白菊ほたるの幸福論   作:maron5650

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8.薄幸少女に幸せを

「はーい、回すよー。」

 

一通りの操作を確認した後。

皆に一声かけて、私はビデオカメラのスイッチを押した。

 

 

 

ほたるの、デビューまでの方針。

それは、彼女を『薄幸少女』として売り出す、というものだった。

 

彼の基本的なプロデュース方法として、そのアイドルを一言で表す言葉を付ける、というものがある。

例えば、私は『ニートアイドル』といったように。

ほたるの不幸体質は、それ自体が立派な彼女の個性であり。

そのまま唯一無二の武器になる、と、彼は判断した。

 

彼曰く、男は庇護欲をそそるものに、てんで弱い。

それが可愛い女の子であるなら尚更だ。

そこで、不幸ではなく、薄幸というイメージを彼女と結び付けることによって。

「俺が幸せにしてやるんだ」という意識をファンに芽生えさせる。

……と、いうことらしい。

彼は何故か「薄幸」という言葉にやたらと拘っていた。

不幸の類語なのだから、どちらも同じだと思うのだが。

「不」か「薄」かは、とても重要なことなのだそうだ。

 

 

 

で、今行っているこれは、ほたる列車を薄幸イメージ路線に乗せる第一歩。

彼女がどれだけ不幸もとい薄幸か、大いに世に知らしめようという訳だ。

公園とかで撮った方が遊具で遊べていいんじゃないか、という声もあったが、万一の事態を考慮して、事務所内での撮影となった。

まあ、撮影日である現在、窓越しからザーザーと雨音が聞こえてきているため、どっちみちここでやるしかないのだが。

 

「……えっと、これからどうするんですか?」

 

画面の真ん中に映るほたるが、助けを求めるように私を見る。

カメラを向けられることにまだ慣れていないだろうから、当然といえば当然の反応だ。

ここは先輩として、安心させてやらねば。

 

「……どうしよっか?」

 

ならなかったんだけどなー。

 

繰り返すが、ほたるの薄幸ぶりをカメラに収めるのが、今回の目的だ。

そして、彼女のそのメカニズムは、現状、ランダムに発生するということ以外、殆ど分かっていない。

つまり、その瞬間が来る時まで、ひたすら待機するしかないのだ。

 

「差し当たりー、ほたる殿は茄子殿と離れないよう行動するべきかとー。」

 

芳乃が、もっともな発言をする。

茄子が言うには、彼女が居ても、何も起こらないということにはならない。

ならば今回の目的を阻害することにはならず、万一の事態からほたるの身を守る最良の手段となる。

その事はこの場の全員が承知しており、うんうんと同じ動きで頷いた。

 

「うーん、じゃあほたるちゃん、お茶を淹れに行きましょう♪」

 

いつもの笑顔で、茄子が提案する。

ほたるが拒否する理由もなく、2人は給湯室へと向かう。

片手にビデオカメラを携えた私も、2人の後を追う。

 

何故、ニートが撮影係を任されているのか。

簡単な消去法だ。

プロデューサーは外回り。

ほたるはそもそも被写体。

芳乃は機械にてんで弱く。

茄子に持たせたら、何が映るか分かったもんじゃない。

自動的に、私がやるしかないのだ。

 

「……こうして見るとさ。」

 

2人が台所に立つ姿を後ろから収めながら、思ったことをそのまま呟く。

こう、髪型といい髪色といい、各々の特徴といい。

 

「姉妹みたいだよね、茄子とほたる。」

 

すると。

 

「あら♪」

「ええっ!?」

 

茄子は嬉しそうに。

ほたるは恥ずかしそうに顔を赤らめて、こちらに振り返った。

 

「いっ……いえっ! 私なんかと姉妹なんて……そのっ……!」

 

「あら、私がお姉ちゃんは嫌ですか〜?」

 

「そういう訳じゃなくて……!」

 

楽しそうに笑いかける茄子と、慌てるほたる。

うん、とても仲の良い姉妹だ。

 

「ちょっとさ、言ってみてよ。茄子お姉ちゃん、って。」

 

見ているこっちも楽しくなってきて、私はそんなことを提案する。

 

「あ、いいですね〜! 言われてみたいです♪」

 

「そ、そんなの無理です……!」

 

最初は拒否を繰り返していたが、嬉しそうな20歳といじわるな17歳についに根負けし。

 

「か……茄子、お姉、ちゃん?」

 

数分の永きに渡る戦いの末に、ほたるの貴重なボイスを録音することに成功した。

よしよし、ファンサービスは上々だ。

 

「はい、お姉ちゃんですよ〜♪」

 

笑顔満開な茄子に抱きつかれ、ほたるの身体が大きく揺れる。

 

「ちょっ、茄子さん、危な……!」

 

先程とは違う意味合いで、ほたるが慌てる。

火をかけたやかんのことを気にしているのだろう。

茄子もそれを分かっているようで、抱きつく力は微々たるものだった。

 

 

 

彼女の身体が何故揺れたのか、分からないほどに。

 

 

 

「……マズっ!?」

 

一瞬遅れて、私は事態を把握する。

茄子が抱きついた力は、どう見ても、ほたるを動かすには足りない。

にも関わらず、ほたるの身体は、大きく揺れた。

それは、どういうことか。

 

ほたるの身体はバランスを崩し、後ろ向きに倒れ始める。

抱きついた茄子もほたるを支えきれず、彼女と共に落下する。

ほたるは反射的に手を伸ばし、何かを掴もうとする。

しかし、手すりのようなものは辺りに無く。

熱湯が入っているやかんの取っ手に、触れる。

 

「──茄子ッ!」

 

弾かれたように、叫ぶ。

間違いない。

これは、ほたるの不幸によるものだ。

このままでは、熱湯が2人に降り注ぐ。

打開できるのは、彼女しか居ない。

 

私の声を聞いて、今まさに倒れながら、茄子が横を向く。

ほたるの手がひっかかり、蓋が外れかけ、こちらに大きく口を開けているやかんを、見る。

その瞬間、やかんは、物理法則を無視したような、不自然な動きに変化した。

 

外れようとする蓋を追いかけるようにその回転速度を増し。

蓋が元の場所に収まっても尚、回転は止まらず。

美しい曲線を描きながら、誰も居ない方向へ飛翔し。

「カンッ!」と、小気味良い綺麗な音を立てて。

まるで自らの意志でそこへ移動したかのように。

 

「……じ、10.0……。」

 

見事に、着地した。

 

「……御無事、でしてー?」

 

私とほたるが目の前の現象に唖然としていると、芳乃が心配そうにドアから顔を覗かせていた。

やかんが着地した音が向こうまで響いたのか、はたまた彼女の言う「良くない気」を察知したのか。

 

その言葉に反応するように、ほたるに覆い被さっていた茄子が上体を起こす。

キョロキョロと辺りを見回し、悠然と佇むやかんを視界に収めると。

 

「……ラッキーですねっ♪」

 

満面の笑みで、そう、言ってのけた。

カメラ目線で。ピースサインまで付けて。

 

ラッキー?

これだけのことを起こしておいて?

確率や物理法則に従っていては到底成り立つはずの無いことを、起こしておいて?

それで尚、偶然だと言い張るのか?

たまたま、運が良かった、と。

彼女は、そんな言葉で、片付けてしまえるのか?

 

口の端っこをヒクつかせながら、私は事の顛末を理解したらしい芳乃に目を向ける。

 

「……芳乃。」

 

プロデューサーは、ファンの庇護欲を刺激すると言っていたけれど。

 

「……でしてー。」

 

こんなものを見せられては。

 

「……私、あんだけ色々考えてた自分が、馬鹿らしくてしょうがないんだけど。」

 

誰かが幸せにするまでもなく。

 

「……わたくしも、でしてー。」

 

彼女が、あっという間に幸せにしてしまうじゃあないか。

 

「「はぁ……。」」

 

そう、思わずにはいられなかった。


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