イヴとビシュムが。
シャルデンとバラオムが。
トレイン、スヴェンとダロムが。
その戦いの中で戦況が一番変化したのはシャルデンとバラオムの戦いだった。今までは決定的な攻撃力に欠けていた元・星の使徒のメンバー達だったが、シャルデンが怪人化したことによりバラオムの体に無数の傷をつけるまでの攻撃力を得た。シャルデンは怪人でありながら、同時に道の力をも身につけている。その力は怪人の因子の影響か、更に強力なものに変化していた。
シャルデンの目が怪しく光ると、体内の血が体外に放出され、それは人の形を成す。そしてシャルデンと全く同じ姿に変え、バラオムへ襲いかかる。
「貴様程度の力では!」
如何に人間が怪人の肉体を得ようと、バラオムは神官として選び抜かれた際に更に改造を施され、大怪人となっているのだ。地力からして違う。サーベルジャガーの大怪人となった今となっては怪人すらも矮小だ。だがシャルデンはバカではない。最初は人間時との能力差に興奮を覚えた。この力があればどんな敵でも屠る事ができるのでは、と。しかし上には上がいる事をシャルデンは知っている。今の自分でもRXには到底敵わないだろう。自分はその程度の存在なのだ。だからこそ、突然大きな力を身につけたとしてもシャルデンに慢心はない。
シャルデンは血の分身体と共に手を天空に伸ばす。すると瞬時にドス黒い血が武器に形成され始める。それは正に死神の鎌を思わせる不気味な鎌。
二つの鎌が振られ、衝撃が大地を走る。
周囲の燃え盛る木々諸共大地を裂く。そのカマイタチ的な衝撃を前にバラオムは目を見開き、咄嗟に咆哮する。ただの咆哮ではない。空気を震わせ、眼前のカマイタチすら散らすエネルギーの伴った咆哮だ。人間の生み出すことのできる高火力より更に高威力の攻撃を凌いだバラオムを見やり、シャルデンの目は更に鋭さを増す。
「さすがはゴルゴムの幹部…といったところでしょうか。今の攻撃には僅かに期待してしまいましたが、やはり簡単にはいきませんね」
「なかなか面白いことをする! ゴルゴムに忠誠を誓えばそれなりの地位を与えてやるものを!」
「有難い申し出ですがお断り致しマス」
「戯言だ。こちらとしても先の無い貴様を取り込むメリットなどない。戦っていて分かるぞ。拳を交わす度に貴様の命の灯火が弱まっていくのを! 数万年を生きる怪人の体とは思えぬ脆弱性。貴様は所詮怪人の失敗作だ!!」
「…窮鼠猫を噛む。あまり甘く見ない方がいいデスよ?」
「なに!?」
バラオムが眉間に皺を寄せた瞬間、大地から無数の刃が伸び、それらがバラオムの体を貫いた。予想だにしない攻撃に、バラオムは避ける事も出来ず口から血を流し、充血した目を大地に向ける。そこにはドス黒い血が点々と大地に落ちており、そこから血の刃が伸びていた。
「ぐっ、これは貴様の能力か!?」
「…先程の攻撃、アレは貴方を倒す目的ではありません。あの程度で倒せる相手でない事は重々に理解しているのデス。あの攻撃はいわばカモフラージュ。本当の目的は貴方の周りに私の血を撒くことだったのデスよ」
シャルデンの道の力は血を操ること。怪人となった今となってもその力は消え失せず、逆に強まっていた。自身から切り離された血であってもそのコントロールは失われず、脳波を送ることで自在に操る事が可能だ。そしてその血の刃は貫いたバラオムの体内から血を吸収し、刃はどんどんと太くなってゆく。
「くっ、そう簡単にいくと思うな!」
バラオムは体の力を硬直させ、傷口を無理やり筋肉で塞ぐ。これ以上の吸血はできないと察したシャルデンは全ての血を自身に戻した。
「……人間。貴様の名前を聞かせてもらおうか」
大地に膝をついていたバラオムは立ち上がり、目の前のシャルデンを睨みつけながら訊ねる。
「…シャルデン=フランベルク」
「俺はサーベルジャガーの大怪人、バラオムだ。俺の体を傷つけた褒美だ。貴様の名前は永遠に覚えておいてやろう。…シャルデン! 貴様は俺の手で死ね!」
「…私はまだ死ねません。南光太郎の言うクライシスを打ち倒すまでとはいかずとも、せめてあなた方ゴルゴムの最後を見届けるまでは!」
シャルデンは鎌を振るうが、バラオムの体がブレてすり抜ける。バラオムが超高速移動したことによる残像だ。直後シャルデンの体をバラオムの爪が引き裂く。しかしその攻撃は一度で終わらず、何百という爪撃がシャルデンの体を裂き、シャルデンは力なく倒れ込んでしまう。それを好機と見たか、バラオムは超高速でシャルデンに突進し、自慢の爪を振り下ろす。
「死ねい、シャルデン!」
「…失念しましたね」
大地に伏せるシャルデンの口元は緩やかだ。それに気付かないバラオムはシャルデンの策すら見抜けなかったろう。バラオムの超高速移動は怪人と化したシャルデンの動体視力でさえ見切れない。動きを追ってもそれ以上の速さで動けないシャルデンは無駄に体力を消耗するだけだ。だからこそシャルデンはエサを撒いた。自分の命というエサを…。そして直後に反応する。バラオムの爪に付着していたシャルデンの血が刃となり、バラオムの脳天を貫いた、
「…ぐっ!? な…な…なんだと…?」
バラオムはぐらりと体勢を崩し、膝をつく。脳天を貫かれて即死せず、まだ命あるバラオムの生命力は流石というべきか。だがシャルデンも満身創痍の体となっている。
「こ、ここまで先読みしていたのか…大した男よシャルデン。だが、この程度で俺はやれぬ。俺の勝ちだ! せめて最後は苦しまぬよう一撃でトドメをさしてくれる!」
「…あ、ありがた迷惑デスよ」
「……!?」
直後、バラオムの脳天に刺さっていた血の刃が弾けた。それはまるで炸裂弾のように、細かな血の刃がバラオムの脳内を破壊する。これには流石のバラオムも無傷ではいられない。如何に強固な肉体を得ていても、脳そのものの防御力は鍛え上げることができないのだ。生物としての一番重要な器官を破壊されてしまったバラオムは、振り上げた爪は力無く大地に落ちる。そしてバラオムの口元が僅かに動く。
「…シャドームーン…様」
そしてバラオムの体は閃光のように爆発を起こす。間近にいたシャルデンもその爆風を重体の身に浴び、吹き飛ばされる。燃え盛る木に叩きつけられ、シャルデンはその場に倒れてしまった。目の前に巨木が倒れ込んでくる。シャルデンが目を閉じようとした瞬間に、その巨木が炭になった。薄れる視界の中で、仲間が駆け寄ってくる。
「シャルデンさん! 大丈夫ッスか!?」
「げっ!? 両脚とかほぼ皮一枚で繋がってるだけじゃねえか! ドクターがいれば治癒もできたかもしれないんだが…。死ぬんじゃねえぞ、シャルデン!」
「…キョーコ…さん…マロ…さん?」
シャルデンはキョーコに抱き上げられ、目の前の仲間たちに声をかけられる。だが体に力が全く入らないのだ。死の足音が近寄ってきている気がした。そんなシャルデンを見てキョーコは唇を噛み、右腕を差し出す。
「シャルデンさん! キョーコの血ならいくらでも吸っていいっスよ。だから元気取り戻してください!」
「おう、シャルデン。俺の血も遠慮なく吸え! 好物なんだろう!?」
「…ふっ…別に好きで血を吸っている訳ではないのデスが…」
能力の仕様上、そうなってしまっているに過ぎない。それにここで仲間の血を吸ってしまえば、完全に怪人となってしまうような気がした。シャルデンは「お気持ちだけ頂きマス」と話し、未だ戦っているであろう仲間たちに視線を向ける。
シャルデンは二人に光太郎の戦いを見届けたいと伝えた。すぐにでも治療して休んだ方がいいと言って良い顔はしなかったが、最後は二人が折れてくれた。
キョーコとジパングマンの肩を借り、シャルデンは立ち上がる。そこでシャルデンは「そういえば」と自身の体を見やる。
「…お二人とも、私の姿は恐ろしくないですか?」
だがキョーコは「全然平気です!」と即答し、ジパングマンは「光太郎さんの方がこえー」と肩を震わせていた。
三人はまだ気づいていなかった。
シャルデンの背中から伸びる羽が、ヒビ割れ始めていたのを…。