手にした夜刀神を振るい、バゼットと数度打ち合う。
先程の様に弾かれるが、それでも一撃の重さが違う。バゼットもそれを感じたのか驚愕の表情を浮かべている。
身体からは疲弊しているのが嘘かのように力が漲って来る。消耗が無かったかのように力を出せるというのは今この状況ではありがたい。
いや、違う。本来以上の力を引き出しているかのように身体が軽いのだ。
これにはさすがに士郎も不思議に思ったが、打ち合いの最中視界の隅に映ったランサーを見て疑問はすぐに氷解した。
「~♪ ~♪」
彼女が歌い、踊っている。動く度に水しぶきが現れ、それにつれて士郎の力が引き出されているのを感じる。
彼女が歌う事で士郎は本来以上の力を出せている、という事を理解した彼はそのまま攻勢に移った。
さっきまで一方的にボコボコにしていた相手が急に謎の刀を呼び出し、突然パワーアップした事に対して動揺しているバゼットをこのまま押し切らなければ、冷静になられれば対処されてしまい負ける。
だからこそ、このまま畳み掛ける。それが士郎の選択だ。事実、相手は圧倒的に格上の敵。このチャンスを逃せば勝ち目は無い以上その選択は正しい。
「くっ先程までとは動きが違う! 一撃も重い…何故そのような力があるのに今まで使わなかったのですか!?」
この時、バゼットは一つ勘違いしていた。先程まで瀕死だった少年が復活し、パワーアップを果たしたのがあの刀による力であると彼女は考えていた。
理由は二つある。一つは夜刀神から感じ取れる神秘。士郎は知らなかったが夜刀神は神器の一つであり、資格を有する者だけが手にし、世界に救いをもたらすとされる。そのような代物ならば急激なパワーアップ効果があっても不思議じゃないと彼女が思い込んでしまうのも道理である。
これについては爺さんが残してくれた家宝以上の事を知らなかった為士郎がそこに気づいていないのは仕方ない。むしろそんな代物を馴染むからと何の疑問も思わず日夜ただの素振りに使っていたとバゼットが知れば怒り狂うだろう。
「使っていて分かるけど、これは容易く人を殺せてしまう。俺は今まで人を殺してしまうかもしれないって、無意識に考えていたさ。それで人を助ける正義の味方になるんだって息巻いていた」
もう一つの理由は、士郎とバゼット、そしてランサーの立ち位置だ。士郎はバゼットに猛攻撃を加えており、バゼットはランサーの位置にまで気を回す余裕が無い。
つまり、ランサーが背後で踊る事によって士郎に力を与えている事に気づいていない以上、不自然なパワーアップが重い神秘の篭ったあの刀によるものだと結論を出していた。
そもそも、ランサーはいうなれば三騎士。マスターの能力を向上させる等という芸当は本来でいえばキャスターのお家柄だ。
だが、そのキャスターはバゼットのサーヴァント。故にサーヴァントがマスターを強化しているという線は彼女の中に浮かばなかった。
「けど、この聖杯戦争は違う。負けたら俺が殺されるだけじゃない、ランサーが消滅して、俺の知っている皆が危険な目に合う。下手すれば10年前以上の災害が訪れるなんて事に俺はさせない!」
更に、士郎が覚悟を決めた事も強さの向上に拍車をかけている。精神状態というのは存外、強く身体に影響を及ぼす。サーヴァントだけ倒してマスターは殺さない、なんて甘い事が通じない事を士郎はこの戦いで思い知った。マスターが前線に出て殺す気で襲って来るなら、同じく殺す覚悟を持たなければならない。
覚悟を決めて殺す気でバゼットに追いすがる士郎が追撃の手を緩める事は無い。追撃が途切れればその瞬間、死ぬのは彼だ。
『キャスター、申し訳ありませんが押されています。救援は可能ですか?』
『無理だマスター、セイバー相手に振り切れそうにない。打倒が無理ならすぐに離脱した方がいい』
『そうですか……分かりました』
バゼットが何故単独で士郎とランサーに挑んだか。その理由はランサー陣営とセイバー陣営の同盟だ。
1vs1ならともかく、三騎士が二人揃った状態ではいくらバゼットとキャスターでも勝目が薄すぎる。
そこで彼女達はランサーとセイバーが別行動を取るのを見計らい、それぞれに襲撃を仕掛けたのだ。
キャスターはセイバー達を相手に時間稼ぎ、その間にバゼットがランサーとそのマスターを打倒する。
本来、三騎士と1vs1でまともに戦える彼女が例外であってマスターがサーヴァントとやり合う等スコップを持って空爆機に挑むようなものだ。だが、バゼットはスコップを投げつけて空爆機を撃墜させるような芸当が出来てもおかしくない程に戦闘能力が高い。
彼女だからこそ出来る戦略であって、他のマスターがこの戦略を取る事は出来ない。
ちなみに、どこぞの教師が初見限定ならサーヴァントと互角以上に戦えるのだが、その教師は今回の聖杯戦争とは一切関係がない為ノーカウントとする。
「認めましょう。先程までとは違い、今の貴方は脅威になり得ると。だからこそ今は退かせて貰います」
「何?」
先程まで殺し合っていた相手が突然退くと言い出し、士郎は困惑する。
その一瞬の隙を突いて形勢逆転を狙う事は不可能ではなかったが、この時点ではさすがに背後にランサーがいる事位はバゼットも理解している。
キャスターの援護が期待出来ない状態でマスターを殺そうとして背後から刺されては堪らない以上、撤退を優先したのだ。
ちなみにランサーは彼女が距離を取ったのを確認し、歌って踊る行為をやめてバゼットを後ろから刺せるように準備している。
「貴方の持つその刀……まさか伝承保菌者がいたとは思いませんでした」
「伝承保菌者? 夜刀神について何か知っているのか?」
「……伝承保菌者でありながら知らないのですか?」
「この刀は、5年前に亡くなった爺さんから託されたものだ。相当古い代物で家宝って事位しか聞いてない」
「なるほど……継承前に亡くなった、と。一つ忠告しておきますが、その刀からは相当の神秘を感じます。それこそ、太古の神器並に。それを所持する以上、貴方には相応の使命が待っているでしょう」
「使命って……それに神秘って言われてもピンと来ないぞ」
「そんな事も分からないとは本当に魔術師ですか? まぁ、いいでしょう。次に会う時は仕留めますので覚悟しておいてください」
そう言ってバゼットは後ろに跳びながら離脱していった。
あまりにも速度が早く、数秒後にはランサーと士郎がポツンと取り残されているだけの状態になってしまった。
「……なぁ、ランサー」
「何?」
「俺達、強くならないとな」
「……そうね」
今回、士郎達はボコボコにされた。途中からなんとか追いすがる事は出来たが、実力的に言えば士郎達は間違いなく負けていた事は誰の目から見ても明らかだった。
聖杯戦争は殺し合い、セイバー達が特殊なだけで本来ならば周り全てが敵だ。強くなければ最終的に勝つのは不可能だからこそ、士郎達は強くならなければならなかった。
士郎は手に持っている夜刀神を空に掲げて見つめる。
「それにしてもこの刀、本当に何なんだろうな」
バゼットが言っていた伝承保菌者という単語。この刀が妙に馴染む事、相応の使命。新しい謎が次々と出来てしまった。
家宝として素振りに使っていただけだったが、本当は何か凄い秘密が隠されていたのではないか?
今の状況になってふとそんな事を考える。
「夜刀神……そういえばランサーはこの刀について何か知ってそうだけど、どうなんだ?」
あの時夜刀神を呼ぶように伝えたのはランサーだ。ランサーはこの刀について何か知っているかもしれないと思い、士郎は聞いてみた。
「推測も混じるけれど、いいかしら?」
「あぁ、少しでも情報が欲しい」
「分かったわ、なら説明するわね」
それから、士郎はランサーから夜刀神の事について聞いた。遥か昔、神話時代に暗夜王国と白夜王国が争っていた頃の話……白夜で生まれ、暗夜で育った一人の英雄の話と、それ伴った夜刀神の逸話を。
5つの神器の一つであり、他の神器と共鳴する事で真の力を発揮するその刀。
その担い手を間近で見続けてきた彼女の視点で、最後まで聞き届けた。
「これが、英雄カムイの……夜刀神の逸話よ」
「つまり、今は仮の姿であって本来の力を発揮するともっと凄いのか」
「ちなみに神器の内一つはセイバーが持つ雷神刀よ」
「えっ」
さりげなく凄いことを聞いてしまった。
もしかしたら遠坂と組んでいる事はすごくありがたいことなのかもしれないと心の中でほっとした士郎だった。
『令呪をもって命ずる、全力で離脱しろ、キャスター!』
「あーもう! キャスターに逃げられた!?」