【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
そんなわけで。
俺達は小太りの少年──馬場芳郎さんというらしい。暗部組織『メンバー』に所属しているそうだ。びっくりである──を捕まえたまま、空の旅と洒落込んでいた。
いやあ、『メンバー』といえば、確か博士とかって名前の人がいたところだよね。垣根さんに倒されちゃったやつ。あと、ショチトルさんがいた組織。
他の登場人物については、ちょっと印象薄いから覚えてないけど……。確か、閉じ込められて発狂しちゃった人とかがいたような気はする。あれ、それは『ブロック』の人だったっけ?
ちなみに、
本体を基準にした『亀裂』を発現した場合、本体の移動に『亀裂』もついてくる……というのは既に説明した通りなのだが、この時『亀裂』に何かしらを積載していた場合、積載物の重量がどれだけ重かろうが、『本体の移動』にかかる負荷は変化しない……という性質がある。
たとえば、『亀裂』の上に馬場さんを載せたとする。その状態で俺達が移動しても、馬場さんの重量分だけ俺達の移動に負荷がかかるということはない。
だからこうして空を飛ぶときでも、概ね俺一人が空を飛べれば馬場さんも問題なく運ぶことができるわけだ。
まぁ……、
「うっ、うわああああああああっ!? す、少しは安全に飛行できないのか!? 高ッ!? 落ちる!?!? とっ、止めてくれえええええ!!」
「やかましいですわよ!! 男の子ならもうちょっと辛抱なさい!!」
「いやだああああああ!! 木原一族と戦いたくなんかない!! 死ぬ! 絶対に死ぬ!! 助けてくれええええええ!!!!」
「…………コイツ、本当に暗部組織の一員なんですわよね……?」
一人分の重量で飛行できる分飛行スピードも上がるわけで、飛行をコントロールしてない立場からすればまさしく悪夢って感じなんだろうけども。
「うう……何故僕がこんな目に……」
「そりゃ、あんなとこでわたくしのご学友を甚振っていたからですわ」
「クソ……理不尽だ……」
「理不尽? 問答無用で全身バラバラにされなかったのにですか?」
「…………なんでもありません」
ああ、馬場さんが縮こまってしまった。
まぁ、俺達は別に暗部の人間というわけでもないし、相手を切り刻んだりはしないけどね。何なら馬場さんを捨て駒にするつもりもないし。
「……レイシアちゃん。あまり言いすぎないように。……すみませんね、馬場さん。成り行き上、かなり強引にはなってしまいましたが……共闘する以上、アナタに過度な無茶はさせませんので」
「……! 第二人格か、こっちは話が分かるようでよかった……!」
「…………話が分からない第一人格で悪かったですわね。何ならここで能力の制御をミスして紐なしバンジーを敢行してもいいんですわよ」
「すみませんなんでもありませんでしたッッッ!!!!」
馬場さん……哀れだ……。
《というかシレン。コイツ『正史』の暗部抗争で出てきたヤツですわよね》
《え? そうだっけ?》
《ほら、アレですわよアレ。確か、拠点に閉じ込められて発狂した人》
《あー!! アレがこの人かぁー!!》
……言われてみれば、けっこう見た目が近いような? ……でも、彼はここまで太ってなかったような気がするけどなぁ……。……今から暗部抗争までの間にダイエット成功したんだろうか?
「ところで……アナタの情報、信じていいんでしょうね?」
そうして空を飛びながら、レイシアちゃんは馬場さんに厳しい視線を向けた。
視線を向けられた馬場さんが、びくりと怯えの色を表情に出す。
そう。
俺達がこうして空の旅と洒落込んでいるのは、馬場さんから新たな情報がもたらされたからなのだった。
木原一族は、現在内輪揉めの真っ最中らしい。
正確には、ちょっと前に木原一族の誰かに対して攻撃を仕掛けた『木原』がいた、ということらしいのだが、それが今日になって、再発したということらしかった。
そしてその情報がもしも事実ならば、それはどう考えても相似さんの襲撃とは無関係ではないはずだ。
そして今は、その情報について精査する為、馬場さんの持つ『
「も……もちろんだ。こんなすぐにバレる嘘を吐くメリットが僕にはない!」
「ま、罠なら突破すればいいだけの話なので、どっちでもいいんですけどね」
「く……これだから
レイシアちゃんの自信満々な言葉に、馬場さんは何も言う気が起きないらしく、そのまま脱力してしまった。
まぁ、気持ちは分かるよ。でも実際に、
「さて……ここでいいんですの?」
と。
そこまで話したところで、俺達は高度を下げて、倉庫の傍に降り立った。
遅れて馬場さんを載せていた『亀裂』が解除されて、馬場さんもよたよたとしながらなんとか着地する。
「……急いで中に入ろう。あまり他の誰かに見られたい場面ではないからね」
そう言いながら倉庫のロックを解除する馬場さんの横顔には、明らかに冷や汗があった。
まぁ、そりゃそっか。第三者がこの場面を見たら、まず裏切りを疑われるもんね。一応、俺達が馬場さんにやってもらってるのは『木原一族の捜査』なので、別に裏切りではないんだけれども。
「まず木原一族についてだが……連中の動向は、普段は『暗部』の中でもトップシークレットに類するものであることが多い」
倉庫の中は、どこかの特殊組織の指令室か何かかと思うくらいハイテクな作りになっていた。
おそらく外面の倉庫然とした状態がカモフラージュで、実際には彼が色々と作業をするための場になっているのだろう。
「
何やら鍵盤のように様々なボタンとモニタが設置されている区画に座ると、馬場さんはカタカタとそれらを操作しながら続ける。
「だが……内輪揉めによって、連中の情報秘匿力もだいぶ低下している。今なら僕の持つ情報網でもある程度動向が探れる程度にはね」
「それでも『ある程度』なんですのね……」
木原一族スゲー、という意味で言ったのだったが、馬場さんはそうはとらなかったらしい。
「う、うるさいな! これでもなかなかの成果なんだからな! 木原一族の動向を探るなんて、下手をすれば相手に喧嘩を売る自殺行為だ! 僕だからそのリスクを極力排除して調査ができるんだぞ!」
「もちろん。そこは素直に凄いと思っていますわ。本当に、助かりますわ」
「……ふ、ふん。分かっていればいいんだよ……」
あ、素直にお礼を言われたから反応に困ってるな。
「──で、続報について調べてみようか。さっきの段階で内輪揉めが再発したという話は出ていたけど、その後は……、ん? これは……」
馬場さんが見つけた情報は、
「……おやおやー? まさか、先回りされているとはねー」
第二学区。
『とあるシステム』が隠されているビルの前で、その老人はぴたりと足を止めた。
彼の目の前に、二人の女性が佇んでいたからだ。
一人は、妙齢。
亜麻色の髪を後ろでシニヨンにしてまとめた、眼鏡の女性である。
レディススーツを身に纏ったその風貌は、どこかの会社の有能秘書といった感じだった。
一人は、少女。
金色の髪をツインテールにしてまとめた、青い瞳の、小学生くらいの少女だ。
ランドセルを背負った姿は、大覇星祭に湧く学園都市では却ってどこか浮いた印象を与えている。
どちらにせよ、争いごとからはおよそ縁遠い外見的特徴を持つ二人。
しかし今は、そのどちらも異様な戦意をその全身に漲らせていた。
「簡単な推論だ」
妙齢の女性──テレスティーナ=木原=ライフラインは言う。
「テメェの科学っていうのは、ネットワークに依拠したモノが多い。木山春生の
「そして今回、
実際、その為に木原幻生は暗部組織を操って
そして、
「…………その為の
「フォフォフォ、いやー正解だよ。流石は僕の教え子たちだねー」
「教え子じゃねェだろ。虫唾が走んだよ」
言って、テレスティーナは那由他の肩に手を置いた。
「私の理論は覚えているな?」
那由他は、その問いかけにこくりと頷き、
「
直後。
木原幻生の身体は、不可視のエネルギーによって上空一七〇メートルまで叩き上げられた。
「…………!」
「那由他ァ! 油断すんじゃねェぞ。あの妖怪ジジイはあれくらいじゃあ死なねェ。義眼でヤツの動きは捉えてるな? 空中で身動きが取れていないうちに追撃して叩きのめすんだ」
「分かったよ、テレサのお姉さん!」
その言葉と同時に、上空一七〇メートルを落下中の木原幻生の周辺が歪む。
そして不可視の攻撃が連続で老体目掛け放たれるが──しかし、老人の肉体は不可思議な軌道でその全てを回避していく。
「……チッ、
不機嫌そうなテレスティーナの呟きから二・五秒後。
木原幻生は、
「いやー、驚いたねー。僕が
「無傷……!」
「だが、テメェのその防御だって完璧じゃあないはずだ。地震を発生させるほどの巨大なエネルギー。
「うん。さらにこの後、御坂君と食蜂君……それとブラックガード君も来る計算だねー」
そう言って、幻生は人差し指でコツコツと自分の頭を突き、地面へと視線を落とす。
「まぁ、
「…………んだと?」
「
木原幻生は、すう──と顔を上げる。
そこには、狂気にも似た笑みがはりついていた。
「
「ば、かな──!! そんなことをしたら、テメェも暴走に巻き込まれ────!!!!」
直後。
爆発。
「なんだ……これ……!!」
馬場さんの、戦慄混じりの呟きが俺達の耳に届くが……実際のところ、俺もまた同じ気持ちだった。
暗部の情報網らしく、どこから撮影したんだかわからない映像と共に、そこにはこんなレポートが記述されていたのだ。
『第二学区にて、木原幻生が戦闘を開始。テレスティーナ=木原=ライフラインと木原那由他が交戦するも、ダウン。木原幻生は直近にあったビル内部に侵入。おそらく、このビルは第五位にまつわる「何か」があるものと思われる』
…………どうして俺達を狙っているはずの木原一族がそんなところでバトルを始めてるんだろうとか、第五位にまつわる『何か』を木原幻生が取りに来たってどう考えてもヤバイ状況じゃんとか、色々と言いたいことはあるわけだけれども。
そんなものは吹っ飛ばして、今決断すべきことは一つしかない。
《レイシアちゃん》
《……ええ。これは……》
この状況、身の安全がどうとか言っていられる状況じゃあなさそうだ。
「馬場さん」
「ああ……どうやらここが戦場になるみたいだね。バックアップは任せてくれ。安心しなよ、こんなところで裏切るほど薄情じゃあない」
「現場に行きますわよ。一緒に」
「え!?!?!?!?!?!?」
……俺達にも、きっとできることがあるはずだ。
対・木原一族の問題をどうにかする為にも──それと食蜂さんの抱える問題に協力する為にも、俺達も行こう。第二学区に。
馬場さんはなんかすごく抗議していたけど、しょうがないよね。だって置いていったら二度と連絡つかなくなりそうだし。