とした顔立ちや挙動にとても似合っている。が、いかんせん真夏の炎天下では、さすがにどうかというもの。あれではどれほどの高級スーツであろうとも、熱気を籠もらせるだけのジャンパーと、そう変わりない。

 世界最強であろうとも、機嫌の一つや二つ、悪くなるだろう。説明を続ける語調も、普段より厳ついものだ。随分と苛立っている。

 こんな状態の千冬を怒らせようものならば、ただでさえ痛い折檻が、さらに威力を増すことは火を見るよりも明らか。

 それを理解して怒らせるという愚か者はいない。当然一夏もだ。千冬を怒らせぬよう、ただ無言で指示に従う。

 それでもなお千冬の一挙手一投足に、一夏を含め生徒は生唾を飲み込む。いつ、伝家の宝刀、出席簿が引き抜かれるかと。

 生徒の注目を浴びる中、千冬が最後に質問の有無を訊ねた。誰も挙手しないのを確認すると、「作業始め」と合図した。

 生徒が一斉に動き出す。少しでも遅れたら、千冬の手に出席簿が握られることだろう。

 それは御免だと、一夏も遅れまじと動き出す。その折り、ふと動かない人影を見かけた。立ち止まりその人影をよくよく見る。

 紅輝だった。佇んでぼんやりと空を眺めている。つられて一夏も見上げてみたら、空には雲一つなかった。小首をかしげる。

 その間も、紅輝が動き出す気配は全くない。仕方がないので一夏は近づいていき、声をかけた。

 

「紅輝さん、どうしたんですか。早く作業しないと、千冬姉にどやされますよ」

「……一夏か」

 

 紅輝の首がぐるりと巡って一拍。ようやく出てきた言葉がそれだった。あまりにのんびりした紅輝の動作に、一夏は苦笑をこぼす。

 

「一夏かっ……て……」

 

 それ以上の言葉は一夏の口から出てこなかった。見てしまったからだ。認識てしまったからだ。

 紅輝の一夏を見ているようで、どこか違う所を見ている胡乱な瞳を見てしまったからだ。

 

「あ……う」

 

 気がつけば、一歩後退っていた。夏の暑さはどこへいったのか。ただ寒気が忍び寄ってくる。

 怖い。目の前にいる男性が、急に霞んで見える。子供の頃、目一杯遊んだ後帰るときに、ふと誰も知らない子が混じっていたことに気づいた時のような。得体の知れないぞわぞわする感覚。

 それが紅輝から漂ってくる。

 寒気が足下から這い上がってくる。

 それらは一夏の足を掴み、引きずり倒そうとする。

 

「こ、紅輝……さん」

 

 舌がもつれる。

 人形のように整った顔立ちが、無表情に一夏を見つめている。赤い瞳は常と違い濁っている。それから目が離せない。

 そのままその瞳孔が、すべての光を飲み込んでしまいそうで、そして諸共に吸いこまれてしまいそうで。

 一夏がもう一歩後退ったときだった。

 

「何をしている」

 

 何時の間にか近寄っていた千冬が、秋霜烈日な目で一夏と紅輝を見下ろしている。

 

「あ、千冬姉……」

「織斑先生だ、馬鹿者共が。さっさと行動を開始しろっ」

 

 どこから取り出したのか、閻魔帳で二人とも頭を一発ずつやられた。

 痛い。後からじんわりと痛さが滲みだしてくる。

 頭を押さえて蹲っていると、あの寒気が消えていたことに気がついた。また夏の気怠さを催す暑さがぶり返してきた。

 一夏は熱を孕んだ息をもらす。

 千冬に叱られつつ、横目で紅輝を窺えば、いつもの赤い瞳が窺えた。一夏は、さっきは見間違いをしたのだろうと、そう自分を納得させた。そして千冬にどやされ、走り出す。

 入江の奥では、いつものメンバーが集まっていた。

 

「遅いですわ、一夏さん」

「悪い、セシリア。それで俺は何をしたら良いんだ」

「そうだな、いざという時のために待機しておいてくれ。国から送られた最新装備といえば聞こえが良いが、たまにとんでもない代物があるからな」

 

 ラウラがため息をしいしい頭を振った。他の専用機持ちも一応に苦い顔をしているのは、専用機持ちならではの苦労というものなのだろう。

 だがそれでも、一夏は瞳を燦めかせた。

 

「でも、全く新しい装備なんだろう。ちょっと、ワクワクするな。俺は零落白夜しか使えないからさ」

「むっ……。そうだな。大概はまだまだだが、時折光るものがある」

「ああ、掘り出し物ね。あると一気に楽しくなるのよね」

「僕も盾殺しと出会ったのは、装備試験の最中だったなあ。倉庫で埃被ってて、ものは試しだと使ってみたら、凄く性に合っていたんだ」

 

 わいわい皆と話し出す。が、一夏はその輪から離れた二人に気がついた。

 紅輝と箒だ。

 紅輝は再び空を仰ぎ見てぼんやりしている。あまりの覇気のなさに、呼吸をしているのだろうかと、ついつい疑ってしまう。風にばたりと倒されてしまうのではないだろうか。

 一方の箒は珍しく、俯いていた。いつも胸を張って堂々しているというのに。

 何かあったのだろうか。

 紅輝のことも気にはなるが、一夏はそれ以上に箒のことが気にかかった。

 

「どうした、箒。元気ないようだけど」

 

 話しかければ、箒は肩を跳ね上がらせた。

 

「っ、いや、そんなことない」

 

 箒は一夏と目を合わせなかった。話をする時、必ず相手の目を見るというのに。

 何かあった。一夏はそう確信した。言葉少なに立ち去ろうとした箒の腕を掴む。

 だが、

 

「放してくれっ」

 

 勢いよく腕を振りほどかれた。その勢いは強く、大分逞しくなってきた一夏の身体をふらつかせたほどだ。

 とっさにバランスをとり、顔を上げたとき、箒は一夏のことを茫然と見つめていた。

 その衝けば今にも崩れてしまいそうな表情に、一夏は何かを言いかけた。何を言おうとしたのかは分からない。

 しかしそれはとつぜん乱入してきた声に邪魔をされ、どこかに消えてしまった。

 

「久しぶり、箒ちゃんっ」

 

 視界の端から影が飛びこび、箒を押し倒した。舞い散った砂煙が海風に流されると、その人の姿が見えてきた。

 

「束さん」

 

 ふんだんなフリルで装飾されたロリータ服、頭には機械でできた兎耳。どこか愛らしさすら感じられる出で立ち。

 それらを着込んだ篠ノ之束が、満面の笑みで、押し倒したままの箒をそのふくよかな胸で窒息させようとしていた。

 

「って、だ、大丈夫か、箒っ」

「ああん、もうちょっとだけ。……いっくんのケチ」

 

 慌てて束を抱き起こせば、なにやら卑猥な言い方をする兎が一匹。その下からむせた箒がでてくる。箒は咳き込んだまま束のことを睨む。

 

「いきなり何をするんですか、姉さん」

 

 まだ呼吸が苦しいのか、胸元に手を置いている。それでもすくと立ち上がると、怒気を露わにした。

 

「ただ抱きついただけだよ」

 

 にこやかに笑う束。しかしそれを告げられた箒は、いよいよ湯気が立ってきた。

 爆発一歩手前だ。

 

「お、落ち着けよ、な、箒」

 

 二人の間に割って入る。

 

「一夏っ、私は今、姉さんと話しているんだっ」

「すまんが篠ノ之、それは一旦待ってもらおう」

 

 箒の背後から千冬が歩いてくる。ゆらゆらと立ちこめるのは、覇気か、それとも……。

 頭に血が上っていた箒ですら、近づいてくる千冬から離れるようとそっと後退りする。皆同じように離れていく。急に動けば襲われるとでもいうかのように。もちろん一夏も同じようにそっと離れた。

 束までの間を、人垣の道ができあがった。

 

「あっ、ちーちゃん」

 

 喜色満面。千冬の纏う雰囲気に気がつかないのか、あるいは無視しているのか。束は先の箒以上の速度で飛びかかった。

 が、そこは世界最強。飛びかかってきた束をあっさりと片腕で捉えると、その米神を握り締めたまま、持ち上げた。

 

「いたたたっ、ちーちゃん、痛いよっ」

「痛くしているんだ、この馬鹿者がっ。ここは関係者以外立ち入り禁止だ」

「ええ、私以上の関係者なんていないよ」

「お前はIS学園と何ら関わりがないだろう」

 

 勝手知ったる仲とでもいうのか。お互い遠慮もなくズバズバ言い合う。が、端から見ると、アイアンクロウをかけている側とかけられている側でしかなく、一種シュールな絵だった。

 一夏がドン引きしている中、肩を叩かれた。

 

「あの、一夏さん」

「どうした、セシリア」

「あの方が、篠ノ之博士なのでしょうか」

 

 セシリアの視線は、一夏と束の間を、何度もきょときょと往復している。

 信じがたいのだろう。世界の軍事バランスを塗り替え、様々な科学レベルを一気に引き上げた稀代の天才・篠ノ之束が、あんな不思議系ファッションを纏い、子供のように自由気ままに暴走している様は。

 だがそれが篠ノ之束という人間である。

 一夏はそのことをよく知っている。

 常人には計り知れない脳髄を秘めながら、誰よりも幼い心をした女性。それが篠ノ之束だということを。でなければ、白騎士事件で全世界のミサイルをハッキングし、発射などしない。

 そして次にセシリアがとるであろう行動が分かったから、一夏は首を横に振った。

 

「セシリア、もしコネを作ろうという気ならやめといた方が良い。束さんは、他人を人として認識していないから」

「え、それはどういう……」

「見ていれば分かる」

 

 ちょうど、束が千冬の魔手から逃れた。そして何かに気がついたらしく、小走りで駆け出した。

 駆け出した先には、紅輝がいた。周囲を旋回しながら全身をじろじろと見つめている。その様は、科学者が試験管の化学反応を観察しているようだ。

 

「ねえ、お前だよね。ISを動かした奴って。ふうん。どうして動かせるんだろうね。いっくんならまだ仮説は立てられるんだけど……。私が分からないなんて気にくわない。まあ、いいや。解体すれば何か分かるでしょう」

 

 誰もがその語句に固まった。いや、多少推測できていた、一夏・箒・そして千冬だけは固まらずにすんだ。

 

「私の生徒に何をしでかすつもりだ」

 

 だからこそ、迅速に対応した。束が何か行動を起こすよりも早く、千冬は駆け寄り束を横合いから殴り飛ばした。

 二・三メートルは軽く吹き飛んだが、束は軽快な動作で着地すると、頬を膨らます。「もう、いきなり殴るなんて酷いよ、ちーちゃん。でも残念でした。束さんは細胞レベルで人類最高の存在なのでした」

 ピースサインなぞしているが、辺りは静まり返っており、細波の音だけがいやに良く響く。

 

「本当は解体したいけど、ちーちゃんがうるさいから諦めるよ。命拾いしたね、お前」

 

 そう告げられた紅輝は、しかし変わらず空を眺めていた。何時の間にか咥えていた煙草をくゆらせて。

 それが気に入らなかったのか、束のトーンが低くなる。

 

「おい、聞いているの」

 

 その言葉に、紅輝は顔を動かし束を見た。が、すぐに何も言わず、空を眺めだした。それはまるで、蹴躓いたものを見た程度の動作だった。

 ハラハラしながら皆が見守る中、束が戦慄く。

 

「この束さんに話しかけられて、何その反応。気に入らない。本当に気にくわない」

 

 一夏が今まで見たこともない――普段からニコニコ笑っている束が浮かべているとは到底思えない――怒り顔で、束が紅輝を睨む。

 辺りの空気が変わる。その場にいる全員が、さらに一歩後ろに下がった。千冬ですら半歩下がっているほどだ。

 だが、そんな中、紅輝は相も変わらず、白痴じみた様子で、ぼんやりと空を仰いでいる。

 一触即発の空気が続く。

 それを切り裂く声があった。

 

「ね、姉さんは私に用があるのだろう」

 

 耳目を集めた箒は、苦虫をかみつぶしていた。その声に、束はぐるりと振り返ると、一転してまた童女のように笑顔を浮かべた。

 

「そうだ、こんな奴よりも大事なことだった。じゃあ、箒ちゃん、空を見上げるがいいっ」

 

 束が天を指差す。その指の動きにつられて空を見上げれば、青空に何か瞬いた。それが何か分かるよりも早く、砂浜めがけて落ちてきた。

 

「そ、総員退避ッ」

 

 立ち位置こそ違うが、どこか見覚えのある光景に、一夏はさけんだ。

 その場にいた全員が大童に逃げ出す。

 だがすぐに、一夏は凄まじい風圧に背中を押し飛ばされ、吹き飛んだ。

 

「いててっ」

 

 起き上がって背後を見てみれば、赤いISを収納した正八面体のクリスタルが、砂浜の一部を吹き飛ばし、突き刺さっていた。

 

「ジャジャーン、どう、箒ちゃん。白に対をなす紅は。これが箒ちゃんの専用機だよ。凄いでしょう。私からのプレゼントだよ」

 

 一拍おいてざわめきが広がる。それらのがやが大きくなるにつれ、次第にいくつか、いやな響きが混じり出す。

 

「それって依怙贔屓じゃないの」

「篠ノ之さんって、専用機もらえるほどの操縦者なの。そうは思えないんだけど。だとしたら不公平じゃない」

 

 箒が奥歯を噛みしめる。何も反論をしない。

 だが、束が先程よりかは幾分持ち直したが、それでも冷たい口調で反論する。

 

「馬鹿じゃないの。有史以来、世界が平等で会ったことはないよ。というか、何で私がお前達有象無象のために何かしてやらないといけないわけ。私は箒ちゃんだからこそ、ISを造ってあげたのに」

「姉、さん……」

「さ、箒ちゃん。セッティングしちゃおう。すぐに終わるからね。その後は、動かしてみよう」

 

 いうや、躊躇う箒の背中をぐいぐい押して、紅椿にのせると、凄まじい勢いで調整を開始した。投射されたキーボードを押す指の動きは目まぐるしい。

 

「はあはあ、なるほどね。うんうん。予測とほとんど変わらないね。うん、これで大丈夫」

 

 ものの五分も経たぬうちに、フィッティングを完了してしまった。学園の担当官でも、三十分はかかる作業だというのに。

 

「さ、箒ちゃん。思う存分飛んでみて」

 

 促され、恐る恐るといった具合に箒が一歩、二歩と踏み出し、思い切って地面を踏み出す。軽い動作に反し、凄まじい勢いで紅椿が飛んだ。

 

「す、すごいパワーだ」

 

 飛行機雲が青空を真っ直ぐ両断している。圧倒的な加速力に速度。高機動型の白式をも上回るのではないだろうか。

 

「うんうん。良いよ、箒ちゃん。じゃあ、これ撃ち落としてね」

 

 束が何かをキーボードで打ち込むと、空中からミサイルポッドが現れた。量子変換技術の応用だろうか。驚く一夏達をよそに、多弾頭ミサイルが発射された。

 

「左側のが空裂。右側のが雨月だよ」

 

 紅椿が二振りの刀を振るう。それぞれの刀身から照射されたレーザーは、全てのミサイルを迎撃した。

 紅椿が着地すると、真っ先に束が抱きついた。

 

「格好よかったよ、箒ちゃん」

 

 確かに刀だけであれだけのミサイルを撃ち落とす様は、映画のように絵になった。

 だが、一夏はどこか腑に落ちないものがあった。それは箒も同じく抱いたのか、浮かない顔をしている。

 

「腕、ね」

「え」

「一夏の疑問の答えよ。確かにあの紅椿、篠ノ之博士の作品だけ合って、凄い性能よ。でも、それを使いこなせるだけの技量が箒にはないわ。いってしまえば、機体性能でどうにかしただけなのよ。だから納得できない。納得できやしない」

 

 鈴の言葉を証明するように、再びざわつきが大きくなる。

 

「何よ、それ。それじゃあ、私たち、何のために努力しているのよ……」

「他の子ならまだ分かるけど、どうしてよりにもよって、あの子なのっ」

 

 一夏の頭に血が上りかけた。しかしそれらはすぐに下がった。見てしまったからだ。誰もが悔しそうに顔を歪めている様を。

 

「あっ、箒!」

 

 紅椿から降りた箒が駆け出す。唐突な出来事に、束も、千冬も反応できずにいた。しかし一夏はその背を追いかけた。

 

「待てよ、箒」

 

 呼び止めるが、箒の足は止まらない。それどころか、さらに速度が上がった。一夏は遮二無二追いすがり、人気のない砂浜でようやく追いついた。

 

「おい、箒」

 

 肩に置いた手を振りほどかれた。振り返った箒の目には、怒りと共に光るものがあった。

 

「箒……」

「どうして、どうしていつもああするんだっ。いつも姉さんが滅茶苦茶にする。あのときも、今も」

「お、落ち着けよ、箒。束さんだって悪気があったわけじゃ」

「だったら何をしても良いのかっ。家族をバラバラにして、今もそうだ。結局あの人は自分が楽しければ、それでいいんだ。口でこそ私のためだといっているが、全部自分が楽しむためだっ。」

「おい、箒! いくら何でも言い過ぎだ!」

「うるさい、黙れ! お前に何が分かる。あの人の奇行に苦しめられたのは、私たちだ! お前じゃない! 私はあの人の玩具じゃない!」

「箒っ」

「もう、放っておいてくれ!」

 

 その叫び声は、明確な拒絶となり、壁となり、一夏を突き放した。その間に箒はまた走っていってしまう。

 一夏は箒を追いかけようとした。

 

「やめておきな」

「紅輝さん……」

 

 だがそれは、何時の間にかやって来た紅輝によって止められた。

 

「どうして邪魔をしたんですか」

 

 紅輝は細波を被るギリギリの境界線に立ち、海を眺めていた。一夏はその背にもう一度、同じ質問をぶつける。

 

「やけになっていたからさ」

「だったら余計止めないと」

「それで止まるのは普通のやけさ。本当の本当にやけっぱちになるとな、周囲一帯を燃やし尽くしちまうもんだ。全てを烏有に帰す程に、な。それを止めようとするなら、生半可な覚悟じゃ止められない。お前にあるか。全てを賭けて止める覚悟が。死んででも止めるという覚悟が」

 

 一夏はその質問に答えられなかった。代わりに一つ訊ねた。

 

「紅輝さんは、どうしたんです」

 

 紅輝がゆっくりと振り向いた。その顔は、色々なものを混ぜ込みすぎた、泥土のようなものだった。

 

「忘れちまったサ。……そんな大昔のこと」




これからも時間を見て書いていきます。時間はかかりますが、お付き合いくだされば、幸いです。

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