「私のお城へようこそ、シロウ!」
イリヤが住むアインツベルンの城は、思っていた以上に壮大だった。
城の外見もさながら、中もしっかりと手入れが行き届いており、
彼女……イリヤがいたアインツベルンがどれ程大規模な魔術師の家系
なのかが、この城だけでも充分に伝わってくる。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「イリヤ、知らない人……連れて来てる」
イリヤを出迎えたのは、二人の使用人らしき人物。
一見変わった格好だが、それもアインツベルンの正式な服装なのだろう。
「彼はシロウ、私の大切な家族よ。丁寧にもてなしなさい」
「かしこまりました」
「うん、わかった」
二人はイリヤの命令に従ってか、こちらに向かって来る。
「それではお嬢様の命に従い、貴方をおもてなし致します。ようこそ、アインツベルンへ」
「ようこそ」
「よ、よろしく……お願いします」
かしこまった言葉づかいにより、思わず緊張してしまう。
もう片方の使用人らしき人物は割とラフな印象だが、鋭い目つきの方の使用人らしき人物が厳格すぎる。
もしも失礼な態度を取れば、即座に説教が飛んでくる。そんな謎の確信を持てる程だ。
「では、客室に御案内致します。私について来るように」
「は、はい」
「はいははっきりと!」
「はい!」
確信はやはり確信だった。この使用人は怖い。
「セラ、ピリピリしすぎ。シロウはお客様」
「アインツベルンの風格考えればこの程度は生ぬるいも同然です」
「アインツベルンって、そんなに凄い家なんですか?」
「凄い、なんてものではありません。アインツベルンは代々続く錬金術の家系で、聖杯戦争の開催に関わる御三家です。アインツベルン、遠坂、マキリ。この3つの家が聖杯戦争の根幹として手を組んだ事で聖杯戦争は生まれたのです。その御三家の一角であるアインツベルンは、莫大な資金力を誇るだけでなく錬金術でアインツベルンに並べる魔術師の家系等数える程しかおりません。そして現当主であるユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン様は2百年近くも生きている大魔術師であって、第2次から現在まで全ての聖杯戦争に関わってきた御方でもあります。ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン様はドイツの本家アインツベルン城にて、我々アインツベルンが聖杯を持ち帰る事を信じてお待ちしてくださっており、私達はその期待に応える為に……」
「セラ、話長い」
「長くありませんリーゼリット、むしろ短すぎてまだまだ話足りない程です。いいですか、この城は聖杯戦争に備えてアインツベルンが用意した臨時の拠点で、本来は……」
「セラ、長々とお話しすぎてシロウが疲れてるから早くお部屋に案内してあげて」
「ほら、イリヤもお話長すぎて待ちくたびれてる」
「……分かりました、それではお部屋に御案内致します」
セラと呼ばれた使用人の長い説教じみたお話が中断され、力が抜ける。
はっきりと言ってしまうと、この話を聞いているだけで相当疲れた。
しかし、ここでぐったりしている所を見られるとまた説教が飛んできかねないので
背筋はしっかりと伸ばして歩く。俺の中でのセラのイメージは完全に、
「鬼すら逃げ出す地獄の執事長」として固定されてしまった。
「こちらがシロウ様の客室でございます。お嬢様からお呼びがかかりましたらお呼び致します。今夜は夜遅いので、こちらのお部屋でおくつろぎください」
「分かった、ありがとう……ございます」
「それでは、ごゆっくり」
そう言って、セラがゆっくりと扉を閉める。
あの人と一緒にいると気が一瞬も休まらない為、一人になった途端解放感がすごい。
しかし、もう一人の使用人らしき人物……リーゼリットはセラとは対照的に
のほほんとしており、何を考えているか分からない感じがするので、セラがいなかったらいなかったで、アインツベルンは大変になっていたのかもしれない。
「シロウ、私のお城はどうかしら?」
「あぁ、思っていた以上に広くて結構戸惑って……って、イリヤ!?」
「ふふーん、こんな事もあろうかと先に忍び込んで隠れていたのだー!」
誰もいないはずの部屋から突然声が聞こえたと思ったら、テーブルの下からイリヤがひょっこりと出てきた。
「イリヤ……お嬢様がそんな事していると、危ないぞ?」
「私のお城だからいいもーん! それよりシロウ、一緒に遊びましょう!」
「遊ぼうって言っても、もう夜遅いぞ? そろそろ寝ないと、朝起きれなくなる」
「えー、じゃあ一緒に寝ましょう! きょうだいが出来たら一緒に寝るのが、私の夢だったの!」
「寝るって、一緒に!?」
「うん、だめ?」
イリヤが上目使いで聞いてくる。そんな純粋な瞳でそう見つめられると、さすがに断りづらい。
それだけではない、まだ晩御飯も食べていないし、風呂にも入っていない。
晩御飯に関してはこの時間から食べると体に悪い為やむなしかもしれないが、
風呂にも入らないまま寝るのは不衛生だ。
「その前に、風呂や飯を済ませてからだ。風呂に入らないまま寝るのは不衛生だぞ」
「はーい、じゃあ約束だからね! お風呂入ってご飯食べたら一緒に寝ましょう!」
そう言って、イリヤは部屋から走り去っていった。
元気な娘だな、と正直微笑ましく思う。
彼女は、何時もあんなに明るいのだろうか?
「随分と懐かれているようだな、少年」
と、今度は突然背後から男性の声が聞こえて来る。
おそるおそる振り返ると、何時の間にかライダーが俺の背後で実体化していた。
「イリヤがあそこまで楽しそうに誰かと話している姿は初めてみた。余程、少年は気に入られたようだな」
「え、何時もはあんな風に笑わないんですか?」
「あぁ、ここに来る前はアインツベルンの当主から酷い仕打ちを受けていた。私が召喚されてからというものの、今日を除けば、一度だけ軽く微笑んだ位しか笑った姿は見た事がない。ようやく会えた家族と一緒にいられて、嬉しいのだろう」
イリヤのアインツベルンでの扱いは、そこまで優遇されたものではなかったらしい。
聖杯戦争に参戦させる駒としての肉体の調整、家族が戻らぬまま、一人ぼっちで
それを続けられていた事を考えると、笑わなかった、というのも頷ける。
「少年、イリヤの事を……よろしく頼む。あいつを悲しませるような事があれば、私が許さんぞ」
警告と言わんばかりの威圧感を放ちながらそれだけを告げると、ライダーは姿を消した。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。彼女は、何を思って今まで過ごしてきたのだろうか。
何を願って、聖杯戦争に参加したのか。どんな気持ちで
少なくとも今分かるのは、彼女がずっと寂しい思いをしてきたという事だけ。
そんな彼女に俺がしてやれる事は、一体……
こうして、アインツベルン城での夜はふけていく。
しかし、時は待ってくれない。事態は絶えず変動を続ける。
そう、運命の時は……近い。