「よし、全員ちゃんと居るな。」
「はいっ♪」
「でしてー」
「は、はいっ」
「は~い」
トレーナーさんの確認に、各自言葉を返す。
「今日は白菊を入れての、初めてのレッスンになる。
前のプロダクションから移籍ということだから、まずどの程度の実力があるかを確かめさせてもらう。
その出来次第によって、その後のレッスン内容を決める。」
いつも通りのハキハキとした口調で、これからの予定を読み上げていく。
「では、まずは白菊。いくつか曲を流すから、それに合わせて踊ってみてくれ。」
トレーナーさんが傍らのCDプレイヤーに手を伸ばす。
「……ん?」
しかし、再生ボタンを何度押しても、辺りに広がるのは静寂。
「…………。」
そして、「まさか」という、この場の全員に共通する意識。
「……あの、私、家から持ってきましたので……。」
微妙な空気の中心点は、確かにレッスンをするにしては大きい荷物から、少し小さめのCDプレイヤーを取り出した。
「……え、持ってきたの? 」
思わず、思ったことが口から出る。
「今朝起きた時、そんな気がしたんです。
こういうことはたまにあって、大体その通りになってしまうので……。」
ある程度は予知と、その対策が取れるということか。
口ぶりからして、意図的にはできないようだが。
ほたるのプレイヤーにCDを移し替え、電源を入れる。
今度はちゃんと、聞き覚えのある曲が周囲に鳴り響いた。
「この曲はやったことは?」
「はい、大丈夫です。」
ダンスを練習するにあたって、使用する楽曲はある程度決まっている。
まず最初はこれ、できるようになったら次はこれ、といった具合だ。
そして、トレーナーさんがかけた曲は、今まさに私達が練習している曲だった。
スペースのある方へ移動し、ほたるは目をつむる。
力を抜いて、自然体。
リラックスしているのが、傍目にも分かる。
その様子を見て、トレーナーさんが再生のボタンを押した。
曲が流れる。
目が開く。
足が踊る。
腕が踊る。
指先が踊る。
ほたるが、踊る。
「……すごい。」
素直な、本当に素直な気持ちだった。
指先、足先の動き。
重心の安定感。
目線の移動。
動作から動作への、滑らかな繋ぎ。
そのどれを取っても。
ああ、この子は、本当に。
本当に、アイドルになりたいんだな、と。
そう思わせるほどに、完璧で。
そのどれもが、彼女の持つ儚さや、憂愁を際立たせていた。
曲が終わり、ほたるがこちらを見る。
トレーナーさんは、大きく頷いて。
「これなら、すぐにでも皆と一緒に活動できるだろう。」
と、最大級の賛辞を述べた。
ほたるはそれを聞いて、また、困ったように笑った。
「茄子さん。」
レッスンが終わり、その場解散。
杏さんは事務所のソファで一眠り。
芳乃さんは散歩に行った。
「……一日だけ。」
茄子さんは、屋上に居た。
「待ってくれたんですね。」
彼女はそう言って、にっこりと笑う。
あの時と、同じように。
「……一日だけ。」
私は、笑顔を作りはしなかった。
あの時と、同じようには。
「そう言ったのは、こうなると分かっていたからですか?」
その一日の間に私が、茄子さんと同じ事務所の人から、アイドルの勧誘を受ける、と。
そうなることを、知っていたから?
「私はあくまで、周りの人を少しだけ幸せにするだけです。
他人の人生を操れたりなんて、できませんよ。」
「そう……ですか。」
「ほたるちゃん、言ってましたよね。
人を、幸せにしたいって。」
「……はい。」
私が答えると、彼女は手を後ろに組んで、背を向ける。
夕陽を、眺めているのだろうか。
「あの時、言ったとおりですよ。
他にもあると思ったんです。
他にもあると、思っただけです。」
茄子さんは、ゆっくりと私に語りかける。
泣いている子供をあやすように。
割れ物に手を触れるように。
「人を幸せにしたいと言ったあなたなら。
そう言って、あんなところに来てしまうあなたなら。
あんな顔ができてしまう、あなたなら。
きっと、他にも。」
彼女はそう言って、私に向き直る。
「……そんなにひどい顔してましたか、私。」
「ええ。それは、もう。」
茄子さんの悲しそうな笑顔を見るのは、この時が初めてだった。