「幸せってなんだろう?」
息をするようになって少し経つと、必ず一度は聞くだろう言葉。
きっと誰もが、ふと疑問に思う時がきて。
きっと誰もが、その答えを知らない。
ただ一つ言えるのは、私は幸せではないということ。
どうやら、無いみたいなのだ。
傘を持っていない時だけ雨が降るのも。
一度たりとも思った通りにいかないのも。
自分の周りにいる人が、自分と同じようになることも。
普通は、無いみたいなのだ。
だから、私はきっと、幸せではないのだ。
私にとっては、それらは全て普通のことで。
不幸だなんて、考えたことはなかった。
でも。
私の普通が不幸ならば。
私は、不幸を他人にばら撒いている。
私は、他人を不幸にしている。
ただそこに居るだけで。
ただ生きているだけで。
──プロダクションが、倒産することになった。
だから、私は謝る。
ごめんなさい、ごめんなさい。
私のせいで、私のせいで。
──ごめん。もう、俺は君の力にはなれない。
だから、私は謝り続ける。
すいません、すいません。
許してください、許してください。
そんな毎日が千はゆうに超えた、ある日。
学校で、あるものが配られた。
その頃は、そう、いじめの報道が流行っていたんだっけ。
だからそれには、「自殺する前に相談を!」みたいなことが書かれてた。
霧が晴れていくみたいだった。
そうか。そうすればいいんだ。
自分を殺してしまえばいいんだ。
そうすれば、私は誰かを不幸にすることはなくて。
そうすれば、私は誰にも謝らなくてよくて。
そうすれば、幸せになれるんじゃないか?
それしか方法がない、だとか。
悩んだ末に、だとか。
そういうのじゃなくて。
ただ、単純に。
それがとても、とてもいいことのように思えた。
その日の私は、とても自然に笑えていたようで。
お母さんに「何かいいことがあったの?」なんて聞かれてしまったから、「内緒」とだけ言っておいた。
その週の休日。早速、屋上に行くことにした。
自殺といったら、飛び降りというイメージがあったから。
でも、階段を登っていくうちに。
そういえば、屋上への扉には鍵がかかっているんじゃなかったっけ。
誰かが、身を投げたりしたら困るから。
そんな当たり前のことを、段々と思い出して。
ああ、やっぱり私は幸せではないんだな、なんて思いながら。
それでも諦めきれないように、私は天国のドアノブに手をかけた。
抵抗は、無かった。
信じられなかった。
こんな幸せなことは、今まで一度もなかった。
最期の最期に、神様がおまけをくれたんだと思った。
私は、きっと満面の笑みで、扉を開けた。
誰もいないはずのそこには、女の人がいた。
綺麗な黒髪の、和服が似合いそうな、大人の人。
その人は私を見ると、にっこりと笑って、私に話しかけた。
「いい天気ですね。」
言われて、空を見上げる。
確かに今日は、文句なしの快晴だった。
「……そう、ですね。」
笑顔を作り、ありきたりな同意を返しながら、その実、私は困りに困っていた。
今ここで私が死のうとしたら、きっとこの人は止めようとするだろう。
それは、なんとしても避けなければ。
「……ここ、立ち入り禁止ですよ?」
だから、なんとかして帰そうとする。
「ええ、そうですね。」
笑顔のまま、その人は言った。
「だから、帰りましょう?」
「……いや、私は、」
「帰りたく、ありませんか?」
「……まだ、やることが、あるので。」
私がそう言うと、その人の目が、少しだけ鋭くなったような気がした。
「……それは、私がここにいては、出来ないことですか?」
「……皆を、幸せにできることです。」
ひょっとして。
気付いているのか? この人は。
私が何をしようとしているのか。
私がどうして、ここに来たのか。
「幸せに、したいんですか? 人を。」
彼女はそう言って、じっと私の目を見る。
「……はい。」
できることなら。
人を、笑顔にしたかった。
自分の力で、幸せにしてみたかった。
疎まれるのではなく、必要とされたかった。
でも。
やっぱり、これしかないみたいなのだ。
マイナスを、ゼロにすることしか。
そこまでしか、届かないようなのだ。
「もし、急ぎではないのでしたら。
一日だけ、待ってはくれませんか?」
少し考える素振りをした後、彼女は私にそう持ちかけてきた。
「一日、だけ?」
「はい、一日だけ。」
何故、だろう。
何故、一日だけなのだろう。
明日になれば、死んでいいということ?
「皆を、幸せにできること。
きっと他にも、あると思うんです。」
それは、何度も試したよ。
試して試して、でも、ダメだったんだよ。
そう言いたくなるけれど、言ったところでどうなる訳でもない。
「……では、一日だけ。」
だから、彼女の言うとおりにしよう。
どうせ、明日にまた来られるのだから。
「はい、一日だけ。」
彼女はまた、にっこりと笑ってそう言った。
「君、アイドルに興味はない?」