シキの呪符によって星の使徒の新しいアジトへやってきたマロは周囲を見渡していた。外からの光が確認できず、ここは世界のどの位置にあたる場所なのかも判断ができなかった。
「ジパング近くの海底洞窟だ。湿っぽいのは我慢しろ」
先を歩くシキはそう説明した。
マロはシキの後を追って洞窟の先へ向かう。
1番奥に位置するであろう場所、そこには玉座が置かれ、クリードが腰を据えていた。前髪が垂れて表情は把握できないが、自分が知っていた頃のクリードでないとマロは肌で感じ取っていた。ゴルゴムの怪人以上に恐ろしく、強いて言えば南光太郎並みに底が見えない。背中に嫌な汗が流れたのを感じた。
「やあ、おかえり。久し振りだね、マロ」
「…クリード…」
「そんな怯えた顔をしてどうしたんだい? …ああ、彼等側についていた事に関しては気にしていないよ。よって君を処罰するつもりもない。安心したまえ」
君の事など、どうでもいい。マロにはそう言っているように聞こえた。かつての同志といえど、キングストーンを手に入れたクリードはシャドームーンや南光太郎に並ぶ力を手中に収めていると考えた方が良い。あれ程の力を手にすれば、自分程度の小物が何しても気にならないという訳なのだろう。
「マロ、これから世界を導く為に、再び君の力も貸して欲しい。…シキ、このアジトを彼に案内してやるといい」
「ああ。マロ、行くぞ」
シキとマロは玉座の間を後にした。
2人の姿が見えなくなった頃、クリードは顔を上げた。
「エキドナ、いるかい?」
「…何だい?」
クリードの呼び掛けに玉座の横からゲートが開き、エキドナが現れる。クリードは笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「…どうでも良い事だが、彼の動向を見張っておいてもらえるかい? 南光太郎と行動を共にしていた事で以前の彼とは少し違うようだからね」
「…同志を、疑ってるのかい?」
「先に言ったろう? 『どうでも良い』と。彼の心が未だあちら側にあるのならそれはそれで良い。僕はこの状況を愉しんでいるんだ。世界を牛耳っていたクロノスさえ今では形骸化し、掌握するのは容易い。今の僕はトレインや南光太郎、そして尖兵を送り込み始めたあの組織にしか興味がないのさ」
エキドナは暫し目を伏せ、「分かったよ」とだけ呟いて再びゲートによって姿を消した。ひとり玉座の間に残ったクリードは何を思うのか、不気味な笑みを零していた…。
◆◇◆◇
マロがシキによって星の使徒へ離反した事はシャルデンから皆に伝えられた。
「申し訳ありまセン。私がしっかりと見ておくべきでした」
「アンタのせいじゃないわよ。悪いのはアイツの方よ。今度会ったら私がぶん殴ってやろうかしら」
「リンスさん落ち着いて…それとシャルデンも気に病まなくていい。俺も彼の事は気にしていたが、対応ができなかった俺にも責はある。彼は同じ星の使徒を抜けたシャルデンやキョーコちゃんと違って、仲間に加わった経緯が特殊だ。こうなってしまう事は予想できたはずなんだ。俺が甘えていたのかもしれない。いつか彼もゴルゴムの怪人やクライシス帝国に立ち向かう為の戦士になってくれるんだって」
皆の場の雰囲気が暗いものになっていたが光太郎は笑顔を浮かべていた。
「でも俺は彼を信じてるよ。彼は星の使徒へいた頃の以前の彼じゃない。きっと、無関係な人を傷付けるような事はしないだろう」
「…甘い…とは思いますが、私は光太郎さんの意思を尊重します」
セフィリアは光太郎の話に同調を示す。光太郎の甘さも、本人の優しさからくるものだ。それは好ましいが、時には非情にならざるを得ない時もある。
もしも彼の信頼を裏切るような状況になれば、その時は私が…と、セフィリアは決意していた。
「光太郎、ありがとうございマス」
シャルデンが礼を述べ、この話はここで終了となった。まだ各々納得出来ていなかったり気に病んではいたりと心を引き摺っていたが、いつまでも立ち止まってはいられない。スヴェンが場の雰囲気を変えようとテレビの電源を入れると、華やかなニュースが流れていた。
「そうか、世間ではもうクリスマスシーズンなんだな」
テレビに映る街並みはイルミネーションがとても鮮やかに灯り、家族や恋人達がそれを眺めていた。聞き慣れない単語にイヴはテレビの映像に目を奪われる。
「光太郎、くりすます…って何?」
「んー、どう説明したらいいんだろうな…。いい子にしていたらサンタクロースがプレゼントをくれる日だ!」
「ちょっと、光太郎、そうじゃないでしょ!」
光太郎の説明にリンスが割って入る。
「イヴちゃん、クリスマスっていうのはね、大切な人と一緒に過ごす特別な日なのよ? 大切な家族や大好きな恋人、そんな人と一緒に過ごす聖なる夜なの」
「…大切な人と過ごす…聖なる夜…」
イヴの目がキラキラと輝いて見えた。
「…なるほど」
「光様との聖なる夜…」
その後ろではセフィリアとキョーコも笑みを浮かべていた。それを見ていたトレインは頰を引きつらせて被害に遭うであろう人物に同情していた。
数日後、クリスマス・イヴの日がやって来ていた。
この日は朝食は皆でとり、その後は各々好きな時間を過ごす事になった。しかしその時間が彼女たちには重要である。
「それじゃ、恨みっこなしですよ!」
その場にはイヴ、セフィリア、キョーコ、ティアーユが座ってクジを引いていた。光太郎と共に過ごす順番を決めるクジらしい。
「キョーコが1番です!」
「あら…私が2番目ですね」
「3番…ということはイヴが最後ですか」
「むぅ」
キョーコ、ティアーユ、セフィリア、そしてイヴという順番で光太郎と過ごす事になったようだ。それを眺めていたリンスとトレインは真逆の表情を浮かべている。リンスは微笑ましいものを見るように、トレインは気の毒なものを見るように、同じ光景を見ていながらもこうまでも見え方が異なるのだろうか。
「私も光太郎に買い物付き合ってもらおうかと考えてたけど、あの子達の時間を奪っちゃうのは可哀想だし、辞退しておいたわ」
「光太郎は命拾いしたな!」
「ちょっと、それどういう意味よ!」
トレインはサムズアップして光太郎が1番の難を逃れた事を喜んだが、リンスに怒鳴られていた。
「まぁ、いいわ。トレイン、代わりにアンタが買い物に付き合いなさいよ。ディナーくらいだったら奢ってあげるわよ?」
「いぃっ!?」
「何よ、予定でもあるのかしら?」
「寝みーし、寝る!」
「却下。さ、行くわよトレイン。まずは洋服よ!」
「ちょ…スヴェン、助けてくれ!」
「食費が浮くのは助かる。リンスからの変な依頼を安請け合いしなければ、俺は何も言わん」
「大丈夫よ。それじゃ、トレインを借りてくわねー」
「鬼、悪魔、リンス!」
トレインはリンスに引き摺られて行ってしまった。それを見送ったスヴェンとシャルデンは食事の仕込みを始めた。
「シャルデン、悪いな。手伝ってもらって」
「…いえ、体を動かしていた方が気が紛れマスから。それに、クリード達やクライシス帝国が攻めてきたらこんな時間はとれそうにありまセンからね。息抜きは出来る時にするべきデス」
シャルデンはそう言って、光太郎と一緒に出て行ったキョーコに目をやった。
一番手のキョーコは光太郎を連れて遊園地へとやって来ていた。
「時間は限られてます! 早速乗り物に乗りましょー!」
「そ、それは構わないが、俺と2人で良かったのかい? どうせなら皆一緒の方が…」
「光様、今日を何だと思ってるんですか!」
「ク、クリスマス…イヴ?」
「そうです! 恋人同士がイチャイチャする日ですよ!」
「こ、恋人って…俺とキョーコちゃんは別に…」
「恋人一歩手前でも問題ありません! さ、行きましょう!」
光太郎はキョーコの勢いに飲まれ、手を引かれて行ってしまった。その2人を離れた場所から監視する影があった。
「…光太郎と遊園地…楽しそう」
「イヴ、行きますよ。見失ってしまいます」
「あの…もしかしてこのまま2人の後をつけて回るのですか?」
「ええ、当然ですよティアーユ。あの子は元・星の使徒。私にはあの子を監視する任もあるのです」
公私混同であるような気はするのだが、ティアーユはあえてその先を言わなかった。もしかしたら次の自分の時もこうして追跡されるのだろうか。
たくさんの乗り物に付き合わされ、光太郎は一息ついてベンチに腰を下ろした。出会った頃からずっと振り回されているが、それも彼女の良いところなのだろう。ゴルゴムとの戦いの際、シャルデンが命を散らせた時に見せた殺気、そして涙した彼女を気に掛けていたが、やはり以前の彼女とは少し違っているように見受けられる。
「光様、疲れちゃいましたか? キョーコ、ドリンク買ってきました!」
「あ、ありがとう、キョーコちゃん」
ニコニコと笑って隣に座るキョーコだが、光太郎には無理して笑っているように見えた。光太郎はキョーコから受け取ったドリンクを一口飲んで喉を潤し、少し逡巡しつつも訊いた。
「…何か、悩みがあるんだろう?」
「…え?」
光太郎と突然の言葉にキョーコは驚いていたが、直ぐに笑顔で取り繕った。
「何言ってるんですかー? キョーコはいつも元気ですよ! 強いて言うなら『どうやったら光様とお付き合いできるか』って考えてるくらいっすよー!」
あっけらかんと話すキョーコだが、真剣な表情で見つめる光太郎を見て顔を伏せてしまった。
「…キョーコ、そんなに分かりやすいですか?」
「いや…俺には女性全般が何を考えてるのか分からないよ。とても難しいと思ってる。でもキョーコちゃん、1人でいる時、たまに悲しい顔してるよ」
「……」
「いや、言いたくなければそれでも良い。だけど一人で抱え込みすぎないようにしてほしいな」
光太郎はそう言って笑いかけたが、その直後にキョーコが立ち上がって光太郎の手をとった。
「もうすぐキョーコの時間は終わっちゃいます。最後に一緒に観覧車に乗りましょう!」
「あ、ああ」
キョーコに手を引かれて観覧車の中に乗り込んだ光太郎はゆっくりと上がっていくゴンドラの中で外の景色を見下ろしていた。
「キョーコ、弱いですよね」
光太郎の正面に座るキョーコは話し始めた。
いつものような笑顔ではなく、真剣な表情だ。
「ゴルゴムとの戦いで、キョーコ思ったんです。キョーコはセフィリアさんみたいに強くないし、イヴイヴみたいに何でもできる訳じゃない。黒猫さんは心具というのを手に入れて、シャルデンさんは…どんどんと強くなってます。キョーコだけが、成長してません」
キョーコは続ける。
「ゴルゴムの大怪人って人たちとの戦いでは何も出来ませんでした。シャルデンさんが死んじゃった時も、キョーコは何も出来ませんでした。キョーコは皆んなと一緒にいる資格なんてないんです」
「それは違う! 強さだけが繋がりなんて星の使徒やゴルゴムと同じだ。仲間が一緒にいるのに資格なんて必要ないんだ。それにキョーコちゃんは弱くなんてない」
光太郎はキョーコがシャドームーンに立ち向かった姿を思い浮かべていた。
「信彦…シャドームーンはシャルデンに対するキョーコちゃんの気持ちを受けて心動かされたんだと思う。そうでなければ繋がりのないシャルデンをシャドームーンが助けるなんて事はあり得なかったんだ。それはキョーコちゃんの『心』が強かったからだ」
あの時、シャドームーンはシャルデンの死に涙するキョーコに妹の秋月杏子の姿を見たのかもしれない。
キョーコは光太郎の言葉を聞いて僅かに硬直したが、笑顔を浮かべて観覧車の頂上の景色を見つめていた。
「キョーコはまだ弱いです。弱いキョーコでも光様は傍に置いてくれるんでしょうけど、キョーコは光様の1番になりたいです。なのでこれからもっと強くなってみせます!」
語尾を震わせながら、キョーコはそう告げて立ち上がった。その勢いでゴンドラが揺れ、足場がふらついてキョーコは光太郎にもたれかかる。キョーコの吐息を肌で感じる距離。光太郎は慌てて体を離そうとしたが、キョーコはそれを阻止していた。
「…少しだけ、勇気、もらいますね」
光太郎の頰に、柔らかいものが触れた。
それは一瞬だったが、余韻が頰に残っている。
「キョーコ…ちゃん? 今のって…」
「キョーコ、キス魔です。でも、今のは違いますからね」
動揺する光太郎を他所にキョーコは正面に座り直し、遠くの景色を見つめた。
「観覧車って、退屈であまり好きじゃありませんでした。でも、好きな人と一緒だと、全然退屈に感じません。こんなに良いものだったんスねー」
キョーコは遠くでこちらを見上げていたイヴやセフィリアたちを見つけ、小さく手を振った。距離があったのでティアーユは認識出来ていないようだが、イヴとセフィリアはキョーコが今何をしたのか理解しているらしく、恐い表情を浮かべていた。
「…!? 殺気? ゴルゴムの残党? それともクライシス帝国か!?」
前に座る光太郎は何かを感じ取って警戒しているが、キョーコは心の中で『まだ、諦めないっスよ』と決意していた。
思ってたよりも文字数が膨らんでしまったので、この日の話は区切って投稿する事にしました。
…物語が進まない…!?