食事を終えて部屋で一休みしていた光太郎は大きな力を感じて身構えた。イヴも感じたらしく、2人は頭上を警戒している。
「光太郎、今のって…」
「分からない。急に力が膨れあがったのは確かだと思うが、妙な事にそれが一瞬にして遠ざかっていった…」
光太郎とイヴは警戒しながらも屋上へ向かう。屋上の扉を開けると、そこにはセフィリアが立っていた。その足元にはトレインが横になっている。
「セフィリアさん! 先に来ていたんですね。何があったんですか?」
セフィリアの元に駆け寄り、状況を訊ねる。
「私も先程駆けつけたばかりなのですが、既にハートネットが倒れていました。気を失っているだけのようですが…それよりハートネットの手元を見てください」
「手元?」
言われたようにトレインの左手に握られている銃に視線を落とした。その手の中にあったのはトレインのいつもの愛銃ではない。銃ではあるだろうが、形状が全く異なるのだ。銃身は大きく左手首にまで伸び、まるで手甲のような物までついている。これは一体何なのか、光太郎は不思議に思って触れようとすると、謎の銃は光の粒子となってトレインの胸に吸い込まれていった。トレインの左手に残ったのは見慣れたハーディスのみだった。
「今のは一体…」
疑問は尽きないが、今こうしていても仕方がない。光太郎は気を失ったトレインを背負い、階下へと戻った。
トレインをベッドに寝かせ、光太郎は状況を他の皆に説明した。
「銃の形が変わる…ねぇ。こいつもついにビックリ人間の仲間入りを果たしたのか?」
呆れた表情のスヴェンは呑気に眠るトレインを見て溜息をついた。
「セフィリアさん、オリハルコンにはそんな特性があるんですか?」
「いいえ。オリハルコンはこの地上で一番強固な金属であるだけで、そのような変異はしません。それに光がハートネットの体に吸い込まれていったのも気になります。あれはどちらかというと、道の力に近しいものを感じます」
光太郎の問いにセフィリアはそう答えた。トレインの口から説明されない限り、答えは出ないだろう。もしかするとトレイン自身理解していない可能性もある。そんな彼等を制し、ティアーユが小さく手を挙げた。
「…宜しいですか?」
皆の目がティアーユに注がれる。彼女は一歩前に出て一拍置いて話し始めた。
「トレインさんの銃の現象に繋がるかは分かりませんが…道の力について、少しですが判明した事があります」
その言葉に道の力を身につけている面々も顔を上げる。
「…ジパングマンさん、道士というのは3世紀前後から存在するのは確かですか?」
「あ、ああ…俺はそう伝え聞いている」
「実はベルゼーさん達がゴルゴムのアジト跡を探って様々な資料を集めてくれたのです。その中には時代の移り変わりを記した書もありました」
ゴルゴムの怪人は数万年を生きる。3世紀辺りはまだ身を潜めていたみたいだが、世界で起こっていた事柄は把握していたらしい。当時、ジパングは複数の国に分かれていた。それを1つにまとめようとしていたのが邪馬台国である。だが邪馬台国も含む複数の国崩しを行うために暗躍する巨大組織も存在した。その名は『陰陽連』。方術師…現代でいう道士は「氣」を操り、物を動かしたり幻を見せたり重量をコントロールするという現象を起こす事が可能であった。
だがその中に優れた方術師が現れ出した。彼等は「氣」で武器の物質化を可能とし、それは『心具』と呼ばれ高位の方術師の証とされた。
「そもそも、このような超常の力は当時よりも遥か過去に、ゴルゴムの使者が人間に与えたものだとされています。その書の内容が真実であれば、トレインさんのその時の銃は『心具』ではないでしょうか?」
ティアーユからそう説明されるが、過半数の人間はそれを受け入れられていない。ティアーユの話は真実であり、ゴルゴムアジトから見つかった書も、恐らくは正しいのかもしれない。しかし部屋の隅で呑気に眠るトレインの寝顔を見て、高位な方術師にはとても見えない。
特に現代の道士であるマロは方術について何も学んだ事のない素人がいきなり自分よりも格上と説明されたのだ。納得など出来まい。
「ぜってー認めねえ! 方術のほの字も知らない奴がいきなり武器の具現化? そんな天才がいてたまるかよ」
マロの嘆きにイヴが「トレインって天才?」という疑問をスヴェンに投げかける。バカと天才は紙一重というが、スヴェンは「バカだ」と即答した。
「バカだからこそ、小難しい論理もすっ飛ばす。あいつはきっと頭で考えちゃいない。野生の動物と同じ、直感で乗り越えちまうんだろうな」
「ふむ…トレインって深く考えるの苦手そうだもんね」
「そうなんだよ…そのせいで俺がどんだけ苦労を被った事か…」
マロとスヴェン、2人の悩みは兎も角として実際に当時の『心具』を見た事もない自分たちにこの疑問は晴らせそうもない。まだ納得いかない様子のマロの腹にリンスが肘でつく。
「大きい声出すんじゃないの! ティアーユさんがビックリしちゃってるじゃない!」
「で、でもよ…!」
「デカイ図体して器の小さい男ね。納得いかないならアンタもその…よく分かんないけど具現化すれば良いじゃない」
「う…俺にはまだ無理っす…」
「それならもっと努力なさい。それからティアーユさんに怒鳴った事も謝りなさい」
「いや、別に俺は博士に怒鳴ったつもりは…」
「言い訳無用!」
「は、はい…怒鳴って申し訳ありませんでした…」
あちらは…まぁ丸く収まったようだ。リンスに怒られて小さくなったマロがティアーユに「私なら大丈夫ですから」と慰められていた。その光景を見ていた光太郎はリンスなら力の上下関係なしにクライシス帝国の面々も手玉に取るのでは…と苦笑してしまった。いつの時代も、女性は恐いものだ。
この件は問題なしと解散し、光太郎は自室に戻った。
少しして部屋の扉が叩かれる。
「入りやすぜ」
来客は
「あー、俺はジェノス=ハザードってんだ。こうして話すのは初めてだよな?」
「確かケルベロスのメンバーだったかい? 星の使徒に怪人にされてしまったが…その後、体は平気か?」
「あちゃー、そういう覚え方されちまってるか」
ジェノスは苦笑する。
「遅くなったが、その事であんたに礼を言っときたくてね。人の姿を取り戻せたのは南光太郎、あんたのおかげだ。同じケルベロスのナイザーとベルーガは任務で出払ってるが、ケルベロスを代表して礼を言う。感謝する」
「気にしなくてもいいさ。それより体は大事にしてやってくれよ」
「器もデカイねー。それよりジパング支部のこの施設には温泉つーものがあるんだ。ここの人間に聞いたがまだアンタ達利用してないみたいだから、知らないんだと思ってな。どうだい、一緒に行かねーか? 背中くらいは流すぜ?」
「温泉か、それは嬉しいな」
日本人の光太郎にとって温泉はとても興味を惹かれる。ジパング外の宿泊施設にはシャワーばかりの所が多く、湯船に浸かりたいと常々思ってたところだ。光太郎は乗り気で準備をし始めた。
準備を終えた光太郎はジェノスに先導されて施設内を進む。
途中シャルデンに出会い、極楽の道連れに彼も温泉に誘った。
ジェノスに連れてこられた温泉は夜空を眺める事のできる露天風呂だ。体を洗い終えた光太郎達は湯に浸かり、全身を脱力させる。
「あー、こいつはいいぜ。俺は普段シャワーだけなんだが、この風呂っていうのも良いもんだな。そうだ、光太郎さんよ。温泉には熱燗が美味いらしいぜ。持って来させようか?」
「いや、この夜空だけでお腹一杯さ」
テンションの高いジェノスを見て、光太郎は苦笑する。
隣で夜空を見上げるシャルデンは少しして「南光太郎」と声を掛けてきた。
「貴方は…キョーコさんの事をどう思っていマスか?」
「キョーコちゃん?」
「なんだい、恋バナか? 俺っちも混ぜてくれよ。アンタ達のメンバーの女性陣では俺は断然リンスちゃんだな。物静かなティアーユちゃんも良いが、1番はリンスちゃんだ!」
先程マロのような大男をショボくれさせたリンスの姿を思い浮かべる。彼女には光太郎も強く出る事が出来ない。恐怖感にも似た感情を抱いてしまっている。強気の女性、というのは転生前の母親を連想させてしまうからか、はたまた光太郎自身が苦手なのか分からなかったが、女性陣の中でリンスを選択する勇気は光太郎にはなかった。
「ジェノス、すごいな。俺はリンスさんは恐くて苦手かもしれない」
「何言ってんだよ、そこが良いんじゃないか。強気な女性が俺に惚れて従順になる瞬間…燃えるぜ!」
「あはは…」
ジェノスは特殊なタイプのようだ。
取り敢えず、シャルデンに問われたキョーコちゃんに対する感情を模索する。猪突猛進な面もあるが、素直な良い子だ。星の使徒に入ってしまうまでの過程は分からないが、更生の余地は充分にある。
「素直な良い子だと思うよ。ちょっと勢いが強すぎるところもあるけどさ」
「恋愛感情としてはどうでしょうか?」
「恋愛…んー、そもそも最近はそういうのを考えてなかったな。ゴルゴムやクライシス帝国の事で頭が一杯だった」
「…フッ、貴方らしいデスね」
シャルデンに笑われてしまった光太郎は頭を掻く。
恋愛…か。全てが終わった後、俺にもそんな人ができるのだろうか。こんな俺を選んでくれる人がいるのだろうか。イヴとセフィリアさんは自分を相棒と考えてくれている。いわば戦友だ。キョーコちゃんはまだ子どもだし、ティアーユさんは自分をバイオの研究対象と見ているような気がする。リンスさんは恐い。
「そういえばキョーコちゃん、シャルデンが一度命を落としてしまった時、凄く怒ってたよ。シャドームーン相手に全く怯まず向かっていった。シャルデンはキョーコちゃんにとても大切に思われてるみたいだな」
「キョーコさんがそんな事を? …全く無茶ばかりしマスね」
「キョーコちゃんの為にも、そして俺たちの為にも、もう絶対に死なないでくれよ」
「…約束はできまセン…が、努力はしましょう」
新たな決意を胸に、2人は夜空仰ぐ。
そんな会話をしていると、脱衣室の方が賑やかになってきた。
この施設にはクロノス関係者しかいない。スタッフの誰かが入ってきたのだろうか。邪魔にならないようにと、光太郎達は隅に移動している最中、恐ろしい声が耳に届いた。
「へー、これが温泉なのね。いい所じゃない。もっと早く知っとくべきだったわ」
リンスの声である。
幸い光太郎達は直前に死角に隠れることができたが、脱衣室から1番距離のある場所となってしまっている。リンスに続いてイヴ、セフィリア、キョーコ、ティアーユが次々とやって来た。
「ジェ…ジェノスさん、ここって男湯じゃないんですか?」
小声で震えながら話す光太郎にジェノスは暫し口を紡ぐ。そして少しして「男女で風呂が分かれていたのは盲点だったぜ」と独白した。要は風呂の場所しか調べていなかったらしい。
「南光太郎、それよりも事情を説明して本来の男湯へ行くべきではないでしょうか?」
「そ、それもそうだな」
シャルデンに言われ、光太郎が声をかけようとした瞬間、ジェノスに口を押さえられた。
「ちょっ…何しようとしてんだ。光太郎さん、よく考えて下さい。ここでアンタが声をかけたらどうなると思います?」
「こ、この状況から解放される…」
「違う、彼女達に恥をかかせることになるんすよ。でもこのまま見つからず隠れ通す事ができたら、女性陣たちは何も知らず温泉を堪能、俺たちは眼福。win-winなんすよ」
覗き魔の理論…いや、暴論だ。
「俺たちはこの光景を目に焼き付け、同志に伝える義務がある。さぁ、光太郎さんもアンタも天国を目に焼き付けるんだ」
光太郎とシャルデンは拒否する中、ジェノスは優れた視力で裸体を拝む。
リンスちゃんの温泉で火照った柔肌がほんのりと朱を帯びて眩しく光る。「ふぅ」と髪を搔き上げる様は女性的で艶々しい。スラリとした体は思わず抱きしめたくなる。
ティアーユちゃんの豊満な胸にも注目だ。見ろよ、湯船に浮かんでやがるぜ。キョーコちゃんやイヴちゃんは今後に期待だな。セフィリアの姐さんの体も拝んでおくか…。
岩の陰から気配を殺して露天風呂全体を見渡すが、セフィリアの姿はない。間違いなく脱衣室から出てきたのを確認している。何処かにいるはずなのだが…サウナ室にでも入っているのだろうか。
周囲を探るジェノスは背後にいた者に肩を叩かれる。
「何すか、今セフィリアの姐さんを探してんだから邪魔しないて下さいよ」
「…貴方が探している人物はここにいますよ?」
「へ?」
ジェノスが振り向くと、そこにはサタンサーベルを手にしてにこやかに笑うセフィリアの姿があった。
「あ、あ、姐さん、これには深い訳があるんス! ほら光太郎さん達も何か言ってやって下さいよ」
ジェノスは表情を引攣らせて隣にいたはずの同志に声をかける。しかしその場には誰もいなかった。
「え、いつの間に!?」
「最初からジェノス、貴方しかいませんでしたよ」
「なにそれこわい」
セフィリアの異常な気配に気付き、他の女性陣達もやって来てしまう。
「ちょ…何よコイツ、覗き!?」
「皆さん、申し訳ありません。この者はクロノスの人間です。軽薄な行動をとった最低な人間の上司として謝罪致します」
リンスの怒鳴りにセフィリアが頭を下げる。
「最低っすね、女の敵っすよ」
ゴミを見るような目のキョーコ。
「光太郎を言い訳に使った。ナノマシンを送り込んで一週間麻痺の刑」
ナノマシンを活性化させるイヴ。
「あらあら、どうしましょう…」
マイペースなティアーユ。
裸の女性陣に囲まれ、ジェノスは最後に辞世の句を詠んだ。
『男の楽園は女湯にこそ存在した』
良い表情を浮かべてサムズアップするジェノスの頭部にサタンサーベルが振り下ろされた。
光太郎とシャルデンは岩陰の先にあったボイラー室から脱出を成功させていた。シャルデンの能力で翼を生やして飛翔し、非常階段辺りに避難。そしてバイオライダーとなった光太郎はそのスピードをもって脱衣室に置かれてた自分とシャルデンの服を回収して難を逃れた。この共同作業を行った事で光太郎とシャルデンの絆が深まったのは間違いない。
翌日、サタンサーベルの峰打ちを受け、全身麻痺の状態で涙を流すジェノスの姿があった。