イヴは燃え盛る木々の中を縦横無尽に飛翔し、後方から追ってくるビシュムの攻撃を紙一重で躱していた。如何にイヴが肌を鋼鉄に変えようと、ビシュムが放つ灼熱光線を幾度も耐えることはできない。そしてここまでの攻防で火力、スピードに関しては翼竜の大怪人となったビシュムに軍配が上がる。ビシュムが放つ灼熱光線は木々や岩、川などは障害物にもならず、瞬時に炭化し水分は蒸発を始めていく。だがそんな状況にあってイヴは戦意を失っていなかった。光太郎の隣に並び立つ為にはこのような相手に弱音を吐くわけにはいかない。
「小娘、ちょこまかと!」
回避に徹しているイヴになかなか攻撃を当てることのできないビシュムは徐々に焦りを表す。ビシュムは気付いていなかったが、イヴは全ての攻撃を躱し切れている訳ではない。ナノマシンのトランス能力を総動員させ、それを相手に感づかれぬように振舞っていた。体内にダメージは蓄積されているが、表面上だけでも治癒させているのだ。格上の敵相手に真正面からぶつかっても勝ち目は薄い。光太郎なら、RXであればどのような相手でも何とかしてくれる期待感があるが、自分はそこまで万能ではないのだ。相手を普段通りに戦わせず、焦りや怒りの隙をつく必要がある。
雷雲の元、イヴは再び上空に飛び上がる。
直後、赤い閃光が地平線に伸びる雷雲を真っ二つに割いた。その光景にイヴやビシュムも思わず割けた雷雲を見上げる。
「・・・こ、これは!?」
「あの赤い光・・・見たことある。もしかして・・・」
イヴは真下に視線を落とすと、そこには強大な圧力を放つサタンサーベルを構えるセフィリアの姿があった。その正面には大怪人のダロムが相対していた。
「セフィリアさん!?」
記憶を失っていた人物がこの戦場に立っているのに気付き、イヴは思わず意識を奪われてしまった。その瞬間を見逃すビシュムではなく、翼を羽ばたかせる。台風並みの突風が吹き荒れ、イヴの天使の翼は飛翔を保てず強風に流されて湖に叩きつけられ沈んでしまった。湖の水上でビシュムは静止し、眼下の水面を見つめる。
「・・・普通の人間であれば既に何度か命を落としていますが、この程度であなたはやられはしないのでしょう?」
「・・・そうだね」
ビシュムの背後で水上から這い上がったイヴは、肩を大きく上下させながら呼吸している。ビシュムは振り向いて傷だらけの少女を視界に収める。
「なぜそこまでして戦うのですか? あなたのその戦意は一体どこからくるのでしょう?」
そのビシュムの問いに、イヴは胸の前に手を置く。
「・・・ここが、熱くなるの。それはきっと私の中のナノマシンとは関係ない。光太郎の為に、誰かの為にって考えるとココがとっても熱くなる。だから私はもっと強くなれる」
戦場に現れたセフィリアが果たして戦えるのか、それも相手は大怪人だ。セフィリアの身を考えるとすぐにでも駆け付けたいが、戦況を確認しないでもサタンサーベルの放つ脈動がセフィリアの覚悟を教えてくれた。記憶が戻っているのか定かではないが、今のセフィリアは自分と同じ。誰かの為に、今以上に強くなっている。だからこそ今は目の前の相手に全力を注ぐ。それを聞き、ビシュムは一瞬慈愛の表情を浮かべた。
「・・・誰かの為、ですか」
その表情の変化に、イヴは気付く。そして知る。ビシュムにもそのような相手がいるのだと。
「あなたにもいるんですね」
「・・・一緒にしないで頂きましょうか。人の謳う愛や美など、そんなもの怪人には必要ありません!」
ほんの僅か目を閉じて顔を伏せていたビシュムだが、目を見開いて大怪人としての圧力を更に増し、攻撃を再開させる。だが圧力を感じた時点でイヴは攻撃を察し、次の行動に移していた。
ビシュムの両目から灼熱光線が放たれ、それは眼下の湖の水分を蒸発させていく。イヴは既に回避行動に移っており、灼熱光線はイヴのいた水面を沸騰させた。そして水温は急上昇し、広範囲に渡って蒸発した水蒸気が立ち込める。互いに視界を奪われてしまうが、ビシュムは体を回転させて竜巻を発生させ、水蒸気をすべて取り払う。
上空に逃れたイヴは理解していた。ビシュムは口では否定していたが、誰かの為に戦っている。以前光太郎から聞いていた創世王から命じられているのかもしれない。だけどその中にあって心は誰かを想って戦っているのかもしれない。そんな相手であっても、イヴはワザと負けてしまう訳にはいかない。自分もビシュムに負けないくらい大切にしている想いがあるのだ。イヴは雷雲に飛び込み、更に上空へ、更に天空へと昇っていく。そして雷雲を抜けると、眼下には雷雲が絨毯のように伸びていた。見上げるとそこにはあるのは太陽だ。思えばここまで間近で見たのは初めてかもしれない。太陽の光は、光太郎と同じ暖かさを感じさせてくれた。
ボシュッと雷雲を抜けてきた影があった。その影はイヴの前で止まり、両目を光らせる。
「私は・・・光太郎の為にあなたに勝ちます」
「・・・いいでしょう。ならば私は、シャドームーン様の為に全ての敵を抹殺します」
そして高速での戦いが再開され、天使と翼竜が幾度もぶつかり合って鮮血が散る。イヴのナノブレードは大怪人の肉体をも容易く割き、ビシュムの力は防ぐ部位を鋼鉄化しようとも体の芯に響く。だが地力が上のビシュムが徐々に押し始める。
「そろそろ限界が近そうですね。大人しく死を受け入れなさい!」
「・・・イヤ!」
イヴは一本の天使の羽を撃ち出し、ビシュムの体に当てる。しかしそれは大怪人の肉体にダメージを与えることはなく、力なく大地へ落ちてゆく。最後の反撃と思えるそれに、ビシュムはこの戦いの決着が近いことを理解する。
打倒RXを掲げた瞬間から、ゴルゴムは周囲の人間たちを調べ上げていた。目の前の少女は人によって生み出された生体兵器。体を自在に変化させることが可能な極小の機械が体内にあり、治癒力も人並み以上であることも報告にあった。そしてこの変化は長い時間持続できないことも・・・。このまま自分が手を下さずとも、少女のトランスは強制的に解け、大地に叩きつけられるだろう。
「ですが、あなたは私のこの手で葬りましょう。あなたの想いと共に、消えなさい!」
「・・・・・・」
俯くイヴに、ビシュムが今までで一番巨大な台風を発生させた。眼下の雷雲はその強風で吹き飛び、大地が露わになる。だがその台風はイヴに向かうことなく、そのまま消滅していった。体を回転させていたビシュムは目を見開き、両腕を震わせている。
「こ、これは・・・体の自由が効かない!? なぜ!!」
ビシュムに余力は充分にあった。目の前の少女を屠る映像が脳裏にしっかりと描かれていた。自身の力の限界を見誤る訳などない。ならばこの不調の原因は決まっている。
「何を・・・何をしたのですか!?」
「・・・もっと早く効果が出ると思ってたけど、予想よりも遅かった」
視線を合わせるイヴは強き光を目に宿し、そう告げた。
「私は最初からあなたを簡単に倒せるとは思ってない。だから常にあなたの体内から攻めるように動いていた」
イヴに言われ、ビシュムは自分の傷だらけになっている体を見下ろす。注意深く凝視すると、傷口のあちこちに光が見える。
「これは・・・まさか!?」
「それは私のナノマシン。ナノブレードで切り裂いた時に、気付かれないように傷口に付着させていた。私がそのナノマシンに命じていたのは体内の神経の破壊。さっきの羽根の弾丸でようやく充分なナノマシンがあなたの体内で効果を発揮した」
普通の犯罪者であれば数秒で効果が現れただろう。ここまで効果が出るまで時間がかかったのは、怪人としての肉体故か。
イヴは目の前の動けぬ大怪人を前に、一瞬目を閉じる。
自分と同じように、誰かの為に戦うビシュムの最後を前に、イヴは何を思うのか。静かに手を掲げ、ナノスライサーを形成する。
「・・・さようなら」
飛翔し、一瞬でビシュムの両翼を切断する。大地へ向かって落下していくビシュムに対し、イヴは太陽を背にトランスした。イヴが新たに形成したのは巨大なレンズ。レンズは太陽の光を吸収し、その光はレンズによって一点に収束される。その太陽の力は落下中のビシュムの肉体を焼いていく。
地上付近まで落下していたビシュムは最後に見た。
天空に映る巨大な天使の影を・・・。
それは陽の光を浴び、ブロッケン現象となって神秘的に映る。
その姿を脳裏に焼き付け、ビシュムの肉体は地上付近で爆散した。
誰かの為に、その想いはどちらが強かったのか。あるいはその感情に勝者などいなかったのかもしれない。ただその想いを踏みにじっても、自分は光太郎の為に戦うと決めたのだ。
天使は悲しみを背負い、静かに大地へ降りてゆく。
まだ、戦いが終わった訳ではないのだから・・・。