白菊ほたるの幸福論   作:maron5650

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0.不幸と幸福

「幸せってなんだろう?」

 

息をするようになって少し経つと、必ず一度は聞くだろう言葉。

きっと誰もが、ふと疑問に思う時がきて。

きっと誰もが、その答えを知らない。

 

ただ一つ言えるのは、私は幸せではないということ。

 

どうやら、無いみたいなのだ。

傘を持っていない時だけ雨が降るのも。

一度たりとも思った通りにいかないのも。

自分の周りにいる人が、自分と同じようになることも。

普通は、無いみたいなのだ。

だから、私はきっと、幸せではないのだ。

 

私にとっては、それらは全て普通のことで。

不幸だなんて、考えたことはなかった。

でも。

私の普通が不幸ならば。

私は、不幸を他人にばら撒いている。

私は、他人を不幸にしている。

ただそこに居るだけで。

ただ生きているだけで。

 

──プロダクションが、倒産することになった。

 

だから、私は謝る。

ごめんなさい、ごめんなさい。

私のせいで、私のせいで。

 

──ごめん。もう、俺は君の力にはなれない。

 

だから、私は謝り続ける。

すいません、すいません。

許してください、許してください。

 

そんな毎日が千はゆうに超えた、ある日。

学校で、あるものが配られた。

その頃は、そう、いじめの報道が流行っていたんだっけ。

だからそれには、「自殺する前に相談を!」みたいなことが書かれてた。

 

霧が晴れていくみたいだった。

そうか。そうすればいいんだ。

自分を殺してしまえばいいんだ。

そうすれば、私は誰かを不幸にすることはなくて。

そうすれば、私は誰にも謝らなくてよくて。

 

そうすれば、幸せになれるんじゃないか?

 

それしか方法がない、だとか。

悩んだ末に、だとか。

そういうのじゃなくて。

ただ、単純に。

それがとても、とてもいいことのように思えた。

 

その日の私は、とても自然に笑えていたようで。

お母さんに「何かいいことがあったの?」なんて聞かれてしまったから、「内緒」とだけ言っておいた。

 

その週の休日。早速、屋上に行くことにした。

自殺といったら、飛び降りというイメージがあったから。

でも、階段を登っていくうちに。

そういえば、屋上への扉には鍵がかかっているんじゃなかったっけ。

誰かが、身を投げたりしたら困るから。

そんな当たり前のことを、段々と思い出して。

ああ、やっぱり私は幸せではないんだな、なんて思いながら。

それでも諦めきれないように、私は天国のドアノブに手をかけた。

 

抵抗は、無かった。

 

信じられなかった。

こんな幸せなことは、今まで一度もなかった。

最期の最期に、神様がおまけをくれたんだと思った。

私は、きっと満面の笑みで、扉を開けた。

 

誰もいないはずのそこには、女の人がいた。

綺麗な黒髪の、和服が似合いそうな、大人の人。

その人は私を見ると、にっこりと笑って、私に話しかけた。

 

「いい天気ですね。」

 

言われて、空を見上げる。

確かに今日は、文句なしの快晴だった。

 

「……そう、ですね。」

 

笑顔を作り、ありきたりな同意を返しながら、その実、私は困りに困っていた。

今ここで私が死のうとしたら、きっとこの人は止めようとするだろう。

それは、なんとしても避けなければ。

 

「……ここ、立ち入り禁止ですよ?」

 

だから、なんとかして帰そうとする。

 

「ええ、そうですね。」

 

笑顔のまま、その人は言った。

 

「だから、帰りましょう?」

 

「……いや、私は、」

 

「帰りたく、ありませんか?」

 

「……まだ、やることが、あるので。」

 

私がそう言うと、その人の目が、少しだけ鋭くなったような気がした。

 

「……それは、私がここにいては、出来ないことですか?」

 

「……皆を、幸せにできることです。」

 

ひょっとして。

気付いているのか? この人は。

私が何をしようとしているのか。

私がどうして、ここに来たのか。

 

「幸せに、したいんですか? 人を。」

 

彼女はそう言って、じっと私の目を見る。

 

「……はい。」

 

できることなら。

人を、笑顔にしたかった。

自分の力で、幸せにしてみたかった。

疎まれるのではなく、必要とされたかった。

でも。

やっぱり、これしかないみたいなのだ。

マイナスを、ゼロにすることしか。

そこまでしか、届かないようなのだ。

 

「もし、急ぎではないのでしたら。

一日だけ、待ってはくれませんか?」

 

少し考える素振りをした後、彼女は私にそう持ちかけてきた。

 

「一日、だけ?」

 

「はい、一日だけ。」

 

何故、だろう。

何故、一日だけなのだろう。

明日になれば、死んでいいということ?

 

「皆を、幸せにできること。

きっと他にも、あると思うんです。」

 

それは、何度も試したよ。

試して試して、でも、ダメだったんだよ。

そう言いたくなるけれど、言ったところでどうなる訳でもない。

 

「……では、一日だけ。」

 

だから、彼女の言うとおりにしよう。

どうせ、明日にまた来られるのだから。

 

「はい、一日だけ。」

 

彼女はまた、にっこりと笑ってそう言った。

 

 

 

 

 

「君、アイドルに興味はない?」

 


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