白菊ほたるの幸福論   作:maron5650

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4.なりたいもの、変えたいこと

オフの日でも、事務所に行けば大体、皆が居る。

 

「おはようございます。」

 

居心地がいいから、と、皆口を揃えて言う。

私もその通りだと思うし、現にこうして、今日も足を運んでいる。

 

「おやー、ほたる殿ー。おはようございますー。」

 

「おはー。」

 

芳乃さんはお茶をすすり、杏さんは特等席と化しているソファに寝転んでいた。

 

「茄子さんは、今日は居ないんですか?」

 

「買い物。

ついでに商店街の福引やってくるってー。」

 

それは、抽選券の数だけ上から順に景品を掻っ攫ってくる、という宣言に他ならない。

私は心の中で、商店街の皆様に手を合わせた。

 

上着をハンガーに掛け、給湯室へ。

この前買っておいた、インスタントコーヒーの袋を探す。

のだが。

 

「……あれ?」

 

確か、この辺りに仕舞ったはずなのに。

ここにあるものは全て皆の共有物という扱いだから、誰かが使った後に他の場所に置いてしまったのだろうか。

 

「右から2番目、上から3番目の引き出しでしてー。」

 

私がガサゴソと音を立てていると、扉の向こうから声。

指定された場所を見てみると、何種類かのインスタントコーヒーが綺麗に整頓されており。

その中に、私の買ったものがあった。

 

「さすが……。」

 

思わず呟く。

きっと誰かが、種類ごとに整理したのだろう。

私が仕舞ったときには、色々なものがごちゃまぜになっていて、何があるのかよく分からない状態だったから。

 

コーヒーを持ち、芳乃さんの隣、杏さんの反対側に座る。

目についたテレビのリモコンをいじくると、画面上に今まさに目の前にいる少女が映し出された。

 

『早速出場者の紹介です!

あの超常現象プロダクションから、今回も来てくれました!

双葉杏さんです!!』

 

やけにテンションの高い司会の台詞に合わせて、画面の少女がこちらに手を振る。

画面右上には、第37回クイズ王選手権と書かれていた。

 

「そういえば、超常現象プロダクションって呼ばれてるんですよね。」

 

「俗称だけどね。

正式名称よりも有名になっちゃったけど。」

 

私の呟きに、目の前の少女が答える。

 

「まあ、行く先々で理解不能な事象を引き起こしてたら、そりゃそうなるよね。」

 

……なるほど。

隣でのんびりとお茶をすする芳乃さんを横目で見つつ、私は納得する。

 

「ウチで何の特殊能力も持ってないのは杏くらいだよ。」

 

杏さんはそう言って、ごろんと寝返りを打つ。

つまり、プロダクションの殆どが、何かしら普通ではないということか。

ゆったりとした空間に、テレビの音が響く。

 

『杏ちゃんは前回、前々回共に2位以下と圧倒的な差を付けて優勝!

今回もそのチートぶりを見せてくれるのでしょうか!』

 

「……ウチで何の特殊能力も」

 

「二回言わなくていいです。」

 

つまり、プロダクションの全員が、何かしら普通ではないということか。

 

「……みなさんそんなに凄いのに、どうしてわざわざアイドルを?」

 

ふと浮かんだ疑問を、のんびりとした空気に浮かべる。

予想とは違い、先に答えたのは杏さんだった。

 

「夢の印税生活。」

 

何とシンプルな。

 

「杏さんくらい頭が良かったら、ずっと遊んで暮らせるくらいの特許とか、いくらでも取れちゃいそうですけど……。」

 

「嫌だよめんどくさいし。その点ここはテキトーに言われたことやってればいいだけだからね。」

 

「……その割には、サボろうとしてません?」

 

「だってやっぱ面倒だし。」

 

「なら、あんまり変わらないんじゃ……。」

 

「きこえなーい。」

 

何だかモヤモヤするけれど、どうやらこれ以上は話してくれないようだ。

私が諦めるように小さなため息をつくと、続けて芳乃さんが答えた。

 

「わたくしはー、求められましたのでー。」

 

……はい?

 

「プロデューサーさんに、ですか?」

 

そう聞くと、こくりと頷いて。

 

「あの方にはー、ほおっておけない運気がついているのでしてー。」

 

「は、はぁ……。」

 

芳乃さんは、再びのんびりとお茶をすすり始める。

結局、杏さんよりもモヤモヤさせられてしまった。

 

 

 

「そう言うほたるはさ。」

 

私に背を向けた体制のまま、杏さんが言った。

 

「どうして、アイドルになろうなんて思ったの?

……そんなもの持ってるのに。」

 

いつもと同じ声色のはずのそれは、何故だろう。

顔が見えないのも相まって。

まるで私を、糾弾しているようで。

 

「……こんなものを、持っているから。

だから、です。」

 

だから私は、出来る限りの真剣な顔を作る。

 

「だから?」

 

再び寝返りをうち、杏さんはこちらを見る。

私の答えを、待っている。

 

「だって、アイドルは。

皆を、幸せにするものでしょう?」

 

だから、私はアイドルになりたい。

不幸体質な私が。

周りの人を不幸にしてしまう私が、それでも。

それでも、アイドルになれるのなら。

皆を幸せにする存在に、なれるのなら。

奪うのではなく、与えるものに、なれるのだとしたら。

 

「変わりたいんです。変えたいんです。自分を。」

 

私は、杏さんの目を、まっすぐに見る。

彼女は、こちらを見つめ続けていた。

 

「…………。」

 

ぽかんとした表情で、ずっと。

 

「あ、あの……?」

 

何か、おかしいことを言ってしまっただろうか。

ああ、やっぱり私なんかが変わろうだなんて、おこがましいことだったり……

 

「……うん、なるほど、なるほどね。」

 

随分と長い硬直の後、杏さんは何かを納得したように、しきりに頷いた。

 

「案外、似てるのかもね。」

 

彼女はそう言って、私に笑いかける。

 

「……何とでしょう?」

 

「内緒。」

 

ひょっとしてこの事務所では、人をモヤモヤさせるのが流行っているのだろうか。

だとしたら二人ともとんでもなく強敵だし、今すぐに廃れてほしい。

 

雨雲のような何かが私の頭の上を周回すること、数分。

目をつむってお茶を楽しんでいた芳乃さんが、何かに反応するように立ち上がる。

 

「帰ってきた?」

 

「そのようでしてー。

何やら、良いことがあったようですー。」

 

それにいち早く気付いた杏さんが問いかけると、芳乃さんが安心したように微笑んで答えた。

……二言目は、果たして必要だっただろうか。

茄子さんに限って、良いことが起こらないとはとても思えない。

 

やがて、入口のドアが開き。

 

「温泉旅行ですよ〜♪」

 

二枚の紙切れを持った彼女は、満面の笑みでそう言った。


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