白菊ほたるの幸福論   作:maron5650

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10.アイドル前夜

何度見返しても、まだ、夢のようで。

私はもう一度、台本を手に取った。

 

 

 

あれからというもの、私は実に順調だった。

今まで生きていた中で、きっと、一番。

レッスンだって、きちんと受けられているし。

日常生活においても、不幸が訪れるのが、最早珍しいと言えるほど。

恐らくこれは、茄子さんのおかげなのだろう。

 

芳乃さんが言うには、私の不幸体質は、どうやら良い方向へ向かってきている。

温泉の時にはただ信じることしかできなかったけれど、今でははっきりとした実感を伴っている。

 

私は、変われてきている。

 

きっと、あの日が、私の、一番幸せな日だったのだ。

学校の屋上。

茄子さんと、初めて出会った日。

あの日に、一日だけ、待ったから。

待ってくれと、言ってくれたから。

だから私は、変われてきているのだから。

幸せに、なろうとしているのだから。

あの日、彼女が言ったように。

もっと、別の方法で。

 

いつも笑顔な茄子さんが居て。

見守ってくれている芳乃さんが居て。

さりげなく支えてくれる杏さんが居て。

そうでなければ、こんなにうまくはいかなかっただろう。

 

 

 

台本に書かれた、私の名前。

それを、ゆっくりと指でなぞる。

自然と、笑みがこぼれる。

 

私の、初舞台。

ついにそれが、現実的な形となって現れた。

 

それは、どこにでもありそうなシンデレラストーリー。

恵まれない少女を偶然目にした女神様が、あまりに可哀想だと天使に少女を救うことを命令する。

天使は部下である妖精を、少女の手助けをするよう遣わせる。

妖精は少女の願いを聞き、協力して問題を解決していく。

そんな物語を、歌を交えて演じるのだ。

 

胸にあるのは、緊張と期待。

そして、ほんの少しの、不安。

不安でいっぱいだったこれまでとは、大違いだ。

 

きっと、今回は大丈夫。

これ以上に恵まれた環境を、私は知らない。

思い描くことさえできない。

今回は、成功する。

アイドルに、なれる。

私がずっと、夢見ていたアイドルに。

やっと、なれるんだ。

 

だから、もし。

もし、今回もダメだったら。

これだけ恵まれて、それで尚、失敗してしまったなら。

その時は、諦めよう。

自分が幸せになることを。

誰かを、幸せにすることを。

あの日自分が、そうしようとしたように。

 

そんなことを、まだ、考えてしまうのも。

きっと、もうすぐ無くなるはずだから。

 

 

 

「……もう一回、見ておこう。」

 

布団に寝転んで、台本の最初のページを開く。

既にパジャマに着替えてしまったけれど、まだ眠れそうにない。

 

寝て、次に目を覚ましたら、本番の日の朝。

そう考えると、中々素直に部屋の電気を消す気にはなれなかった。


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