白菊ほたるの幸福論   作:maron5650

6 / 30
5.加害者だから

と、いうわけで。

 

「よき湯でしてー……。」

 

「まさか温泉旅行を引き当てるとは……。」

 

しかもペアチケットを二枚。

商店街の人ごめんなさい。

 

 

 

全員分のチケットがあっても、休みが合わせられないのではないか。

そう懸念したのは、意外にも杏さんだった。

チケットを無駄にしてたまるか、私は絶対に休むぞ! くらいは言いそうだと思っていたのだが。

リアリストというか、冷静に状況を考えられる人なのかもしれない。

 

しかしプロデューサーさんに聞いたところ、丁度全員固まった休みが取れる状態だったようで。

私は茄子さんの幸福の凄まじさに、恐ろしさすら覚えることになった。

 

 

 

そして、現在。

杏さんはマッサージチェアと完全に同化。

茄子さんは近くの料理が美味しいと話題の居酒屋に単身突撃。

残った私と芳乃さんは、こうして露天風呂を堪能していた。

 

「ほー……。」

 

目を閉じ、肩どころか顎まで浸かって、ぴょこりと顔だけを出し、全身の力を抜いて湯を楽しむ姿は。

マスコットのような、普段とはまた違う可愛らしさがある。

 

「ほぉー……。」

 

「……寝ちゃわないで、くださいね?」

 

ここまで脱力されると、不安にもなってくる。

それはもう、人間はこれほどまでにリラックスできるのか、と、一種の驚きと感動を覚えてしまうほどだ。

 

「…………。」

 

やがて、ほーという声すら聞こえなくなってしまい。

滴り落ちる水の音だけが、心地よく耳を刺激する。

ゆっくりと、時間が流れていく。

 

そうして、どれくらい経っただろうか。

そろそろ上がります、と、一言かけようと口を開く。

 

「……上がられる前にー。」

 

が、私が喉を震わす前に、芳乃さんが言葉を発した。

完全に不意打ちだ。

驚いて彼女の方を向くと、そこには。

 

 

 

「……芳乃、さん?」

 

 

 

ついさっきまでの、可愛らしさも。

普段の、のんびりとした雰囲気もなく。

それどころか、凛々しさすらも感じさせる、彼女が居て。

私は、目の前の人物が私の知る依田芳乃であることに、確証が持てなかった。

 

「そなたの体質について、お話ししておこうかとー。」

 

「……体質、ですか?」

 

呆然としている私を見て、芳乃さんは言葉を続ける。

 

「あらゆるモノには、気というものが巡っておりますー。

その種類は千差万別、大きく分けるならば、良い気と、良くない気でしてー。」

 

言いつつ、芳乃さんは立ち上がる。

 

「それらは互いに干渉し、形を変えてゆきますー。

そしてそれこそがー、あなたの体質の原因と言えるでしょうー。」

 

月明かりに照らされ、湯けむりに包まれたその姿は。

 

神々しい。

 

私の知る言葉の中で、これが最適だと感じさせるほどに。

それほどに幻想的で、現実味がなかった。

 

「……それって、私の気、が……?」

 

彼女に、呑まれた。

どうしようもなく、そう感じる。

彼女の周囲にあるもの全てが、彼女のために動いているような。

そんな錯覚を覚えると、同時に。

彼女の言葉を、理解しなければ。

彼女の言葉は、とても、とても重要なものだと。

無条件に、そう思わされた。

 

「……はいー。そなたの気は、特に、良くないものですー。」

 

私の気が、他の人よりも、かなり、良くないもので。

それのせいで、周りの人達が不幸になってしまう。

 

「そしてー、干渉が起こる時機なのですがー。

常に起こっている、という訳ではないようなのですー。」

 

「それって……?」

 

よく分からない、と、首を傾げると。

彼女は頷いて、言葉を重ねた。

 

「常にそなたの周りが不幸であるのならー。

そなたはスカウトされることすら、叶わなかったでしょうー。」

 

彼女は私の手を取り、両手で包み込む。

 

「しかしそなたは、確かにここに居ますー。

それはつまり、時機が突発的であるということに他なりませんー。」

 

プロデューサーさんにとって、アイドルの卵をスカウトすることは間違いなく幸せだろう。

そんなプロデューサーさんに不幸が訪れたなら、あの日私を見つけることは叶わなかったはず。

しかし、私は彼と出会い、今こうしてここに居る。

だから、四六時中いつでも周りが不幸になる、というものではなく。

 

「……いつ、誰に起こるか分からないけど、突然。

いきなり、誰かが、不幸になるってことですか?」

 

彼女の言葉をよく噛んで、飲み込む。

答え合わせをするようにそう聞くと、彼女は再びゆっくりと頷いた。

 

「わたくしが分かっているのは、ここまでですー。

そしてー、これが最も、重要なことなのですがー。」

 

私の手を握る手の力が、少しだけ強くなる。

そこにはもう、凛々しさを感じさせる彼女は居なかった。

彼女の目は、優しく。

私を、まっすぐに映し出していた。

 

「そなたの気はー、変わり始めていますー。

初めて顔を合わせた頃より、ずっと、良いものになっているのでしてー。」

 

彼女が、にっこりと微笑む。

 

「それが、何に拠るものなのかは分かりませんー。」

 

茄子さんのものとは、少しだけ違う。

 

「しかし、わたくしたちと過ごすことが、少しでもそなたの為になるのでしたらー。」

 

他者を慈しむような、優しい笑顔。

 

「それをそなたが、望むのでしたらー。

あの時、お伝えしたとおりー。」

 

そして。

 

 

 

「わたくしはー、そなたのお力になりましょうー。」

 

 

 

そのまま、こんなことを言ってくるものだから。

 

「ずるいです。」

 

そのまま、小さな手で、頭を撫でてくるものだから。

 

「……ずるいですよ。」

 

それらが、こんなにも、あたたかいものだから。

 

「……よいのですー。」

 

抑えられないじゃないか。

 

「よいのですよー。」

 

溢れてしまうじゃないか。

 

「そなたは、十分に……十分に、頑張りましたー。」

 

縋ってしまうじゃないか。

 

「だから……よいのですー。」

 

……思えば、いつだっただろうか。

 

「もう、自分を悪者にしなくとも、よいのですよー。」

 

 

 

最後に、こうやって思いっきり泣いたのは。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。