白菊ほたるの幸福論   作:maron5650

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7.違和感

「……じゃあ、このままいけば、自然と何とかなるかもしれないってこと?」

 

確認するようにそう言うと、彼女はゆっくりと頷いた。

 

1泊2日の温泉旅行は終わり、今は帰りのバスの中。

1つ前の席に座った茄子とほたるの静かな寝息をBGMに、私は芳乃から、不幸体質の原因についての説明を受けていた。

 

「ほたる殿の気が良くなってきている原因は、はっきりとは分かりませぬー。

しかし、ほたる殿を取り巻く環境のいずれかが、関与していることは明々白々でしょうー。」

 

芳乃が、補足するように付け足す。

 

「そっか……現状維持、か。」

 

それならば、昨日最善策を見つけたばかりだ。

茄子とほたるを常に一緒に居させれば、それは難しい話ではないはずだ。

イレギュラーが起きなければいいのなら、それで全てカタがつく。

そうすれば、あとは時が過ぎるのを待つだけ。

ほたるの不幸体質が完治する、その時まで。

 

 

 

本当に、そうか?

 

 

 

確かに、矛盾は無い。

芳乃が嘘をつく筈がないし、それは茄子もほたるも同じだ。

そして、これまでの体験と、皆の発言を組み合わせれば、確かに。

確かに、これでいい。

 

でも。

 

何だ? これ。

何か、変だ。

何か、引っかかる。

何か、おかしい。

何が、おかしい?

 

何か、見落としている?

……一体、何を?

 

昨日と、同じだ。

昨日、茄子と話をしたときと、同じ。

あの、重苦しいものが。

私の中で、蠢いている。

警報を発している。

これではいけない。

このままではいけない。

でも。

一体、何が、いけない?

 

だって、茄子ならできるのだ。

ほたるの不幸を、回避させられるのだ。

これ以上事態が悪化しないように。

それは、現に、できていると言うのだ。

そしてそれが、根本的な解決に、繋がるというのだ。

 

「……杏殿ー?」

 

私の様子がおかしいことに気付き、芳乃が心配そうに声をかける。

 

「これで……これで、いいんだよね? 芳乃。

茄子とほたるが一緒にいれば、ほたるの不幸は大丈夫。

そのまま時間が過ぎれば、ほたるの不幸体質は治る。

……これで、いいんだよね?」

 

芳乃はしばらく考える動作をした後、至極真面目な声で言った。

 

「……もし、問題があるとすればー。

何らかの、予想外の事態によって、ほたる殿の気が悪化しー。

茄子殿でも抑えきれぬほどのものとなってしまうー……。

こんなところでしてー?」

 

茄子の幸福をもって、ほたるの不幸に対処する。

それに問題が発生するなら、茄子が対処不可能な状況に陥る以外は無い。

 

でも、そんなことは有り得ない。

彼女の顔には、はっきりと、そう書かれていた。

 

それもそうだろう。

ただでさえほたるの不幸を跳ね除ける程の力を持っている上に。

その不幸それ自体が、段々と弱まってきているのだ。

もしそれが有り得るとしても、最も可能性が高いのは、今。

しかも、今よりもずっと可能性が高かったはずの過去に、その異常事態は発生していないのだから。

 

確証は、確かに無い。

100%絶対に、これが成功する、という訳ではない。

でもそれは、月が落っこちて来やしないか、と、心配するようなもので。

何度考えても、やはり、この方法が、現状の、最善で。

だから。

 

「……大丈夫、だよね。」

 

このもやもやは、単なる気のせいで。

若しくは、私が心配性なだけで。

神様のお告げとか、忠告とか。

その類のものではないのだ。

 

「……いつもサボってばっかなのに、今回はやたらとやる気じゃないか、って?」

 

そう思おうとしていると、芳乃はどこか、不思議そうに私を見つめる。

思っているだろう事を代わりに口にすると、彼女にしては珍しく、少しだけ驚愕に目が開かれた。

 

いやあ、ここだけの話だけどさ。

実は私のこのニートキャラは後付で。

本当は、自分を変えたい、という思いもあって。

彼女も似たようなことを言うものだから。

親近感とか覚えてしまい。

少しは応援してやろうか、なんて思っちゃったんだよ。

 

「……別に、ただの気まぐれだよ。」

 

なんて、言えるわけないじゃん。

 

 

 

会話が終わり、静かな時間が流れる。

頬杖をついて窓越しの景色をぼんやりと眺めていると、少しづつ目蓋が重くなる。

芳乃をちらりと見ると、既に船を漕いでいた。

私も、ゆっくりとのしかかる睡魔に逆らおうとせず、深呼吸するための空気を、大きく吸い込む。

 

意識と共にそれを吐き出そうとしたところで、きらりの歌声に叩き起こされた。

 

あまりにタイミングが悪かったのと、本当に久しぶりに聞いたのもあって、私の目は急速に見開かれた。

数秒経って、発生源が私の携帯であること、電話がかかってきていることに気付き、画面を確認する。

相手は、プロデューサーだった。

 

3人を起こさぬよう、すぐに応答。

着信音を消し、次いでイヤホンを装着。

マイク部分を口元にあてて、できる限り小声で話しかける。

 

「……何? プロデューサー。今寝ようとしてたんだけど。」

 

露骨に嫌そうな声を作るのを忘れない。

彼からすれば理不尽この上ないだろうが、子供の特権だ。

 

『ん? ……ああ、もう帰りだったか。

最後まで起きてるなんて珍しいな。』

 

しかし、彼はそれを気にするどころか。

この一言で状況を大体察してしまうのだから恐ろしい。

 

『じゃあ、皆が起きたら伝えてくれ。

ほたるのデビューまでの方針が決まった。

それに伴って、協力してもらいたいことがある。』

 

彼はそう言うと、ほたるが正式にデビューするまでの、今後の予定を話し始めた。


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