勢い良く啖呵を切って外に飛び出したはいいものの。
「どうしましょう……。」
雑踏の中を歩きながら、私は一人、途方に暮れていた。
ほたるちゃんと接触しなければ、そもそも何も進展しない。
そう思って一通り街中を探索してはみたが、ほたるちゃんを見つけることは叶わなかった。
彼女に会いたいと強く願っているにも関わらず、だ。
杏ちゃんの話によれば、これで私の幸福は発生しているはず。
すぐにでも、彼女と会えるはずなのに。
これは、ほたるちゃんの不幸との打ち消しが起こっている、ということなのだろう。
つまり、私の幸福と完全に矛盾するような不幸が発生している。
それは「ほたるちゃんは私に会えない」以外にあり得ない。
彼女は、それを不幸だと、心から思っている。
「……それだけ見れば、嬉しいんですけどね。」
裏を返せば、彼女は私に会いたいと思ってくれているのだ。
でも、今回ばかりは呑気に喜んではいられない。
それは自力で彼女を見つけ出さなければならなくなったことを意味していた。
事故が頻発している場所に向かえばいいのでは、とも思った。
しかし、彼女の不幸は今、彼女のみを対象とするようになっている。
そこまで大騒ぎするほどの規模のものが発生するとは考えづらい。
携帯を取り出し、連絡帳を開く。
そのうちの一つをタップしようとした瞬間、振動と共に画面が切り替わる。
それには、私が今まさに電話を掛けようとしていた相手。
依田芳乃の名が浮かび上がっていた。
「もしもし?」
『もしもしー、わたくし依田は芳乃でしてー。』
応答すると、お決まりのフレーズが耳に流れ込んでくる。
「……言わなくても、ちゃんと画面に名前が出ますよ?」
『……なんとー。』
彼女の与える機械類に疎いというイメージは、どうやら実際その通りのようで。
深い衝撃を受けたらしい彼女の感嘆の声を聞くと、自然と顔が綻んだ。
仕事の連絡のためにとプロデューサーが無理矢理持たせたものだから、ロクに使いこなせていないのだろう。
……あとで連絡帳を登録しておいてあげよう。
「……芳乃ちゃん、一つ、お願いがあるんですけど。」
彼女に話そうとしていた用件を早速切り出す。
普通でないアイドルが集う私の事務所。
彼女の趣味は、失せ物探し。
ほたるちゃんの現在地を把握するくらいはお手の物のはずだ。
……本当は、この手は使いたくはなかった。
誰にも頼らず、一人で何とかするつもりだった。
杏ちゃんは、明らかに私とは違う考えを持っていた。
いや、例え私に賛同してくれていたとしても、これ以上無理をさせていい状態ではなかった。
芳乃ちゃんは、分からなかった。
彼女がどちら側に立とうとしているのか。
彼女の行動は、私に賛成とも反対とも取れないものだった。
むしろ、私達二人の様子を、一歩引いて静観しているようにさえ見えた。
だから、まだ決めあぐねている、或いは反対の立場であると仮定して。
もし賛成であるならば、彼女からコンタクトを取るだろうと予想して。
自分からは助けを求めないと、一度はそう決めたのだ。
そうするべきだ思うし、できると思った。
できると、思っていた。
私は自分を過信していた。
これまで、思ったようにいかないことなんて、無かったから。
私ならできるだろうと、何の根拠も無いのに。
その結果が、これだ。
どうすればいいのか、その方策が、何一つ思い浮かばない。
そもそも、そんなことは考えたことすらない。
願えば叶うのだ。その時点で叶ってしまうのだ。
普通の人なら持っていて当然のレベルの問題解決能力。
それが私には決定的に欠けていた。
『はいー、それを伝えに、お電話致しましたのでー。』
悔しさと自己嫌悪に、歯を強く噛み締めながら頼もうとすると。
私の考えとは裏腹に、彼女はさらりとそう言った。
「……芳乃ちゃんは、それでいいんですか?」
彼女は、私の意見に賛同しているのか?
それが分からないからこそ、私は二人の力を借りるという選択肢を消去した。
しかし今、彼女はほたるちゃんの位置を私に教えようとしている。
それは、私の行動を手助けすることに他ならない。
『はいー、頼まれましたゆえー。』
数秒の沈黙の後。
私の問いに、彼女はただ、その一言だけを返した。
誰に頼まれたのだろう。杏ちゃんは、私に反対していた。
後は、プロデューサー?
彼はほたるちゃんをアイドルにすることを諦めていなかった。
芳乃ちゃんに協力を要請したとしても違和感はない。
だが。
依田芳乃という人物は、ただ人に頼まれただけで動くような、人形のような人だっただろうか。
彼女の行動理念の根幹は、いつだって彼女自身の意志に基づいている。
日々の彼女の振る舞いは、強く私にそう感じさせていた。
元々私のような考えを持っていた?
いや、恐らく違う。そうならば「頼まれたから」という理由は出てこないはず。
「あなたと同じ考えだから」と、彼女ならば言うだろう。
彼女に頼んだ人物の影響で考えが変わったのなら、そのまま「考えが変わった」と言うだろう。
しかし彼女は「頼まれたから」と言った。
これが何を意味するのか。
思考を巡らせてみても、私が納得する結論は出てきてはくれなかった。
とにかく、彼女は私の味方になってくれるらしい。
今は、それで充分だ。
『あとー、伝言がありましてー。』
「伝言、ですか?」
話の流れからして、彼女に頼んだ人物からの、だろうか。
『えー、「あの子が茄子に会いたがっているのは、必ずしもいい意味とは限らない」。』
書き置きでも残していったのだろうか、彼女は何かを読み上げるように語り出す。
「……え、それっ、て、」
ほたるちゃんが私に会いたがっているのを知っている?
そんな。このことは誰にも言っていない。
……どういうこと?
『「今のところは大丈夫だが、いつあの子が心変わりするか分からない。被害が拡大しないように注意すること」。』
やっぱり。
この伝言の相手は、今の私達の状況を深く知っている。
それだけではない。
私が楽観的な思考をしがちであることも理解して、その上で忠告をしているのだ。
『それとー……』
それまで淡々と話していた彼女は、そう言って一呼吸置く。
そして放たれた言葉には。
『「ありがとう」。』
単なる伝言ではない、彼女自身の気持ちが、確かに含まれていた。
『……伝言は以上でしてー、早速、御案内致しますー。』
未だ困惑の中に居る私とは対照的に、彼女は素速く頭を切り替える。
「……えっと、はい、お願いします。」
頭の上に浮かんだクエスチョンマークを仕舞い込み、私は歩き出す。
考えるのは後だ。
とにかく今は、ほたるちゃんを見つけなくては。
『わたくしもそちらに向かいますがー、茄子殿の方が早く着くと思いましてー。
先ずは、時間稼ぎをー。それからー……』
彼女の指示を頭に叩き込みながら、言われた通りの道を辿る。
既に日は暮れ、街は人工の光で輝き始めていた。