キョートの街は騒ぎになっていた。
気象情報に全く無かった分厚い雷雲が突如として発生し、数百に近い雷鳴が降り注いでいたのだ。それらの雷鳴はキョートの街に降り注ぐことはなかったが、街の人間は鬼が現れたのでは、と口々に話す。リンスとティアーユが眺めている燃え盛る山には伝説が残されており、過去に史上最強の鬼が現れたという謂れがあるらしい。
「鬼…ね。鬼の方がまだ幾分かマシだったかもね」
リンスはそう呟いて唇を噛む。スヴェンたちと連絡が取れない現状、あの場所でゴルゴムとの戦いが行われていると思った方が良い。この異常な雷雲現象もゴルゴムの仕業なのだろう。リンスと共にそれを感じ取っていたティアーユは不安そうな表情を浮かべて戦士たちの無事を祈る。
「シャルデンさん…無理をしていなければ良いのですが…」
彼女にとっての気掛かりは怪人としての力を得ようとしていたシャルデンだ。怪人の遺伝子に書き換えるナノマシンは完成した。それがあれば人の身であっても瞬時に怪人化を果たす事ができるだろう。だが人の身がその変化に耐えれるかどうかが懸念された。ゴルゴムの怪人と戦うために人の力では足りないのは分かっているが、それでもできればその手段を選択して欲しくない。最後の手段であってほしいのだ。しかしここまで凄まじい戦闘になっているのであれば、その願いも届かないのだろう。ティアーユはただ、どのような姿でも皆が生きて帰って来てくれるようにと、目を閉じて祈った。
◆◇◇◆
対峙するはセフィリアとビルゲニア。
どちらも剣士としての技量は地上最強と言っても良いだろう。それに関してはクリードも数歩劣る。
以前の戦いではビルゲニアの勝利に終わったが、戦況は拮抗していた。肉体的な強さで怪人と変わらぬ力を得たセフィリア。以前と同じである訳がない。ビルゲニアの剣技を見切り、ビルセイバーでの強風『ダークストーム』ですら踏みとどまっていた。前回の戦いでは耐えれなかった技を、だ。
「チッ、大神官め、余計な事をしてくれたものだ」
余計な労をさせられ、ビルゲニアは思わずぼやく。剣戟を止め、相対するセフィリアを睨む。対するセフィリアもサタンサーベルを構えて静止した。
「…人間如きが聖剣を手にするなど、
「…RX…」
セフィリアはおうむ返しにその名を呟く。それに呼応するようにサタンサーベルが脈動する。セフィリアはサタンサーベルを掲げた。
「…あなたも…あの方の為に戦いたいのですね」
ドクン、と返事が聞こえた気がした。セフィリアはゆっくりとサタンサーベルを構え、体に染み付いている動作に準じた。足運び、重心の運び、剣捌き、どれも物心つく前から繰り返し体に染み込ませていったものなのだろう。だが、まだ足りない。普通の人間相手であれば既に片がついている。ただの怪人であればとうに屠っている。だが相対するは同技量を持ったゴルゴムの剣士なのだ。確かな剣術と剣技を繰り出さなければ、勝機は見出せない。
「…今こそ、過去の私を超える時!」
セフィリアはサタンサーベルを一振りする。それはビルゲニアに向けられたものではない。赤いエネルギーのベールがセフィリアとビルゲニアを包んでいた。援護しようと機を窺っていたトレインも、思わずボルティックシューターの銃口を外す。
「トレイン! あの現象は何が起こってるんだ!?」
「…俺にも分かんねー。ただ、セフィ姐の狙いは何となく分かるぜ。『手出し無用』だとよ」
天空にまで伸びる赤いベールは、セフィリアとビルゲニアの姿を完全に覆い隠していた。スヴェンに疑問をぶつけられたトレインは、どういった原理でその現象が生まれるのかという答えは返せない。皆が知る彼が起こした現象であれば、考えるのを放棄して納得する。セフィリアの持つサタンサーベルはそれに近い影響をトレインに与えていた。その力を推し量ることはできないのだ。しかし、セフィリアの狙い、覚悟は察する事ができる。
一騎打ちでの戦いを望んでいるのだ。
サタンサーベルが創り出した赤いベールの中は、まるで異空間であった。外界の情報は完全に遮断され、外の気配も、物音も何も感じ取れない。そんな2人だけの空間の中、ビルゲニアは可笑しくて笑みが零れる。
「自ら死地を招く…か。愚かな選択をしたものよ。矮小な人間風情、仲間の助けを借りても俺と釣り合わぬ。それでも俺に勝利できる僅かな可能性すら捨てたお前に、助かる術はない」
「…ふふ、そんな矮小と侮る私の命をいつまでも奪えないのは、どこのどなたでしょうか」
「何っ!」
セフィリアの挑発にビルゲニアは怒気を放ち、ビルセイバーの切っ先をセフィリアに向ける。
「誰も彼も、俺を見下しおって! RXもシャドームーンも、そして貴様もこの手で打ち倒し、俺こそが真の世紀王であると創世王様に認めて頂くのだ! 俺の踏み台として、無残に散れ!」
無数のビルゲニアの分身が出現する。ビルゲニアのデモントリックである。分身体はセフィリアを囲み、一斉に襲いかかってきた。普通の人間であれば、その襲撃のスピードを見切ることなどできない。トレイン級の見切りを体得していても、無数の分身体の中から本体を見つけ出すことは不可能だ。しかし、それでもこの襲撃を乗り切らねばならない。セフィリアは窮地にありながらも静かに目を閉じた。
セフィリアの目の前には花畑が浮かんでいた。
正面には、小さな女の子がこちらに笑顔を向けている。
「こんにちは、今の私」
少女は満面の笑みを浮かべ、セフィリアに駆け寄ってそう挨拶した。
「…あなたは、私なのですね」
禅問答のような会話だ。しかしセフィリアは理解している。セフィリアは現在、二対に別れてしまっている。記憶を失った現在の自分と、その前の自分。目の前の少女が、記憶を失う前の自分なのだろう。
「私も、一度は全ての感情が消失しました。それでも彼が、私を救ってくれた。崩壊し、消失しようとする私の心の中に現れ、この美しい世界に導いてくれた。そして私は全てを取り戻しました」
「…私は、あなたの抜け殻ですね。ですが、この胸にある気持ちは本物です」
セフィリアは少女と掌を合わせる。
「例え全てを忘れても、私はあの人の傍にいたい。あの人の力になりたい」
「過去の私は、クロノスの剣でした。でも今は、光太郎さんの剣であり続けたい。」
「あの人の為に」
「光太郎さんの為に」
「「彼を守る剣として!!」」
セフィリアと少女の手がすり抜け、両者の体が重なる。
分身体の攻撃は全て空を切った。
セフィリアの体が陽炎のように揺れたのだ。
それはセフィリアが身につけていたアークス流剣術。過去の自分とひとつとなったことで、全ての記憶をセフィリアは取り戻していた。そしてそれは自らの剣技を取り戻したのと同義だ。
桜舞
セフィリアの会得している無音移動術。
それは過去に使っていたモノとは別物であった。過去以上に筋力を得ている今のセフィリアの桜舞は、より精錬された技術となっている。
「その技は既に見切っておるわ!」
分身体の攻撃を躱すセフィリアに、ビルゲニアはビルセイバーを構え、ダークストームを発動させる。RXとの最初の戦いでも見抜かれた欠点。それは足元が要となる点だ。大地が激しく振動していたり、強風があっては桜舞の足運びは行えない。だがセフィリアの強力となった筋力は、ダークストームの強風すらモノともしない。それを見たビルゲニアは歯噛みして数による暴力に徹した。分身体でセフィリアの動線を阻み、逃げ場を失くす。
「もう逃げ場はないぞ! 無駄な足掻きだったな!」
「…私が逃げているように見えましたか?」
四方から襲いかかるビルゲニアに、セフィリアはそう告げて跳躍する。サタンサーベルの赤きエネルギーがセフィリアを覆った瞬間、セフィリアは空中を蹴った。そしてサタンサーベルを眼下にいるビルゲニア達に向ける。
アークス流剣術第十三手
本来であれば室内で跳躍し、天井を足場にして敵の真上から突きを繰り出す技。だがサタンサーベルのオーラで強化されたセフィリアの肉体は、空中での跳躍をも可能とした。その攻撃はセフィリアに迫っていた分身体を一瞬で切断し、その余波で全ての分身体をかき消した。
「何だと!?」
驚くビルゲニアの視界には、大地に降り立ったセフィリアの姿が霞んで見えた。それを瞬時に残像と気付いたのは流石であろう。影の残滓を追い、セフィリアの姿を捉えた。自分の眼前でサタンサーベルを構えていたのだ。
「おのれ!」
ビルテクターで防御の構えを見せるビルゲニアに、セフィリアは構わずその剣を振り下ろす。だが掲げたビルテクターは、サタンサーベルの攻撃を防ぐ事が出来ず両断された。同時にビルゲニアにも致命傷を与えて…。
「…がはっ…ば、バカな!? RXやシャドームーンのみならず、人間にまでビルテクターか破壊されるとは!」
「…今の私は、あの人の、光太郎さんの剣です。光太郎さんの剣として、光太郎さんに害する者相手にはどこまでも強くなりましょう。どこまでも鋭くなりましょう。それを可能とするのが人間の心です。あなたはその人間の心に破れるのです」
「黙れ黙れ黙れ! 認めぬ! そんな力など!」
半死半生の体を立ち上がらせ、ビルゲニアは震える腕でビルセイバーを構えた。まさに執念、怨念とでもいうべき力が彼を動かしていた。だがそれに呑まれるほどセフィリアは容易くない。それらの怨嗟を受けてでも、光太郎の為に勝利を掴む。その意識に同調したサタンサーベルが、更なる力をセフィリアに与える。サタンサーベルから流れるオーラがセフィリアの体を包み、その可視化されたオーラが彼女の体を浮遊させる。剣気はダークストームに及ばないも、強烈な突風を生み出していた。
だが、勝負は一瞬であった。互いの姿が消え、高速でぶつかり合う。その剣戟は常人の目には映らぬ速度となっていた。そして、セフィリアは奥義を繰り出した。アークス流剣術終の第三十六手、滅界。過去のセフィリアのこの技は、秒間数百発といわれる超高速の突きを繰り出す技であった。だが今のセフィリアはそれを超える身体能力を有している。刹那、ビルゲニアの目には数千のサタンサーベルの残滓が映されていた。その光の突きは触れんとしていたビルセイバーを消滅させ、ビルゲニアの胴体をも消し去った。その衝撃で2人を覆っていた赤いベールをも吹き飛ばす。
空中で舞うビルゲニアの生首。その視線は自らを倒した剣士の右手に注がれていた。こことは違う世界で自分を殺した剣。そして今また、自分の命を絶たんとしている剣。アレは聖剣などではない。
「…呪いの…魔剣…!」
ビルゲニアは最後にそう呟き、その生首は魔剣を目に焼き付け、蒼き炎に包まれてこの世から消滅した。その光景をセフィリアは真っ直ぐな瞳で受け止めていた。
聖剣でも魔剣でも構わない。
どう呼ばれようと、どう映ろうとも後悔の念はない。
光太郎の力となれるのならば、セフィリアは振り返らない。ゴルゴムの天才剣士の上をいったセフィリアは、今後も敵を屠っていく。
「セフィ姐、無事か!」
木々を抜けてトレインとスヴェンが駆け寄って来た。
「セフィリアさん!」
空中からイヴが降り立つ。
「…どうやら、残る敵は限られているようデスね…」
怪人の様相となっていた傷だらけのシャルデンが、キョーコとジパングマンに肩を借りながらやって来る。そのシャルデンの姿に皆は驚いたが、シャルデンは「後で説明しますよ」と伝え、今は一刻も早く光太郎の元へ向かうべきだと述べた。
ゴルゴムの怪人たちは、彼らを矮小と罵った。
しかしこの戦場で彼らは立派に生き残り、勝利を掴んでいるのだ。人は、ゴルゴムの怪人たちが侮るほど弱くはないのだ。
「皆さん、光太郎さんの戦いを見届けに行きましょう」
そう促してセフィリアは遠くの戦場に目を向ける。山ひとつ離れたバトルステージで、太陽と月が交差していた。