オフの日でも、事務所に行けば大体、皆が居る。
「おはようございます。」
居心地がいいから、と、皆口を揃えて言う。
私もその通りだと思うし、現にこうして、今日も足を運んでいる。
「おやー、ほたる殿ー。おはようございますー。」
「おはー。」
芳乃さんはお茶をすすり、杏さんは特等席と化しているソファに寝転んでいた。
「茄子さんは、今日は居ないんですか?」
「買い物。
ついでに商店街の福引やってくるってー。」
それは、抽選券の数だけ上から順に景品を掻っ攫ってくる、という宣言に他ならない。
私は心の中で、商店街の皆様に手を合わせた。
上着をハンガーに掛け、給湯室へ。
この前買っておいた、インスタントコーヒーの袋を探す。
のだが。
「……あれ?」
確か、この辺りに仕舞ったはずなのに。
ここにあるものは全て皆の共有物という扱いだから、誰かが使った後に他の場所に置いてしまったのだろうか。
「右から2番目、上から3番目の引き出しでしてー。」
私がガサゴソと音を立てていると、扉の向こうから声。
指定された場所を見てみると、何種類かのインスタントコーヒーが綺麗に整頓されており。
その中に、私の買ったものがあった。
「さすが……。」
思わず呟く。
きっと誰かが、種類ごとに整理したのだろう。
私が仕舞ったときには、色々なものがごちゃまぜになっていて、何があるのかよく分からない状態だったから。
コーヒーを持ち、芳乃さんの隣、杏さんの反対側に座る。
目についたテレビのリモコンをいじくると、画面上に今まさに目の前にいる少女が映し出された。
『早速出場者の紹介です!
あの超常現象プロダクションから、今回も来てくれました!
双葉杏さんです!!』
やけにテンションの高い司会の台詞に合わせて、画面の少女がこちらに手を振る。
画面右上には、第37回クイズ王選手権と書かれていた。
「そういえば、超常現象プロダクションって呼ばれてるんですよね。」
「俗称だけどね。
正式名称よりも有名になっちゃったけど。」
私の呟きに、目の前の少女が答える。
「まあ、行く先々で理解不能な事象を引き起こしてたら、そりゃそうなるよね。」
……なるほど。
隣でのんびりとお茶をすする芳乃さんを横目で見つつ、私は納得する。
「ウチで何の特殊能力も持ってないのは杏くらいだよ。」
杏さんはそう言って、ごろんと寝返りを打つ。
つまり、プロダクションの殆どが、何かしら普通ではないということか。
ゆったりとした空間に、テレビの音が響く。
『杏ちゃんは前回、前々回共に2位以下と圧倒的な差を付けて優勝!
今回もそのチートぶりを見せてくれるのでしょうか!』
「……ウチで何の特殊能力も」
「二回言わなくていいです。」
つまり、プロダクションの全員が、何かしら普通ではないということか。
「……みなさんそんなに凄いのに、どうしてわざわざアイドルを?」
ふと浮かんだ疑問を、のんびりとした空気に浮かべる。
予想とは違い、先に答えたのは杏さんだった。
「夢の印税生活。」
何とシンプルな。
「杏さんくらい頭が良かったら、ずっと遊んで暮らせるくらいの特許とか、いくらでも取れちゃいそうですけど……。」
「嫌だよめんどくさいし。その点ここはテキトーに言われたことやってればいいだけだからね。」
「……その割には、サボろうとしてません?」
「だってやっぱ面倒だし。」
「なら、あんまり変わらないんじゃ……。」
「きこえなーい。」
何だかモヤモヤするけれど、どうやらこれ以上は話してくれないようだ。
私が諦めるように小さなため息をつくと、続けて芳乃さんが答えた。
「わたくしはー、求められましたのでー。」
……はい?
「プロデューサーさんに、ですか?」
そう聞くと、こくりと頷いて。
「あの方にはー、ほおっておけない運気がついているのでしてー。」
「は、はぁ……。」
芳乃さんは、再びのんびりとお茶をすすり始める。
結局、杏さんよりもモヤモヤさせられてしまった。
「そう言うほたるはさ。」
私に背を向けた体制のまま、杏さんが言った。
「どうして、アイドルになろうなんて思ったの?
……そんなもの持ってるのに。」
いつもと同じ声色のはずのそれは、何故だろう。
顔が見えないのも相まって。
まるで私を、糾弾しているようで。
「……こんなものを、持っているから。
だから、です。」
だから私は、出来る限りの真剣な顔を作る。
「だから?」
再び寝返りをうち、杏さんはこちらを見る。
私の答えを、待っている。
「だって、アイドルは。
皆を、幸せにするものでしょう?」
だから、私はアイドルになりたい。
不幸体質な私が。
周りの人を不幸にしてしまう私が、それでも。
それでも、アイドルになれるのなら。
皆を幸せにする存在に、なれるのなら。
奪うのではなく、与えるものに、なれるのだとしたら。
「変わりたいんです。変えたいんです。自分を。」
私は、杏さんの目を、まっすぐに見る。
彼女は、こちらを見つめ続けていた。
「…………。」
ぽかんとした表情で、ずっと。
「あ、あの……?」
何か、おかしいことを言ってしまっただろうか。
ああ、やっぱり私なんかが変わろうだなんて、おこがましいことだったり……
「……うん、なるほど、なるほどね。」
随分と長い硬直の後、杏さんは何かを納得したように、しきりに頷いた。
「案外、似てるのかもね。」
彼女はそう言って、私に笑いかける。
「……何とでしょう?」
「内緒。」
ひょっとしてこの事務所では、人をモヤモヤさせるのが流行っているのだろうか。
だとしたら二人ともとんでもなく強敵だし、今すぐに廃れてほしい。
雨雲のような何かが私の頭の上を周回すること、数分。
目をつむってお茶を楽しんでいた芳乃さんが、何かに反応するように立ち上がる。
「帰ってきた?」
「そのようでしてー。
何やら、良いことがあったようですー。」
それにいち早く気付いた杏さんが問いかけると、芳乃さんが安心したように微笑んで答えた。
……二言目は、果たして必要だっただろうか。
茄子さんに限って、良いことが起こらないとはとても思えない。
やがて、入口のドアが開き。
「温泉旅行ですよ〜♪」
二枚の紙切れを持った彼女は、満面の笑みでそう言った。