【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「やれやれ……
言葉と共に。
幻生さんの身体が、『再構築』されていく。
石化していた足が崩れ、代わりに元のままの足が。
棘塗れの腕が廃棄され、代わりに傷一つない腕が。
割れた顔面が修復され、代わりに皺枯れた表情が。
まるでホログラムのように、実体化していく。
「心配するな。その分の揺り戻しはこれから来る」
翼を広げた垣根さんに後れを取るまいと、俺達も動き出す。
白黒の『亀裂』を翼のようにはためかせて上空へと飛び上がった俺は、そのすぐ横を高速で突き抜けて、さらなる高空へ舞い上がった垣根さんを能力で察知した。……うわぁすごい。
《なんですの? 自分の方が上に飛べるとでも? いいですわよそういうことならその安い挑発に乗ってやろうじゃありませんのこの野郎》
《レイシアちゃん。乗らないよ》
そもそも本人は挑発のつもりないだろうし……。
レイシアちゃんを宥めつつ、俺は照準を幻生さんに定める。
あの四肢はそもそも機械化されていて、幻生さんの肉体はほぼ機械であるということを、俺達は既に知っている。……なら、遠慮する必要はない。
どうせさっきのホログラムの要領で回復されるのは目に見えているが、あれほどの芸当が自動的に発生するわけがない。回復に意識を割かせるだけでも、十分仕事ははたしていると言えるはずだ。
「喰らいなさいッ!!」
「おや? AIMすら遮断する『亀裂』ではないのかねー? まぁ僕の肉体を構成しているモノまでなら通常状態での『亀裂』でも破損は可能だろうが……」
幻生は生身同然に見える手で顎を撫でながら、
「それが何の問題もなく通ると思っているのは、流石に楽観的すぎやしないかね?」
バギン!! と。
『亀裂』が叩き壊される感覚がした。
「…………まさか」
……分かってはいたんだ。
だが、考えないようにしていた。だって、
そう。
「いやあ、ようやくこのチカラの扱いにも慣れて来てね。さあ、此処からが本番だよー」
幻生さんはそう言って、指揮者のように両腕を振る。
それだけで、輝くプラチナのオーラは周囲の建物を巻き込んで破壊の渦を生み出していくが、それとは別に、御坂さんと風斬さんも動いていった。
地上で戦うしかない上条さんと削板さんが幻生さんに対応する関係上、俺達と垣根さんがこの二人に対応することになる。御坂さんの方は垣根さんが担当してくれたので、俺達は風斬さんに対応していたが……、
「ぐ……ッ!? さっきよりも、出力が上がっている……!?」
幻生さんにAIMの力を回す必要がなくなったからだろうか。
風斬さんの攻撃量は、先程までと比べて明らかに増大していた。正直、まだAIMを分断する『亀裂』は集中しないと使えないので、援護射撃がない状態で使うのは不可能に近い。
馬場さんのアドバイスもあってなんとか躱せているが……、
「……っ、ごあッ…………!?」
風圧で吹っ飛ばされた俺達は、そのままビルの壁面に思いきり叩きつけられた。破壊を最小限に抑えるために咄嗟に『亀裂』の翼は解除したが、俺達の背中には馬場さんを守っている『亀裂』の繭がある。そこに勢いよく叩きつけられ、肺の中の空気が一気に絞り出された。
……まずい。勝ち目が本格的に見えない。一端とはいえ、エイワスの力を振るう幻生さんなんて、上条さんと削板さんが二人がかりでも勝てるかどうか怪しいから、一刻も早く助太刀しないといけないのに……。
肝心の俺達が、風斬さん相手に『負けない』ことしかできていない……。ど、どうすれば……、
「
と、そこで背後の馬場さんが、そんなことを言った。
「今更命が惜しくて言っていると思うか!? こんな戦い見てれば、お前らが負ければ学園都市が丸ごと滅ぶことくらい分かっている! お前が勝たなきゃ、どの道僕も死ぬんだよ!! その為のお荷物になりたくない! 僕にも最善を尽くさせてくれ!!」
…………馬場さんのその言葉で、俺は目が覚める思いだった。
そうだ。これは、俺達が勝つか負けるかの問題じゃないんだ。俺達が負ければ、学園都市のみんなが死んでしまう。俺達の肩に、みんなの命が乗っかっているんだ。
『負けるかも』なんてそんな甘っちょろいことを言ってる場合じゃないんだよな。
「……馬場、今まで悪かったですわね」
「(ほっ、ようやく解放してもらえる流れだ……。今から全ての機材を動員して学園都市から脱出すれば、なんとか命は助かるか……?)」
ん? なんか『亀裂』の中で呟いてたような。
しかしレイシアちゃんは気にせず、『亀裂』の中の馬場さんに呼び掛ける。
「正直、わたくし今までアナタのことを『学園都市なんてどうでもいいからとっとと逃げたい』って考えているものと思っていました」
「うぐっ!!」
「でも、違ったんですのね。アナタは確かに今までずっと、わたくし達よりもずっと広い視野で物事を見ていた。その上で、最善の道を選び続けてくれた。……無理やり巻き込んだにも拘わらず」
「いっ、いや、気にするな。確かに出会いは最悪だったが……。なんだかんだで、僕もたまにはヒーローの手助けができて、光栄だったというかね」
……うん。俺もそう思う。
『小説』を読んだだけでは、分からなかった。たった一巻分の内容で全てを分かった気になっていたつもりは全くなかったけど、それでも……そこには描かれていなかった、馬場芳郎という少年の凄さを、嫌というほど感じた。
思い返してみれば、彼が俺達のブレインとしてやってくれなきゃ、今頃俺達はあっけなくリタイヤしていただろう。
そして今、こうして、一番大事な視点を俺達に提供してくれている。……彼はもう、行きがかりで強引に巻き込んだ協力者なんかじゃない。そんな部外者の枠に押し込んでいい人じゃない。
「だから、謝ったんですわ。
「ひょえ???」
「アナタに対して、『余計な負荷をかけるかも』なんて遠慮して……高速機動を抑えるなんて、そして『自分を離脱させろ』と言わせるなんて……このレイシア=ブラックガード、一生の不覚でしたわ」
「あ、いや、ちょ、」
……うん。俺も同じ気持ちだ、レイシアちゃん。
ここまで一緒に頑張ってきた馬場さんに、道半ばでの離脱を提案させてしまう。それは、俺達の不甲斐なさが招いてしまったことだ。
もう、そんな悲しいことは言わせない。俺達はその為に、全力を尽くすべきだ。
だから。
「ここから先は、内臓が捩じれようと、コンマ一秒たりとも停止しませんわよ。わたくし達とアナタ、一緒に戦うのが────レイシア=ブラックガードの『最善』ですわ!!!!」
「あ゛あ゛あ゛ァァああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
高速機動を開始した瞬間……馬場さんの悲痛な叫びが聞こえてくる。
ああ、確かに辛い。聞いているだけで速度を緩めたくなってしまう声だ。だが、そこで足を緩めるのは彼に対する最悪の侮辱。
全力を尽くし──少しでも早く、この戦いを終わらせること。それが、俺達にできる最大限の彼への手助けだ!!!!
高速機動を開始したことで、俺達の消耗は格段に軽減された。
もちろん、高速機動によるGの負荷はじりじりと俺達の体力を削っている。だが、それでも風斬さんの攻撃の余波よりはずっとマシである。
いずれは限界を迎えるし、後ろの馬場さんの体力の心配もある。長く続けることはできないが……それでも、チャンスは大きかった。
「あ、
と、そこで息も絶え絶えな馬場さんの声が背後から聞こえてきた。
「馬場さん……どうしましたか? 何か気付いたことでも?」
「……ああ。……聞いてくれ。第三位と……例のバケモノで……動きに違いがあることに……気付いた……」
「なんですって?」
美琴さんと……風斬さんの、動きの違い?
よ、よく気付いたな馬場さん。そんな息も絶え絶えの状態で……。
「いいか。キツイから一度しか言わない。よく聞けよ。……バケモノの方は、さっきから……かなり滑らかな動きを……しているだろ? 木原幻生の……手の動きに応じて……正確に動いている」
言われて、俺は肉体の操縦補佐を一端止めて、幻生さんの方を注視してみる。
……確かに、幻生さんの手の動きと風斬さんの手の動きは密接にリンクしているように見える。あの手の動きを見れば、攻撃の先読みすらできるんじゃないか? と思うほどに。
まぁ、幻生さんのことだしそう思わせたあとで手の動きにフェイントを交えてきそうだから、対応できている現状は手の動きは無視した方がよさそうだけど。
「だが……第三位の方は……違う。彼女本来の動きがあって、その攻撃対象を捻じ曲げているような……そういう動きだ」
言われて、改めて美琴さんや風斬さんを含めた盤面全体の動きを俯瞰してみる。
……確かに、風斬さんが幻生さんの指揮に合わせて、彼を守るような位置取りをしているのに対し、美琴さんはとりあえず撒き散らしている攻撃を幻生さん以外の誰かに反らしているような……そういう動きをしている印象を受ける。
いやよく気付いたな。みんな自分が相対している敵をどうにかするのに精いっぱいで、そんなこと気付きもしなかったぞ。
「おそらく、第三位の方は……何らかの方法で洗脳されている……か、脳に……チップでも埋め込まれているのか……。幻生の指示……自体は、かなり間接的な方法……なんだ。それに対し、バケモノの方は……おそらくAIM的なラインが……形成されていて、それで操って……いるんじゃないか……?」
「……一理ありますわね」
確か美琴さんは
「なら……そのAIM的なラインを……断ち切ることが……できれば。バケモノの動きを……止めることが……できるだろう」
「!」
「証拠も……ある。さっき……一時的に、バケモノの挙動が……停止していたことが……あっただろ? あれは……幻生の力が暴発したことで……発生した……爆発で……ラインが一時的に途切れて……命令が途絶えていたから……起きたんじゃないか」
あり得る。
だとすれば、AIMに直接干渉可能な俺達の『亀裂』は、風斬さんに対してのジョーカーになりえるんじゃないか!?
風斬さんが停止すれば、俺がフリーになる。足場を形成できる俺が二人のサポートに回れれば、対幻生さん戦は今よりずっと楽になる! 勝利が圧倒的に近づく!
「(だから……早く……終わらせて…………死んじゃう…………)」
で、でも……AIMに干渉可能な『亀裂』の展開には集中がいる。
垣根さんに代わりにやってもらうか……?
「……チッ! バリバリバリバリとやかましいガキだな! 第二位と第三位の実力の開きってのはもっと大差なんじゃなかったのか!?」
……ちらと見てみると、垣根さんは上空で美琴さんの電撃を石化させて無力化していたが……こっちとスイッチするような余裕はなさそうだ。
少しでも気を抜けば、垣根さんでも電撃の餌食になってしまうだろう。
上条さんと削板さんも、二人がかりでなんとか幻生さんのプラチナのオーラを止めている状態。
とてもじゃないが、風斬さんを足止めしてくれなんて言える状態じゃない。ならどうする? どうやって、足りない手数を補う……?
「オイオイ、なンだァこのザマはよォ」
と。
ビルの屋上から、嘲るような声が聞こえてきた。
振り返るとそこには──白い髪に、真っ赤な瞳をした、白濁した最強。
「キマった顔した天使に、第三位モドキに、ピカピカオーラのジジイ。なンだなンだ。此処はコスプレ会場か?こンな時期からハロウィン気分ですかァ?」
脱力しきったその佇まいは、この場で最も機械的な判断基準を持つ風斬さんにとっては、隙の塊に映ったのだろう。
苦痛に歪み切った眼の中の無感情な瞳が、
「……! ダメ!
「……あァ?」
……
ってことはやはり、『小説』で描かれた通り、今の
「何喚いてやがる。この程度でこの街の『最強』に傷がつくかよ」
パキィン!! と。
そんな俺の危惧は、一発で粉砕されたんだけども。
……うん、そういえば『小説』でも天使になった風斬さんの攻撃を普通に反射してたっけ。なんか今までのノリで忘れてた……。恥ずかしい。
「オイオイ、金髪……忘れてンならオマエから思い出させてやってもイインだがな」
学園都市第一位は首をコキりと鳴らしながら、
「俺の『反射』はこンな程度じゃ貫けねェ。……叩き潰せばイイ『木原幻生』ってのはソイツか」
「っ、待ってください!!」
そこで俺は、
……この機を逃せば、もう風斬さんを解放するタイミングはやってこないだろう。今しか、ない!
「その前に、彼女を……殺さず足止めしてもらえませんか。そうすれば、彼女の動きを恒久的に止めることができる! 私の手を空けることができます!」
「そォかよ。ンで、それをやることで俺に何かメリットがあるか?」
一言だった。
交渉の余地もなく、
《……は? 何ですのコイツ! 共闘しにきたんじゃないんですの!? ナメてんじゃないですわよ!》
《レイシアちゃん。事実だから》
……確かに、
でも。
「わたくし、役に立ちますわ!」
たとえ
可能性は、多いに越したことはない。だって、風斬さんを止めることで増えるコマは、俺達だけじゃない。
「わたくしには、優秀なブレインがついていますもの!」
「えぇ!?」
「……後ろのソイツは予想外ですって顔してるみたいだがよ」
「そこはご愛嬌ですわ。自己評価が低い方ですの」
馬場さんの戦略眼は、この戦場の中でもやはり上位に食い込むと思う。
彼の視点で幻生さんを見ることで、何らかの突破口が開けるかもしれない。そう考えたら、やはりなんとしても手を空かせる必要がある。
それがきっと、最善の未来にも繋がる!
「………………、」
「………………、」
視線を交わした時間は、多分コンマ一秒にも満たない。
それでも俺の体感時間では、五秒くらいはたっぷり見つめ合っていたような気がする。そんな圧縮された時間の中で、
「三秒だ。三秒だけくれてやる。それで片付かなかったら無視する」
「十分ですわ!!」
言って、俺は構える。
そして、先程の感覚を呼び覚ます。
「チッ、さっきからなンだこの妙なベクトルは? 反射は機能しているから能力によるものなのは間違いねェだろォが……」
『亀裂』を一本の樹に見立てた場合、枝ではなく根を伸ばすような感覚。
それだけを意識して、俺達は集中を研ぎ澄ませる。
世界の全てが、耳から遠ざかっていく。
「ほう、
「あァ? なンだクソジジイ。こっちはガキのお守りで忙、ごっぶがァァああッ!? この一撃は……!?」
めりめりと。
根が、何かの壁を突き抜けようとする感覚。
それによって、何かが巻き込まれていく感覚。
──頭が熱くなってくる。
──目の奥がじんじんとしてくる。
しかしそれは不思議と不快ではない。
脳幹から後頭部へと突き抜けるような歯車の集合体をイメージする。その歯車の回転を、まるでパズルのように微調整する。
──熱はどんどん上がってくる。
「ほうほう。やはりこのベクトルは効かなかったようだねー。そして反射膜に風穴を開けることに成功した。あとはこの穴をこじ開けた状態のまま風斬君の攻撃が通れば──」
「──────!!!!」
そして、右目の熱が最高潮に達した時。
「今だ!」
ズドン!!!! と。
幻生さんと風斬さんの間に、白黒の『亀裂』が発生した。
時を同じくして、ブツンという何かが切断するような手ごたえを確かに感じ取った。
「
「……やりましたわ」
即座に、暴風を使って風斬さんを遠くへ飛ばし、『亀裂』の箱を作って外部からの干渉を完全に遮断する。これで、風斬さんは誰にも操られることはない。
…………狭いところに閉じ込めてごめん、風斬さん。これが終わったら、すぐに開放するから。
「………………その眼はなんだね、
…………ん?
眼???
『人間』がいた。
暗がりの中、まるで星空のようにモニターの明かりが点々と広がるその空間で、ビーカーの中に逆さ吊りとなった『人間』は笑う。
その視線の先には、一人の少女がいた。
白黒の『亀裂』を翼のように背負う少女の名は、レイシア=ブラックガード。
学園都市暫定第四位。
『
『プラン』への影響率は〇・〇一%。アレイスターが押し進めている『メインプラン』においては捨て置いても問題ないとされている少女だ。
──だが、彼女は彼が押し進めている
たかが第四位の彼女がそんなプランの主要人物に置かれている理由。
「随分と──時間はかかったが」
その理由の一端が、彼女の右眼に現れていた。
レイシア=ブラックガードの蒼い瞳は今────鮮やかな、エメラルドグリーンに染まっていた。
男にも女にも、老人にも子供にも、罪人にも聖人にも見える『人間』は、そのときばかりは『人間』らしい歓喜を笑みに満ち満ちとたたえて、そしてこう呟いた。
奇しくも、かの老人が呟いたのと同じように。
「──