工場内で銃撃が行われていた。
ここは表向きは世界でも有数の薬剤会社となっていたが、その正体は麻薬組織『エスト』の麻薬製造工場であった。
物陰に隠れて銃弾の雨を防ぐひとりの掃除屋。
ケビン=マクドガルは四方から飛び交う銃弾を避けつつも、愛銃て確実に相手に命中させて戦意喪失させている。
ケビンは再び物陰に身を隠す。
「あちゃー、下調べしていたデータよりも人数が多いぞ。どうにか戦況を変えないと返り討ちだ」
この状況下においても冷静であるが、戦況は凄まじい速さで変わっていく。僅か数秒の間に周囲を囲まれ始めていたのだ。その直後、ケビンの正面の壁に一筋の線が走ったかと思うと、無数の瓦礫となって崩れ落ちた。
「え?」
そこから現れたのは新たな敵かと身構えたケビンだったが、その姿を見て直ぐに銃口を外す。先頭を切って歩いてきたのは金髪の少女。どうみても麻薬組織の一員ではない。少女はケビンを確認して後ろからやって来ていた女性に声をかける。
「セフィリアさん、この人は?」
「…データによるとこの方も掃除屋さんですよ。確か最近麻薬のシンジケートを潰していた方だったはずです。私達よりも先に潜入していたみたいですね」
無数の銃声が響く中、恐怖など微塵も感じていない様子で周囲を確認している。突然の状況に呆気にとられていたケビンだったが、慌てて彼女たちに身を隠すように伝える。
「な、何しに来たんだ!? ここは危ない。直ぐに引き返すんだ!」
「大丈夫だよ」
ケビンの進言は聞き入れられず、2人は銃弾の雨の中その姿を晒した。相手側に掃除屋と無関係な人間だと分かるはずもない。2人に凶弾が放たれる。せめて彼女たちの盾になろうと飛び出したケビンだったが、それよりも先に彼女たちが動いた。少女は髪を無数の剣のように変質させ、女性は一瞬にして赤き剣をその手にした。そしてケビンは信じられない光景を目にした。
四方から降り注ぐ銃弾が、彼女たちの前で悉く消滅していたのだ。何が起きているのか、ケビンには理解出来ていなかった。2人はナノスライサーとサタンサーベルで銃弾を切り落とし、または消滅させていたのだが、あまりのスピードにそれが常人のケビンには捉えきれていなかったのだ。彼女たちは日常のストリート街を散歩しているかのように、平然と歩いていた。
組織員もその光景に寒気を感じたのか、より一層銃撃が激しくなった。しかしその銃撃も突然パタリと止んだ。
奥から黒い装飾銃を手にした男が歩いてきた。
「よっ! その辺りの奴等はみんな昼寝させて来たぜ」
「トレイン、遅い」
「…姫っち、厳しいぜ」
どうやら仲間のようだ。
トレインと呼ばれた男がケビンに気付いたが、殺気がなかった為組織員ではないと判断したのだろう。
「アンタも掃除屋か? でももう役目は残ってねーと思うぞ」
「な、何を言っているんだ! この組織の構成員はこんなものじゃない。僕の調査によると、この工場には広大な地下施設がある。そこには1000人に近い武装集団が警護しているはずなんだ。ここからが正念場だよ!」
「ん〜、でもなぁ…もう光太郎達がその地下とやらに先行しちまってるからなぁ」
「そ、そうなのか。僕の知らないところでそんな大きな規模の掃除屋達が攻めていたんだね。どれくらいの人数が集まったんだい?」
「光太郎とシャルデンの2人だな。他にもいるんだけどよ、そいつらはお昼寝した奴らを外に運び出してるぜ」
「少ないよ!」
ケビンは凄腕の掃除屋が100人単位で攻めているのかと思ったが、しかしそれでも少ない方だ。だが現実はそれよりも更に下回っていた。
「たった2人? そんなのただ死にに行くようなものじゃないか!」
「アンタだってひとりで潜入してるじゃねえか」
「ぼ、僕は安全なルートを通ってボスだけを捕らえるつもりだったんだ。でも急に武装した構成員が飛び出して来て…」
それを聞いてトレインは察した。恐らくだが、この男が潜入するよりも早く光太郎が強行突破した為に、予定外の遭遇を引き起こしたのではないか。苦笑するトレインだったが、その事は自分の胸の内に留まることにした。
「トレイン、私達は先に行くよ。この組織が終わった事を一応見届けたいから」
「…へいへい。それじゃアンタも付いて来いよ。2人で充分だったって分かるからよ」
ケビンは疑心に満ちた目をトレインに向け、3人の後から付いていった。地上の工場に配備されていた構成員は皆気絶させられていた。トレイン曰く「半日は目覚めねぇよ」との事だった。構成員に撃たれた後は無い。当て身で気絶させたのだろうか。それを訊ねると「弾が勿体ねえ」とぼやいていた。
少し進むと、壁に巨大な穴が空いていた。何か巨大なモノが突っ込んだのか、無数の破片が床に散乱している。そしてその真下にも穴が空いており、そこから地下の通路が見てとれた。
「どうやら光太郎たちはここから潜入したようですね」
セフィリアと呼ばれた女性がそう言ってから地下へ降り、姫と呼ばれた少女とトレインも後に続く。
「これが潜入? 強引過ぎるだろ…」
ケビンは頰を引攣らせて地下へ降りて行った。
武装集団は数百の銃弾を目の前の優男に浴びせていた。
しかし優男は倒れる事も、苦痛の表情を浮かべる事もなく歩みを止めない。確かに銃弾は体に撃ち込まれているのだ。俺たちは幻を見ているのか、彼らの中にはそのように思い始める者もいた。
優男、もといシャルデンは右腕を前に突き出す。拳に力を込め、そして手を開く。そこからは無数の弾丸が現れ、音を立てて床に落ちていった。
「こんな物では、私は殺せまセンよ」
シャルデンの影が武装集団の足元まで伸びる。そして直後に黒い影から刃が伸び彼等の足を貫いた。足を痛めた彼等は苦痛を帯びた悲鳴をあげて横たわり、戦意を喪失させていった。まるで剣山のような戦場を悠々と歩むシャルデンを見て、その場にいた他の構成員たちも逃走を始めた。相手がいなくなったシャルデンは懐中時計を取り出す。
「光太郎が潜入して1分。もうそろそろ制圧が終わる頃でしょう」
シャルデンがそう呟くのと同時に、奥から爆音が響いた。
最深部の広く開けた空間。
そこでは地下でありながら装甲車が銃砲をひとりの侵入者に向けていた。
「な、なんなんだ、あいつは!?」
エストのボスは先程までの地獄絵図を思い出す。部下たちの放つ銃弾、バズーカ、その他諸々を受けても無傷であり、脱出用のエレベーターも奴が何かをした瞬間に動かなくなった。それどころか施設のコンピュータが全てクラッキングされたのだ。逃げ場もなく、追い込まれたボスは巨大装甲車に逃げ込み、息を荒くして装甲車を走らせた。
「ひ、ひひひ、こ、ここまできてしまっては俺は破産だ! それもこれも全てお前のせいだ!」
銃砲から榴弾が放たれる。砲弾は侵入者に命中し、轟音を響かせた。これで自分を破産に追いやった侵入者に報いを与えてやれた。そう思うと僅かばかりに溜飲が下がるボスだが、視界の端に映る影に気付き脂汗を滲ませる。
「…砲弾…当たりませんでしたか?」
装甲車内にいる自分の隣に、黒いアーマーを着込んだ侵入者が立っていた。
「当たったな」
「……どうやってこの中に?」
「バイオライダーとなって僅かな隙間から入り込んだのだ」
「…なんじゃそりゃー!」
全く理解できないボスは白目を向いて装甲車内から逃げ出そうとするが、万力以上の力を持つRXに捕らえられては逃れる術など存在しない。
巨大麻薬組織エストは僅か数分で壊滅したのだった。
掃除屋としての報酬を受け取ったスヴェンは上機嫌で皆に分配していた。光太郎、イヴ、セフィリア組に、シャルデン、キョーコ、マロ組に、情報を手に入れてきたリンスに、そして自分とトレインの組に分ける。それだけ分けても充分な資金が其々に残されたのだ。資金難に苦しんでるスヴェンには嬉しい収入だろう。
最深部でエストのボスを縛り上げていた黒いアーマーを着込んだ男、その姿を見てようやくケビンも思い出した。三ヶ月前、あの規格外の生物であった創世王に立ち向かった救世主。世間では幻覚などという吹聴もあるが、事実、ケビン自身もあり得ない映像であると信じてはいなかった。しかし直接その凄まじさを目の当たりにしてしまった。あれは真実であったのだ。
RXと呼ばれる姿は変身する南光太郎。
幼い姿からは想像もつかない強さの少女イヴ。
魔剣を操る地上最強の剣士セフィリア。
映像では登場しなかったが、他の仲間たちも並外れた強さであることを痛感させられた。
「は、はは…、君たちを見てしまうと自分が如何に無力か思い知らされるよ」
「あー、それは俺も思う。光太郎見てたらそう思っちまうよな」
「いや、トレイン君。君も大概だからね!?」
銃弾の雨を愛銃で弾き落とすって何さ!?
発砲された銃弾を銃弾で撃ち落とすってどんな動体視力してんのさ!?
しかしトレインは光太郎を見ながら遠い目をしている。ケビンにとってはトレインの身体能力や銃技も充分遥か高みにある。だが信じ難いことにトレインから見ればそれよりも大きな隔たりが南光太郎との間にあるという。それを聞いたケビンは全身を脱力させてしまった。
「サラリーマンを辞めて昔からの夢だった掃除屋を始めたけど…こんな人たちが大勢いるこの業界じゃ、とてもじゃないけどやってく自信ないよ…。南の街じゃ伝説の『黒猫』も掃除屋をしてるらしいし」
「へ?」
ケビンの独り言を聞いていたトレインが素っ頓狂な声をあげる。
「だから伝説の殺し屋だった『黒猫』だよ。君たちも噂くらいは聞いた事あるだろう? 13の刺青をその身に刻んだ恐ろしい殺し屋さ。でも今は掃除屋をしているって情報を仕入れたんだ」
皆は顔を見合わせる。
伝説の殺し屋『黒猫』の正体はこの場で苦笑いを浮かべているトレイン本人だ。ケビンは南の街と言っていたが、行動を共にし始めてからその街にはまだ立ち寄った事がない。つまりは『黒猫』の名を騙る者がいるという事だ。刺青の事を話していたケビンは目の前にいたトレインの左鎖骨部位にある英数字の13の刺青に気付いた。
「…あ…あれ? トレイン君にもその刺青があるね。は、流行ってるのかい?」
ケビンは混乱しながら訊ねてくるが、トレインは本当の事を話さずにそうだ!」とサムズアップをした。
ケビンと別れた後、スヴェンは「偽物を捕まえるぞ」と進言した。
「放っときゃ良いじゃねぇか」
「トレイン、お前は分かってるはずだ。その名前が引き寄せるものを」
他人が自分を騙っていると知ってもトレインはいつも通りだった。低ランクの犯罪者であれば、その名を聞いただけで戦意喪失するだろう。掃除屋としては楽に仕事を進める事もあるだろうが、その伝説を倒して箔をつけようとする犯罪者もいる。もしも偽物が実力もない素人同然の人間であれば降り掛かる火の粉も振り払えないだろう。それを説明された光太郎は南の街へ向かう事を決めた。命を狙われる事態になる前に、偽物へ忠告をして辞めさせる必要がある。自ら騙っている訳だから自業自得という見方もあるが、それでも見捨てるのに良い気分はしない。
日が沈み空に星が見え始めた頃、素泊まりしている宿で光太郎は考え事をしていた。トレインの偽物も気にかかるが、それ以上に信彦の事が光太郎の脳裏の大半を占めていた。以前の世界では一時であってもクライシス帝国と共にいた彼だが、今の彼ならばクライシス帝国と共に行動する事はないだろう。できる事ならば撃退する為に力を合わせて欲しいところではあるが、その望みは薄い。
今は恐らく…傷を癒しながら自分との再戦の時を待っているだろう。
◆◇◆◇
「それじゃーダメっすよ!」
女性陣たちの部屋では熾烈な猛特訓が行われていた。キョーコがイヴの仕草にダメ出しをする。
「そんなんじゃ、光様は落とせないっすよ。もっと色っぽい仕草を考えましょー!」
「むぅ」
何の特訓かと思えば、光太郎を惚れさせる仕草の研究らしい。キョーコはイヴの仕草に赤点を出す。リンスが率先して色気のイロハを他の女性陣たちに説いていた。
「相手に主導権を握らせない、これが大事よ。特に光太郎みたいな鈍感男にはこちらがリードしてあげるのが良いわ」
「こ、こうでしょうか? 『私、酔ってしまったみたい…少し休憩していきませんか?』」
「セフィリアさん、上手いわ。そう、上目遣いで少し無防備に胸元を見せる感じよ!」
女性陣のトレーニングの相手として部屋に呼びつけられたシャルデンは暫し立ち尽くしていたが、小さく溜息をついた。
「…自分の部屋に戻ってもいいデスか?」
「ダメよ」
シャルデンの願いはリンスに一蹴されてしまう。
彼の苦労人体質は受難を引き寄せるのか、まだまだ休めそうになかった…。