【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
翌日、大覇星祭三日目──全競技終了後。
木原幻生が起こした──大事件『簒奪計画』阻止お疲れ様会を兼ねた祝賀会は、第五学区の高級ホテルのパーティホールを丸々一つ貸し切って行われた。
経緯を説明すると、最初はシレンの復活記念パーティのときのように関係者だけ集めて、大きめのカラオケボックスか何かでワイワイやるつもりだった。
しかし、レイシアの提案によって上条当麻を参加させることになった瞬間、状況が一変した。御坂美琴に続いて食蜂操祈が参加を表明したことで、食蜂の率いる『最大派閥』の面々が参加を表明したのだ。
それに呼応するようにGMDWも全員が参加を表明し、それならと御坂美琴の友人にして今回の事件の功労者──白井黒子、初春飾利、佐天涙子、婚后光子、湾内絹保、泡浮万彩も招待することになり。
そして上条当麻の同居人であるインデックスとその友人である風斬氷華も流れで参加することになり、主催者であるレイシア=ブラックガードの強い希望によって馬場芳郎も参加することになった。
馬場芳郎は参加にあたって同僚と称する少年と少女の同席を強く希望していたが、そちらは両名からの拒絶によって残念ながら実現しなかったようだ。
かくして食蜂派閥五〇人、GMDW一〇人、御坂美琴と学友七人、上条家三人、馬場芳郎の総勢七一人という大所帯でのパーティとなり、広めのパーティ会場を用意しなければとてもではないが全員入りきらなくなってしまったのだった。
なお、今回の一件については、『テロリストの陰謀を阻止した』という齟齬の起きにくい記憶に改変されている。MNWの話や『ドラゴン』の話など、公にするわけにはいかない話が幾つも転がっているので、この措置については妥当というところか。
……もっとも、この措置にはいくつかの例外があるが。
「はー……すっごい広い会場だなあ。流石お嬢様っていうかなんというか……」
「ふふ、落ち着きませんか?」
会場を物珍し気に見ている上条に、シレンは軽く笑いながら話しかける。
声の方を何気なく見た上条の視線は──しかしレイシアの方にはほんの数瞬向けられた程度で、すぐに軽く逸らされてしまった。
ありていに言えば、目のやり場に困っていた。
現在のレイシアの装いは、常盤台中学の制服ではない。白と黒を基調とした、シックな、それでいて高級感溢れるドレス姿だ。
それだけならご令嬢なのだしパーティなのだし……で流せたのだが、問題はその露出度だった。レイシアのドレスは、肩出しなのだった。
ドレスは鎖骨の下くらいまでしかなく、その中学生離れした谷間が普通に見えている。腋のあたりから少しだけはみ出ているおっぱいとか、思春期の少年である上条にはあまりにも刺激が強すぎた。
というか、こういうフォーマルな場に着ていく服のない上条はしょうがなく制服姿なのだが、めちゃくちゃ自分が浮いているようでとても困っていた。向こうの方で何やらGMDWの面々に囲まれている馬場とかいう少年を取っ捕まえて、早く男二人になりたいと心の底から思っていた。
「なんつーか……分かってたつもりだったけど、こういう場に来るとレイシアとシレンってホントにお嬢様だったんだなーって思うよ」
「……そんなに肩肘張らなくてもいいんですのよ? 一応、『見栄』で着飾ってはいますけど、わたくし達だって普通の中学生ですもの。見た目ほど大したものではありませんわ」
「(…………いや、シレンは色んな意味で『中学生』ってトコに説得力がないと思うのでせうが)」
胸元に手を当ててお淑やかに言うシレンに、上条は目線を逸らしたまま言う。
なんというか……シレンは、全体的に『大人っぽい』のだ。レイシアはまだ年相応の勝気な態度があって、そのあたりで幼さを感じる部分もあるのだが……シレンにはそういう棘がない。
まるで近所のお姉さん(大学二年生。彼氏ナシ。女子校出身)かと錯覚するような包容力と無防備さなのだ。男上条、まさか年下の少女に性癖(寮の管理人のお姉さん)を刺激されるとは思ってもみなかった次第である。
「ところで当麻さん、拳の方は大丈夫なんですの?」
「ああ、この通り。ちょっと冷やしたら痛みも腫れもすっかり引いたよ」
そう言って、上条は右手を握ったり開いたりしてみせる。一応カエル顔の医者にも見せてみたものの、問題なし。なお、その際カエル顔の医者からは『やっぱり君の身体は大概ファンタジーだねー?』という有難いお言葉を賜ったとのこと。
無論、本来なら骨折しているはずの拳がすっかり無傷になっているのは流石におかしいだろという意味である。
「それならよかったですわ。結局あの後さらにボロボロになられていましたから」
「そうだよそれ!」
そこで、上条はようやく気を取り直して話題を切り替える。
結局あの後、上条は一人で声の主を助けに行った。
……だが、そもそもレイシアや美琴が来ればそこまで消耗することもなかったはずなのだ。なのにレイシアは同行しないどころか、美琴まで引き留めてしまっていた。上条としては、レイシアのせいで余計な苦労を背負わされた形だ。
「無事に声の人を助けることはできたから、それはいいんだけどさ、なんでお前らついてきてくれなかったんだよ! お陰で色々大変だったんだぞ!」
「それはだって、王子様が助けに来たって場面でその横に別の女がいたら、お姫様だって興醒めですもの」
「え……? いや、話が繋がらないような……?」
「繋がるのです。それでいいのですわ」
「ええー……? 繋がらないような……???」
釈然としない上条だったが、シレンにしては珍しく迫力ある態度だったので、なんとなく押し切られてしまう。
というか、何か怒っているような気さえする。上条の乏しい対人能力が、此処を深掘りするのは寿命を縮めると訴えていた。
「アンタ達、盛り上がってるみたいじゃない」
そこで、ドリンク片手の御坂美琴がやってきた。
美琴もレイシアと同じく、普段とは違う服装となっていた。青いドレスを身に纏っており、いつもより大分大人びた印象だ。……が。
「……うわ、なんだそれ。全然似合わねえ」
それに対する上条の一言には、遠慮のえの字もなかった。
なんというか、シレンのときと扱いが違いすぎる。
「な、なんですって!? 何よ、これでも常盤台の子達からはけっこう好評なんだからね!! アンタの方こそ節穴なんじゃないの!?」
「そりゃ普段のお前のことを知らないだけだろ。ビリビリ中学生がドレスねえ……静電気でスカートがめくれ上がらないか心配だけど」
「ぬわんですってえ……!」
「どうどう、美琴さん。ちゃんと可愛いですわよ。落ち着いて……。当麻さんもあまりからかってあげないでくださいまし」
流石にパーティでビリビリをやられてはかなわないとばかりにシレンがいきり立つ美琴を宥めると、上条も矛を収めた。
美琴も怒りを引っ込めたが……この場合、怒りを引っ込めたというよりは、もっと別の部分に興味が向いてそれどころではなくなったと言うべきだろう。
つまり。
「…………アンタ、今なんて?」
「え?」
「ほら今の、あの……そいつのこと」
「そいつ……当麻さ、……あっ、ああ! え、ええと……まあ」
上条の呼び名である。
シレンも途中まで流しかけてから気付いたようだったが、ついこの間までは『上条さん』呼びだったのが『当麻さん』に変わっているというのは、相当の変化である。当然、美琴の乙女心は『それに足る大きなイベントがあったのではないか?』という当たり前の危惧を想起する。
「な、成り行き……ですわよね?」
それに対し、シレンの回答はあまりにも玉虫色であった。
「ん? ああ、こないだたまたま、俺の家族とレイシアの家族でばったり会ってさ。一緒に飯食ってたんだけど」
「ご、ご飯を!?」
「なんかリアクションすごいな……? で、その時に『皆上条だし名字で呼ぶとややこしいよね』って」
「そ、そうなんだ……。ふーん……。ふ────ん」
最悪の事態でないことは分かった美琴だったが、予断を許さない状況であることに変わりはない。あと、上条がシレンとの距離を近づけていることに無自覚なのも、何となく腹が立つのだった。
紫電は迸らない。迸らないが、それとは別種の黒い感情が渦巻いていく。
悟ったのはシレンの方だった。
《……レイシアちゃん。流石にこれは俺も分かるよ。美琴さんは、上条さんのことを名前で呼びたいんだね?》
それはかつて、婚后光子のアピールをシレンが素通りしてしまった部分。
同じ過ちは繰り返さないとばかりに、シレンは美琴に助け舟を出そうとして、
《シレン! お待ち!》
レイシアに制止された。
《どうしたのレイシアちゃん。またヒロインレースの優位性がどうのこうのみたいな話?》
《いいえ。シレンの気持ちはもう分かりましたわ。シレンがそれで納得するなら……まぁ、敵に塩を送るのも構いません。ですが! 今の美琴に当麻の名前呼びは早すぎますわ!》
《なんか言わんとしていることは分かるような、分からないような……》
《美琴はですね、ツンデレなんですのよ》
レイシアはそう言って、講釈モードに入ってしまう。
《ツンデレといっても、アレですわよ? 周りに人がいるときはツンツンしているけど二人きりになるとデレデレという原義のものではなく、ツンツンしているのが徐々にデレていくというあっちですわ》
《うん。俺はレイシアちゃんが順調にオタク知識を吸収していってくれてるようで嬉しいよ》
《無視しますわ。……で、そういう手合いは許容できる『デレ』の限界値があるのです。美琴もそうですし、インデックスも案外そうですわ。今の美琴が名前呼びなんてしてみなさい。……オーバーヒートで済めばまだマシ。最悪、照れすぎて逆に上条を遠ざけて疎遠になるまでありますわよ》
《そんなに……》
恐々といった感じの声色を作るレイシアだが、強ち言い過ぎとは言えないのが哀しいところだった。
確かに、そう言われれば美琴に関してはあまり距離を詰めさせるのは考え物かもしれない。
《ですから、此処はあえてスルーです。あんまり助け舟を出しすぎてもよろしくありませんわよ。というか、やるなら上条の食蜂に関する記憶復活が先でしょうし》
《あ~、そうだね……》
というわけで、二人の間で美琴に関しては経過観察で意見が一致。
ふーんふーんと言っている美琴の方に白井が向かっているのを横目に見ながら、上条の袖を軽く引っ張ってインデックスの方を指差す。
GMDWの面々によって見繕われた白いドレスに身を包んだインデックスは、パーティなどそっちのけで豪勢な料理に舌鼓を打っていた。一応、一人きりではなく、傍に桐生千度や阿宮好凪などもいるようではあるが……。
「……インデックスがあのままというのは主催者的にもちょっとアレですので、ちょっと一緒についてきてくださいます?」
「ご面倒をおかけします」
苦笑するシレンに、上条もまた苦笑で返しながら頭を下げる。
同居人というより保護者だなあ、と暢気に考えるシレンであった。
「インデックス、楽しんでますか?」
かけられたレイシアの声に、インデックスは食べる手を止めて応じた。真っ白い可憐なドレスを身に纏っているその姿は、どこかの国のお姫様のようだったが……右手にから揚げ、左手にスパゲティを纏ったフォークを構えているその姿は、どこからどう見ても食べ盛りの子どもだった。
ごくんと口の中のモノを呑み込んだインデックスは、にっこりと笑顔を浮かべて頷く。
「うん! とっても楽しいかも! ひょうかとも話せたし、レイシアの友達は良い人ばっかりだし!」
「そそそ、それは照れ臭いですね……。インデックス様の方こそ、一緒にいるだけで何だか心がほんわかしますよ」
「オカルトではないシスターの奉仕の精神についてのお話、とても興味深かったですでございます!」
どうやら、インデックスもインデックスでそれなりに馴染んでいるらしい。
というより、こういう場で誰からも好かれるのが、インデックスという少女である。気付けば誰とも仲良くなっていて、誰かの心を多かれ少なかれ救っている。だからこそ、彼女自身の心は救われていなかったのだから──とシレンは上条の横顔を見るが、肝心のツンツン頭の少年は、やはりと言うべきか、食い気ばかりのインデックスに呆れているようだった。
シレンは少し寂しそうに笑い、
「楽しめているなら何よりですわ。せっかくのお疲れ様会ですものね」
「……お疲れ様会」
と、そこでインデックスはその言葉に反応して表情を曇らせる。
そこから読み取れる不満は、主に上条に向けられているようだった。
「とうま、また危ないことしてたの?」
「こ、今回は俺だけじゃねーよ! っつか、俺なんか最後の方にちょっとだけ手助けしただけだし。殆ど、主役は御坂やレイシアの方だよ。他にも訳分かんねー能力者とか大人とかいたけど。風斬だっていたんだぜ?」
「…………それはそれで、私だけ仲間外れだから複雑かも。っていうかこれ、前にも言ったような気がするんだけど? シレイシアがいるときはいっつも私だけ仲間外れになってるかも!」
「そ、そんなことはありませんわよ……」
実際のところ、インデックスが『ドラゴン』を目の当たりにしていれば、どうなったかは分かったものではない。全く組成が理解できずに終わるか、案外既存の一〇万三〇〇〇冊で説明できるのか、それを観測することで新たなる魔術知識が生まれてしまうのか。
そういう意味でインデックスを呼ぶことができなかったというのもあるのだが、そこはそれである。
「それに今回は俺、大した怪我もしてないしな。前回に引き続き、これは上条さんも成長してるんじゃないかなと思うわけですよ」
「……私は『たまたま運がよかっただけ』だったと思うけど」
ジト目のインデックスの一言に、上条はうっと言葉を詰まらせた。
実際、一歩間違えば死ぬ戦いだったのは否めないのだ。というか、
「まぁまぁ、インデックスさん。インデックスさんの目が届かないところは、わたくしがちゃんと見張っておきますから」
「まぁ、シレンが見てくれるなら安心かも。お願いね? とうまは目を離すとすぐに無茶をするから」
「なんか手のかかる子供みたいな扱いを受けている気がするのでせうが……」
上条は困り果てて頬をかくが──一方で、そのやりとりを見る阿宮と桐生の表情は冷ややかだった。
「……すすす、好凪さん。アレはやはり……」
「ええ。アレが噂の、シレンさんの……。あのツンツン頭が……。急いで夢月さんに報告しないと」
──恋愛闘争は、まだ始まったばかりである。
「あらぁ☆」
インデックスのお小言から逃げたい、というアイコンタクトを受けたシレンがそれとなく別の場所まで上条を誘導していると、ちょうど輪の中から外れた食蜂とばったり鉢合わせた。
――というのは、実は間違いである。輪の中から外れたのは完全無欠に食蜂が上条の姿を見つけたからで、声をかけるところまで彼女の計算通りである。位置的に、上条は後ろ、レイシアは前に立った状態で食蜂と対面しているのだが、食蜂は清々しいほどに上条の方に視線を向けていた。
食蜂もまた普段の制服姿とは違い、オレンジを基調としたドレスを身に纏っている。レイシアとは違いハイネックのドレスだが──背中が大きく開いている為、レイシアとはまた別種の大人の女性としての魅力が花開いていた。
思わぬ遭遇に上条は照れつつも、傍らのレイシアに問いかける。
「こちらのお嬢さんは?」
「わたくしの同級生ですわ。名前は──」
そこまでシレンが言ったところで、食蜂は上条の後ろに回り込み、主導権を奪い取るようにレイシアの腕に自分の腕を絡ませて、上目遣いで上条を見上げて言う。
「わたしぃ、ブラックガードさんのお友達で、食蜂操祈って言いますぅ! よろしくねぇ☆」
「ちょ……キモ、急に腕とか絡ませないでくださいますッ? っていうか猫なで声……キモいですわ!」
「やん、ひどぉい☆」
突然のボディタッチに思わずレイシアが零した言葉に白々しいリアクションを返しつつ、食蜂はひらりと腕を離す。そして、まるで舞踏会で踊っているかのような軽い足取りでくるりと回ると、上条に笑みを向けた。
「そうですわよ、レイシアちゃん。キモイは酷いですわ。食蜂さん、こんなに綺麗におめかししているんですもの。ね、ドレスも素敵ですわ。お似合いですわよ」
「…………アナタ、口に出す前に人格間で意思力を統一してから喋ってくれるかしらぁ? やられる側はリアクションにとっても困るんだゾ」
こほん、と食蜂は咳払いを一つして、上条の方へ一歩距離を詰める。
下から見上げるようにして顔を近づけると、にっこりと笑って、
「……
「お、ああ。……はじめまして……? ん、ってか、今……」
「あ、アンタぁっ! 何……してんのよ!」
上条が何かの違和感に気付きかけた、ちょうどその時。
割って入るように、距離の近い食蜂を制止する美琴の声がパーティ会場に響く。慌てたのはレイシア──もといシレンである。シレンとしては食蜂の気持ちも大いに分かる為、こういうボーナスタイムではちょっとくらい好きにさせたいという気持ちがあるのだ。
もちろん、いずれはボーナスタイムだけではなく、何度も『はじめまして』と言わずに済むようにしてやりたいとも思っているが。
そういう気持ちもあり、レイシアは食蜂と美琴の間を仲裁する形で状況を説明しようとする。
「いや美琴さん、今のは別に特別な局面ではなく、ただ当麻さんに食蜂さんを紹介していただけで、」
「…………当麻さん?」
──結論から言おう。
その選択は、この場においては最悪の行動であった。
「ブラックガードさぁん? 随分、殿方と親密力が高いのねぇ?」
「っつか、アンタもアンタで初対面にしちゃ馴れ馴れしすぎない? なに、私に喧嘩売ってんの?」
「とうまー! ちょっとちょっと! このエビフライ、超特大サイズなんだよ! これは毎日食べたいんだよ! どこで売ってるのかシェフの人に聞いた方がいいかも! そして買って!」
のちにパーティに参加していた者は口を揃えてこう語る。
────あのパーティの一角には、
その地獄から少し離れたところ。
数人の男女が、今まさに展開されている修羅場を遠巻きに眺めていた。
馬場芳郎。
刺鹿夢月。
佐天涙子。
風斬氷華。
それぞれあの修羅場を形成している一角のことを良く知る面々である。
ちなみに、近くには帆風潤子もアワアワと様子を見守っているのだが、彼女の場合は鈍感すぎて修羅場の機微など分からずただ何となく『険悪そうな雰囲気だなあ』としか思っていない。
「…………本当に、あの女は僕をこの場に呼んで何がしたかったんだ……? 修羅場観察……?」
「御坂さんはかわゆいなー……」
馬場の横でのほほんとしている佐天。
なお、彼女の記憶からは改変の過程で馬場の記憶は消されていた。馬場の方もそれは承知していて、あえて今は初対面を装っているのであった。
「……っつか、シレンさんは……やっぱり……あの殿方のことが……」
「ま、まぁ、それはシレンさんのみぞ知る……って感じだと思いますけど……というか上条くんの周り、あ、あんなにいっぱい女の子が……」
「……よく考えたらあのツンツン頭、常盤台の
「くぅ……御坂さん! そこで照れちゃダメ! 相手は圧倒的母性のレイシアさんなんですよ! 押せー! 押せー!」
「そしてコイツはさっきからなんでヤジを飛ばしてるんだ……?」
見守るスタンスも千差万別である。
この中で一番協力的なのは佐天だ。彼女は隙あらば美琴が上条とくっつくように誘導したがる節があった。
一方、刺鹿を始めとするGMDWの面々はレイシア及びシレンの恋愛については、あまり好印象を覚えていない。──いや、大半は『困惑している』『傍観している』といった関係だろうか。だが、刺鹿など一部については白井同様に冷ややかな視線を向けているし、理由があれば直接苦言を呈そうとすら思っている節がある。
そして。
そんな風に数多くの視線を集めている状況と──上条当麻。
これほど相性の悪い組み合わせはこの世にそうないと言ってもいいだろう。
何故なら。
「だから! アンタいい加減離れなさいよ! 何その乳を腕に押し付けてる体勢! そりゃ押し付けても潰れる胸がない私に対する当てつけか!?」
「えぇー? 御坂さんこわぁーい☆ 上条さん、私病み上がりで不調力が高くてちょっとフラついちゃってぇ、ちょっと腕貸して欲しいなーなぁーんて」
「こ、の、ぶりっ子女…………ッッッ!!!!」
──何やかやで上条の左腕にくっついて胸を押し当てる食蜂と、口で言っても聞かなかったのでしびれを切らしてそれを引き剥がそうとする美琴。
それをちょっと困った調子で落ち着かせようと頑張るが聞く耳持たれていないシレン。インデックスはエビフライ交渉の結果機嫌を悪化させたのか、上条の頭に噛みついていた。全体的に不幸である。
その状況で。
「だから! さっさと! 離れなさいって言ってるでしょうがあ!」
グイ! と美琴が、上条と食蜂の間に割って入ろうとする。ただでさえ密着している食蜂は、それでバランスを崩してしまった。
それに対して迅速に反応したのは、シレンだった。
倒れそうになっている食蜂を風の力で支えようと、亀裂を展開しようとして──
「あ、」
そこで、広げた亀裂がよろめいた上条の右手に触れた。
直後。
パキィン! という音と共に亀裂が砕け──そして、中途半端な暴風が発生する。
吹いた風は上条を吹き飛ばし──目の前にいたシレンの胸元に顔を埋める形で転倒した。
頭に噛みついていたインデックスは転倒の拍子に、上条の首筋を太腿で挟み込むように座り込む。
食蜂と美琴もまた倒れ込み上条の両頬に自分の胸元を押し当てるような形になった。
「と、桃源郷だ。……あ、いや、阿鼻叫喚の間違いだった」
呻くように言った馬場だったが、直後にジロリと四方から視線を向けられ、慌てて訂正する。
そして実際、訂正後の表現の方が状況に適しているといっていいだろう。
「ちょ……当麻さん!? くすぐった……っ、その体勢でモガモガ言わないでくださいますか!? というかインデックスさん! 早くどいてくださいまし! このままだと当麻さんが窒息してしまいますわ!?」
「とうま? とうまー!? どこ行ったの! まだ話は終わってないんだよ!」
「……………………きゅう」
「しょ、食蜂!? 食蜂が気絶したわ! ちょっとこれどうするのよ! 収拾つかないんだけどー!?」
「上条当麻……! 馬脚をあらわしやがりましたね! やはり貴様にシレンさんは任せられない!!」
「御坂さん! そこでもうちょっと頑張って! 大チャンスですよー!」
まさしく阿鼻叫喚の状況で、羞恥で顔を真っ赤に染めたまま、シレンは口がふさがっている上条の代わりに、万感の思いで一言呟いた。
「…………不幸ですわ……」
なお。
この一件については食蜂より緘口令が敷かれたが、人の口に戸は立てられない。
『常盤台に三人いる
「あァ? 何よこの依頼。こんなお使い、二軍の雑魚共にでもやらせとけばいいじゃない」
――プライベートプール。
その横に設置されているビーチチェアで、少女の不機嫌そうな声がした。紫色のビキニとパレオ姿の女性は、備え付けのテーブルにタブレットを放り投げる。
それを拾った白い水着姿の少女が、さらに資料を読み込みながら言う。
「暴走したサイボーグの捕獲。……と言っても、この依頼を見る限り『捕獲作業』自体は超私たちの仕事ではなさそうですね。そっちは二軍の……
「興味無いわよ。なに? 上は私達に雑魚のお守りでもしてろっての?」
「いえ、どうもこれを見ると……どうやら、想定される障害として
「へぇ?」
そこでようやく、不機嫌そうだった少女の声色が上向く。
ただしそれは、好意的な感情によるものではない。
「……? でもこれ、超奇妙ですね。まるで起きたあとみたいに断定的な書き方なのに、サイボーグの暴走自体はまだ起こっていないようなんですが……我々には待機していろって命令のようですね」
「どうでもいいわ」
白い水着の少女の懸念はバッサリと切り捨てて、紫色の水着の少女は静かに笑みを浮かべる。
まるで爬虫類か何かのような印象を見る者に与える、引き裂かれた獰猛な笑みを。
「面白いじゃない。お手並み拝見といかせてもらうわよ――
第四位――麦野沈利との邂逅の時が、静かに迫っていた。