10年前、俺は災害に巻き込まれて全てを失った。
見慣れた町が一瞬にして廃墟のように変貌し、映画で見る戦場跡のようになっていた。
周囲から聞こえる助けを求める声。
当時幼かった俺は、その声を無視して助けを求めて走り回った。
この世の地獄をも思わせる光景に、どうかしてしまいそうだった。
だから、俺は周囲の人間を見捨てて……一人逃げ出した。
気付けば、夜は明けて火の勢いも弱くなり、周囲の建物もほとんどが倒壊し果てていた。
走り回っていた時に聞こえていた悲鳴や、助けを求める声も一切聞こえない。
皆、原型を留めず焼き尽くされた。
燃え尽きなかったのは自分だけ。周囲を見捨てて、自分だけが生き残った。
余程運がよかったのか、それとも運が悪かったのか。
俺だけが、生き残った。
生き延びたからには、生きなければいけないと思った。
周囲を見捨てて生き残ったからには、見捨てた分だけ、助けなければいけないと思った。
唯一人生き残った俺を助けてくれたのは、一人の男性だった。
「生きてる!」
歩く力も残っていない、倒れた俺を抱き起こしてくれた男性の表情は、今でも記憶に残っている。
その救われたかのような表情に……俺は、憧れた。
そうして、俺はひとりの男性に命を救われた。
両親や家、周囲の人間……全てを棄てる代わりに、俺は生き残った。
それが……今から10年前の話だ。
俺は、自分を救ってくれた男性、衛宮切嗣の養子になった。
衛宮の名字を貰って、衛宮士郎になった。
事故で何もかも失った子供の頃の俺に、
それから、2年の月日が経過した。
俺が一人で留守番を行えるようになると、
「今日から世界中を冒険するのだ」
そんな子供みたいな事を言いながら、本当に
一ヶ月いないなんて事はザラ、下手をすれば半年に一度しか帰って来ない事もあった。
広い武家屋敷で、住んでいたのは俺と
俺は、
何時も屋敷で独りきりだったものの、その間は
そんな生活が、何年も続いたある日……
「僕はね、正義の味方になりたかったんだ」
それは、俺が正義の味方を目指す事を決めた言葉。
それが、俺の……衛宮士郎の夢になった。
「誰かを助けるという事は、誰かを助けないという事なんだ」
その時の俺には、その言葉の意味がよくわからなかった。助けられるなら、一人でも多く
助けたい。しかし、全てを助ける事は出来ないと
俺は、その言葉の真意を確かめる事が出来なかった。
なぜなら、
それから、5年の月日が流れた現在……
「先輩、起きてますか?」
聞こえてきた声で、俺は目を覚ます。
「……おはよう、桜」
「はい、おはようございます、先輩」
俺を起こしてくれた女性の姿が、目の前にある。
彼女は、間桐桜。俺の後輩だ。
何時も俺を起こしに来ては家の手伝いをしてくれる、俺の大切な後輩。それが彼女だ。
「まだ時間はありますけど、ここで眠っていたら藤村先生に怒られてしまいますよ」
「っと、そうだったな。いつもすまない、起こしに来てくれてありがとう」
「そんな事ありません。先輩は、いつも朝早いですからこんな風に起こしに来れる事なんて、たまにしかありません」
桜はクスクスと笑って返答する。
時計を確認すると、時刻は午前六時になったばかり。
そうか、俺はまたやってしまったのか。
朝の支度を手伝わないといけないのに、桜一人にやらせてしまったという自責の念が、ひそかに俺を襲う。
「いいんですよ、先輩。昨夜も遅かったんでしょう?」
「それとこれとは話は別だ。ごめんな桜、朝の支度を手伝わないといけないのに」
「大丈夫です、先輩はゆっくりしてください。朝食の支度は私がしておきますから」
「そうはいかない。今起きるから、一緒にキッチンに行って朝食を作ろう」
そう言って俺は、急いで準備を済ませる。
寝起きの頭とはいえ、今は冬。外の冷気に当たれば、あっという間に目が覚めた。
「よし、それじゃあ一緒に行こう、桜」
桜と共に、家に戻って朝食を作る。
そうして、テーブルに並んだ豪勢な料理を3人で食べる。
「「いただきます」」
こうして、いつもの朝が始まる。桜は、一年半前程からふとしたきっかけで、ほぼ毎日俺の家に通っては、家事を手伝ってくれている。
そして先程、3人でと言っていたのだがその3人目はというと……
「ぶほっ!? これ醤油じゃなくてソースだソース! しかもオイスター!!」
「あはははははははははは!!」
醤油をかけたはずが、醤油ではなくオイスターソースだった。
何を言っているのかわからないと思うが、俺もわからない。
だが、醤油と書かれたラベルにソースが入っていた。こんないたずらをするのは
目の前で爆笑している3人目の人物しかありえない。
「どうだー、朝の内に醤油のラベルとソースのラベルを取り替えておいた私の首尾!」
「朝っぱらから何考えてんだアンタは!」
「ふふーんだ」
と、ドヤ顔をしている女性は藤村先生、通称タイガー。俺は藤ねぇと呼んでいる。
彼女がこんな事をするのも日常茶飯事で、最早恒例といってもいい。
こうして、何時ものやりとりを行いながらも日常は愉快にすぎていく。
しかし、日常とはいつまでも不変なものではない。
あの時、唐突にすべてが終わったように、俺の日常も、唐突に終わりを告げる事になる。
「先輩、どうしたんですかその手?」
まだプロローグ、次回位から本編予定