【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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七三話:総力戦 ②

 閃光が瞬いた。

 

 彼女達の『参戦』を目で追えたのが、果たしてその場に何人いただろうか。

 

 

「み……御坂……なのか……?」

 

『あーあー。……なんか変な感じね。これちゃんと私の声聞こえてるのかしら?』

 

 

 糸の切れた操り人形のような急停止は束の間。

 美琴は、次の瞬間にはレイシアと上条の間に割って入るような位置取りに移動していた。もちろん、他意はありありである。

 

 その姿は、やはり平常時のものからはかけ離れている。

 雷光で淡く輝く全身、額から伸びる雷神の連鼓(つれつづみ)のような触角。黒く染まった中に光の灯る眼窩は、ぱっと見ただけでは理性の色があることを認めるのも至難だろう。

 そんな状態で、しかし美琴は美琴として、この戦場に立っていた。

 

 

「美琴さん……その様子だと、幻生さんのコントロールからは外れているようですわね」

 

『お陰様でね。……ったく、我ながら不覚をとったわ。でももう大丈夫。食蜂のサポートもあって、この形態を維持したまま戦えそうだから』

 

「ほぉ! 操られてるとは根性がねぇと思ってたが……前言撤回だ! あの鎖を引きちぎって自分の意志を押し通すなんて、大した根性だな、嬢ちゃん!!」

 

『アンタ、確かこの前の……、ええい! 今はそれどころじゃないわ! とにかく、あのドラゴンみたいな幻生を倒すってことでいいのよね!?』

 

「話が早くて助かりますわ!」

 

 

 四人が一か所に集まり態勢を整えた、ちょうどその時。

 

 『ドラゴン』が周囲に衝撃波を放ち、それによって一方通行(アクセラレータ)と垣根が勢いよく吹っ飛ばされる。

 

 

一方通行(アクセラレータ)さん!?」

 

「アイツは大丈夫だ、シレン。それよりあの爺さんを止めないと!」

 

 

 はっきりと断言した上条は、そのまま『ドラゴン』に向かって走っていく。

 驚愕したのはレイシアの方だ。今までも要所要所で『ドラゴン』の攻撃を右手で捻じ曲げて防御に貢献してきた上条ではあるが、攻撃にまで回せるほど幻想殺し(イマジンブレイカー)のスペックは高くない。

 むしろ、幻生は己の『歪み』を右手で打ち消されるのを警戒して彼を遠ざけており、そちらの方で効果が出ていたのだが……。

 

 

「上条さん! 待ってくださいまし! 相手は空にいるんですのよ!? どうやって……、……ああもう、そういうことですか!」

 

 

 一瞬で意を汲んだレイシアは、上条の眼前から『亀裂』による道を作っていく。幻生に動きを読まれないように、上条の足先までしか発現しないようにするオマケつきでだ。

 こうすれば、上条も幻生のもとへと到達することができる。

 ──だが、幻生もただ棒立ちでそれを見ているわけではない。

 

 

『上条君の一撃は、今の僕にはちょっと未知数すぎるからねー。試してみたい気持ちもあるけど、ここは分かりやすく妨害させてもらおう!』

 

『させると、思う?』

 

 

 幻生が咆哮と共に光の息吹を叩きつけたと同時、美琴が翳した手から光の柱が撃ち出された。

 ゴッギィィィイイイン!!!! と凄絶な音を立て、二つの光が衝突する。その威力は、完全に拮抗していた。

 

 

『こちとら、アンタにいいように使われるわ仕方がないとはいえあの女に精神への干渉を許すわでフラストレーション溜まりっぱなしなのよ……! いい加減、発散させてもらうからね!!』

 

『…………? おかしいねー? スペックシート的に、「ドラゴン」の出力であれば今の御坂君程度なら拮抗などありえないはず……?』

 

「ハッ、これだから科学者って生き物は笑えるよなァ」

 

 

 そこに、戻ってきた一方通行(アクセラレータ)が言う。

 全身に擦過傷を負いながらも、一方通行(アクセラレータ)の足取りはまだ確かだった。

 

 

「オマエ、どォして自分が常に最大スペックを発揮できるとか思っちゃってンの?」

 

 

 それは、様々な理由から常に『最大スペック』を発揮できない一方通行(アクセラレータ)だからこそ第一に分かることだったのかもしれない。

 

 

「確かに、オマエが引き出したチカラってのは凄げェのかもしれねェ。この俺の反射を貫通するよォなモンだしな。だが、それだけに取り扱いの難しさはそこらのエネルギーなンか比じゃねェはずだ」

 

 

 だからこそ、幻生は第二候補(スぺアプラン)第一候補(メインプラン)を使ってエネルギーの制御をしようとしていたのだから。

 それらが破られ、さらにエネルギーの召喚に使っていた御坂美琴まで手元を離れて──それで今まで通りの運用ができるはずもない。

 

 

「あと、その無能力者(レベル0)に気を取られてるよォじゃ、寿命が縮むぞ? おじいちゃン」

 

「すッッッッッごォォォおおおおおおい…………パァァあああああああああああああンチッッッッ!!!!!」

 

 

 ズッドォオッッ!! と。

 『ドラゴン』の腹を下から突き破るような衝撃が、突如発生した。削板が音速を超えて『ドラゴン』の下に回り込み、そしてアッパーを叩きこんだのだ。

 たったそれだけの一撃で、巨大な『ドラゴン』の身体がくの字に折れ曲がり、

 

 

『やっほー爺さん。よくも私のことを散々好き勝手利用してくれたわね』

 

 

 そして目の前では、雷神と化した少女が不釣り合いなほど可愛らしい動きで手を振っていた。

 

 一閃。

 

 一瞬にして磁化した瓦礫が圧縮して生まれた超硬度の槍が、『ドラゴン』の脳天を串刺しにした。

 さらに、美琴の一撃はそれでは終わらない。頭部から突き出た、鋭い槍──それが避雷針の役割を果たし、さらなる一撃を呼び込む。

 

 

『そんでコイツは……ついでに、あの女の分ってことにしといてやるわ』

 

 

 音が消えた。

 光が消えた。

 

 上条が一瞬足を止めて目を覆うほどの光量が収まった時、『ドラゴン』の頭は地面に発生した巨大な穴の中に埋もれていた。

 幻生の、動きが止まる。

 どうやら、先程の電気が『ドラゴン』の体内のどこかにいる幻生にも影響を及ぼしたらしかった。これ幸いと、上条はさらに『ドラゴン』に向かって駆け寄り──

 

 

「ッ、あと、もう少し────!!!!」

 

 

 

『グオオオオオアァァァアアアアアアッッ!!!!』

 

 

 ──それは、『ドラゴン』としての機構が備えた雄叫びか。

 あるいは、幻生本人の苦悩の表れか。

 

 大地を震わせる絶叫と共に、『ドラゴン』にさらなる変化が現れた。

 巨大なドラゴンがめきめきとひび割れ、そして粉々に砕け散ったのだ。

 

 

「おおっ!? 自爆か!?」

 

「違いますわ! アレは────分裂しています!!」

 

 

 浮足立つ削板を制するように、レイシアが言った。

 その言葉通り、砕け散った破片たちはそれぞれが『ドラゴン』となり、飛散していく。

 

 

「分裂して……逃げようとしてるってのか……?」

 

「いや……それ以上ですわ、これは……!!」

 

 

 レイシアは呻きながら、空を覆い尽くす小さな『ドラゴン』の群れを見上げる。

 その大多数は、やはりレイシアの眼から見れば『歪み』を備えている。察するに、アレらもレイシアが干渉すれば()()()()()()()消滅する。だが、それらは末端でしかない。幻生という核は、末端からは分離されているがゆえに、『歪み』が消滅しないのでは? ──レイシアには、そんな懸念があった。

 

 そしてもし、そのレイシアの懸念が正しいのであれば。

 

 分裂は、この上なく有効だと言えるだろう。

 何せ、『ドラゴン』の力自体は一方通行(アクセラレータ)だろうと未元物質(ダークマター)だろうと問答無用で叩き潰せるほどの出力を持っているのだ。

 今までは個体が一つしかなかったからなんとか相手に防戦を強いることができていたが、群体となってこちらの手数が減れば、当然徐々に削られていくのはこちらの方になる。

 

 だが。

 

 幻生の『悪意』は、それだけに留まらない。

 

 

 ドバガッゴォォオン!!!! と。

 

 分裂した『ドラゴン』達は、手当たり次第に周辺の建物を破壊しはじめたのだ。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 それは、奇しくもレイシアが先ほど言ったことの再現。

 ……守るべきモノがあるヒーローを叩き潰すのであれば、周りを破壊するのが一番手っ取り早い。 

 無数に分裂したことで手に入れた手数を、そのまま余さず都市に向ければ──ヒーロー達は、その力を守りに費やさざるを得なくなる。もちろんレイシアとの接触──つまり『歪み』の均一化も齎すことになるが、分裂によってその影響は軽減されている。

 幻生の中で、『歪み』が完全に均されるよりも、レイシア達を削り切る方が早いという計算結果が出たのだろう。

 

 

「ハッ、くっだらねえ。まさかこの期に及んで俺がヒーロー扱いされてるとはな」

 

 

 その中で、ただ一人突出した人間がいた。

 

 三対の白翼を背負った少年──垣根帝督。

 

 

「ついにヤキが回ったか。此処は第二学区だぞ? お前が暴走させた第三位の落雷の影響で周辺の避難は完了しているし、そもそも此処に俺達のアキレス腱はねえ。それとも何か? 此処から遠距離精密狙撃でも決めてみるか? その分裂でパワーダウンした身体で?」

 

『ヒョホホ、分裂によって狙っているのは、別に君の大切なモノじゃあないんだよ。垣根君』

 

 

 『ドラゴン』から、老人の音声がバラバラに響く。

 

 

『第二学区。警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)の訓練場、爆発物や兵器の試験場があるこの学区だが……少年院には収容できない、()()()()()()()()()()()()()()()()留置所があることを知っているかねー?』

 

「あ? いきなり何を言って……、」

 

『分裂は目くらまし。そういう話を、しているんだよ?』

 

 

 遠い場所で、爆裂が発生した。

 

 しかし、その爆裂の影響はヒーロー達には及ばない。全くの見当違いの建物のビルの側面を、僅かに破砕したにすぎなかった。

 精々、破壊の程度もビルの外壁が壊れて内部が覗いただけ。アレではたとえ中に人がいたとしても、よほどのことがない限り死亡はしないだろう。……怪我はするかもしれないが。

 

 ただし。

 

 レイシア=ブラックガードに与えた衝撃は極めて甚大だった。

 

 

「あ、そこは…………ッ!?」

 

 

 第二学区には、外部の政治犯が一時的に収容される留置所が存在する。

 そして当然、政治犯として収容されるような犯罪者は誰であれ外部には逃がしたくないのが学園都市としての本音。──即ち、避難誘導などされるはずもない。

 さらに。

 

 

『此処に一時収容されるような重大な政治犯は、「脱走されるくらいなら殺してしまえ」というのが学園都市の見解でねー。僕の記憶が正しければ、施設が破壊されれば、収容犯を殺害する防衛プログラムがセッティングされていたはずなんだけどねー? さて……ブラックガード君──いや、シレン君。()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 言葉の終わりを待つまでもなかった。

 話していく傍から、破壊されたビルへどこからともなく『六枚羽』だのといったUAVが殺到していく。

 もはや、レイシアに選択の余地など存在していなかった。

 

 

「木原……幻生ェェええええええええええええええッッ!!!!」

 

 

 叫ぶが、レイシアに取れる行動など一つしかない。

 白と黒の翼が躍動し、そして彼女は音速を超えてビルへと疾走した。

 

 

「おい! 何しているんだレイシア=ブラックガード! 今はそんなクズどものことなんかどうでもいいだろう!」

 

「どうでもよくなんかありませんわ!」

 

 

 レイシアは、馬場の言葉に即答した。

 いや、これは、シレンの言葉だった。

 

 

「あそこには……塗替がいます。わたくしが糾弾したことによって、政治犯として収容された男が」

 

「ああ……。お前の元婚約者だったか? それがどうした? 僕もその話は聞いているが、お前がソイツを助ける理由なんか一つもないだろ。放っておけよ。ああいう手合いは刑期を終えて出てきたらどんな逆恨みをするか分かったものじゃないぞ」

 

「それでもです」

 

 

 シレンは、静かに言い切った。

 

 助ける理由がない。それは確かにその通りだ。むしろ、シレンから──レイシアからすれば、見捨てる理由は枚挙に暇がない。感情的にも、利害計算的にも、塗替斧令は致命的なまでにレイシア=ブラックガードと敵対してしまっている。

 

 

「ずっと、考えていました。こんなことになってしまったけれど、引き金を引いたわたくしが言えた義理ではないのかもしれないけれど。……それでも、本当に、あの結末で『終わり』にしてしまってよいのかと」

 

 

 塗替斧令のこの末路は、『当然の報い』だ。

 

 もしも違法行為に手を染めず、当たり前の範疇で話を進めていれば、今頃笑っていたのは彼の方だったはずなのだ。

 にも拘らず、彼はそこで違法行為という道を選んだ。そうまでして、己をコケにしたレイシア=ブラックガードの人生に傷をつけてやろうとした。

 だから、彼は当たり前の話の流れで政治犯として捕まり、そして今、こうして大きな陰謀の中で殺されようとしている。

 人の人生を、己のプライドの為だけに踏みつけにするような行為。そしてその有様を見て、留飲を下ろそうという性根。どれをとっても、確かに邪悪だろう。救いようがないだろう。軽蔑に値する人間性だろう。

 

 だから、これは『当然』の報いだ。

 

 

 …………本当に?

 

 

 犯罪者として逮捕されるのは、しょうがない。起こした犯罪については間違いなく塗替の責任だし、それを否定するのもそれはそれで間違っている気がする。

 でも、だったら罪人は絶対に手を差し伸べられてはいけないのか? 社会的にも精神的にも、本当の本当にズタボロになるところまで、世界の誰からも憎まれていないといけないのか? こんな風に誰かの策略で、虫けらみたいに殺されそうになっているところで──当然の報いだと嘲笑われないといけないのか?

 

 

 それは、違うだろう。

 

 

 それを、証明したはずではなかったのか。

 

 レイシア=ブラックガードの再起とは、そもそもそういう物語ではなかったのか。

 

 自業自得によって心が折れてしまった少女に、もう一度希望を魅せる。そういう物語の末に、今の二人の道があるのではないか。

 

 なら、この世の誰が塗替斧令を見捨てようと、『彼女』だけはその道を選んではいけない。

 今まさに世界中の誰からも見捨てられている『悪役』を、レイシア=ブラックガードだけは見捨ててはいけない。

 

 

「どのツラを下げてと罵られるかもしれないですけれど、全部終わったら、もう一度彼と話をしたいと思っていましたの。自己満足にしかならないかもしれないですけれど……それでも」

 

 

 だからこそ。

 

 

「──シレンの甘ちゃん具合にはほとほと呆れますが、わたくしにとってもこれを見捨てるのは『ナシ』ですわ。さ、馬場。答えなさい。何秒以内なら許容範囲です?」

 

「……チッ! なんだよ結局どっちもクソったれの甘ちゃん野郎じゃねえか! 一二〇秒だ! それ以上経てば向こうの戦況も無視できない状態になると思えよ!」

 

「十分! それに、アテならありましてよ!」

 

 

 レイシア=ブラックガードの、『再起』の物語は終わった。

 

 だが、『再起』した彼女の物語は、まだ続いている。

 

 同じ物語を歩むかもしれない『後輩』の為ならば──一肌脱ぐのは、『当然』のことだ。

 

 

 


 

 

 

第二章 二者択一なんて選ばない PHASE-NEXT.

 

 

七ニ話:総力戦 ② "Are_You_Sure?"

 

 

 


 

 

 

 

 

 

《シレンは、もしもわたくしが本当にどうしようもない、最低最悪の女だったら……どうしていましたか?》

 

 

《わたくしは、シレンに救われましたわ。でもそれは、シレンの言葉を受け取れるくらい、わたくしに救いようがあったからだとも思っています。もしもわたくしがシレンの言うことに耳を貸さない、本当の意味で最悪な人間だったら……》

 

 

 もしも。

 

 ──もしも、手を差し伸べるだけでは、絶対に救えない者がいたならば?


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