転生・太陽の子   作:白黒yu-ki

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クリスマス・イヴの裏側で

スズキRGV250Γのバイクに乗って、光太郎とティアーユはトレイン等のアジトから少し離れた街にやって来ていた。この街にはクロノスの研究所があるらしく、ここにやって来るのをティアーユが希望した。建物は一見小さな製薬会社に見えるが、地下には広大なクロノスの研究所が隠されているのだそうだ。ティアーユは守衛に懐から取り出したカードを見せると、守衛は光太郎達を建物内に招き入れた。

 

「それは?」

 

「以前ベルゼーさんから頂いたパスカードです」

 

ティアーユの話によるとこうしたクロノスの施設は表向きは製薬会社等の一般の会社に偽装されてはいるが、世界に数多く点在する。ティアーユはそこでシャルデンの体を怪人のそれへと変化させた薬を作ったのだ。クロノスの最長老たちが暗殺された今、別の人間がクロノスをまとめ始めており、その人物によって施設の使用を許可されたのだ。

 

2人はエレベーターに乗り、地下へと降りていく。

下降が止まり、扉が開いたその先には真っ白な研究施設が広がっていた。

 

先を歩くティアーユに遅れないように光太郎は周囲を見渡しながら歩く。

 

「クロノスの研究員はとても優秀のようですね。ゴルゴムの怪人因子を調べ上げ、更なる強敵へ立ち向かう為の糧としようとしているそうです。…頼もしいですが、同時に恐ろしくもありますね」

 

ティアーユは語尾を弱めてそう呟いた。

ゴルゴムの怪人因子、それは人類にとって遥か古代に失われたはずの遺伝子だ。現存する現代兵器と比べても数段階も上の代物だ。星の使徒やクライシス帝国と戦うためにそれを用いるのは確かに心強いが、人間がもつ兵器としては重すぎる。

 

クロノスの組織の中で光太郎が知っている人間は数少ない。ベルゼーは信頼に値する人物であると考えているが、他の者の腹の底は知れない。間違った方向にその力を行使しないとも限らないのだ。

 

「確かに…別の争いの火種になるかもしれない。でも俺は信じる! 人間は時に間違うかもしれないが、正す事もできるんだ。クロノスが間違いを犯してしまったら、誰かが教えてやればいい」

 

「…そうですね」

 

ティアーユは光太郎の真っ直ぐな言葉に苦笑してしまった。

自分が迷い悩んでいた問題を彼はあっさりと解決してしまったのだ。

 

彼の言葉には力がある。

 

クロノスが間違った時、それを正す事のできる人物は限られている。彼がいれば、世界は間違わないのだろうとさえ思ってしまった。

 

ティアーユは1番奥にあった研究室の扉を開け、光太郎を招き入れた。

 

「…ここは以前、トルネオが所有していた研究所でした。トルネオが捕まり、クロノスの組織が接収したのだそうです。そしてこの部屋は私の研究室でもありました」

 

「トルネオの…つまりは…ここが…」

 

「…はい。イヴが生まれた場所でもあります。私が辞職した後の事になりますが、研究資料は全て破棄され、研究員も全員行方不明となったとベルゼーさんは仰っていました。恐らく、星の使徒の仕業なのでしょう。ここにあの子がいたという痕跡は何一つ残されていませんが、あの子は確かにここで生まれたのです」

 

イヴは生体兵器としてトルネオに造られた。

機械の子宮から生まれ育ち、兵器となるように教育されていた。光太郎は出逢ったばかりの頃のイヴを思い出す。もしもあの時、あの場所でイヴに出逢えていなかったら、どうなっていたのだろうか。自分の代わりに他の誰かがイヴをあの場所から救い出していたかもしれない。しかし感情なき兵器として、今も幼い手を汚していたかもしれないと考えると旨が痛んだ。

 

不意に扉をノックする音が聞こえた。

 

「失礼します。ティアーユ博士、資料をご用意致しました」

 

男性研究員と思わしき人物が扉を開けてやって来た。研究員はティアーユに資料を手渡す。研究員は用事を済ませると直ぐに立ち去ろうとする。

 

「……」

 

「光太郎さん?」

 

光太郎は部屋から出て行く研究員の背中をじっと凝視していた。それを疑問に思ったティアーユだったが、光太郎は「何でもありません」と答えながらも、既に出て行った人物に対して意識を外せなかった。

 

「今の人、只者じゃありませんね」

 

「…そうなのですか?」

 

「ええ、気配を消す技術はトレイン並でした。ノックされる直前まで気配を殺していましたよ。敵意は感じませんでしたが、一朝一夕で身につくものではないと思います」

 

 

 

 

 

 

 

研究員はエレベーターで地上へと上がり、正面玄関前に立つ人物の前で足を止めた。

 

「これはこれは|時の番人(クロノ・ナンバーズ)のジェノス=ハザード様。こんな場所に来られるとは…どうされたのですか?」

 

「とぼけんな。『こんな場所にいる一研究員』が俺っちの顔なんて知るかよ。南光太郎に近付いたのはどんな理由だ?」

 

「…いえ、ただの戯れですよ。クライスト消滅事件から興味はありましたが、創生王との戦いを見て、是非とも直接彼を見てみたくなったんですよ」

 

研究員は顔の前で手をかざす。僅か一瞬の動作であったが、研究員の顔は全くの別人へと変化していた。間近で見ていたジェノスもいつ変装を解いたのか分からない速度であった。

 

研究員に変装していた優男はジェノスと同じく時の番人『リン=シャオリー』、Xの数字を与えられており、その高速変装術から通称魔術師(マジシャン)とも呼ばれている。

 

「で、あの人を直接見た感想はどうなんだ?」

 

「あの人は凄いですね。僕はますますファンになってしまいましたよ。ですがファンは僕だけではないでしょう。創生王との戦いを見て何かを感じ取った一般市民もいると思います。そんな人間を集め、星の番人や更に別の強敵を迎え撃つ為の戦闘集団の育成、という上層部の案は悪くないと思います」

 

リンの言う通り、クロノス内では早急な戦力の向上を目指す動きがある。しかしジェノスはそんな戦力が通用するとはとても思えなかった。悔しいが、ナンバーズの自分さえ今挙げられた敵組織には無力だったのだ。もし仮に希望があるのだとすると、それはこの研究所だ。南光太郎のバイオの力、そしてゴルゴムの怪人因子、ナノマシン、これらを研究し、高める事で人類にも強敵に対抗できる術を得る事ができるかもしれない。微かな希望に過ぎないかもしれないが…。

 

 

 

 

光太郎とティアーユは数時間この研究所で過ごし、光太郎だけが街に戻る事になった。ティアーユ曰く「私にしかできないことをしたい」との事だった。後日迎えにくる旨を伝え、街に戻った光太郎はセフィリアと連絡をとった。何故個別に出掛ける必要があるのか未だに理解出来ていない光太郎だが、女性陣の主張に意を唱える愚行は犯さない。

 

セフィリアとはジパング料理の高級料亭で落ち合った。

 

「ティ…ティアーユとはどんな話をされたのですか?」

 

料理が運ばれてから一口二口味わった後、セフィリアはそう訊いた。

 

「イヴやバイオの話ばかりだよ。普通の人でも星の使徒やクライシス帝国に対抗する為にはどうするべきか、なんて話もしたかな」

 

「そうなのですね」

 

セフィリアはニコニコと笑顔を浮かべながら質問を続ける。

 

「それでは、観覧車でキョーコとはどんな話を?」

 

「え…えっと…」

 

「直ぐに答えれないようなお話を?」

 

ニコニコと笑顔を浮かべ続けているセフィリアなのだが、圧は凄かった。光太郎が手にしていた箸が縦に裂け、光太郎は思わず苦笑する。

 

「セフィリアさん? 何か怒ってます?」

 

「私が? 光太郎さんに? なぜ?」

 

光太郎は観覧車の中でキョーコにキスされた時の光景を思い出した。恐らくあれが見られていたのだろう。未成年に手を出したとでも思われているのだろうか。勘弁してほしい。

 

「いや…あの…キョーコちゃんにはアドバイスを…。先のゴルゴムとの戦いで何もできなかったと自分を責めていたので…」

 

「そうですか。それでお礼にキスされて鼻の下を伸ばしていたという事なのですね」

 

「ち、違いますよ! キ、キスといっても頰ですし、鼻の下を伸ばしてもいませんって! そ、それより料理を頂きましょう。せっかくの料理が冷めてしまいます」

 

光太郎は頰を引きつらせて裂けた箸で料理を摘む。そんな光太郎を見てセフィリアは圧を減少させた。

 

「…いいでしょう。でも自覚してくださいね。光太郎さんは戦闘以外では案外隙が多いのです。だからキョーコに…あ、あんな事を許してしまうのです。大人として毅然とした態度を心掛けてくださいね」

 

「は、はい、肝に命じます」

 

やっと許しが貰え、光太郎はホッとしてようやく料理を味わえた。先程まで緊張で何の味もしなかったのだ。安心して料理を頬張る光太郎の姿を見て、セフィリアは「羨ましい」と小さく呟いた。

 

 

食事を終えて一息つき、2人は近くの自然公園へとやって来た。

食事をしている間に雪が降っていたらしく、一面銀世界となっている。吐く息は白く、日が傾くにつれて気温の低下を感じさせる。自然公園では恋人同士や家族連れの人たちがそれぞれの時間を過ごしていたが、光太郎はそこに立っていた1人の人物に気付いた。この世にいるはずのない人物を…。

 

「ドクター!?」

 

リボルクラッシュによってこの世から消え去ったはずの星の使徒のドクター、その彼が光太郎達の視界の中にいたのだ。驚き警戒していた光太郎とセフィリアだが、ドクターは身を翻して人混みの中に消えてしまった。2人は直ぐに駆け出してドクターの行方を探したが、人通りの多い場所だった事もあり、この中からドクターを発見する事は出来なかった。

 

「光太郎さん、今のは…」

 

「今のは間違いなく、星の使徒のドクターだった…。しかし彼は俺がこの手で…」

 

夢でも幻でもない。そんな彼が自分たちの前に姿を現した目的とはいったい何なのか。そんな時、光太郎の携帯電話が鳴った。画面にはスヴェンの名が表示さされていた。

 

「…スヴェン? どうかしたのか?」

 

『シャルデンの奴が嫌な予感がするからお前に連絡をとれって言うんだが、何のことかサッパリだ』

 

「どういうことだ?」

 

『なんでもさっき帰ってきたお前に違和感があったらしい。光太郎に連絡を、とだけ言ってシャルデンの奴も飛び出して行っちまったが、どういう事か分かるか?』

 

「…俺が…帰ってきた?」

 

光太郎は思わずその部分を反芻した。自分はキョーコと最初に出掛けてから、次にティアーユと、その後はセフィリアと合流している。朝出てから一度も戻ってはいないはずなのだ。

 

『…違うのか? さっき戻ったお前はイヴを連れて出て行ったんだが、つまりは…くそっ! そういう事か…』

 

光太郎は絶句した。

自分の姿をした者がイヴを連れ出し、そしてどこかへ出て行った。そして自分たちの前に現れたドクターに、星の使徒、道の能力、それらの情報は自ずと答えを導き出す。

 

「…俺やドクターのコピー、あのエーテスという猿か」

 

◆◇◆◇

 

料理の料亭で光太郎がセフィリアに胃を責められていた頃、アジトからイヴを連れ出した光太郎、もといエーテスはある場所に向かっていた。

 

「光太郎、セフィリアさんはもう良かったの? 随分と早かったね」

 

「あ、ああ。セフィリアさんとはまた別の機会にたっぷりと時間取る事になったんだ」

 

エーテスの道能力、コピーはその人物の姿形や記憶さえも写し取る事ができる。イヴの隣にいたエーテスは光太郎そのものだった。

 

「あそこに倉庫があるだろ? あそこにイヴに渡したい物を隠してあるんだ」

 

エーテスはそう言って人気のない工場の倉庫の扉を開けた。エーテスに促されて中に入るイヴだが、薄暗くてよく見えない。

 

「光太郎? 本当にここにー」

 

イヴは後ろにいるはずの光太郎に確認をとろうと振り返るが、直後、腕に小さな痛みを覚えた。蜂のような虫がそこにいた。イヴは直ぐに髪をトランスさせて虫を追い払おうとしたが、体が硬直して動くことすら出来ない。

 

「い、今の…は?」

 

「強力な麻痺毒をもった虫を創り出した、私の能力だ」

 

エーテスの背後からシキとエキドナが姿を現した。その顔ぶれを見てイヴは自分の置かれた状況をようやく理解した。

 

「…ニセモノ」

 

「キキキッ、本人じゃなくて残念だったな!」

 

エーテスは変身を解いていやらしい笑みを浮かべる。

 

「光太郎に化けるなんて…許せない」

 

反撃に転じようとするが、麻痺毒が体に回ってしまい自由が効かない。体内のナノマシンによって解毒を試みるが、瞬時に打ち消す事は出来なかった。少なくとも解毒まで数分はかかる。

 

「単純な麻痺毒ではない。数種類もの複雑な毒を調合している。そう簡単に解毒できるものではないが…南光太郎の動向が気にかかる。すぐにでも場所を移した方が良いだろう」

 

イヴの体がぼんやりと光っているのを見て、解毒の最中だと察したシキは数体の蟲の兵隊を創り出してイヴを抱えるように命じる。

 

「キキッ、南光太郎は確かに強敵さ。だが俺様の能力があれば奴らのパーティーを混乱させるのは容易い。そこを突けば南光太郎攻略の糸口は見えてくるんじゃねえか? そんなに焦る事はねぇぜ」

 

「エーテス、調子に乗るんじゃないよ。私とアンタはノミ怪人って奴の血液エキスで南光太郎の恐怖から解放されたが、甘く考えていい相手じゃない。早くこのお姫さんを連れて帰るよ」

 

血液エキスの効果で躁状態に近いエーテスだが、エキドナによって窘められた。エーテスは不満そうな表情を浮かべながらも指示に従い、一同はエキドナの創り出したゲートでその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

その僅か数秒後、倉庫の扉を壊して入ってきた影があった。

 

特徴的なフォルムの無人のバイク。

エキドナが創り出したゲートは既に閉じられていたが、能力の残滓は残されていた。

 

『…油断したな。小さき者よ』

 

 

 

連れ去られたイヴ。

そしてこの場にたどり着いた無人のバイクとは?

 

光太郎はイヴを取り戻す事ができるのだろうか⁉︎


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