何度見返しても、まだ、夢のようで。
私はもう一度、台本を手に取った。
あれからというもの、私は実に順調だった。
今まで生きていた中で、きっと、一番。
レッスンだって、きちんと受けられているし。
日常生活においても、不幸が訪れるのが、最早珍しいと言えるほど。
恐らくこれは、茄子さんのおかげなのだろう。
芳乃さんが言うには、私の不幸体質は、どうやら良い方向へ向かってきている。
温泉の時にはただ信じることしかできなかったけれど、今でははっきりとした実感を伴っている。
私は、変われてきている。
きっと、あの日が、私の、一番幸せな日だったのだ。
学校の屋上。
茄子さんと、初めて出会った日。
あの日に、一日だけ、待ったから。
待ってくれと、言ってくれたから。
だから私は、変われてきているのだから。
幸せに、なろうとしているのだから。
あの日、彼女が言ったように。
もっと、別の方法で。
いつも笑顔な茄子さんが居て。
見守ってくれている芳乃さんが居て。
さりげなく支えてくれる杏さんが居て。
そうでなければ、こんなにうまくはいかなかっただろう。
台本に書かれた、私の名前。
それを、ゆっくりと指でなぞる。
自然と、笑みがこぼれる。
私の、初舞台。
ついにそれが、現実的な形となって現れた。
それは、どこにでもありそうなシンデレラストーリー。
恵まれない少女を偶然目にした女神様が、あまりに可哀想だと天使に少女を救うことを命令する。
天使は部下である妖精を、少女の手助けをするよう遣わせる。
妖精は少女の願いを聞き、協力して問題を解決していく。
そんな物語を、歌を交えて演じるのだ。
胸にあるのは、緊張と期待。
そして、ほんの少しの、不安。
不安でいっぱいだったこれまでとは、大違いだ。
きっと、今回は大丈夫。
これ以上に恵まれた環境を、私は知らない。
思い描くことさえできない。
今回は、成功する。
アイドルに、なれる。
私がずっと、夢見ていたアイドルに。
やっと、なれるんだ。
だから、もし。
もし、今回もダメだったら。
これだけ恵まれて、それで尚、失敗してしまったなら。
その時は、諦めよう。
自分が幸せになることを。
誰かを、幸せにすることを。
あの日自分が、そうしようとしたように。
そんなことを、まだ、考えてしまうのも。
きっと、もうすぐ無くなるはずだから。
「……もう一回、見ておこう。」
布団に寝転んで、台本の最初のページを開く。
既にパジャマに着替えてしまったけれど、まだ眠れそうにない。
寝て、次に目を覚ましたら、本番の日の朝。
そう考えると、中々素直に部屋の電気を消す気にはなれなかった。