「レッスンは、前から受けてたんだっけ?」
今日は初めての、ほたるを交えてのレッスン。
飴を頬張り、彼女より少しだけ前を歩きながら、私はレッスン場へ移動していた。
「はい……でも、じゃあライブに出てみよう、ってなる頃に、プロダクションが倒産してしまって……
その前も……その前も……。」
「いやあ今日もいい天気だねうん」
彼女の前で昔話は振らないようにしよう。
私は固く心に誓った。
「……あの、ここには何人くらいアイドルが居るんですか?」
果てしなく微妙になってしまった空気の中、ほたるが問いかける。
彼女にとっては、この程度は慣れっこなのかもしれない。
「ほたるを入れて、四人だね。
私と、鷹富士茄子、あとは依田芳乃。」
……改めて口にして、思う。
ウチの事務所、濃い。
そりゃあ、妙なあだ名も付けられるというものだ。
「茄子さんは、初めて杏さんと会った時に居た人ですよね。
芳乃さん、は……?」
「ああ、会ったことなかったっけ。」
丁度いい。
ここで、ざっと皆の紹介でもしておくか。
「芳乃は、何というか、不思議な雰囲気の子だよ。
趣味は石ころ集め、悩み事解決、失せ物探し……だったかな。
知ってるはずのないものの在り処をバンバン言い当てるんだ。」
「失せ物探し……ですか。」
ほたるが不思議そうな顔をする。
まあ、珍しいというか、一般的ではないから、当然か。
「で、鷹富士茄子。
彼女は一言で言うと、幸福だ。」
幸福、という言葉に、ほたるは明らかな反応を見せた。
「それって……」
「多分、ほたると丁度反対、なんじゃないかな。
彼女自身が信じられないくらい幸運で、それは周囲にも伝播する。」
少なくとも、真っ二つに割れた湯呑みを両手で合わせるだけで元通りにし、
「ラッキーですね♪」なんて笑顔で言ってのけるくらいには幸運だ。
……幸運、なんてレベルじゃないような気がするが、本人がそう言うのだからきっとそうなんだろう。うん。
「……」
「……だから、今までよりはマシになるんじゃない?
少なくとも、さ。」
神妙な顔持ちで俯くほたるに、私は励ましの言葉を贈る。
「そうだと……いいんですけれど。」
彼女は、悲しそうに笑った。
「……っと。ここだここだ。」
話をしているうちに、レッスン場まで辿り着いていた。
私の役目はここで終わりだ。
「後は中にいるトレーナーさんの言うこと聞いてればいいから。
んじゃ、頑張って。」
ほたるに背を向け、手を振りながら元来た道を引き返す。
「杏さんは、レッスンしないんですか?」
当然の疑問をほたるが投げかける。
大丈夫、これは想定済みだ。
「杏は今日撮影があってね。
悪いけど、後は三人で頑張って。」
「でも、今日は顔合わせも兼ねて全員でやるって、プロデューサーさんが……。」
「え゛っ」
何それ聞いてない。
なんということだ、既に先手を打たれていたというのか。
「……あ、あっれーおかしいなー。
仕事入ってるってこと忘れちゃったのかなー。」
非常によろしくない事態だ。
何とか打開策を……
「杏殿ー。」
のんびりとした独特のイントネーションと共に、腕を掴まれる。
冷や汗を流しながら振り向くと、やはりそこには芳乃が立っていた。
「……や、やあ、芳乃。どうしたの?」
平静と笑顔を取り繕い、尋ねる。
「必ず逃げ出すだろうから見張っておくようにとー、言われましたゆえー。」
「おぅ……」
なんてこった、私の華麗なる計画が。
「サボっちゃダメですよー?」
中から茄子も出てくる。
この二人に見つかってしまったら、もう逃げる手段はない。
長年の経験からそう判断し、私は大きく溜息をついた。
「あっ、えーと……ほたるちゃん、でしたよね。
私、鷹富士茄子って言います。」
茄子がほたるに向き直り、自己紹介を始める。
「わたくし依田は芳乃でしてー。」
茄子に倣い、芳乃もぺこりと一礼。
私のときと全く同じ口上なのは、それが気に入っているからだろうか。
「杏は双葉杏だよ、よろしく。」
私も、流れに乗じる。
「白菊、ほたるです……。
あの、私……不幸体質でして……
恐らく、みなさんにはご迷惑を……。」
それに対しほたるは、やはり、申し訳なさそうに。
「……そんなに気にすることないと思うよ?
ここじゃ現代科学じゃ解明できないような事象なんて日常茶飯事だし。
悩み事解決のプロと、自他共に認める幸福が居る訳だし。」
言いながら、二人に目配せする。
「困っている人には力を貸しなさい……ばばさまのお言葉でしてー。」
「はい、お任せくださいっ♪」
芳乃はいつものおっとりとした表情で。
茄子はにっこりと笑いながら。
ほたるに手を差し伸べる。
「あの……でも……っ」
まだ、踏ん切りがつかないようだ。
ほたるは困惑した顔で、両手を胸のあたりに持ってくる。
「あーもう、じれったい。」
私はその右手を掴み、無理矢理二人の方へ持っていく。
抵抗は、殆どなかった。
三人は、ほたるの手をしっかりと握る。
そして、同時に軽く息を吸い込み。
「「「ようこそ、超常現象プロダクションへ! 」」」
未来のアイドルを、暖かく迎え入れるのだった。