でも楽しんで頂けたら幸いです。
感想いつもありがとうございます!
いつも喜んで見させて頂いています♪
光太郎に擦り寄る無人のバイク。
目の前の空間が割れていきなり出現したそれに、イヴたちだけでなく周りの一般客すらも驚き固まってしまっている。だがその驚きの波が落ち着きを取り戻した頃、騒ぎになりかけてしまう。しかしそれを一人の男が鎮めるべく動き出していた。
「お集まりのみなさま、オートバイ出現のイリュージョン、如何でしたでしょうか。私たちは旅のマジシャン。少しでもみなさまに神秘と驚きをお届けできていたら光栄デス」
シャルデンはそう言ってシルクハットを取り、公衆に向かって頭を下げた。そして傍にいたイヴに小声で「簡単なトランスをお願いします」と囁いた。バイク出現から混乱していたイヴだが、訳のわからないままに言われた通りトランスを行う。イヴの服が輝き、肩出しルックスから薄手の麻生地の服へ、そしてコットントップスへと次々と服装を変えていく。
それを見ていた観衆は、感嘆の声を漏らしながら拍手を送ってくれた。そして彼らの意識を完全に「手品」として認識させた頃、イヴを制してシャルデンが再度頭を下げる。
「これにて私たちの神秘は幕引きとさせて頂きマス。今後も私たち『South BLACK』の興行をお見かけしましたら、是非ともお立ち寄り下さい」
そして一際大きな拍手が巻き起こる。
ほとぼりが冷めた頃、シャルデンは隅に移動して脱力した。そんなシャルデンにスヴェンが声をかける。
「ナ、ナイスフォローだったな、シャルデン」
「…私はもう…疲れました…」
シャルデンは両手で顔を覆ってしまう。
「シャルデンさんってマジシャンだったんですね! 今度シャルデンさんのマジック見せてくださいよー!」
キョーコがシャルデンの苦悩を微塵も察する事なく無邪気な笑顔でシャルデンにそう言って寄り添った。
「…キョーコさん、たまにあなたの能天気さが羨ましくなりマス」
「ほえっ?」
「何でもありません…そんな事より南光太郎から話を聞いてきて下さい。あのバイクは何なのか。彼の反応からして危険は無さそうデスが…」
そして一同は再度、突如現れたバイクに視線を移す。光太郎に擦り寄るバイク。それは主人と出会った飼い犬を彷彿させた。イヴたちは光太郎に近寄り、そのバイクを見る。個性的なフォルムだ。時折意思があるようにヘッドライトが点滅する。
「光太郎、そのバイクはなに?」
「ああ、イヴ、みんな、紹介するよ! こいつはアクロバッター。前の世界でゴルゴム、クライシス帝国といった相手から俺を支えてくれた頼りになる相棒なんだ! それにしてもアクロバッター、久しぶりだな!」
「…相棒?」
その言葉にイヴが反応する。
《楽しそうだな、ライダー。私は散々お前を探したのだぞ》
「あー、いろいろあってさ。まさかまたお前に会えるとは思ってなかったよ。次元の壁も越えれるようになったのか?」
《それは私にも分からない。ライダーに呼ばれた気がした。居場所は掴めなかったが、ライダーのことを考えていたらココに辿り着いたのだ》
「そうか! よく分からないが今後もよろしく頼むよ!」
《任されよう》
そう対話している一人と一台の周りで、トレインが苦笑いを浮かべる。なにせ、バイクが人語を話しているのだ。それに興味をもったのか、ティアーユが目を輝かせてアクロバッターに触れていた。
「アクロバッターっていうんだね。はじめまして、私はイヴ。今の光太郎の相棒だよ」
《……子どもにライダーのパートナーは無理だ。諦めるが良い》
「…そうかな? でもあなたにも無理だと思う。今まで光太郎を助けにも来なかった相棒なんて、意味ないんじゃないかな」
《………》
天気は快晴。
しかしこの一人と一台の背景では稲妻が走っていた。その場をセフィリアが止める。
「落ち着きなさい、イヴ。私はセフィリア=アークスと申します。光太郎さんの剣として、互いに光太郎さんを助けていきましょう」
《了解した。…この反応は例の剣か。ライダーに認められた者という事か》
「どうされました?」
《…なんでもない》
「光様! すっごいですよねー! キョーコ、喋るバイクなんて初めて見ましたよ」
キョーコは光太郎に抱きつきながらアクロバッターを見下ろす。慌てて引き離そうとする光太郎だが、背後から抱きつかれており、なかなか引き離す事ができなかった。
「ちょ…ちょっと、キョーコちゃん!」
「キョーコはキョーコっていいます! バイクデートも楽しそうですよね〜。今度一緒に乗せてくださいね?」
《…………》
「あれ? アクロバッターさん? アーちゃん? もしも〜し」
《…………………》
無反応になってしまったアクロバッターに、光太郎が心配して手で触れる。
「どうした、アクロバッター。気分でも悪いのか?」
《この娘と話していると回路に異常が生じそうなのだ》
そんなやり取りをしてる間、スヴェンはずっと考えていた。
光太郎を今まで激しい戦いの中で支えてきたバイク。そして目の前の300万イェンの賞金が用意されたバイクレース。これはもう、今まで辛い思いをしてきた自分たちへの神の慈悲に違いないと感謝していた。スヴェンはアクロバッターに駆け寄る。
「アクロバッター、頼みがある! 光太郎と一緒にバイクレースに出場してくれ!」
◆◇◇◆
この街が誇る夏のバイクレースが始まる。
公道を利用したロードレース。全長60㎞のコースを多くの猛者が走るのだ。しかもこのレースの凄いところは、特にルールは設けられていないところだ。600ccクラスのバイクも走れば1000ccのバイクも同時に出場する。出場者の殆どが記念出場のようなものなので、普段目にしているバイクとスーパーバイクの差を明確に実感できるのもこのレースの醍醐味であった。
選手たちはスタートラインにつく。その中にはアクロバッターに跨った光太郎の姿もあった。光太郎としてもこのレースに興味はあった。そして久しぶりに会ったアクロバッターに乗りたいという気持ちもあった。しかしこういった場でアクロバッターを使用するのは他のライダーに対して申し訳ないという罪悪感もこみ上げる。
「アクロバッター、頼むから軽く流すだけにしておいてくれよ?」
《分かっているライダー。私とて他のマシンとの性能の差くらいは把握している》
光太郎とアクロバッターがそう小さな声で対話していると、観客席にいたイヴが手を振っているのが見えた。
「光太郎、頑張ってね」
「あ、ああ」
「でも、そんなバイクじゃ無理かもしれないね。私の方が光太郎の
《・・・・・・・・・・・・》
イヴとアクロバッター。出会ったばかりだというのになぜこんな険悪なのだ、と光太郎は頭を抱える。
「頑張れよ、光太郎! 俺たちはコースが見渡せるホテル屋上から応援してるからな!」
スヴェンはそう言ってみんなを引き連れてホテルに入っていった。元から優勝するつもりはないと、正直に言ったらどういう反応をしただろうか。スヴェンには悪いが、今は久しぶりのアクロバッターの走りを楽しむとしよう。
「楽しもうな、アクロバッター」
《ライダーよ・・・先に謝っておく。すまない》
「・・・?」
スタートランプが点灯する。
各選手のエンジンが一斉に鳴り響く。そして、今スタートした!
一番最前列に位置していたのはこのバイクレースの8年連続チャンピオンを誇るオリマ。そして次点が8年連続準チャンピオンのジルイーだ。2人は兄弟であり、互いにスーパーマシンを操る天才ライダーと呼ばれていた。
「ジルイー、今年も俺たちのワンツーフィニッシュを目指そうぜ!」
「OK、兄さん。今日もエンジンの調子は絶好調さ!」
2人のバイクのスピードメーターは既に300キロを超えている。ミラーで確認するが、後続は当然のことながらついてきていない。
「行くぜ、弟! 俺たちは今年も風だ、風になるんだ!」
「任せてよ兄さん! 僕たち兄弟は世界最速さ!」
だがその2人のマシンの横を一瞬で追い抜いたバイクがあった。あまりのスピードにマシンの残像だけが2人の網膜に焼きついていた。
「・・・兄さん、今のなんだい?」
「・・・・・・マンマミーア・・・」
過去のチャンピオンと準チャンピオンを置き去りにしたバイク。
その姿は個性的で、世界に二つとないであろうフォルムで太陽の光を映す。当然といえば当然なのだが、アクロバッターであった。それを駆る光太郎の顔は青ざめている。
「アクロバッター? 軽く流すはずじゃ・・・」
《すまないライダー。私にも分からないのだが、先程の子どもの宣言通りにはしたくないのだ》
「さっきのってイヴのことか!? そんなことよりスピードを落としてくれ! これじゃ目立って仕方ないぜ!」
《・・・すまないライダー》
「お、おいアクロバッター! ウェイトウェイト!!」
光太郎の叫びも虚しく、アクロバッターは無人のコースを独走していた。
ホテル屋上でそれを観戦していたトレインたちは驚いていた。トレインたちだけではない。それを観戦している全ての人々は、空いた口が塞がらないという表現と正に同じように口をあんぐりと開けている。実況するはずの人間もスピードメーターと映像を何度も交互に見返している。
「な、な、なんと! これはすごい! 320番、8年連続チャンピオンのオリマ兄弟を圧倒的なスピードで抜き去りました! 今スピードが確認されましたのでご報告致します! な、な、な・・・700キロです! 700キロが記録されました!!」
その実況を聞いて観客は大盛り上りだ。「天才ライダー」「超モンスターバイクの誕生」と新聞社各社は目まぐるしく動き出した。それを見ていたトレインは枯れた笑い声を出した。
「おい、スヴェン。これどう責任とるんだ?」
「・・・・・・・・・俺のせいか?」
「光太郎を出場させたのはスヴェンだろ」
「そ、それはそうだが・・・こんな桁外れとは普通思わないだろ!」
「予想できたと思うぜ? 光太郎をゴルゴム・クライシス帝国っていうのからサポートしてたらしいバイクだぜ? まぁ、俺も信じられないけどよ」
「くっ・・・今から何とか誤魔化せないものか・・・」
スヴェンは苦虫を噛み潰した表情で頭を抱える。そして隣で立っている男をチラリと見やる。
「・・・なぜ私の顔を見るのデスか?」
「頼む、シャルデン」
「無理デス」
「お前ならできる」
「勘弁して下さい」
なぜこの一行はシャルデンに苦労のしわ寄せが行くのか、それは誰にも分からない。ただそういう星の元に生まれたのだと、思うしかないのだろう。
レースの行方を見守るセフィリア、ティアーユ、キョーコの面々。
そして光太郎の、アクロバッターの尋常でない光景を見てリンスは呆れ顔を浮かべている。
「全く、とんでもないわね。光太郎って掃除屋じゃなくてレーサーとして生活できるんじゃないかしら」
「・・・・・・・・・残念」
リンスの隣で納得いっていない様子のイヴがそう呟く。
「・・・イヴちゃん? もしかして光太郎を取られて妬いちゃってるのかしら?」
「・・・光太郎の
そう俯くイヴを見て、リンスは胸をときめかせた。そしてイヴに「可愛い!」と抱きつく。
「でもね、イヴちゃん。あいつにとってはあのバイクも大切な仲間なのよ。それは分かってあげてね?」
「・・・むぅ」
「ふふ、今はそれでもいいわ」
リンスはイヴを抱きとめたままレースを見守る。自分の目にはもう光太郎の姿をはっきりと確認はできないが・・・。光太郎がトルネオから助け出した少女は立派に女の子になっていた。トルネオから教育されたものから抜け出して、今は自分の大好きな人の隣に立てるように望んでいる。それは普通の女の子が抱く感情そのものだ。周りを見るとライバルも多いようだが、自分はこの子の一番の味方であろうとリンスは微笑んだ。
「光太郎が優勝したら、とってもいい笑顔で迎えてあげましょうね」
「・・・・・・うん!」
レースの結果は、当然のことながら光太郎の優勝となった。
アクロバッターがゴールを通過し、チェッカーフラッグが振られる。そして本来はその場で係員が誘導して表彰式の準備を行うのだが、光太郎はそこでエンジンを止めることなく、走り去っていってしまった。係員も記者たちも呆然である。
そして異例の優勝者のいない表彰式が始まる。過去のレコードを全て塗り替えて消えていった幻のライダーと超モンスターマシン。その存在は今後伝説として語り継がれていくこととなる。『ライダーの神様』として・・・。
◆◇◇◆
港街の外れで光太郎はため息をついてアクロバッターを降りた。
何とかあの場から逃げ出せたから良かったが、あのまま居残っていたらとんでもないことになっていたかもしれない。隣にいるアクロバッターを見ると、気のせいか気落ちしているように見えた。
「アクロバッター、何か言いたいことはあるか?」
《・・・すまなかった、ライダー》
ヘッドライトを点滅させて謝るアクロバッター。そんな彼を見て光太郎は苦笑した。
「ま、済んだことは仕方ないさ。俺もそれなりに楽しかったからさ」
《ライダー・・・》
「お前にはまだ伝えてなかったけど、この世界にもゴルゴムがいる。そしていずれはクライシス帝国もやってくるだろう。アクロバッター、お前の力を俺に貸してくれるかい?」
《・・・当然だ。私はお前のためのマシンなのだからな》
「ありがとう、アクロバッター」
光太郎はそう礼を述べてこちらにやってくる仲間たちに気付き、彼らに手を振った。
光太郎の元に、多くの仲間が集う。
それは生物が太陽の光に惹かれるように。
南光太郎にとって心強い仲間が、今またやってきた。
南光太郎という太陽の元に・・・。
ついに再会した光太郎とアクロバッター。
そんな二人を見つめるイヴは何を思うのか。
花火が打ち上げられる数刻前にイヴは光太郎を連れ出し、夜空を見上げる。
次回『誓いの花』
ぶっちぎるぜ!!