ちょっとスランプです…。
光太郎がいなくなったその夜、施設近くに置かれていたはずのアクロバッターとライドロンも消えていた。トレインやスヴェンは光太郎の足取りを追おうとするも、完全に手がかりが途切れてしまったのである。
夏の終わりか、冷たい秋の風がトレインの頬を撫でた。
「リンスの言う通り、本当に消えちまったみてえだな」
スヴェンがタバコを吹かす。あの後、泣くイヴから事情を聞くことはできず、リンスの推察ではあるが光太郎がとった行動を仮定した。セフィリアを守ることができなかった己の弱さを責め、二度とこのようなことがないように大切な仲間を自ら切り離した。例え己が孤独になろうとも・・・。だがそれは光太郎の独りよがりな決断だ。悪いのは光太郎ではない。セフィリアに降りかかった不幸の責任を咎めるのであれば、それは光太郎だけでなく、あの場に共にいた自分にも責はある。しかし誰も彼らを責めることなどできない。真の悪はゴルゴムなのだから・・・。
「・・・なんでもかんでも、一人で背負い込んじまってよ」
トレインはそう独りごちる。そしてスヴェンと共にセフィリアの元へ戻った。あの場で泣き崩れていた少女の身が気がかりだ。愛慕の情を寄せていた少女は、その相手が自分を置いて行ってしまったことに対する喪失感は幾ばかりか。
病室に入ったトレインとスヴェンは顔を合わせるなり、リンスに睨まれた。
「・・・その様子だとアクロバッターやライドロンも消えていたみたいね」
「ああ、俺とスヴェンで見に行ってきたが、リンスの予想通りだったな」
リンスはため息をつき、目の前に座る少女に向き直った。
目の前に座る少女、イヴはようやく落ち着きを取り戻していた。そんなイヴにリンスは問う。
「イヴ、あんな無責任男、あんたには不釣り合いよ。早く忘れた方があんたの為よ?」
「お、おいリンス・・・」
「トレインたちは黙ってなさい。今は女同士の話をしてるのよ」
いきなりのリンスの忠告に驚いたトレインはそれを窘めようとするが、逆にリンスに口を噤まされる。リンスの表情は有無を言わせぬ迫力があった。
「イヴはこんなに可愛いんだから、もっともっと優しくていい男が現れるわ。あんな男なんて忘れちゃいなさい」
「・・・・・・・・・いや・・・」
「あんたを置いていかない、不幸にしないって約束してたみたいじゃない。それを破ってあんたを置いていったの。そんな嘘つき男なのよ?」
リンスはそう言い詰めるが、イヴは小さな頭を振る。そしてリンスの顔をまっすぐ見つめた。
「・・・それでも、私は光太郎を忘れたくないよ」
目の前の少女は心を痛めていた。心の底から泣いた。それでも手を伸ばす。あの人に向けて。太陽を思わせる人に向けて・・・。
そんなイヴを見てリンスは思わず嬉しくなるも、表情を変えずに更に問う。
「私の忠告を無視してでも、あの唐変木男を諦めないのね?」
「・・・うん」
「それで、どうするつもり? 待ってるだけじゃ男は捕まえられないわよ?」
「・・・追いかけるよ、どこまでも」
「・・・それでいいのね?」
「うん・・・!」
光太郎に置いていかれたことは本当にショックだった。悲しみで体から力が抜け、立つこともできなかった。しかしそんな悲しみを全部飲み込んでも、光太郎に会いたい思いが勝る。イヴは大切な場所を取り戻すために真っ直ぐリンスの瞳を見つめた。
その2人の姿を見て、キョーコは暗い表情を浮かべて病室を出て行ってしまった。トレインやスヴェンがその後ろ姿を見るが、シャルデンが「私に任せてください」と後を追っていった。
「でもよ、リンス。どうやって光太郎を追いかけるんだ? クロノスの情報網にでも頼るのか?」
「ふふ、そんなものに頼らなくてもいいわよ」
トレインの疑問にリンスはいやらしい考えを漂わせる。リンスは雲間から覗く星空を天窓から見上げていた。
◆◇◇◆
彼らがそう話をしていた頃、件の人物は山中をアクロバッターで駆け抜けていた。悲しみと怒りの感情を顕にして、見えぬ敵を睨む。見上げる夜空に誰を重ねているのか、光太郎は唇を噛んだ。
《ライダーよ、あれでよかったのか?》
そんな主を心配してアクロバッターが訊ねる。
「・・・俺は、最低なヤツだと思うか?」
《人間の思考は私には分からない部分が多い。だが私と同じライダーの相棒を自負する小さき者の思考は分かるような気がする》
「イヴのことか」
《私があの者の立場であれば、私の存在意義を否定されるに等しい。私はライダーの為に作られた。であればあの者はライダーの為に在ろうとしていたのだろう」
「俺はイヴを否定した訳じゃない。・・・でも、そう思われても仕方ないことしてるよな」
自分は嫌われてもいい。一生恨まれても構わない。イヴが、かつての仲間たちが平和に暮らしていてくれればこれ以上望むものはない。しかし光太郎は気付いていなかった。自分がどれだけ仲間たちから必要とされているのかを・・・。
「俺はこれ以上ゴルゴムに傷つけられる仲間たちを見たくないんだ。クライシス帝国にもだ。もう二度と、同じ過ちは繰り返さん!」
《・・・・・・そうか》
アクロバッターは口を紡ぐ。ライダーの力となり、ライダーの為に生きるのが己の生き様だ。本来ならばこの時に伝えねばならない言葉を、何故かアクロバッターは伝えられなかった。
◆◇◇◆
「はぁ!? アクロバッターに発信機を埋め込んだ!?」
「ええ、そうよ」
驚くスヴェンに、リンスは平然と答える。
「あのバカの事だから、こんなバカな行動に出るかもと予想はしてたわよ? でもまさか本当にイヴを悲しませてまでして1人で行動するなんて、思わなかったけどね」
予想はしていたが、その行動をとった光太郎に対しての怒りが収まった訳ではない。一発や二発殴った位では気持ちの採算が合わないだろう。リンスはそう考えながらパソコンで発信機の場所を探る。アクロバッターを示す赤い点が画面に表示された。リンスたちがいる場所から東方を示している。まだ動いていることから、まだ先に向かっているのだろう。
「この方向…ジパングかしら」
「光太郎、言ってた。自分が前いた世界では日本っていう国にいたって。そこの日本とこっちのジパングは似てるみたい」
「それよ、イヴ! あのバカはきっとそこに向かってるんだわ!」
「ジパング…セフィリアさんも好きな国」
イヴは静かに寝息をたてている女性の寝顔を覗き込む。「セフィリアさんも連れて行く」というイヴの願いは至極当然のものだ。それを止める者はいない。セフィリアは記憶を失っているだけで、体そのものは健康体だ。自身が好きなものに触れることで記憶を取り戻すキッカケを与えることもできるかもしれない。
方向性は決まった。
彼らは光太郎を追うことに決めた。イヴはセフィリアと同じ病室で休むことにしているが、トレインとスヴェンは宿へと戻ることにした。街灯が彼らの行く道を照らす。夜も更けていたため、行き交う人もいない。
「本当にこれで良かったのか」
「なんだよ、スヴェンは光太郎を追うことに反対か?」
「・・・どちらかといえばな。今回の事はあいつがイヴや俺たちを傷つけないようにと考えてとった行動だろう。俺たちが弱者と見られているのは癪だが、イヴを巻き込みたくないという思いは分かる。あいつはまだ子どもだ。危険なことが目の前にあることが分かっていて、それでも本人の気持ちを優先して傷つけさせる。これが正しいとは思わん」
「ま、光太郎を追いかけてもゴルゴムやクライシス、星の使途がいる限りは同じことの繰り返しになるかもな。だったらよ、もっと強くなりゃあいいじゃねえか。そう考えると姫っちの伸び幅は俺たち以上かもだぜ?」
「俺はお前と違って楽観してねえんだよ。だが、ま、光太郎とイヴの間に俺が口出しできる立場じゃねえか」
スヴェンはそう笑う。自分が口を出してもイヴは行動を改めることもしないだろうし、光太郎に関することは情炎の如く一途だ。
「それにしても、今回のリンスには驚かされたな。アクロバッターに発信機を仕込むなんて先に手を打ってるなんてよ」
「あー、あんたにも言っておこうと思ってたの忘れてたぜ。俺も発信機や盗聴器つけられたぜ? すぐ気付いて外したけどな」
「なに!? つけられたのは光太郎側だけじゃないのか?」
「あんたにもついてるんじゃないか?」
トレインは可笑しそうに進言する。それを受けてスヴェンは体を探ると、襟元から小さな機械が出てきた。恐らく盗聴器の類だろう。
「・・・まじか」
「な?」
「俺は今、ゴルゴムよりあの女の方が怖くなってきたぜ」
スヴェンは複雑な思いで顔を引きつらせている。そんなスヴェンの視界の端にキョーコとシャルデンの姿が見えて立ち止まったが、トレインに「あいつの事はシャルデンに任せておけよ」と言われ、歩みを続けることにした。
キョーコは歩き続け、人影もない海岸で足を止めた。
そしてその場で座り込む。
「…いつまでついてくるんですかぁ?」
振り向きもせず、背後にいるシャルデンに訊ねた。
「キョーコさんの後を追っている訳ではありません。私が行く先にあなたがいるだけのことデスよ」
「…よ、よく言いますね」
「それで、キョーコさんは光太郎の事を諦めましたか?」
「………」
無言が続く。2人に会話はなく、小々波の音だけが響いていた。キョーコにとって光太郎は「カッコイイ人」だった。最初は強さを見せられ、その直後、優しさに魅せられた。そして光太郎は二枚目といって良いほど顔立ちも整っている。だからこそキョーコは光太郎が好きになり、今まで彼について来た。しかしリンスに言われた一言が耳から離れず、今も彼女を悩ませていた。
「キョーコって、光様の隣に立つ資格ないんですかね?」
「リンスに言われた事を気にしているのデスか。色恋沙汰に関して私はアドバイスできる程の経験は積んでいませんが、キョーコさんはどう思っているのデスか?」
「そんなこと言われたって、キョーコにも分かんないですよ。誰かを好きになるのに理由なんているんですか?」
「…リンスが言いたいのは、光太郎のことを理解しろ、という事なのでしょう」
「光様のことを?」
キョーコはシャルデンの言葉を聞き、思い人の姿を思い浮かべる。
「光太郎の強さは、いろいろなモノを犠牲にした結果だと私は思うのデス。それも望んだ犠牲ではない。キョーコさんは光太郎の強さにばかり目がいっていましたが、強さは彼にとって誇れるファクターでないのではないでしょうか」
「………」
「そしてリンスが真に問いたいのは、キョーコさんが光太郎に何ができるか、デスよ」
「…何でもできますよ」
「何でもとは?」
「光様と一緒にいられるのならどんな敵とも戦います。光様が今まで犠牲にしてきたものがあるというのなら、キョーコが代わりでも何でもします。それだけじゃ、光様の隣に立つ資格ありませんかぁ?」
「…いえ、良いと思いマスよ」
キョーコは座り込みながら隣に立っていたシャルデンの顔を見上げる。黒いサングラスでその奥は見えなかったが、優しい瞳をしている気がした。
「ふふっ、シャルデンさんってお兄さんみたいですね〜」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
「失礼ですね、ちゃんと褒めてるんですよ〜?」
「そうデスか。それならば妹の恋路が上手くいくように祈っていマスよ」
「イヴイヴにセフィリアさんにティアーユさんにバイクちゃん、ライバル多いですけど、キョーコは負けませんよ! 今度、光様に会えたらこの体で誘惑しちゃうのも良いかもですね!」
「…やめなさい」
その爆弾発言にシャルデンは思わず頭痛を抱える。慌てて逃げ出す光太郎の姿が容易く想像できてしまう。そんな反応のシャルデンを見て、キョーコは久しぶりに心の底から笑った気がした。
◆◇◇◆
ジパング近くの小さな孤島。
そこに光太郎は辿り着いていた。この近海のマグロが密漁されているという情報を偶然にも入手したのだ。過去にもそれに似た事件に遭遇した事が光太郎にはあった。「ゴルゴムの仕業か」と光太郎はアタリをつけて向かうと、そこにはエキスを手に入れるためにマグロを大量に盗み出す怪人を発見した。光太郎は怪人の行く手を阻む。
「き、貴様は仮面ライダーBLACK!?」
「ゴルゴム…貴様らは絶対に許さん…! 地の果てまでも追ってやる!」
孤独に戦い続ける戦士、仮面ライダーBLACK RXの姿がそこにはあったー。
それぞれの想いを胸にジパングに向かうことになったイヴ一同。
そして孤独に戦い続ける光太郎。
両者は再び交わることができるのか!?
次回 『ジパングの紅葉』
ぶっちぎるぜ!!