「……じゃあ、このままいけば、自然と何とかなるかもしれないってこと?」
確認するようにそう言うと、彼女はゆっくりと頷いた。
1泊2日の温泉旅行は終わり、今は帰りのバスの中。
1つ前の席に座った茄子とほたるの静かな寝息をBGMに、私は芳乃から、不幸体質の原因についての説明を受けていた。
「ほたる殿の気が良くなってきている原因は、はっきりとは分かりませぬー。
しかし、ほたる殿を取り巻く環境のいずれかが、関与していることは明々白々でしょうー。」
芳乃が、補足するように付け足す。
「そっか……現状維持、か。」
それならば、昨日最善策を見つけたばかりだ。
茄子とほたるを常に一緒に居させれば、それは難しい話ではないはずだ。
イレギュラーが起きなければいいのなら、それで全てカタがつく。
そうすれば、あとは時が過ぎるのを待つだけ。
ほたるの不幸体質が完治する、その時まで。
本当に、そうか?
確かに、矛盾は無い。
芳乃が嘘をつく筈がないし、それは茄子もほたるも同じだ。
そして、これまでの体験と、皆の発言を組み合わせれば、確かに。
確かに、これでいい。
でも。
何だ? これ。
何か、変だ。
何か、引っかかる。
何か、おかしい。
何が、おかしい?
何か、見落としている?
……一体、何を?
昨日と、同じだ。
昨日、茄子と話をしたときと、同じ。
あの、重苦しいものが。
私の中で、蠢いている。
警報を発している。
これではいけない。
このままではいけない。
でも。
一体、何が、いけない?
だって、茄子ならできるのだ。
ほたるの不幸を、回避させられるのだ。
これ以上事態が悪化しないように。
それは、現に、できていると言うのだ。
そしてそれが、根本的な解決に、繋がるというのだ。
「……杏殿ー?」
私の様子がおかしいことに気付き、芳乃が心配そうに声をかける。
「これで……これで、いいんだよね? 芳乃。
茄子とほたるが一緒にいれば、ほたるの不幸は大丈夫。
そのまま時間が過ぎれば、ほたるの不幸体質は治る。
……これで、いいんだよね?」
芳乃はしばらく考える動作をした後、至極真面目な声で言った。
「……もし、問題があるとすればー。
何らかの、予想外の事態によって、ほたる殿の気が悪化しー。
茄子殿でも抑えきれぬほどのものとなってしまうー……。
こんなところでしてー?」
茄子の幸福をもって、ほたるの不幸に対処する。
それに問題が発生するなら、茄子が対処不可能な状況に陥る以外は無い。
でも、そんなことは有り得ない。
彼女の顔には、はっきりと、そう書かれていた。
それもそうだろう。
ただでさえほたるの不幸を跳ね除ける程の力を持っている上に。
その不幸それ自体が、段々と弱まってきているのだ。
もしそれが有り得るとしても、最も可能性が高いのは、今。
しかも、今よりもずっと可能性が高かったはずの過去に、その異常事態は発生していないのだから。
確証は、確かに無い。
100%絶対に、これが成功する、という訳ではない。
でもそれは、月が落っこちて来やしないか、と、心配するようなもので。
何度考えても、やはり、この方法が、現状の、最善で。
だから。
「……大丈夫、だよね。」
このもやもやは、単なる気のせいで。
若しくは、私が心配性なだけで。
神様のお告げとか、忠告とか。
その類のものではないのだ。
「……いつもサボってばっかなのに、今回はやたらとやる気じゃないか、って?」
そう思おうとしていると、芳乃はどこか、不思議そうに私を見つめる。
思っているだろう事を代わりに口にすると、彼女にしては珍しく、少しだけ驚愕に目が開かれた。
いやあ、ここだけの話だけどさ。
実は私のこのニートキャラは後付で。
本当は、自分を変えたい、という思いもあって。
彼女も似たようなことを言うものだから。
親近感とか覚えてしまい。
少しは応援してやろうか、なんて思っちゃったんだよ。
「……別に、ただの気まぐれだよ。」
なんて、言えるわけないじゃん。
会話が終わり、静かな時間が流れる。
頬杖をついて窓越しの景色をぼんやりと眺めていると、少しづつ目蓋が重くなる。
芳乃をちらりと見ると、既に船を漕いでいた。
私も、ゆっくりとのしかかる睡魔に逆らおうとせず、深呼吸するための空気を、大きく吸い込む。
意識と共にそれを吐き出そうとしたところで、きらりの歌声に叩き起こされた。
あまりにタイミングが悪かったのと、本当に久しぶりに聞いたのもあって、私の目は急速に見開かれた。
数秒経って、発生源が私の携帯であること、電話がかかってきていることに気付き、画面を確認する。
相手は、プロデューサーだった。
3人を起こさぬよう、すぐに応答。
着信音を消し、次いでイヤホンを装着。
マイク部分を口元にあてて、できる限り小声で話しかける。
「……何? プロデューサー。今寝ようとしてたんだけど。」
露骨に嫌そうな声を作るのを忘れない。
彼からすれば理不尽この上ないだろうが、子供の特権だ。
『ん? ……ああ、もう帰りだったか。
最後まで起きてるなんて珍しいな。』
しかし、彼はそれを気にするどころか。
この一言で状況を大体察してしまうのだから恐ろしい。
『じゃあ、皆が起きたら伝えてくれ。
ほたるのデビューまでの方針が決まった。
それに伴って、協力してもらいたいことがある。』
彼はそう言うと、ほたるが正式にデビューするまでの、今後の予定を話し始めた。