ブラックキャットの名を騙っていたウドニーだったが、気絶から目覚めた彼は本物を目の当たりにして土下座して謝罪した。もともと情報屋であったらしく、ある時「ブラックキャットが生きていて掃除屋をしている」という情報を入手してこの案を思いついたらしい。当人であるトレインは名を騙られた事自体は気に留めていなかったが、強者を引き寄せることもあるというスヴェンの忠告を聞いてウドニーは二度としないと誓った。
「是非ともアニキのお役にたちたいっス」
贖罪の思いからか、共についてこようとしていたがそれは断った。星の使途との衝突がいつ始まるともしれない現在、素人を巻き込みかねない。ならばと昔取った杵柄で役にたちそうな情報を得たら連絡をする、という結論で納得してもらった。
光太郎たちは北の観光地へと場所を移していた。
ウドニーから謎の事件があるらしい、と聞いたからだ。スキーやスノーボードなどの雪上スポーツ施設があるにも関わらず、観光客は多くない。視界のあちらこちらに警官の姿も見える。
「光太郎、やっぱりこの街で事件が起きてるみたいだね」
イヴは異様な雰囲気を感じ取っていた。かつてギャンザ=レジックが暴虐を尽くしていたルーベックシティーのような既視感があった。
「ウドニーさんの情報によると、この街では女性観光客の行方不明事件が多発しているらしい。スヴェン、どう思う?」
「信頼できる情報か怪しかったが、この分だと十中八九ビンゴだろうな」
光太郎はスヴェンに問う。情報の発信元がウドニーというだけあって無駄足かもしれないと不安ではあったが、自分たちが来た意味はありそうだ。
リンスとティアーユは宿泊先の確保に向かい、護衛としてシャルデンとキョーコがついた。残りのメンバーで更なる情報を得るためにこの街のスイーパーズ・カフェへ向かおうとしたが、ジパングマンことマロだけは別行動をする事になった。雪山で少しの間だけでも修行を行いたいそうだ。彼も思うところがあるのだろう。
「行方不明者は女性のみ。スキー場の利用者ばかり…か」
スヴェンは入手した資料を読み返して光太郎へ手渡した。
「…またギャンザ=レジックのような犯罪者が影に潜んでいるかもしれない。早く解決しよう!」
「光太郎、私が囮役やる?」
「いえ、イヴ。ここは私に任せてください。何者かの仕業かは存じませんが、私が仕留めて見せましょう」
「…セフィリアさん、仕留めちゃダメですよ」
セフィリアの発言に光太郎は苦笑する。
ゴルゴムの怪人以上の存在ではない限り、囮となっても彼女たちに危険は少ない。油断は大敵だが、それだけの強さをその身に宿している。
「…取り敢えず、スキー場は閑散としているようだが営業はしているようだ。俺たちもスキー客を装って様子を見る事にしよう」
光太郎の提案に、一同はスキー場へと向かい、ウェアなどの一式をレンタルする事になった。掃除屋として事件解決の為に動いているのだが、光太郎と一緒に初めてのスキー体験という状況はイヴの心を弾ませている。
「ダメ…事件を解決するのが目的なのに…」
少女はその感情に気付いて自己嫌悪に陥ってしまっていた。
◆◇◆◇
スキー場のコースから離れた雪山のとある場所ではマロが普段着の薄着で瞑想をしていた。道士として一流であると自負していた彼だったが、何の知識もなかったトレインが心具を身に付けた事に対して苛立ちと焦りを覚えてしまっていた。
同時に、無力感にも苛まれていた。
道士としてシキと共に星の使徒へ参加したが、自分の能力はクロノスに劣らぬものだと理解していた。自分は強い、そのつもりでいたが光太郎と戦って格上の存在を思い知らされ、ゴルゴムの怪人や大怪人のような相手にも自分は無力であった。
「ちっ…! 苛々するぜ」
マロがそう呟いた直後、上空の気配を察知した。
「…久しいな、マロ」
そこには飛行蟲に乗った同郷の仲間であるシキが立っていた。シキは蟲を消してマロの前に降り立った。
「シキ、何でお前がここに…? クリードの奴もこの近くにいるのか?」
「いや、奴はアジトから動かぬ。私は道の力を身につけた同志を迎えに来ただけだ。そんな場所にお前…そして南光太郎やブラックキャットがいるのはこれもまた因縁めいたものを感じるな」
シキは小型の偵察蟲によって既に光太郎達の存在に気付いていた。しかしシキはまだ事を荒立てるつもりはなかった。手先としたゴルゴムの怪人も有限であり、捨て駒にするには惜しい。
「…マロ、戻って来い」
「……」
「何を迷う必要がある。既にクロノスは我らの手によって弱体化した。納得いってはおらぬが、ドクターの残した知識と技術、そしてゴルゴムの怪人の遺伝子すら手にし、クロノスを完全に滅するという悲願はそこまでやってきているのだ!」
しかしマロは何も答えず俯いていた。
「…南光太郎か?」
「…!」
「お前は南光太郎への恐怖に縛られてしまっているのだな」
「そ、そんなんじゃ…」
否定しようとしたが、それ以上の言葉は出てこなかった。本人のプライドもあり、繕おうとしたがシキか言った言葉は紛れも無い事実であった。かつての古城アジトで南光太郎と戦い、あまりに次元の違う強さにトラウマすら植えつけられてしまっていた。
「…お前の言う通りだ。俺は…あの人が恐い。以前の俺はこの力さえあれば何でもできると思っていた。だけどよ、あの人の前ではまるで通用しなかった。それに…これまで一緒にいて思ったんだ。あの人に勝てる奴なんている訳ないってよ」
「それは奴の力の源、キングストーンの恩恵だ。しかし我らの手にも同様のキングストーンが存在する」
シキの言葉にマロは絶句した。
以前光太郎から聞いていた話では、キングストーンとは世紀王の証。つまりこの世界において南光太郎とシャドームーンしか持ち得ない物だ。それを手中にしているという事は…。
「まさか…シャドームーンって奴を倒したのか?」
「…そうだ。そしてクリードの奴はキングストーン、怪人因子、再生能力、道の力をもって更なる強さへと到達しようとしている。お前が恐れている南光太郎も、その力の前には屍を晒すだけよ」
「…けど…けどよ…」
未だ踏ん切りのつかないマロにシキは溜息をついた。マロのトラウマは分からなくもないが、余程根が深いらしい。
「ならばその恐怖、取り除こう」
シキは呪符でゲートを開き、その奥から一体の怪人を呼び寄せた。巨大なノミのような姿をした怪人を…。
マロとシキが再会を果たしていた頃、光太郎達はリンスやティアーユたちとも合流し、全員が目の届く範囲で警戒は怠らずともスキーやスノーボードを楽しんでしまっていた。
スヴェンとシャルデン、ティアーユは参加せず、近くのカフェでその光景を眺めていた。
「アイツらはもはやプロだな。どこからどう見ても楽しんでる一般客だ」
「…そうデスね。しかし私にはわかりマスよ。南光太郎、イヴ、セフィリア=アークス、トレイン=ハートネットは警戒を怠っておりません。周囲に広がった蜘蛛の巣のような警戒網…楽しんでいるように見えてしっかりと仕事はこなしていマス」
「…俺にはよく分からんが…ティアーユは参加しなくて良かったのか?」
コーヒーで唇を濡らすティアーユはそう問われたが、「私は運動音痴ですので」と肩を落としていた。
「ひゃっほーい!」
ジャンプ台で超ジャンプを披露したトレインは空中で何回転もして雪上に着地した。
「何よ、トレイン。アンタこういうのやった事あるのかしら?」
「いーや、初めてだぜ?」
リンスの問いにトレインは笑って答える。トレインの身体能力ならコツさえ掴めば容易いことなのだろう。それを見ていたイヴは対抗しようとジャンプ台へと向かおうとしたが、すぐ横をキョーコが走り抜けていった。
「あわわ、止まらないですー!」
「危ない!」
キョーコを正面から受け止めた光太郎は無理に留まらず、ゆっくりとブレーキをかけながらスピードを殺していった。
「大丈夫かい? キョーコちゃん、こういうの大丈夫そうなイメージがあったんだけど意外だな」
「あ、ありがとうございます…光様…」
キョーコは光太郎の胸に顔を埋めて頰を朱に染めた。それを見ていたイヴとセフィリアの背後で衝撃な電気が流れた気がした。
「…イヴ、あなたの考えている事はお見通しですよ」
「セフィリアさんこそ、狙ってますね?」
「…私達の目的を思い出しなさい。ここには事件解決の為にやって来ているのです」
「忘れてなんかいません。これも弱い子供を演じて敵を誘き寄せる策です。雪上で自由に身動きできない姿を見たら相手側から近寄ってくると思いますから」
「…良い策です。私も実行しましょう」
「早い者勝ち。私がその任を引き受けます」
「光様、キョーコやっぱり滑れないかもです。教えて下さい!」
「よーし、俺に任せてくれ!」
2人の会話を地獄耳で捉えたイヴとセフィリアの表情が凍った。早い者勝ちだというのなら、最初の時点でキョーコに軍配が上がってしまっている。2人は膝を折り、自分たちの行動の遅さを後悔した。
「イヴ、こうなったら勝負しましょう。私もイヴもこのスポーツは初めてですが、お互い既にコツは掴んでおります。上級コースへ向かい、どちらが先にゴールできるか競いましょう」
「分かりました。光太郎のパートナーとして、相応しい滑りを見せてあげます」
「お、おいおい、2人とも落ち着けよ。楽しくやれよ、な?」
「トレインは黙ってて。女同士の戦いは、もう始まってるんだよ」
雰囲気に気付いて仲裁に入ったトレインだったが、イヴに一蹴されてしまった。原因の光太郎はキョーコ相手にレッスンを始めてしまっているし、どうしようもない。2人はリフトへ乗って山頂近くのコースへ向かってしまった。
山頂では普通の人ならば足元が竦んでしまうような急勾配な坂であった。しかし2人に恐怖を与える程ではない。レースをスタートしようとしていると、2人の背後からひとりの人物が近寄ってきていた。
「やぁ、このコースにやってくるなんて随分と良い度胸をしているんだね」
イヴとセフィリア、両者は面には出していないが既に臨戦体制を整えていた。目の前の男はスキー客などではなかった。ウェアーは着込んでいるが、スキー板もスノーボードすらも所持していない。明らかに不審人物であった。
「僕好みの女性だ。大切に『保存』させてもらおうかな」
男が手を2人に向けた瞬間、足元から氷の礫が飛び出した。礫は2人の体をすり抜けて後方へと飛翔していった。
「…え?」
確かに氷の礫は2人を狙った。この距離で外す事も考えられず、男の目にはすり抜けたようにしか映らなかった。
「セフィリアさん、勝負は預けます。まずは行方不明事件の重要参考人を捕えましょう」
「そうですね、イヴ。事件が解決すれば、光太郎さんも喜ぶ事でしょう」
イヴは天使の翼を生やして飛翔し、セフィリアはサタンサーベルを体内から呼び寄せた。その姿を見て、目の前の男、ディーク=スラスキーはある事件の映像を思い出していた。かつて創生王が観せた絶望への光景。異次元の強さをもっていた破壊神に立ち向かっていた戦士の姿を思い出していた。1人は創生王を滅した仮面の男、そして赤い剣を振るう美しい剣士、そして可愛らしい天使の翼をもった金髪の少女。映像越しに見ていた戦士たちが目の前にいたのだ。
「は、ははは…超レア物じゃねぇか。2人とも冷凍保存して、毎日可愛がってやるよ」
ディークの掌に冷気が集中する。これが彼の道の力、
何故ならば、単純にスピード不足だったからだ。2人は容易く攻撃を跳躍して回避した。その動きさえも、ディークの眼は捉えきれていない。
空中へ脱したセフィリアは眼下の敵に剣気を叩きつけた。体から発せられる気の放出。それのみでディークを中心とした大地が圧迫されクレーターが形成された。突然の出来事にディークは無意識に氷のオーラを身体中に張り巡らせたが、そんなものは彼女たちにとって障害となり得ない。発砲された銃弾さえ瞬時に凍結させてしまう氷のオーラであったが、イヴが撃ち出した羽根の弾丸はそんなオーラなど存在さなかったかのようにディークの体に撃ち込まれた。そして1秒にも満たない僅かに時間の間にディークの意識は遠のいていった。
「…麻痺と昏睡のナノマシンですか?」
「はい、これで暫くは目覚めないと思います」
雪上に着地した2人はディークを捕え、光太郎達の元へ降りていった。
その光景を偵察蟲を通してシキとマロは離れた場所から見ていた。
「氷を操る道使い…残念ながら相手が悪かったようだな。いくらその身に道の力を宿しても、レベルが違いすぎた」
「…あいつらはあの創生王とも戦ったんだ。人間レベルを少し超えた程度の実力じゃ太刀打ちできねぇよ」
「まだ奴らが恐ろしいか?」
マロは映像に映されていた光太郎達の姿を見上げた。不思議と恐怖はない。先ほどノミ怪人よって与えられた「血液エキス」は恐怖心を取り除くという不思議なものであり、自身が抱えていたトラウマをも払拭させた。
「お前が南光太郎と共に行動していたのは『敵に回すまい』とする恐怖心からだった。その恐怖を取り除いた今なら迷うまい。マロ、我らの元に戻って来い」
「…そうだな。南光太郎にはデケエ借りがある。そいつを返してやらなきゃな…」
シキとマロ、ノミ怪人はシキが創り出したゲートによってその場から姿を消した。その様子を上空から一匹の蝙蝠が飛翔していた。その蝙蝠は直後に血の塊へと変化し、宿主の元へ帰っていった。ひとり山頂を見上げるシャルデンは戻ってきた血を回収し、見聞きした情報を頭の中で反芻していた。
「クリードはキングストーンを手中に収め、マロさんは星の使徒へ戻っていってしまった。…さて、どう皆さんに伝えたものデスかね」
先程まで好天であったにも関わらず、雲行きがどんよりと怪しいものへ変わってきてしまっていた…。