【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
《まったくもう。勝手にあんな啖呵を切るなんて》
そして競技直前。
お父様に派手に喧嘩を売ってから、幾分頭の冷えた俺はお小言を言うレイシアちゃんに対して静かに反省の意を示していた。
……いや、間違ったことを言ったとは微塵も思ってないし、あそこで言わなきゃ俺の今までしてきたことは嘘になると、今も思ってるけど……。
でもまぁ、せめてやる前にレイシアちゃんに一言断っておくべきだったかなぁって。勝手にやるのはやっぱりよくないよね。
《まったくもう。…………まったくもう。もう》
幸いにもレイシアちゃんはあまり怒っていないようなのでよかったが、これからは気を付けなくては。
だが、あれだけ言ったからには、俺も腹を括らねばなるまい。
あの馬鹿オヤジに、教えてやるのだ。レイシアちゃんの努力は『無意味なこと』なんかじゃないと。そして、それを無自覚に踏み躙ることが、どれほど酷いことなのかを。
「……あの、レイシア、……いやシレンさん。どうかしやがりましたか?」
「──問題ありませんわ。少し、気合が入っただけですので」
夢月さんに軽く答えてから、俺は選手用の入場ゲートへと歩を進める。
ああ、確かに気合が入った。
見せてやるさ、クソ親父。
レイシアちゃんの努力は、無意味なんかじゃなかったってことをな!
「…………何を間違えたんだろうね、僕は……」
──父兄用観客席。
子供の成長を見ることができる喜ばしさに包まれているはずのその席で、ある一角だけ冗談みたいな重苦しさを放つ席があった。
金髪碧眼のブラックガード夫妻の席である。
観客席にやってきてから、ギルバート=ブラックガードはずっとこうだった。まるで何かに押しつぶされているかのように項垂れ、呻くように何度も同じことを呟いている。
まぁ、それだけショックだったということだ。
目に入れても痛くないほどに可愛がっていた愛娘が、突如自分の胸倉を掴んで吐き捨てるように『反抗』したのだ。ただでさえ気の弱いギルバートにとっては、一度に受け止められる出来事の許容量を余裕で超えすぎている。
「……私にも、分かりませんね」
「やっぱりそうかぁ……。うう、なんて謝ればいいんだろうか……」
言って、ギルバートはまた頭を抱える。
ローレッタは『反抗期の娘に思わぬパンチを食らって悶絶している』ような状態だが、元来子煩悩だったギルバートにとっては絶縁状を叩きつけられたに等しいショックなのだった。
「……ハァ。ほらアナタ、レイシア達が入場してますよ」
ハンディカメラを回しながら、ローレッタがギルバートに呼び掛ける。
選手入場ということで、アーチ状の入場門に並んでいる常盤台生の先頭には、レイシアが堂々たる佇まいで立っていた。
その後ろには、刺鹿、桐生、阿宮を始めとした派閥──GMDWの面々も並んでいる。
もちろん、厳密には『常盤台中学』として参加している為、GMDW以外の生徒も少数ながらいるし、今も他の会場で競技をしているGMDWの面々もいるので、フルメンバーというわけではないが。
「レイシアは、随分友達と打ち解けているなあ……」
その光景を見て、ギルバートは静かに呟いた。
彼の記憶の中のレイシアは、常に孤高だった。
ブラックガード財閥の跡取りとして、その組織運営に必要な知識は漏れなく与えてきた。少し甘やかしてしまった為か気位が高く育ってしまったレイシアは、学園都市に行くまでの数年間も、特に友達などいなかったが。
学園都市に行ってからも、大覇星祭で直接見たり手紙等で間接的に様子を見る限り、レイシアは常に孤高だった。
それが、気付いてみればああやって笑みを向けられるような仲間ができているのだ。そんなものは、彼女には要らないと思っていたが……。
「よかった! とうま、間に合ったみたいだよ!」
「ヒィ、ヒィ……。途中で車に撥ねられそうになったときはどうなるかと思った……」
「シレンとレイシア、まだ出てないよね!? ……あ、いた! シレイシアー! 頑張れー!」
「おー、レイシア、シレン、俺達も応援してるぞー!」
…………それだけでなく、彼らのような庶民の友達もいるらしい。
「……あの子、どことなくトーヤに似ているな……。……フッ、あの子に男友達ができているなんてな。…………絶対許さんあのガキシメてくる」
「アナタ……! アナタ……!」
壮年の紳士がいきり立ちそうになって妻に羽交い絞めにされる一幕があったりもしつつ。
しかしそんなダメ親父も、応援に来たツンツン頭の少年に対して愛娘が笑顔で手を振っているのを見ると、襲い掛かる気力も失せたらしい。
ついでに自分の方にも一瞥くれたはずなのに手を振ってくれなかったのがそこはかとなくショックだったようだ。反抗期の娘を持つ父親の扱いってめんどくさいなぁと思うローレッタであった。
さて、そろそろ競技が始まる。
とはいえ障害物走は一組が走って終わりというわけではない。リレー形式ではないが、全部で五組が走って、その成績の合計が障害物走での得点となる。
俺が──というか、レイシアちゃんがGMDWの面々に厳命していたのは、
『いいですか、皆さん。我々GMDWは、障害物走において参加者五人中四人を占めています。派閥外の子については関係ありませんが──我々は、全て一位を目指しますわよ』
ということ。
夢月さんも、二年生にして
「阿宮さん。能力は意識しすぎず、障害物がやってきたところで妨害をプラスする感覚でやるのですわ」
「妨害をプラスする感覚……分かりましたでございます!」
「すすす、好凪さん、あまり緊張しすぎないように」
「桐生さんこそ、なんか緊張してるのではありませんかぁ~?」
「わわわ、私のこれは素なんです!」
「はいはい。皆さんやる気十分なのは良いことですが、あまり気を抜きやがらないように」
競技直前、そんな状況下で喋っているのは、俺達だけだ。観客もざわついているし、別に静かにしてないといけないというわけでもないのだが、どうしても緊張して黙っちゃうからね。
その点俺達は、やる気こそあるが、緊張しているというわけではないし。第一レースが俺ということもあり、皆は比較的リラックスできているようだった。
「こ、これがレイシア=ブラックガード率いるGMDWですの……!」
……一人だけ俺達の中に紛れ込んでしまった生徒、婚后さんにはちょっと悪いことしたなと思うけど。
そう。なんと今回、常盤台チームには婚后さんがいるのだった。何気に婚后さんとはほぼ初対面なので(競技の打ち合わせの時に挨拶したくらい)、微妙に距離感が分からないが……。
何やら、既に向こうからは存在を認識してもらえてるようだった。まぁ、よくも悪くも顔が売れてるからね、レイシアちゃんは。
『さて! この競技の実況はギャルくノ一! そして──』
『解説はこのオレ! 仕事が休みになって急遽暇になった「人生と書いて妹と読む」がお送りするにゃー!』
…………土御門さん。一体何をしてるんだ……。っていうか競技とか大丈夫なの? いや、大丈夫なんだろうけど……。
『第一レースは常盤台中学、繚乱家政女学校、枝垂桜学園、柵川中学だにゃー。この中だと何の変哲もない柵川中学が不利なような気もするがー……?』
「調子がいいことを言いますわね……。……わたくしのレース、全員油断なりませんわよ」
レイシアちゃんが不満げに言うのも仕方がない。
常盤台中学第一走者・俺達に対し、繚乱家政女学校第一走者・雲川鞠亜、枝垂桜学園第一走者・弓箭猟虎、柵川中学第一走者・佐天涙子。
……弓箭って人は知らんが、それ以外は俺達の知る『正史』でも活躍していた人物たちである。特に雲川鞠亜さんに関しては、あの『グレムリン』が跋扈する戦場でも戦い抜いていた本物の猛者。ナメてかかればボコボコにされるだろう。
っていうか弓箭って人、派閥の事前調査でも全く情報が出てこなかったんだよな……。学生なんて本人のネットリテラシーが高くても友達の誰かは確実にそういうの緩い子がいるから情報集めもしやすいのに、あの人だけは何故か何も情報がなかった。めちゃくちゃリテラシーが高いか、よほどのぼっちなんだろうけど……。
っと、いけないいけない。
もう競技も始まるし、集中せねば。
「位置についてェ! よォーい……」
号砲を持った先生が、ピストルを天高く掲げる。
そして──
パァン! と。
秋の空に響き渡る火薬の破裂音と共に、俺達を含めた四人の生徒が動き出した。
「ッ!」
先に仕掛けたのは、鞠亜さんだった。グルンと身体を回し、まるで軟体動物のような動きで俺の方へ飛び掛かってくる。……なるほど、ここで押し倒してフォームを崩させ、俺を早期にリタイヤさせようってわけだ。
『亀裂』を防御に使おうにも、下手に出したら鞠亜さんを傷つけてしまいかねない。俺がそれを躊躇して対応を遅れさせるのを計算に入れての動きなんだろうが……
「甘いですわ!」
残念。確かに俺は一瞬そういうのを考えて躊躇しちゃう人間だが、こっちにはそういうのを完全に無視できる
よって。
ドッッ!! と、暴風によって、俺達の身体は軽く一メートルくらい浮かび上がる。
一瞬前まで俺達がいたところを、鞠亜さんが猛獣のようなスピードで通過していた。うわぁ……当たってたらひとたまりもなかった。
「ひえー……なんの能力者なんだろ。レイシアさんあんな人に狙われて……くわばらくわばら」
そんな俺達の攻防をよそに、先にスタートした佐天さんが何やら言っているが……、
「余裕ですわね佐天。あの女、全員潰すつもりですのでアナタもそのうち狙われますよ」
「えぇ!? っていうかレイシアさんもうそんなところに!? 足早っ!」
さらに『亀裂』の暴風を使って加速したレイシアちゃんが、佐天さんに警告する。
鞠亜さんは……開始で少しロスがあったが、やはり素の身体能力が凄まじいのか、すぐにこっちまで追い縋っている。
一番早いのは枝垂桜の弓箭さんだ。……あの人も普通に身体能力高そうだなぁ。
さて、そんな弓箭さんに遅れることだいたい五秒、俺は最初の障害に到達した。最初の障害は……網だ。地面に敷かれた網の中を潜って抜けなくてはいけないのだが……、
「……んっ、匍匐前進だとやはり胸が邪魔ですわね……」
サポーターで胸の揺れを補正しているとはいえ、匍匐前進だと地面に胸が擦れる。痛くはないが、そのせいで進みづらい……。
なんというかこう、胸の下にボールを乗せたまま匍匐前進をしている感じというかね。あんまり勢いよく動きすぎると中のサポーターが千切れるかレイシアちゃんの胸が痛むかしそうで怖くて速度が出しづらいのだ。
首位の弓箭さんもそれは同じらしく、明らかにスピードが落ちていた。
「…………チッ、こんな形で順位を上げるのは屈辱的だが……まぁいい。これはこれで私の強度が上がる」
あっ、鞠亜さんがめっちゃ追い上げてきた。やばいやばい……よっ、と。
ようやく抜け出て、走り始めたころには、四人はほぼ横並びになっていた。
いかんな……。流石にこのへんで距離を離さないと、他の障害物で予想外に足が止まった時に順位を決定的にされかねない。
次の障害物は……跳び箱か。
しかもあの跳び箱、相当デカイ。常人じゃ飛ぼうとしても結局飛びきれず、上に跨ってしまうようなヤツだ。鞠亜さんくらいなら普通に飛び越えそうだが……正攻法でやるのは馬鹿だな。
「このあたりで、頭一つ抜けさせてもらいますわよ!」
ゾン!! と、足元から透明な『亀裂』が伸びる。
それは俺達だけが認識できる足場として、跳び箱の上を超えるように展開されていく。ちなみに、他の人達がうっかり触って切断されたりしないように、端っこはちゃんと内側に巻くようにしてある。誰かが気付かずぶつかってもスパッとなったりは絶対にならない安全仕様だ。
そしてこのショートカットは、わりと劇的な結果を齎した。
やはりというか、鞠亜さんは得意のよく分からん体術を使って跳び箱を超え、弓箭さんも意外にもかなり軽い身のこなしでさくさく進んでいくが、やはりどちらも走る速度には劣る。
その隙に、『亀裂』の上を全力疾走している俺は一気にトップへと躍り出た。
『おおっ! 障害物の意味を完全に無に帰す掟破りの技ですね! アレで全部行けばいいんじゃないですか!?』
『んにゃ、一応各障害物にも踏破のルールがあってだにゃー。跳び箱は「超えればOK」だったが、たとえば網潜りは「ちゃんと網を潜らなきゃNG」なんだぜい』
『とすると……次からの障害物も、必ずしも「亀裂」が使えるとは限らないわけですね。奥深いなぁー』
『まあにゃー。能力があるがゆえにアドバンテージの取れない障害物ではもたつく能力者か、どの障害物でも平等に立ち回れる無能力者か。今回の競技の見所はそういうのもあるかもしれないですたい』
土御門さんとくノ一さんの解説を背に、俺は全力疾走を続ける。さて次の障害物は……、と。
「ラッキー! これで私も一気に二位!!」
……佐天さんが、なんか俺の後に続いて跳び箱地帯を超えてた。
『そしてそしてーっ! 柵川中学が常盤台中学の策を上手く利用して二位に!』
『能力による対策は、こういう展開もありえるんだにゃー。特にレイシア=ブラックガードのような設置型の能力は、認識さえしていれば誰にでも利用できる。とはいっても、得体のしれない他人の能力を使おうってのは大分怖い者ナシな気もするぜい……』
まったくだよ!! 佐天さん、『亀裂』が危ないって分かってるはずなのになんで……!
「え? いやーアハハ、レイシアさんなら、誰かが怪我するような危なっかしい能力の使い方はしないかなーなんて……」
図星だよちくしょう!!
クソ……これで
下手に解除したら落ちて危なさそうだし、これ、使い方をちゃんと考えないと、逆に俺の首を絞めることになるんじゃないか……!?
そして、競技は熾烈を極めた。
最新の人工筋肉を利用した麻袋で胸までぴっちりと体のラインを浮き上がらせるエロ障害物や、ゲコ太マークの幼児用三輪車など、ちょっと企画者の性癖を疑うような障害物もあったが……、
ついに、最後の障害物だ。
『いよいよ競技はクライマックス! トップはブラックガード氏、二番手にはなんとォ佐天氏! 続いて雲川氏、弓箭氏が続きます! 誰がこの展開を予測できたでしょうか!? 何の変哲もない
『というか、あっちの子は悉く常盤台中学の能力に相乗りしてた感じだにゃー。あそこまで物おじしないってのも、一つの才能だぜい』
「むしろ、追い縋るだけで二位につけさせることが可能なわたくしの他の追随を許さない有能さを賞賛すべき場面ではなくって!? この局面!!」
佐天さんを評価する実況解説に文句を言うレイシアちゃんだが、そんなことを言ったところで順位が変わるわけでもない。
それに何より、次の障害物は──
『最後の障害物! 平均台! これは妨害がモノを言う障害物ですが、佐天氏はブラックガード氏の暴風に立ち向かえるんでしょうか……!?』
くノ一さんの実況に、会場の皆さんが手に汗握っているのがよく分かる。
判官びいきとはよく言ったもので、会場の皆さんはすっかり
まぁ。
『ああーっ! ダメだった! 普通に風で平均台から落とされてます!!』
そんな番狂わせが起きないのが、盤石な実力というヤツなんだけれども……。
『一方、ブラックガード氏自体はそこまでスピードを上げていません。そこに驚異的な身のこなしの雲川氏と、平均台をものともしないバランス感覚の弓箭氏が猛追────ッ!! これは三人による優勝争いになりそうか!?』
『平均台の踏破ルールは「最後まで渡り切る」だから、暴風によるショートカットを使うことができないのも痛いぜい。常盤台中学は、身体能力自体はそこそこって感じだからにゃー……』
くっ……ヤバイ、どんどん距離を詰められてる!! このままだと、平均台を渡り切る前に追い抜かれそうだぞ……!? 暴風を使おうにも、あの人達、全然体勢崩さないし! どういうバランス感覚してるんだ!?
《まずいですわね……! こうなれば、他の平均台に『亀裂』で壁を作りますか》
《いや。そんなことをしても多分彼女達には無意味だ。鞠亜さんも弓箭さんも、多分何かしらの方法で『亀裂』を飛び越えてくる。あまり『亀裂』を高くしすぎても、競技が危険になっちゃうからダメだし……》
それに、頑張って能力を使ってやった妨害が無意味になったら、結局俺達が注意を散らしただけになってしまう。それなら、妨害に力を割くより、何かしらの方法で自分達を加速させた方がいい。
つまり──
「ダッシュですわ!!」
俺は、言いながら平均台の上で全力疾走を始める。
もちろん、細い平均台の上でそんなことをすれば、通常であればこけてしまうだろう。
しかし。
『こ……これは一体どういうことですか!? 人生と書いて妹と読む氏! 自殺行為のはずなのに……』
『これは、平均台の脇に、まるでセーフティネットみたいに「亀裂」を展開したんだにゃー。こうすれば「平均台を渡り切る」っていう踏破ルールは満たしつつ、足場を気にせず走ることができるって寸法だぜい。その上──』
「やった! これで私も気にせず走れっ、アー!?」
『……小まめに能力を解除することで、後続に利用される心配もないってわけだにゃー。あのご令嬢、競技の中で能力を使うセンスが成長してるぜい』
『そしてそのまま…………』
ゴール!! という実況の勝鬨を耳にしつつ。
俺達は、無事にゴールテープを切ることに成功した。
結局最終結果は、一位が俺達常盤台中学。二位が弓箭さんの枝垂桜学園。三位が鞠亜さんの繚乱家政女学校。四位が佐天さんの柵川中学ということになった。
佐天さんはビリケツだったけど、同じく
なんというか、土御門さんとかと同じ、何かしらの技術持ちって感じの雰囲気がすごいするし。
「お疲れ、レイシア」
選手控えゾーンに戻ると、不意にお父様の声が聞こえてきた。
声の方を見やると、どうやら選手控えゾーンの近くの観客席をとっていたらしい。お父様とお母様が、こっちの方を見ていた。
……誘導の大覇星祭実行委員に視線を向けると、苦笑しながらそっちに行って話してきてもいいよ、許可を出してくれた。有難い。
「……ありがとうございます。お父様」
俺が出てくると話をややこしくしそうなので、一旦引っ込んで、レイシアちゃんが応対する。
他人行儀に頭を下げるレイシアちゃんに、お父様は分かりやすくヘコんでいた。
「そ、その……さっきは、すまなかった。レイシアがあんなに怒るとは思ってなくて……」
「なんで怒っていたか、お分かりですか?」
しょんぼりしているお父様に、レイシアちゃんは冷静な声色でそう問いかけた。
言われて、お父様は思わず口ごもってしまう。そりゃそうだろう。なんで俺が怒ったのかなんて、この人には分かるはずもあるまい。分かっていたなら、レイシアちゃんはあんな苦しい思いはせずに済んだ。
「……ですわよね。わたくしだって、本当の意味で分かっていたわけじゃありません。
「……?」
「詳しい話は、いずれいたします。ただ、わたくしはアレほどお父様に対して怒りの気持ちはありませんので」
レイシアちゃんは、そう言ってふっと笑う。
何を思っているのかは、何となく分かる。きっと、昔のことを思い出しているんだろう。
「結局、代償行動の一種だったのですわ。アナタがたに認めてもらいたくて、でも認めてもらえなくて。だから代わりに自分の周囲の『小さな世界』の全てに認められて、自分の価値を実感したかった。……とんだ子どもの癇癪ですわ。お陰で、色んな人に迷惑をかけてしまいました」
「レイ、シア……」
「そこに
ジイ、とねめつけるような視線に、お父様は居心地悪そうに視線を伏せた。
レイシアちゃんはそれを見て少しだけ笑い、続ける。
「でも、アナタがたがそういう風にわたくしを育てたからこそ、巡り合えた出会いもある」
そう言って、レイシアちゃんはお父様の手を取った。
「そこについては、感謝しています。ですが、見ていて分かったでしょう。多くの観客の歓声が。わたくしの友人の応援が。……これが、わたくしが積み上げてきたものです。『ブラックガード財閥の跡取り娘』としてではない、ただの『レイシア=ブラックガード』が紡いできた財産です」
ぎゅっ、と。
レイシアちゃんの手に、力がこもる。
「その価値を無意味だと言ったから、『わたくし』は怒ったのです。それは、わたくしの歩んできた道に対する侮辱だからです」
「……、…………す、すまない……」
お父様は、シュンとして俯いた。
……すまないで、済むと思っているのか? お前のせいでレイシアちゃんがどれほど……。
「構いませんわ。お父様。言いましたわよね。わたくし、それほどお父様に対して怒っているわけではないと」
「れ、レイシア……!」
怒ってるだの怒ってないだのは、きっとお父様にとっては殆ど意味が分からない言葉だろう。
だが、愛娘から出てきた思わぬ許しの言葉に、お父様の顔がぱっと明るくなる。
……俺としては腑に落ちない部分もあるが、レイシアちゃんが許すっていうなら、まぁ……。……実の父親なわけだしな。価値観の違いは、これから時間をかけて埋めていけばいいことでもあるし……。
「ですからその代わり、お願いがありますの」
と。
そこで、その場の空気が切り替わる。
何だかんだで良い感じに落ち着きそうだった流れが、急激に……何か、ドロドロとした策謀めいたものが渦巻く流れへと。
ああそうだ。
レイシアちゃんって、今は真っ直ぐに成長しているけれど、でも結局のところ、根っこの部分は悪役令嬢なんだよ。レースゲームをやったら、お邪魔アイテムの活用に全てを懸けるような子なんだよ。
そんな子が……こんな絶好の弱みを握ったなら、それを利用しないわけがないじゃないか。
「お父様」
ああ、お父様の瞳に、レイシアちゃんの顔が映り込む。
にっこりと、しかし冷たく微笑む彼女の表情は──
「わたくし、塗替さんとの婚約を破棄したいんですの☆」
まさしく、
ギャルくノ一=郭さんです。
今回新しく登場した派閥の人 | ||
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二年生 | ||
元々レイシアが結成した派閥に所属していた人。実家がブラックガード派閥の傘下。 間延びした口調。「~のではありませんかぁ~?」が口癖。 能力は |