【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「……あぁー? どういうことだ、こりゃあ」
一人の男が、ぼんやりとごちた。
金色に染めた髪を逆立てた、猛獣のような雰囲気の男は、呆れたように『それ』を見下ろした。
そこには、敗北した木原相似が転がっていた。
「ふ、はは、まさかこの土壇場でデータを更新してくるなんて。面白いなぁ、面白いですよ、ブラックガードさん……!」
「あ~、おい、相似。……ったく、勝手に突っ込んでダウンしてくれやがって」
「……へ? あ、数多さん!」
転がっていた相似は、自分の傍に立つ男にようやく気が付くと、目を輝かせながら視線を上げた。
木原数多。
そう呼ばれた、顔面の半分に刺青を彫った白衣の男は、憮然とした表情のまま、相似を片腕で引っ張り上げた。
「おら、立て。怪我しようが筋力を『代替』する準備くらい、お前はできてんだろ。いつまでもこんなとこで寝てサボってんじゃねぇ。お前にはまだ働いてもらうからな」
「ハハハ、いやだなぁ~数多さん。サボってなんていませんよぉ。ただ、アレをどう攻略するかって……。あの成長スピードだと、ただ対策しただけでもその対策の上から土壇場で新たな成長が……その成長速度、いや成長
「それを考えながら動くのが『木原』だっつってんだよ、アホが」
べし、と相似の頭をはたくと、数多はそのまま傍に待機させていた部下の車に乗り込む。
そして車窓から顔を出し、未だにぶつぶつ言いながら佇んでいる相似にこう告げた。
「行くぞ。
──レイシア=ブラックガードは、一つ大きな思い違いをしていた。
別に木原一族は、レイシア=ブラックガードについてそこまで価値を感じていない。
『やあ、よく集まってくれた』
その仮説については、この老犬が完全に否定していた。
ゆえに、木原一族全体としては、レイシアに対して研究価値を見出している者は絶無に近い。
唯一、木原一族としては異端と呼べるほどに『即物的』な感性を持つ数多と、そんな彼を慕う相似に関しては、レイシアに対して多少の興味を持ち合わせているが。
電波妨害についても、レイシアはまだ気づいていないが、あれは単純に相似が戦闘の邪魔をさせない為に敷いたもので、彼を撃退して少しした時点で解除されている。あと僅かな時間でも冷静に状況を見極めていれば、もう少し未来も変わったかもしれないが……。
……つまり、レイシアは完全に勘違いで危機感を加速させていたことになる。
「……チッ、クソ犬が」
「数多。先生にナメた口利いたら殺しちゃいますよ?」
『唯一君。数多君。喧嘩はやめたまえ』
窘めるように言う老犬の背中には、ロボットアームが取り付けられており、それが彼の口元から葉巻を抜き取る。
葉巻の種類を知らない相似からしても、それが上等なものであることは一目でわかるほどだった。
『さて、君達も知っての通り、彼が動いた』
「幻生さん……ですよねぇ」
人語を話すロボットアームのゴールデンレトリバー ──木原脳幹の言葉に、相似が口を開いた。
木原幻生。
御坂美琴を利用した
当然、学園都市の『裏』の奥底にはその情報も伝わっている。だが、『正史』において彼らは歴史の表舞台には出ず、そのままに事態は解決した。それは何故か。
「アレイスターの野郎は当初静観するって言ってたよなぁ? それがどうしてこの大集合だ? 正月でもこんなに集まらねえぞ」
言いながら、数多は周囲を見渡す。
薄暗いホールのような場所には、ざっと数えるだけで一クラス分ほどの『木原』が蠢いていた。
ホールの中央に立つゴールデンレトリバーの木原脳幹。
脳幹の教え子である木原唯一。
金髪を逆立てた木原数多。
そんな彼を慕う木原相似。
壁際には車椅子の木原病理と彼女の車椅子を押す木原円周がいたし、他にも数多に影響を受けたファッションの木原乱数、ビジネススーツ姿のテレスティーナ=木原=ライフライン、ランドセルを背負った木原那由他などもいる。
その誰もが、人知を凌駕する
『それが実は、アレイスターの計算外の事態が起こってね』
「……ああ? 計算外だぁ? 確かに、あそこで暢気に車椅子転がしてる仮病野郎が幻生のジジイを『諦めさせる』のを諦めやがったけどよ」
「あのじいさんは死んでも諦めないですし、あのじいさんを死なすのも今の私の科学では無理なのでしょうがないですよー」
『いや、そっちはいいんだ。元々、彼の実験そのものは我々も問題視していなかったからね』
脳幹はそう言って、
『ただ、レイシア=ブラックガード君の件がね』
「ああ、あの例の……
『彼女の
正史において彼は
それ自体は学園都市の『闇』では明らかになっているが、しかしそれを具体的に実現する方法についてはまだ分かっていない。
『問題は、「彼」が身を隠す必要などどこにもない──という点だ』
それでも統括理事長は当初幻生の企みを『静観』していたし、脳幹をはじめとする木原一族もそれに否やの声をあげたりはしなかった。
もっとも、学園都市の秩序を守ることを生業とする病理などは一応抵抗してはみたようだが……それにしたってあっさりと諦める程度の熱量しかない。
つまり、幻生の計画は統括理事長にとってそこまで重大なものではなかった。
否、
その慢心につけこむ形で、木原幻生はこの街の『闇』を利用し、むしろ統括理事長に己の所業を見せつけるような形で動いていた。
その幻生が、急に今になって雲隠れした。これは明らかに今までの彼の行動指針からは外れた行動である。
『つまり「彼」は、レイシア=ブラックガードの本格覚醒を受けて、この土壇場で「あるモノ」を手に入れる必要性を見出した。そしてその「あるモノ」は、アレイスターにとって都合の悪いものだった』
「……『あるモノ』って? 脳幹ちゃん、それじゃあ何も分からないと思うんだけど……」
『うむ。良い質問だ円周君。それについてはこちらとしても目星がついているが──まぁ、機密というヤツだ。今その存在を明らかにするのは、アレイスターにとっても都合が悪い』
つまり、と脳幹は続けて、
『見つけ次第、木原幻生を無力化しろ。生死は問わない。…………街を守る為の戦いというわけだ。善悪で言えば善で、好悪で言っても好ましいなど、なかなか巡り合えるものじゃないぞ』
「…………反吐が出るな」
「奇遇ですね数多。私も同感です」
吐き捨てるように言い、二人の『木原』はホールの出口へと移動する。それを追うように、少年と少女の『木原』もホールの出口へ歩を進めるが……、
「ただ、そこに
「私も。自分だけ諦めっぱなしは性に合わないのでーす」
ぴたり、と。
そこで二人の『木原』が足を止める。
「オイオイ、いつからお前の司るものは『猿真似』になっちまったんだァ?
「そっちこそ。まだ『諦め』てなかったんですか?
「…………
「まぁまぁ! 二人とも、一応私達の目的は共通しているわけでしょ? ならここで潰し合う必要はないと思うよ! ね、病理おばさん、数多おじさん」
一触即発の空気になった二人を宥めるように、円周が間に割って入る。
じろりと、二人の『木原』の視線が一人の少女に向けられるが、その向こうから老犬のロボットアームがきりきりと音を立てたのを見て、ようやく二人の『木原』は矛を収めた。
「……ま、『木原』が足りてねえテメェに言っても分からねえ話ではある、か」
「数多。私は円周ちゃんと出ますけど……邪魔をすれば殺しますよー」
「そりゃこっちの台詞だクソアマ。行くぞ、相似」
それきり、二組の『木原』は言葉も交わさずに本当にホールから出ていく。それを見て、残された『木原』達も各々行動を始めた。
その中の一角。
ビジネススーツ姿のテレスティーナ=木原=ライフラインは、ランドセルの木原那由他の動きを見ていた。
日本人離れした金色の髪をツインテールにした少女は、真っ直ぐにテレスティーナのことを見ていた。
「……なんだ、『欠陥品』。こうやって顔を合わせるのは初めてだったか? あの実験体どもの落とし前でもつけにきたか」
「絆里ちゃん達は、きちんと目を覚ましたよ」
それは、彼女達の間に隔たる歴史を知らない者には意味の通らない会話だっただろう。
ただ、そこには確かな隔たりがあり──木原那由他の一言は、その隔たりを踏み越える一歩だった。
「だから私も、テレスティーナおばさんに何かするってことはないよ。……でも、幻生おじいさんは、そうはいかない。幻生おじいさんの計画は、この街を滅ぼすものだからね。私は……この街を守りたい」
「……、」
「テレスティーナおばさんも、私と同じように幻生おじいさんの実験体として色んな実験に参加してきた。ある意味で、私達は『モルモット』という形で幻生おじいさんの思考を間近で見てきたといえる」
「その私達の知見を合わせて、クソジジイの居場所を暴こうってかァ? ……ハッ! 馬鹿じゃねえの? 私がそんな話に乗るとでも思っていやがんのか。っつかよォ、私としては、確かにあのジジイに先を越されるのは業腹だが、別に
「嘘だね」
あくまで嘲るテレスティーナに、那由他は静かな否定を返す。
「なら、なんでここに来たの? テレスティーナおばさんも、幻生おじいさんの企みは阻止したいんでしょう?
「……………………チッ」
舌打ちをしたテレスティーナは、しかし那由他の言葉には答えずにホールから出ようとする。
那由他はその背中をじっと見ていたが──やがてテレスティーナは、根負けしたように足を止めた。
「……ついて来るのは止めねぇが、来るなら一つだけ忠告しておくわ。私は
「…………うん! テレスティーナお姉さん!」
そしてまた、ホールから二人の『木原』が消えた。
最後に残された一人と一匹は、暗がりの中でのんびりと話を始める。
『さて、誰が「彼」に到達するかなあ』
「うーん、難しくないですかね。あのジジイ、本当に妖怪みたいなしぶとさしてますし。そもそも『木原』同士が潰し合ったところで不毛なんですよね」
『そうだなあ、やはり対「木原」なら
「ああ、
リクルートスーツに身を包んだ女性は、懐疑的な声色を隠そうともせず、続けてこう言った。
「
原作キャラ紹介
名前 | 木原那由他 |
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初出 | とある科学の超電磁砲特典冊子「偽典・超電磁砲」収録 『とある自販機の |
設定 | |
木原一族にして、先進教育局・特殊学校法人RFO所属の風紀委員。小学生の少女。 純日本人だが、実験の後遺症で金髪碧眼。能力はひらたく言うと『能力を暴発させる能力』。 「とある科学の超電磁砲」に登場する枝先絆里達の友人。昏睡状態に陥った彼女達を救う為に活動していたが、彼女達を救う為に動いていた木山春生を倒した御坂美琴に対して複雑な感情を抱き、戦闘を挑む。 その際、御坂美琴と削板軍覇の衝突の余波を受けて身体を故障。その後の 実験体の安全にすらも配慮した完璧な実験を行っていた為、木原一族の中では『欠陥品』として蔑まれていたが、学園都市では同じ『欠陥品』として扱われている枝先絆里達と親しくなり、『欠陥品』として使い潰された彼女達が単なる犠牲者ではないと証明する為、 |