創世王を打ち倒し、一ヶ月の月日が経とうとしていた。
創世王が残した地球への爪痕は大きく、一部の地域は未だ立入禁止区域となっている。数日は都市の機能も麻痺していたが、今では日々の日常を取り戻しつつあった。
今朝の朝刊にも、創世王事件の記事が記載されている。
テレビをつけても大学の教授や評論家達がたわいも無い酷評をしていた。そんなニュースに飽きたリンスはテレビの電源を落とす。
「なーにが『幻覚作用をもったウイルスの集団感染』よ。地球人全員が同じ幻覚を見る訳ないでしょうが!」
そう吐き捨てるリンスだが、信じられない人々の気持ちも分からなくはない。僅かな映像ではあったが、あまりにも非現実的な光景であったのだ。個人が暴風を起こし、大地を割り、地球全土を狂わせる…それは創作小説やアニメでしかあり得ない能力だ。リンスはトレインの神業とも思える銃技を見た事があるが、それとは天と地以上の開きがある。
「…でも、本当に倒せたのね」
人類にとっては神にも等しい力を有していた創世王。それを相手に数人で打ち倒したのだ。本来ならば英雄視され、全世界から賞賛されるべきである。しかしその英雄たちは未だ深い眠りについていた。
リンス達が現在腰を据えている場所はクロノスのジパング支部。地球上の全ての人々が光太郎やイヴ、セフィリアの姿を見てしまっており、衆目に晒して混乱させてしまうのを避ける処置としてこの場に身を隠していた。リンスは不意に寝転がると、扉の前で立っていたシャルデンと目が合う。
「ひっ…ちょっと! ビックリするじゃない! 幽霊みたいに入って来るんじゃないわよ!」
「…申し訳ありまセン。しかし驚かすつもりは無いのデスが」
淡々と謝るシャルデン。
「まぁ、いいわ。アンタも大変だったわね。ティアーユさんとの検査はもう終わったのかしら?」
「…検査結果は異常だらけデスよ」
ティアーユから渡された検査報告書を取り出し目を通す。ティアーユから受け取った薬を摂取して怪人化を果たしたシャルデン。その時点からDNAレベルで人間と異なる生命体となっていた。死した後、シャドームーンが何らかの方法で自分を復活させたと聞いた。方法は兎も角として、今の自分の姿は人間そのものであっても、それは仮初めなのかもしれない。DNA、筋組織、細胞、血液…それら全てが人と異なる造りとなっていた。
「しかし、私が自ら選択した事デス。後悔はしていまセンよ」
検査の結果をみてティアーユには何度も頭を下げられたが、悪いのは彼女ではない。自身で決断した事なのだ。人の身を捨てる覚悟はあの時から既にあった。これはその結果に過ぎない。
「ところで、光太郎達はどうしてマスか?」
シャルデンの問いに、リンスは深い溜息をついて「まだ治療室よ」と答えた。
◆◇◆◇
未だに眠り続けるイヴとセフィリア。
あの戦いで蓄積されたダメージは激しく、治療用の計器の音のみが室内に響く。光太郎は暫し彼女たちの寝顔を見つめ、治療室を後にする。
「まだ眠り姫は起きねえか」
「トレイン…」
「リンスのやつから頼まれて…いや、脅されてお前の見張りだ。面倒くせー」
「何だ、弱味でも握られてるのか?」
「元はと言えばお前のせいだよ」
「え」
光太郎が姿を消し、それを追いかける為にトレイン達はジパングのキョートへやって来た。しかしその旅費だけで貯金を使い果たし、食費やら何やらを悪魔から借りるしかなかったのだ。あれから事あるごとに借金を理由に脅しを入れてくる。あの悪徳業者め。
理由を聞いた光太郎は苦笑しつつも詫びを入れる。
「それは悪い事をしたな。トレイン達の借金は俺からリンスさんに返しておくよ」
「マジか!? 助かるぜ!」
悪魔の契約から解放されると知ってトレインはガッツポーズをとる。
「ところで、スヴェンはどうしたんだ?」
「ああ、スヴェンなら賞金首のリストを取りに行ってる。こういった大きな災害の後は犯罪に走る奴って結構いるらしいからな。火事場泥棒ってやつか。まぁ、そういう奴でもとっ捕まえりゃ数日は食い繋げるからな」
それから他愛も無い話を続け、キョートの街を一望できる屋上へ出る。遠くに見える山々は大火災で焼けてしまっており痛々しい。光太郎はそれを悲しそうな表情で見つめていた。
「また、姫っちたちの前から姿を消すか?」
「…いや、俺はもう決めた。イヴやセフィリアさんが俺の隣に立つ事を、もう拒絶したりはしない」
「…そっか」
光太郎のその言葉を聞き、トレインは笑みが零れる。この言葉をあの2人が聞いたら、どれだけ喜ぶ事だろう。
冷たい風が肌に触れる。
冬がすぐそこまでやってきていた。
「光太郎、ここは冷える。戻ろうぜ」
「ああ…そうだな」
2人は建物内に入り、再び治療室へ戻る。
そこでは眠り姫のひとりが目を覚ましていた。
「光太郎さん、ハートネット、お早うございます」
セフィリアが上半身だけを起こし、2人に微笑みかける。
「…良かった。目を覚ましてくれて本当に良かった」
光太郎はホッと胸を撫で下ろす。そしてセフィリアに駆け寄って痛みの有無を確認している。そんな光景を見てトレインは苦笑し、邪魔な虫にならぬよう静かに治療室から出ていった。
「まだ体のあちこちが痛みます。しかしこの痛みも、あの戦いの勝利の代償と思えば誇らしく思えますよ」
「…今はまだもう少し休んでいてください。飲み物でも持ってきましょうか?」
「いえ…傍にいて頂ければ充分です」
セフィリアは微笑み、体を倒す。
少しして、セフィリアの表情が曇る。
『シャドームーンがもしも再びお前の前に現れたら、躊躇うことなく倒してくれ。それが俺の願いだ』
脳裏に蘇るのは駅前で秋月信彦から告げられた言葉。
あの時はまだ秋月信彦の意思があった。秋月信彦は光太郎に倒される事を望んでいた。しかしこの言葉を伝える事で光太郎の戦意が薄れる事はあれど強固にはなるまい。光太郎は…優しすぎるのだ。
浮かない表情のセフィリアを見て、光太郎は心配そうに顔を覗き込む。それに気付いたセフィリアは慌てて笑顔を取り繕った。
「どうかしましたか?」
「やっぱりまだ辛いんじゃないですか? ほらほら、今は横になって体を休めて下さい」
「…そうさせて頂きますね」
セフィリアは横になって目を閉じる。
秋月信彦との…いや、シャドームーンとの戦いは決して避ける事は出来ないだろう。だからといって代わりに戦う事もできない。あの時の時点ではシャドームーンの実力は自分の遥か上だったのだ。光太郎の手を親友の血で汚させない為にも、自分はもっと強くならねばならない。セフィリアは覚悟を強め、体を癒す為に眠りに落ちた。
セフィリアが眠ったのを確認し、光太郎は部屋の隅に立っていたベルゼーに向き合った。
「ベルゼーさんはいつも静かに入ってくるんですね」
「…ふ、気を利かせたのだ」
ベルゼーは懐から資料を取り出し、光太郎に手渡す。
「こちらを届けに来ただけだ。クロノスの諜報部が入手したクリードの情報をな。病人のいる場所で長々と話をするつもりはない。後で目を通してもらいたい」
淡々と告げるベルゼーだが、退室する直前にセフィリアとイヴの寝顔に視線を向けていた。2人の容態が気になっていたのだろう。心配なら心配と素直に言えば良いものを…。
光太郎は治療室から出て近場の空き部屋のイスに腰を下ろす。ベルゼーが届けてくれた資料を広げると、クリードの動向が記されていた。衛星写真に写る人物はゴルゴムの怪人達を率いるクリードとシキにエキドナ。そしてその中にいるはずのない人物が写っており、光太郎は思わず立ち上がっていた。
「そんなバカな!? 俺がこの手で確かに…」
そこにいたのは星の使徒の『ドクター』。
RXのリボルクラッシュにより、この世から消え去ったはずのマッドサイエンティストだった。
◆◇◆◇
刻は少し遡る。
創世王がRXにより打ち倒され、地球から創世王の影響がかき消えた。それを感じ取ったシャドームーンは傷付いた体を引きづりながら洞穴に身を潜めていた。
「…流石はRX、といったところか。あれほど桁外れな力をもっていた創世王を打ち倒すとは、やはり流石よ」
遠く離れていても感じる創世王の力は、ゴルゴムの怪人や大怪人の比ではない。それこそ、自分やRXよりも更に上の次元であった。だがその創世王ですらRXには敗北を喫した。
「RXを倒すのは…この俺をおいて他にない」
そう呟いたシャドームーンだったが、背後を振り返ってシャドーセイバーを構えた。目の前には何もいない。しかし直後、空間が歪み多数のゴルゴムの怪人が出現した。
ゴルゴム側からの追っ手?
しかし創世王が消えた今、それも意味を成さない。だが降りかかる火の粉は振り払わねばとシャドーセイバーを持つ手に力を込める。RXとの戦いで傷付き本来の力の二分も発揮できまいが、ゴルゴムの雑兵程度であれば問題ない。
ゴルゴムの怪人が動き出すと同時にシャドームーンは踏み込み、怪人の体を両断する。
「いくら傷付いていても、貴様ら程度に遅れをとる俺ではないわ」
ドサリと音を立てて崩れる怪人。だが傷口から大量の泡が吹き出し、失った部位を再生し始めた。
「なにっ!?」
上半身のみとなった怪人は下半身を再生させ、下半身のみであった体は更に上半身を再生させる。同一の怪人が二体に増えたのだ。再生した怪人は理性の失った瞳で敵を射抜く。
「…小癪な。ならば再生できぬまでに細切れにしてくれる!」
再びシャドーセイバーを掲げるシャドームーンに、多数の怪人が雪崩のように襲いくる。10分…20分…無限に再生を行う怪人を相手に、遂にシャドームーンは膝をついた。
「その体でよくここまで保ったものだ」
怪人達の背後から声が響く。怪人は主が歩み行く道を開け、平伏した。
「…人間…だと?」
「初めまして、シャドームーン。僕はクリード=ディスケンス。この堕落した世界を救済する為の支配者となる者だ」
クリードは力尽きんとするシャドームーンを見下してそう告げる。
「子供の戯言か。ゴルゴムの兵を手中にして自分の力を過大評価しているに過ぎん。その程度の戦力では、俺はおろかRXにすら敵わぬ」
「…それは認めよう。悔しいが、あの創世王とやらの実力は僕の想像以上だった。それを倒したRXもね。だがその力を与える宝玉を君たちは持っている。『キングストーン』と言ったかな? それさえあれば、僕もいずれは創世王のように巨大な力を持って全世界を支配する事ができる。あの映像を見て気付いたんだよ。あの創世王の力こそが、僕が求めていたものだとね」
クリードから放たれる見えない刃がシャドームーンを刻む。暗闇の洞穴に火花が散り、シャドームーンは壁を背に倒れ込んだ。
「僕の力でも、今の君であれば倒すことは不可能ではないようだ」
クリードの魔の手がシャドームーンのキングストーンに伸びる。だがそれをさせまいとシャドームーンは最後の力を振り絞る。キングストーンは光り輝き、そのエネルギーの放出を受けて洞穴は崩れ落ちた。クリードやゴルゴムの怪人をも生き埋めにして…。
数十分後、岩盤を吹き飛ばして脱出する黒い影。
崩壊した洞穴から抜け出したクリードは身体中に小さな傷はあるも、直ぐに再生を始めていた。
「彼はどうだい?」
クリードは新たにGATEで現れたエキドナに声をかける。
「問題ないよ」
エキドナは足元で気を失っているシャドームーンに視線を落とし、口角を上げた。洞穴の崩壊の瞬間、エキドナの能力でシャドームーンを外へ転送させたのだ。死んではいまいが、RXとの戦いで半死半生のダメージを負っており、暫くは目覚めないだろう。
クリードはシャドームーンに歩み寄り、その体にイマジンブレードの刃を突き立てた。ビクッとシャドームーンの体が跳ねたが、再び力なく動かなくなった。そして、今シャドームーンのキングストーンがクリードの手中にあった。
「これさえあれば僕は神に等しい力を手にする事ができる…エーテスはいるかい?」
コピー猿エーテスはエキドナの背後から現れ、その姿をドクターに変えた。
「ドクターから頂いていた知識があれば、クリードさんにそのキングストーンとやらを移植するのは簡単さ。その力をもってあの悪魔を是非とも倒して頂きたい」
かつての戦いでエキドナとエーテスはトラウマを植え付けられていた。RXの非常識な猛追によって精神崩壊した2人であったが、シキの介護によって再び戦力へと復活したのである。
「幼児退行したエキドナはなかなか可愛かったぞ」
その場に現れたシキは過去を思い出し「クックック」と笑う。それを聞かされたエキドナは顔を紅潮させて「直ぐに忘れな!」と叫んだ。
「なんだ、もう『シキお兄ちゃん』とは呼ばないのか?」
「黙りな!」
「怖い夢を見たときはよく手を繋いでやったな」
「…それ以上言うといくらアタシでもキレるからね?」
もうとっくにキレてるんじゃ…と野生の勘が告げていたエーテスだったが、敢えて突っ込まなかった。藪蛇をつついてわざわざ矛先をこちらに向けさせる事もない。
話を本題に戻すべくエキドナはクリードに問い掛ける。
「それで、これからどうするんだい?」
「キングストーンを僕の肉体に埋め込む。それが馴染むまでは、僕らの組織の戦力増強に努めよう。彼らには…創世王を消してくれた礼だ。暫くの休息を与えてやろう」
そう言い残し、彼等はゴルゴムの怪人達を引き連れてGATEで姿を消した。
星の使徒が姿を消して数分後、シャドームーンの指がピクリと動く。銀の装甲が剥がれ落ち、人間の姿となった彼は傷付いた体を引き摺って森の中へと消えていった…。
評価下がってモチベが低下するも、お気に入りは増えていくので頑張って投稿するよ!
クリードをどうやってRX並み、もしくはそれ以上の力を与えるにはどうすればいいか考えた結果こうなりました。この世界もインフレが起きて戦力外になりそうな人たちが出てきちゃうな…。
ブラックキャット界のヤムチャとなるのは誰だ!?