スヴェンたちの元にその情報が入ったのは、全てが終わった翌日であった。
クロノスの
施設の外で空を見上げていたトレインに再会し、スヴェンは見舞い品を片手に歩み寄る。
「大変だったみてえだな」
「・・・まあな」
トレインは空を見上げながら答える。空模様は曇天だった。湿った空気が肌に触れる。そこでトレインはやっと視線を戻した。ここに駆けつけてきた仲間たちは一様に表情が暗い。治療施設の建物を見やっていたシャルデンが「セフィリア=アークスの様子は?」と訊ねてきた。
「医者の見解じゃ原因不明だってよ。自分で呼吸もできる。だけど何の反応も示さない。一緒にいると、まるで人形みたいに思えちまうくらいだ」
そこでトレインは島で遭った一部始終を説明した。セフィリアに怪人の相手を任せたこと。ドクターを倒したこと。そして剣聖と呼ばれるゴルゴムの剣士がセフィリアを下し、神官が意識を消して操り人形にしたことを・・・。
セフィリアの身に降りかかった悲劇を案じる一同だったが、元星の使徒の面々はかつての同志である男を思う。それに気付いたスヴェンは彼らに向き直って「お前たちにとっては仲間だった奴なんだよな」と複雑な気持ちを抱きつつ声をかけた。
「…ドクター。同志としては対等な立場でしたが、人を人とも思わぬ発言や行動が見られました。因果応報だったのかもしれません。その事で光太郎を責めるつもりはないデス」
「私はドクターさん、好きでも嫌いでもなかったんですけど、ちょっと可哀想かなって。でもそんな強い光様も素敵です!」
恋する乙女感情のフィルターがかかってしまっている彼女には、光太郎が行う全てのことがそう写ってしまうのだろう。しかしそのキョーコの想いに反感をもった女性がいた。
「あんたに光太郎の隣に立つ資格ないわね」
「な、何でリンスさんにそんなこと言われないといけないんですかぁ!」
「あんたがガキだからよ」
2人が険悪な雰囲気になりかけたところをシャルデンとスヴェンが止める。それで収まる2人でもなかったが、その言い争いが止んだのはイヴが建物から出てきたからだ。リンスはイヴの姿を見てすぐに駆け寄った。
「イヴ、光太郎は?」
「・・・まだ、セフィリアさんと一緒にいるよ」
そう答えるイヴの目元は赤く、泣き腫らした様子が窺えた。リンスは思わずイヴを抱き寄せる。何かを言う訳でもない。ただ抱き寄せて頭を撫でてやった。イヴにとって大切な人というのは、普通の人に比べて少ない。それは生まれの環境もあるが、そんなイヴにとってセフィリアという人間は同じ想い人をもち、姉のように思える存在だ。そして自分の中の大きなウェイトを占める人間がこのような目に遭ってしまったのだ。この姿も無理ないといえる。
リンスは光太郎がいるであろう建物を見上げた。
「あんたは今・・・どんな顔してるのかしら」
◆◇◇◆
・・・守ってやれなかった。
光太郎は朧げな瞳を天井に向けるセフィリアを見つめ、後悔の念を抱く。あの時あの場所をセフィリア一人に任せなかったら、彼女をこのような悲運な目に遭わせなかったかもしれない。なぜ自分はあの場に彼女をひとりに任せてしまったのか。セフィリアの決意を尊重し、この人なら大丈夫だろうと思ってしまった。サタンサーベルを手にした彼女は強い。ゴルゴムの怪人相手でも大丈夫だと思ってしまった。それは光太郎がセフィリアの強さを信頼していたからだ。だからこそあの場にも同行してもらう助力を願った。
光太郎は部屋の隅に視線を向ける。
「・・・もう、体は大丈夫なんですか?」
「問題ない」
光太郎の視線の先にはベルゼーが腕を組んで立っていた。気配は消して病室に入ってきたようだが、光太郎は気付いていた。ベルゼーはすっと目を開け、セフィリアの姿を改める。
「それに、今は寝ていられる状況でもないのでな」
ベルゼーはそう漏らす。その理由は光太郎も聞いてはいる。クロノスのトップである長老会の要人が暗殺されてしまったのだ。残されていた映像から犯人はクリード=ディスケンスであると判明。多くの怪人を従えていたらしい。これによってクロノス組織は混乱の最中なのだ。今はまだ世界の経済に影響を与えてはいないが、それも時間の問題であろう。
「・・・私は行く。勝てる見込みは薄いが、これも
「行かないでください。また同じことを繰り返すつもりですか?」
「・・・私ではゴルゴムの怪人に敵わぬ。それは承知している。通用するのはお前の力くらいだろう。だが私でもクリード等の居場所を探ることくらいはクロノスの諜報員よりは行えるつもりだ。その後は任せるしかないというのが癪だがな」
そう吐いて病室の戸に手を伸ばす。そして「セフィリアが元に戻った時にはそんな顔は見せてやるな」という言葉を残して出て行った。今自分はどんな顔をしているのか、光太郎は自身の顔を両手で覆う。きっとヒドイ顔を浮かべていたのだろう。
光太郎は立ち上がり願う。
「セフィリアさんを信彦と同じ不幸にはさせない! 頼む、キングストーン! 奇跡でもなんでもいい! 俺にセフィリアさんを救う力をくれ!!」
天を仰ぎ吠える光太郎。
それに共鳴したかのように、体内の太陽のキングストーンが光輝き出した。その光は病室を走り、外にいたイヴたちの元にも届く。イヴはその光に気付いて振り向いた。自分が何度も感じたことのある暖かい光。太陽のような光。その光に光太郎を感じていた。
「・・・光太郎・・・?」
イヴは小さな声でそう呼びかけた。
光太郎は不思議な空間にいた。
先程まで自分がいた病室ではない。完全に真っ白な空間だ。上も下もなく、自分が立っているのかも分からないような空間。光太郎は辺りを見渡すが、何も発見することができなかった。
「ここは一体・・・」
《救ってみせよ》
頭の中に声が響く。過去のクライシス帝国との戦いで何度か覚える声。いや、声というより意思に近い。キングストーンの意思だ。
《ここはセフィリアの精神世界。南光太郎、仮面ライダーBLACK RXよ。この世界でこの女を探し出してみせよ》
キングストーンの意思はそう残し、自分の頭の中から消えていった。
「・・・ここが今のセフィリアさんの世界。本当に何も無くなってしまっている」
この世界が今のセフィリアの精神状態ということなのだろう。意識を完全に消失され、まるで人形のようにされてしまった彼女は何も考えず、何も感じない。まさにこの空間のようだ。だが光太郎は諦めない。大切な仲間を取り戻すために、全力を尽くす。
「変 身!」
RXへと姿を変え、
しかしどこまで進んでも壁などなく、空間は無限に続いていた。真っ白な無限空間。この世界のどこかに本当にセフィリアの意思が残されているのか、それは定かではない。だが今はそれに賭けるしかない。光太郎はセフィリアを想い、ただ愚直に突き進む。
「セフィリアさん! 俺は必ずあなたを見つけ出す! 絶対に諦めるものか!!」
咆哮。その声は無限空間全てに響き渡る程のものだった。RXの、光太郎の想いが極限にまで高まり、その体が暖かな光を纏う。そして目の前の空間を歪め、RXはその中に飛び込んだ。
小さな部屋であった。先程の無限空間とは対極で、小さな小さな部屋。その部屋では家具等は何も置かれておらず、中央に小さな子どもが膝を抱えて座っていた。RXはその子どもに駆け寄る。ウェーブのかかった長いブロンド色の髪。体が幼くても彼はすぐに理解した。この子どもこそがセフィリアなのだと。しかし顔を確認したRXは驚く。幼いセフィリアの顔や体には無数のヒビが生じていたのだ。
「セフィリアさん!」
RXは声をかけるが、セフィリアは何も答えない。それどころか少しずつ亀裂が増してきてしまう。まるで陶器のように脆くなっている少女を前に、RXはそっと手に触れる。そこでセフィリアに反応があった。
「・・・暖かい」
「・・・! セフィリアさん、しっかりしてくれ! 俺が分かるか!?」
「・・・・・・・・・わからない・・・・・・・・・」
少女は虚空を見上げる。その動作一つひとつで体が崩れかねない。RXは思わず息を飲んだ。
「・・・俺を忘れてしまっていても構わない。思い出して欲しい。あなたの名前はセフィリア=アークスだ」
「セ・・・フィリ・・・ア・・・」
「そうだ。そしてクロノスという組織の時の番人だった。そして俺と出会い、戦ったんだ」
RXは昔語りを始めた。自分をクロノスに勧誘しようとしたこと。そして勝負をしたことや、イヴと共に海に行ったことを。そして共に色んな街々を見て渡ったことを・・・。
「俺なんかの力になると言ってくれたあなたの言葉は・・・嬉しかった。でも、もういいんだ。俺なんかに付き合うことはない。これからは自分のために生きて欲しい。そのためにも、ここから抜け出そう!」
RXの仮面に小さな手が触れる。セフィリアはじっとRXの顔を見つめていた。
「・・・かなしいの?」
セフィリアの言葉にRXは心中を覗かれたような気がした。表情は見えていないはずなのに、セフィリアはRXの心情を見抜いたのだ。
「あなたは・・・わたしをとおざけようとしてる・・・」
「・・・それがセフィリアさんのためだ」
「でも・・・あなたはそれをこわがってる」
「・・・!」
RXの顔を小さな掌が包む。
彼は自分のせいで自分の周りの人が危険な目に遭ってしまうのなら、その人の前から姿を消すことを選択する。しかし心の奥底ではそれを恐れている自分がいた。ゴルゴムによって人でなくなり、親友を失った。その喪失感を誰よりも恐れ、孤独になることを怯えているのだ。だがそれを表に出さない強さを光太郎はもっている。しかし目の前の少女はそんな彼の心の奥底に隠された感情を見つけていたのだ。
RXが戸惑いながらも何か答えようとした瞬間、小さな部屋が崩壊を始めた。崩れる瓦礫は音もなく消滅を始める。RXはセフィリアを抱え、崩壊に巻き込まれまいと出口を探す。しかしそんなものはどこにも見当たらなかった。RXはセフィリアに呼びかける。
「ここはセフィリアさんの心の中だ! あなたが心の底から出ようと思わなければ、このまま本当に消えてしまうんだ! この世界を切り開くんだ、セフィリアさん!」
RXはその手にサタンサーベルを呼び出し、その柄を小さな手に預ける。セフィリアはそれを受け取り、無意識に構えをとった。RXの目には大人のセフィリアの姿が重なって映る。
セフィリアはRXの姿を横目に見て、微笑んで剣を振り下ろした。
世界が割れる。
RXは気がつくと暖かな太陽の陽の下にいた。真上には青い空が広がっている。
「ありがとう」
自分の足元から声が届く。見下ろすとそこには肌から亀裂を消した幼いセフィリアがRXの手を握っていた。
「・・・わたし・・・まだあなたのことおもいだせないけど・・・いつかおもいだすから・・・」
変身を解いた光太郎は屈んで小さな少女を抱き寄せた。
彼女の心の崩壊は止まった。
彼女はもう人形なんかじゃない。
「俺のことはいいんだ。ゴルゴムや星の使途、クライシス帝国は全て俺に任せてくれていいんだ。だから・・・あなたはゆっくり休んでいてくれ」
光太郎は立ち上がり、歩き出す。
セフィリアが持っていたサタンサーベルが暖かく淡い光を放っていた。
建物から発光現象が起こり、すぐさまイヴたちはその現象を起こした光太郎がいるであろう病室へ飛び込んだ。
「光太郎!」
イヴはその名を叫ぶ。しかしその人物はその部屋にはいなかった。残されているのはベッドに横になっていたセフィリアだけである。その光景にイヴは嫌な予感が過ぎった。いつかの光太郎がいなくなってしまった焦燥感と似たような感覚を抱く。
「・・・こ・・・う・・・たろ・・・う・・・?」
小さな、本当に小さな声がイヴの耳に届いた。空耳でも幻聴でもない。意思を完全に消されてしまったセフィリアの口が僅かに動いたのだ。ベッドに駆け寄り、イヴはセフィリアの手を握る。
「セフィリアさん!」
「こうた・・・ろう・・・わたし・・・おもい・・・だす・・・から・・・」
イヴは確信した。
光太郎だ。光太郎がセフィリアさんを呼び戻してくれたんだと。
そして同時に光太郎の考えを予想する。光太郎の性格なら、私たちをもうこんな目に遭わせないようにするために距離を置くだろう。そしてたった一人で戦い続ける。南光太郎はそんな男だ。
トレインたちが病室に駆けつけた時には、記憶を失いながらも意識を取り戻したセフィリアと、「嘘つき」とベッドへ泣き崩れるイヴの姿があった。
「・・・あんのバカっ!」
その光景を見て状況をいち早く察したリンスは壁を叩き、沈痛な表情を浮かべる。
光太郎はこうして彼らの前から姿を消した―。
仲間が傷つくのを何よりも恐れる光太郎。
そんな行動を選択した光太郎に怒れるリンス。
光太郎に置いていかれたことで塞ぎ込むイヴにリンスが問う。
イヴはどうしたいのか、と。
そしてゴルゴムの前に現れた怒りの戦士仮面ライダーBLACK RX!!
次回『それぞれの想いを』
ぶっちぎるぜ!