白菊ほたるの幸福論   作:maron5650

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14.さあ、考えろ

かりかり、かりかり。

シャーペンの走る音が響く。

 

かさかさ、ぽい。

しわくちゃになったルーズリーフが、また床に落ちた。

 

やり直し。最初から。

頭と紙を真っ白にして、もう一度。

 

事務所には、プロデューサーと私だけ。

机の前で千手観音になっている彼を横目に考え事をするのが、最近の日常となっていた。

 

さて、考えよう。

まず、何故不幸が起こったのか。

何故芳乃が、落ちたのか。

何らかの予想外の事態でも起こらない限り、そんなことはあり得ない。

それが温泉旅行の時点での芳乃の見解であり、私もそれに同意した。

しかし、実際に不幸は発生した。

ということは、「何らかの予想外の事態」もまた、発生したことになる。

それによってほたるの気が悪化し、茄子でも抑えきれないほどにまで膨れ上がってしまった。

 

では、その予想外の事態とは、何だ?

ライブ当日までの間、ほたるの不幸は非常に静かだった。

しかし突然、なんの前触れも無く、芳乃は不幸に襲われた。

そして、ほたるが壇上に上がっていた段階では、不幸は起こっていない。

つまり。

ほたるの出番が終わってから、芳乃が落下し始めるまでの間。

この短い期間のどこかで、それは発生したということ。

 

芳乃と茄子が役を演じている時に、何かがあったのだ。

ほたるの改善されつつあった不幸体質が再び元通りになってしまうような、何かが。

 

これが、一つ目の仮説。

二つ目は、前提を疑ってみる。

一つ目の仮説の基盤となっている、これまでの経験から推測した、ほたるに関する前提を。

 

・彼女の不幸体質は本物である。

・不幸が起こる一瞬前に彼女はそれを察知する。

・ごく稀に、これから起こる不幸をかなり前の段階で察知する。

・不幸が起こるタイミングは完全にランダムである。

・ほたるの不幸と茄子の幸福は直接互いに関与することはなく、それによって事態が生じた時初めて、その事態そのものに影響を与える。

・ライブ当日まで、彼女の不幸体質は改善されつつあった。

 

白い紙に、箇条書きで書き起こしていく。

さて、一つずつ見ていこう。

 

「彼女の不幸体質は本物である」。

彼女の周囲で発生している不幸は、しかし彼女を原因としていないとしたら。

全て偶然? それとも、他の外的要因が存在する?

これまでの現象は、偶然の一言で片付けられるものだろうか。

若しくは、付近に彼女が存在する以外の、別の条件は隠れていないだろうか。

 

「不幸が起こる一瞬前に彼女はそれを察知する」。

不幸が起こった時に、彼女がそれに気付かなかった。

そんな事例は無かっただろうか。

察知出来ないのだとしたら、彼女が気付いている事例は、何故気付けたのだろうか。

 

「ごく稀に、これから起こる不幸をかなり前の段階で察知する」。

彼女自身がそうだと発言し、実際に対策を講じたこともある。

しかしそれは、彼女が事前に察知していなくとも可能であった可能性は無いだろうか。

可能でいて、彼女が察知したと勘違いしてしまうような可能性は。

 

「不幸が起こるタイミングは完全にランダムである」。

突発的でしかないと思っていたそれに、法則性があったとしたら。

彼女が付近に存在し、かつ、何らかの条件が必要だったとしたら。

一つ目の仮説とも、合わせて考えるべきかも知れない。

 

「ほたるの不幸と茄子の幸福は直接互いに関与することはなく、それによって事態が生じた時初めて、その事態そのものに影響を与える」。

……えーと。

これが間違ってるってことは、不幸と幸福が相殺されて、結果として何も起こらなかった事例がある、と。

いや、そんなの判別のしようがないじゃないか。

そもそも何も起きていないのか、結果として何も起きていないように見えたのか。

目に見えるものとして現れるのが結果しか無い以上、その二つを見分けるのは困難を極める。

でもまあ、一応、思考の片隅には留めておこう。

 

「ライブ当日まで、彼女の不幸体質は改善されつつあった」。

不幸の発生する頻度は順調に減っていったが、それは彼女の体質とは結び付いてはいなかった。

芳乃によれば、彼女の気こそが不幸の原因であり、それは徐々に良くなってきていた。

だというのに不幸体質は改善されていなかった、ということは、芳乃の見立てが間違っていたことになる。

そんなことが、あり得るのだろうか。

あり得るとしたら、何故芳乃は勘違いをしたのだろうか。

そして、何故不幸の発生頻度は低下したのだろうか。

 

これらのうちの、どれか。

一つ若しくは二つ以上が、間違っていた。

その間違いが今回の、起こるはずがないと判断した事態を引き起こした。

これが、二つ目の仮説。

 

最後に、三つ目。

「彼女の不幸体質は、いくら知恵を絞ろうと対策は不可能」。

この可能性については、考えない。

これがもし、もし正しかったとして。

そうならば、もう、どうしようもない。

彼女は他人を笑顔には出来ないし、自らを幸せにすることも出来ない。

それを認めてしまったら、その時点で彼女はゲームオーバーだ。

そんなの、私は認めない。

だから、考えない。

対策法は、必ず、ある。

 

思い出せ。

これまでの決して短くない期間で起きた、ありとあらゆる現象を。

些細な会話を。ちょっとした行動を。垣間見えた表情を。巡らせた思考を。抱いていた感情を。

その何処かに、答えがある。

彼女を幸せにする鍵がある。

 

スカスカになってきたポケットの中を探る。

片手で数え切れるようになった飴玉の一つを、口に放り入れる。

 

 

 

 

 

さあ、考えろ。


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