光太郎はイヴとセフィリアを連れて海水浴に来ていた。不自由であった2人にいろいろなことをさせてやりたいという、光太郎の狙いでもあった。イヴはトルネオに人体兵器として教育され、セフィリアはクロノスの戦士となるべく育てられてきた。境遇は違えど、2人は似通っている。そしてイヴがセフィリアにとって、クロノスの呪縛に影響を与えてくれることを願う。
そんなことを考えながら、光太郎は煩悩を追い払う努力をしていた。
海に入る前にセフィリアが「日焼け止めを塗って下さい」と言ってきたのだ。海水浴初心者がこんな専門用語(?)を使ってくるとは予想だにしていなかった。日陰に入り、水着と一緒に購入したであろう日焼け止めクリームを渡される。
「前は自分で塗ることができますが、他の方を見ると背中は塗ってもらっているようです。お願いできますか?」
セフィリアはそう言って寝そべった。艶やかな肌が眩しい。光太郎がクリームを出そうとすると、隣にいたイヴに取り上げられた。
「セフィリアさん、私が塗ってあげます」
「子どもは子どもらしく、海ではしゃいでいていいんですよ?」
2人の間にはバチバチという擬音が聴こえた気がした。その後は光太郎が戦略的撤退をした事により、イヴが日焼け止めクリームを塗る事になった。
準備運動を終えた3人はまずは浅瀬で軽く海水に浸かっている。
「しっかりと泳げるようになっても、遠くには行かないように。潮の流れは早いですから」
「大丈夫ですよ、光太郎さん。私は泳げなくても水上を走ることくらいはできますから」
どこの超人だ、と思いながら光太郎は苦笑する。光太郎も試したことはないが、変身すれば水の上を走ることはできるのだろうか。
セフィリアは腰の位置まで海水に浸かり、イヴは光太郎にしがみついている。
泳ぎの専門的な知識はないが、まずは2人に力を抜いて浮くことを覚えさせる。その後は2人とも流石というべきか、すぐに泳ぎをマスターした。時折海中でイヴの足が尾びれに見えた気もするが、気のせいだろう。
ここで何処ぞの漫画の主人公ならハプニングで不埒な行為に発展するのだろうが、光太郎にそんな能力はない。何事もなく昼を迎えた。3人は昼食を取るべく海から上がる。そこで光太郎は異変に気付いた。
音が消えた。
世界が静止している。波しぶきも空中で停止して、人々の動きも止まっていた。
イヴとセフィリアも人形のように身動きひとつしない。
「やっぱり、その体だと時間停止も影響を受けないんだね」
背後を振り返ると、そこにはイヴと同い年くらいの少年が立っていた。
「キミは誰だ? 時間停止とはどういう事なんだ?」
「あなたをこの世界に転生させたお方の関係者と言えば、分かりますか?」
「あの人の…」
光太郎はすぐにその姿を思い浮かべた。自らを神と名乗った老人だ。だが意外だった。もう二度とコンタクトは取れないものと思っていたのだ。それがなぜ、今…。
少年は光太郎の疑問を読み取ったのか、それに答える。
「あの方はあなたを強靭な肉体をもつ人間に転生…いや、憑依という方が正しいか。兎に角、あなたはその体をもつに至った。そこまではいい。しかしその力の影響か、この世界の理が崩れようとしているのですよ」
「どういう事だ!?」
「ゴルゴムやクライシス…」
「…!」
少年の言葉に耳を疑った。過去の自分にとって最悪な組織の名だ。
「仮面ライダーBlackはゴルゴムと戦う運命にあり、RXはクライシスと戦う運命にある。その体の主が以前いた世界ならば既に終わった事だが、この世界では未だ起きていない事なんだ。この世界もその決められた運命を辿ろうとしている」
「…冗談じゃないぜ! またヤツらと戦わなければならないのか…」
「あの方もその体の主がそこまで重要な人物であるとは深く調査しなかったらしい。しかしこの世界に神が直接手を出す事は禁じられている。だから、あなたに直接伝えることにした」
少年の言葉に思わず光太郎の表情が曇る。
この世界にゴルゴムの手が…クライシスの手が伸びてきている。また大切な人の命を奪われてしまうのだろうか…。
「…あなたには申し訳なく思う」
「俺がいるから…ヤツらがやってくるのか」
「……はい」
少年は無慈悲に、しかし正直に答えた。
光太郎はただ黙って、少年に背を向けて歩き出す。そして少年は姿を消し、世界は再び動き始めた。
「光太郎、お昼は何を食べるの?」
振り返って光太郎に訊ねるイヴだったが、すぐに光太郎の様子がおかしかったことに気付いた。顔色は青く、今にも倒れてしまいそうだったのだ。イヴは慌てて光太郎に駆け寄った。
「…光太郎、大丈夫!?」
「あ、ああ」
「全然大丈夫そうじゃないよ。日射病…? すぐに休まないと…」
「大丈夫だって。でも俺、少し休んでくるよ。イヴはセフィリアさんと一緒にまだ遊んでいていいからさ」
光太郎は表面上だけでもと、笑顔で取り繕う。しかしいつも光太郎を見続けてきたこの少女は、そんな偽物の表情に誤魔化されることはない。イヴは光太郎の手をしっかりと握り、首を振った。
「一緒に宿に戻る。光太郎に何があったのか知らないけど、心配で遊んでなんていられないよ」
「そうですよ、光太郎さん。海水浴なんて、またいつでも来る事ができます。今はあなたの看病を優先させて下さい」
「…イヴ…セフィリアさん…」
光太郎はどう動くべきか、未だ答えを出せない。2人に連れ添われ、宿へと戻る事となった。
俺がいるから、ゴルゴムがやってくる。
俺がいるから、クライシスがやってくる。
…俺がいなければ………?
◆◇◇◆
俺に剣を向ける男がいた。
親友だった男。
「覚悟しろ、ブラックサン!」
「止めろ、止めるんだ信彦!」
俺の言葉は親友には届かない。
親友の持つサタンサーベルが無慈悲に振り下ろされた。
「…!」
光太郎は勢い良く飛び起きた。
そして親友に斬られた場所を手で撫でる。
「…夢…か」
…いや、夢ではない。過去にも同じ場所を斬りつけられたことがあった。ゴルゴムとクライシスがやってくるということは、あの男も現れるのだろうか。再び戦わなければならないのだろうか。だが俺はもう二度と親友の命を奪いたくはない。
「光太郎、まだ寝ていた方がいいよ?」
光太郎が横になっていた隣で、イヴが座っていた。イヴの話によると、自分は部屋に戻ると急に意識を失ったらしい。イヴとセフィリアは直ぐにベッドに運び、今までずっと傍にいてくれたようだ。
光太郎はイヴを心配させないよう素直に横になる。そして静かに目を閉じる。ゴルゴムやクライシスがやってくる前に、RXはこの世界から消えなければならない。光太郎はそう考える。過去の自分は幾度もの奇跡を起こし、脅威を撃退してきたが、今回もそう上手くいくとは限らない。それならば、この世界の人々が被害を被らないように自身が消えるのが一番確実だ。その為には…この2人から直ぐにでも離れなければならない。
「光太郎、そのままでいいから聞いて」
イヴが語りかける。光太郎は言われる通り、目を閉じたまま耳を傾けた。
「私、光太郎が心配だったから、私の治療用ナノマシンで光太郎を治そうとしたの。そうしたら光太郎の考えてる事が伝わってきた。ごるごむ…くらいしす…『俺が早く消えなければ』って、何?」
「…!」
驚いて光太郎は目を見開き、イヴに視線を向ける。
イヴは今まで光太郎に見せた事のない怒りの表情を浮かべていた。
「光太郎、約束したよね」
イヴは小指を差し出す。その手は僅かに震えていた。
「私、光太郎がいないと不幸になるよ? それなのに私を置いて消えちゃうの…?」
「…イヴ」
「…私は…イヤ…イヤだよ…光太郎…」
そして耐える事ができずイヴは大粒の涙を溢した。隣に座るセフィリアが優しくイヴの肩を撫でる。
「光太郎さん。私はあなたの記憶を見た訳でもありませんし、イヴから詳しく聞いた訳でもありません。しかしあなたがそうまで思ってしまう事が起こってしまう。それだけは理解しました。詳しい事情を、話しては頂けませんか?」
光太郎は天井を見上げる。正直に話すべきか…。しかしそれを話したら2人は絶対に止めに入るだろう。2人が優しいのは光太郎もよく知っている。しかしイヴにどの程度までか分からないが、知られてしまった。これ以上隠してはおけないだろう。
「…分かった」
光太郎は観念して語り出した。
自分がこの世界の人間でないことを。
自身が転生者であること。
南光太郎の過去を…。
その夜、天候が急に崩れ、外は大雨となっていた。
雨が窓を叩く音がやけにうるさく聞こえている。
光太郎の腕には目元を赤く腫らしたイヴが抱き付いていた。こうでもしないと光太郎が消えてしまいそうで、怖いと震えてしまうのだ。部屋は二部屋予約していたが、全員この部屋に集まっていた。
「…光太郎さん」
不意にセフィリアに呼びかけられる。
「少し混乱はしてしまいましたが、あなたの言う事を信じましょう。その上で言います。自ら命を絶つ行為を絶対になさらないで下さい。もしもあなたがそれを選択すれば、私も、おそらくイヴも生きてはいないでしょう」
セフィリアの言葉に、腕に抱き付くイヴの力が強くなった。
「本当なら、私たちの命を盾にしたくはありません。あなたにもこの世界を何の束縛もなく自由に生きて欲しいと思っています。そうなるとあなたにとってクロノスは単なる足枷でしかないことは残念ではありますが、あなたが自身からこの世界で生きていく事を望んでくれるよう願います」
「…セフィリアさん…」
その瞬間、雷が走った。
巨大な雷鳴が耳を打つ。
光太郎は思わず窓の外を見た。
「…かなり近い所に落ちたみたいだ」
セフィリアも窓に近付き、辺りを窺う。そして海岸沿いのある建物を指差した。
「あそこに落ちたようですね。火の手が上がっています。あそこは…何の施設でしょうか。調べてみます」
パソコンを取り出し、素早く打ち込んでいく。
しかしその前に光太郎の目が、建物の壁を壊して出てくる生物を捕らえた。大雨と暗闇で確信はもてないが、あのフォルムは…。
「…恐竜!?」
「クロノスの情報網にヒットしました。あそこはとある富豪が多額の投資をしている研究所のようです。研究内容はDNAからの再生。その恐竜も、この研究によって生み出されたものでしょう」
「…恐竜を復活だって? 冗談じゃないぜ」
その時、光太郎の腕から離れた少女が窓を開けて飛び立った。背中には翼が生えていた。
「イヴ!?」
「あの子も私と同じ、無理矢理作られた存在。私が止めてみせる。光太郎、私はいつまでも弱い子どもじゃないよ!」
イヴはそう言って翼を広げ、羽ばたいていった。そしてセフィリアも窓の手すりに捕まり、飛び出す。
「光太郎さん、あなたは優しい人です。この世界の為に命を犠牲にしようとするのも、あなたが優しいからでしょう。ですが、イヴも私も、あなたが思っているよりは強い女なんですよ? それはこの世界の人々も同じです。この世界を信じてあげて下さい」
セフィリアはそう言い残して素早い跳躍でイヴを追いかけた。
「…俺は………」
海岸に出た恐竜を前に、イヴは上空から見下ろす。この天気と夜であったおかげで海岸に人はいない。けれども市街地に入られては被害に遭う人々が出てきてしまう。この場で大人しくさせるしかない。
そこにセフィリアが追い付いてきた。
セフィリアは恐竜の前に立ち塞がる。
「イヴ、無茶なことをしますね」
「セフィリアさんだって…。その恐竜はT-レックス。図鑑で見た事ある。セフィリアさん、剣もないのにどうするつもり?」
セフィリアはイヴに微笑みかけ、体を揺らす。
桜舞
セフィリアが得意とする無音移動術。
RX相手にはすぐに破られたこの技だが、知能の低い目の前の動物ならば効果は絶大だ。レックスは噛み付いてくるが、その程度のスピードではセフィリアは捉えれない。
「こうして囮くらいならできます」
「…腐っても時の番人の隊長だね」
「腐ってません!」
セフィリアを狙って動きが止まっているレックスに、イヴは右腕を掲げて狙いをつける。
鳥の羽根を模したナノマシンの残骸がレックスの皮膚に突き刺さる。
しかしレックスの固い皮膚には通用しなかった。
「イヴ、この生物の皮膚は硬く、効果が薄いようです! 防御が薄い目か神経が密集している爪の付け根を狙いなさい!」
幾度もの攻撃避けるセフィリア。そのセフィリアからのアドバイスを受け、イヴは狙いをつける。狙うは足の爪の付け根。
「…あなたは怖かったんだよね。こうして知らない場所に連れてこられて…だけど、今はゆっくり休んでください」
イヴの腕から幾度もの羽根が放たれる。それは一寸の狂いもなくレックスの足の付け根に刺さり、レックスは大きな鳴き声を上げて倒れこんだ。
それを見て安心してしまったのか、イヴの天使の羽が消える。落下するイヴを見て慌てて受け止めようとするセフィリアだったが、それを受け止めた男がいた。誰でもない、南光太郎だ。
「…光太郎?」
「イヴ、強くなったな…」
「うん…光太郎のパートナーだから…ね」
そこにセフィリアが駆けてきた。
「イヴを褒めてやってくださいね」
「ああ…。2人とも、俺がこの隙に姿を消すとは思わなかったのか?」
「私もイヴも、光太郎さんを信じていましたから」
「…うん、光太郎なら絶対来てくれるって思ってた」
イヴもセフィリアもそう言って笑う。
こうまで信頼されていては、もう逃げる事なんて出来そうにない。光太郎はそう観念して苦笑した。
「それで、あの恐竜さんはどうしましょうか」
「また…連れ戻されちゃうのかな…」
光太郎は少し考え、イヴの身をセフィリアに預ける。
「俺に任せてくれ!」
光太郎はそう言ってレックスに向かって歩を進める。
そして眼前で光り輝き、RXへと変身した。
「この時代はお前が生きる世界ではない。元の世界に帰るんだ」
キングストーンが更なる光を放つ。そしてRXとレックスは光に包まれて消えた。
イヴはセフィリアの腕から降り、辺りを見渡す。
いつの間にか雨は止んでいた。
そして朝日が射す。
イヴが「光太郎」と小さく呟くと、天から光が降りてきて海に落ちる。
そこには南光太郎が立っていた。
少女は力一杯駆け出し、海の中で光太郎に抱きついた。
空には虹が、かかっていた。
いずれやってくるゴルゴム、クライシスと戦うことを決めた南光太郎。
そんな時、サンゼルスシティのサミットがクリードら星の使徒が襲われたという報が届く!
世界は再び混乱の渦に巻き込まれるのか!?
次回 『RX&I&IIvs狂気のガンマン=同情』
ぶっちぎるぜ!!