【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
──同時刻。
レイシアが抜けた戦場では、幻生による『ドラゴン』が猛威を振るっていた。
「あの女、何しにいきやがった!? 急に飛び出してったが……」
『塗替斧令っていう……アイツの元婚約者よ! そいつが襲われたから、助けに行ったの!』
「チッ! こンなときまで聖女サマやってンじゃねェよあの馬鹿!!」
苛立たし気に舌打ちした
「っ、」
プラズマか、と構えた上条に、
「そォ何度も同じタネを使うかよ。……考えてみりゃあ、わざわざ空気なンざ使わなくてもタマなンかそこら中にあるだろォが」
そう。
「レーザーってのは、光の波長と方向が一定なら作り出せる。まァ普通の方法じゃあ励起だのなンだのといった小細工が必要だが、ベクトル変換ならそンな面倒臭せェ手順はすっ飛ばせる」
通常、光のベクトル変換は
だが、これは反面、
だから、
そもそも、いかに
────では、あらかじめ『光のベクトル変換』の型を設定していて、なおかつ強い光源が身近にあれば?
「お誂え向きに、第三位がクリスマスツリーみたいにピカピカ光ってくれてるからよォ……使わねェ手はねェよな?」
ジャオッッッッ!!!! と、熱した中華鍋に油を敷いたときのような音が響いた。
上条が咄嗟に目を瞑ることができたのは、前兆の感知による恩恵以外の何物でもないだろう。それでも、瞼を突き破ってきた強い光が目の奥に鋭い痛みを与える。
「ッッ、がァァああああああああ!?!?!?」
味方のはずの上条が、目を抑えてひっくり返る。
それほどまでに、暴力的な威力だった。レーザー光線は光の向きが整列されているがゆえに真正面から以外は確認することはできないが、それでも空気中の水分や塵を焼いたことによる痕が、空間に光として『レーザーの焼け跡』を残していた。
そして無論、一発では終わらない。
一発一発が小型のボートくらいなら丸ごと溶解させかねない一撃が、まるでガトリングのように『ドラゴン』の群れに叩き込まれる。
それらは『ドラゴン』には大した傷を与えられないが、重要なのはそこではなかった。
ボッッ!! と、『ドラゴン』の体表面が熱される。その爆発的な温度上昇は『ドラゴン』それ自体は破壊しないが──その内部にいる木原幻生はその限りではない。
木原幻生の身体のほぼ全ては機械化されているとはいえ、脳や重要臓器については生身のままだ。このままレーザーを浴びせられれば、それらの肉体がまるで電子レンジで温めすぎた冷凍食品のようにグズグズにされてしまうだろう。
ゾザァァァァァアアアア!!!! と。
こうすれば、いくら熱されようと幻生本体のダメージにはなりえない。ひとまず、
「よくやった。褒めてやるぜ第一位。こいつで『詰み』だな」
ゴッッッ!!!! と、虹色の風が盾となった『ドラゴン』達を一斉に叩き潰した。
さらに叩き潰された『ドラゴン』を、瓦礫によって作り出された巨大な右腕がさらに圧し潰し、押さえつける。
『あら、こうしておかないと無限に復活しそうじゃない、コイツ。第一位サマも第二位サマも
第一位。
第二位。
第三位。
学園都市の頂点が、悪竜を完全に地に縫い付けた。
『な……が……ッ!? 馬鹿な……!? このスペックはいったい……!?
「テメェ、馬鹿か?」
埋もれたダミー達の中で呻く本体の『ドラゴン』──木原幻生に、垣根は心底軽蔑しきった表情で、こめかみのあたりをとんとんと叩く。
「そもそも、大量分裂なんて手があるなら、何で最初からやらなかったんだ。最初からやってれば、俺達は今頃、消耗戦によってすり潰されてただろうよ。……そしてテメェはそこに気付かねえマヌケでもねえ。ってことは、それ自体に、テメェがリスクを感じていたから
その言葉に、幻生は言葉を止める。
それはつまり。
「万全の判断能力を持つ『自分』の大量生産だあ? そんなもん、自殺行為に決まってんだろ。内輪揉めだけは大得意な木原一族だ。テメェはその内部分裂を抑える為に、無意識にかなりの力のリソースを内部に向けていたんだよ」
ただの失策。
たったそれだけのこと。
何か巨大な力が働いたわけでもない。土壇場での覚醒があったわけでもない。ただ、木原幻生という人間が追い詰められて手を誤った。そんな当たり前の帰結に、この逆転劇は収束してしまう。
ミサカネットワークと
ヒューズ=カザキリという製造ラインを利用して、『ドラゴン』をその身に宿した。
だが、それらは本来正史には存在しないもの。
即ち、『歪み』。
木原幻生は
木原幻生は、御坂美琴を捨て身の
言ってしまえば、木原幻生は
そもそも、
では、その『歪み』はどこから来たのか? ──一見自然な話の流れのように見える時系列のどこかに歪みがあるとして、それはいったい『どこ』なのか?
そして、『収束』の起点となったのは、いったい誰だ?
木原那由他の干渉が発生しえたのは、アレイスター=クロウリーによる招集があったからだ。
そして、アレイスター=クロウリーが木原一族に召集をかけたのは──。
木原幻生が、イレギュラーな行動を起こしたからだ。
つまり、幻生の乖離自体が、収束の起点となっている。
まるで水面に生まれた波紋が、やがては収束していくかのように──広がり散らばった未来は、結局は最初から収束する運命にあった。
『…………ふむ?
きっかけは、そんな些細な好奇心だった。
調べていくうちに、彼が独自に推し進めている
そして『ヤツら』に対応する為にアレイスターが推し進めている、『プラン』の一端にも触れた。
だから、木原幻生は利用してやろうと思ったのだ。
学園都市第一位を使った、
木原幻生の、悲願。
それを『プラン』などという訳の分からないもので踏み台にした、アレイスター=クロウリーへの復讐に。
だというのに────
その想いの起点自体が、敗北を約束された『歪み』でしかなかった?
もっともらしく並べられたこの顛末そのものが、所詮はレイシア=ブラックガードを起点にしたものでしかなかった。
──並行世界を生み出していく体質。
そんな言葉が、幻生の脳裏によぎる。新たな世界ではなく、ゴム紐の一点を別の場所にピンで留めるような、そんな並行世界は所詮は均され、影響は次第に消えていく。──だから、大勢に影響は与えない。
それは、かつてこの街の統括理事長がレイシア=ブラックガードの体質をさして言った説明だった。
つまり。
木原幻生の特殊な躍進も。暗躍も。
何もかも、たった一人の小娘の体質によって生み出されたものでしかなかった。
そしてそれが見逃されていたのも、この街の王がその体質を『研鑽』させたかったからに過ぎない。
──あの計画を『プラン』の踏み台にされたときと、同じように。
『…………これも、計算のうちか』
ボコボコと、『ドラゴン』達の表面が泡立っていく。
それはまるで、身の裡に滾る憎悪によって全身が沸騰しているかのようだった。
『この光景を見て、どこぞの暗闇でほくそ笑んでいるのか!!!! アレイスター=クロウリーィィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!!』
泡立った『ドラゴン』達は、一気に一体の巨大なドラゴンへと変貌する。
巨大な翼を広げた『ドラゴン』は、たったのひと薙ぎで瓦礫の巨腕も虹色の風も吹き散らす。そして今一度、大空へ飛び上がろうとしたところで────
「ここが年貢の納め時ですわ、木原幻生ッッ!!!!」
白黒の剣と、雷光の剣、二本の剣が悪竜を再び地面に縫い留めた。
「私も……お手伝いします! 皆さん!!」
「風斬!!」
それを見て、上条が走り出した。
まるで、ここからはもう自分たちの仕事ではないと言わんばかりに。
「上条さん!!」
そんな上条の背に声をかけたのは、今まさに悪竜を地面に縫い留めたレイシアだった。
声に目線だけ向けた上条に、レイシアはさらに続けて言う。
「走り続けてください! 何があっても、わたくしを信じて!!!!」
返事の声はなかった。
上条当麻は、ただ黙って右拳をレイシアに向けた。
『グオォオオオオオアアアアォオオオオオオオオッッッ!!!!』
もはや獣の咆哮。『ドラゴン』の呻き声に応じて、周囲に衝撃波が生じる。上条の右手でも受け止めきれない異能の力に、上条はあえて右手をかざし、ハンドスプリングの要領で体勢を崩しながらも乗り越える。
だが、異能の力であれば乗り越えられる上条でも、その影響まではどうしようもない。異能の波によって、地面はグチャグチャに破壊されており、とても人の足では歩けないような状態にされてしまっていた。
それでも、上条当麻は走る。
信頼できる後輩が、『信じろ』と言ったから。
そして上条が足を踏み外す、その直前。
ゴアッッッ!!!! と、真っ白な『残骸物質』が地面からせり上がり、上条の足場となった。上条はにっと笑って、さらに迷いなく突き進んで行く。
『
『ドラゴン』の咆哮と共に、不可視の力が放たれる。それは上条ではなく、『残骸物質』による足場を崩壊させるが──
「おいおい。この期に及んで足場崩しか? 根性ねえなあ──」
笑う、ハチマキの少年。
「一丁、俺が見せてやる。コイツがッッッッ!!! 本当のッッッ!!!!!! 根性だァァァあああああああああああああああああああああッッッ!!!!」
ギュッ!! と削板が両拳を掲げて握り締めた瞬間、バラバラにされた『残骸物質』が握り固められたように接着され──さらにそこから伸びた白い光が、『ドラゴン』の口に突き刺さった。
「おっ、試してみたら意外とできるもんだな。上条! 道の続きは用意したぞ! お前の根性見せてみろ!」
「ああ! ありがとう、削板!!」
『ドラゴン』までの距離、およそ五メートル。
そこまで肉薄したところで、『ドラゴン』に動きが出た。
「
ガバッッ!! と『ドラゴン』の額を突き破って、サイボーグの老人が現れたのだ。
それは、最悪の回答。
盤面を見渡し、上条当麻を叩き潰すという一点においてはこれ以上ない結論を導き出した老人は、全ての殻を脱ぎ捨てて、剥き出しの笑みを少年に向ける。
「
『ええそうね。でもアンタ、やっぱ馬鹿でしょ』
──その真横で、雷神と化した少女は呆れたように宙に浮かんだ瓦礫に頬杖を突いていた。
「あ、」
『サイボーグなら、私の磁力で留められる。……まぁ普通ならすぐに「ドラゴン」で蹴散らせるんだろうけど、一瞬のスキはそれでも致命的よね? 何せ、アイツが相手なんだから』
美琴は今まさに右拳を引き絞っている少年に、笑うように言う。
「さあ、決めてやりなさい!」
「──実験動物だかなんだか知らねえけど」
おそらくは、みんなが思っていた想いを拳に乗せて。
「この街の全てが、テメェらの思い通りに動くと思っているのなら。御坂を、風斬を、俺の仲間をテメェの
ゴッガンッッッ!!!! と。
少年の右拳が老人に突き刺さり、そして悪竜は粉々に散った。
「……いてて……」
「ああ……。上条さん、大丈夫ですか? サイボーグなんか思いっきり殴るから……」
そして。
幻生さんを無事に倒した俺達だったが、思いっきり機械をぶん殴ってしまったので若干拳を痛めた上条さんのことを介抱することになっていたのだった。
幸いにも拳は折れていないようだが、随分無茶するよね。っていうか考えてみればサイボーグって上条さんと相性最悪なのに、よく殴らせたよねえ。いやまぁ、『ドラゴン』関連は幻生さんを一発ぶん殴んなくっちゃ解消されないんだから、上条さんはどっちにしろ拳を痛めてもらうことになってたんだけど。
ちなみに、俺は風を起こして上条さんの手を冷やしている。まだ氷とか保冷剤とかないんだよね。さっき燐火さんにお願いしたからそのうち手配してもらえると思うけど。
「……何アンタ。ひょっとしてアイツのこと好きだったりしたの?」
「はぁ? 何言ってるんだ第三位。
横で馬場さんと美琴さんがなんか話しているけど……。せめてもうちょっとこう、生身の場所を調べるとかした方がよかったなあとほんのり後悔する俺なのだった。
ちなみに、
これはもう勝ったなと思った段階で帰っちゃったのだろう。木原さんなんかは俺達が来た時点ではもう既にいなくなっちゃってたんだから、なんというか凄い見切りの早さである。最後にお疲れ様的な挨拶くらいさせてくれてもよかったのにね。
そういうわけで、今この場にいるのは俺、上条さん、馬場さん、美琴さん、削板さん、風斬さん、幻生さん、塗替の七人のみ。
美琴さんも今は雷神モードが解除されて普通の(多少はボロボロになってるけど)体操服姿。風斬さんも天使みたいではなく、眼鏡と結び髪も復活して普通の女学生モードだ。
塗替さんはド迫力バトルに気圧されてしまったのか、そのへんで蹲っているけど……それに比べたら馬場さんは大分逞しくなったなあ。美琴さんとも平気で話しているし。どうやら常盤台の子に暴行したのはすっかり忘れているらしい。
……そうだなあ、今後も仲良くしたいし、あとでちょっと言って、婚后さんに一緒に謝りに行こうね、馬場さん。
「うし。ありがとうシレン。もう大丈夫だ」
と、そこで上条さんは唐突に手を引っ込めると。
座り込んでいた状態から立ち上がってしまう。
「ええ!? 大丈夫じゃないですわよ上条さん! 見てください拳がこんなに痛々しく腫れてるのに!」
「それでも」
制止するも、上条さんは止まらない。
そのまま、瓦礫を乗り越えてビルの方に行ってしまう。……ってちょちょちょ! 待とうちょっと待とう! ビルの中はトラップがいっぱいだよ!? 上条さん一人じゃ絶対に危険だって! いや俺も行くならついていくし、美琴さんも多分ついていくと思うけど……。
「……さっき、声が聞こえたんだ」
「…………声?」
「俺が此処に来たときも、その声がやるべきことを教えてくれた。……その声の主が、俺に助けを求めてきたんだ」
…………その声って、もしかして。
「どこの誰だかは分からない。どんなことをしていたヤツなのかも。でもそいつは間違いなく俺達と一緒に戦ってくれていた。だったら、理由なんていらねえだろ」
上条さんは、そう言って痛々しく腫れあがった拳を握る。
この様子じゃ、拳は使えない。そもそもビル内のトラップは異能ではないから、上条さんは殆ど無力に等しい。
でももう、なんというか……俺は上条さんについていく気がなくなってしまった。
だって、そうだろ?
ここに『他の女』が付き添うのは、雑味じゃないか。
「……レイシア? どうしたの?」
「なんでもありませんわ、美琴さん。さ、上条さん。いってらっしゃいまし」
……あー、はいはい。
分かってるよレイシアちゃん。ここでそういうことを許すのはヒロインレース的に~……って話でしょ? うんうんその通りだね。
でも、いいんだって。
まだ俺の気持ちが恋愛感情に繋がるものなのか、そのへんからよく分かってないからアレなんだけどさ。
もしもそうだったとして、俺は他の人を蹴落としてまで勝ちたいとは思わない。
どうせなら、他の皆にも最善を尽くしてもらった上で──全力全開の魅力を上条さんに見せた上で、勝ちたいと思うよ。
だって、じゃないと一緒になったあともずっと、喉に小骨が引っかかったような気分になるじゃんか。
「──さっさと救ってあげてくださいな。魔王の城で助けを待つお姫様を」
「応!!」
──その少女は、ビルの片隅で力なく座り込んでいた。
消耗は限界を超えていた。
あまりの負担に彼女の体温は四〇度近くまで上昇し、その両目からは脳のオーバーヒートを象徴するかのように血の涙が流れていた。
端的に言って、早急な治療が必要な状態だった。
しかも、苦境はそれだけではない。
このビルの情報が明るみに漏れてしまった以上、あと三〇分もしないうちに暗部のあらゆる人間が
だから、彼女は最後の力を振り絞って上条にSOSを出し、自身の救出と──
高熱により紅潮した表情を隠す余裕もなく、少女は上気した呼吸で呟く。
「……ふふ。あー、頑張ったわぁ。あのバカ、さんざん引っ掻き回してくれちゃって……この件はなんとかして貸し力にしないと釣り合いが取れないわぁ」
勝気に言って――食蜂操祈は、恋する乙女の表情でこう続けた。
「良いわよねぇ? 今日くらい。……救済力を待つヒロインになっても」
所詮、悪竜など本番前の前座に過ぎない。
いつだって御伽噺のハッピーエンドは、お姫様を救うのが最低条件だ。