【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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おまけ:幻想殺しの少年の雑感

「あ、また会いましたね」

 

 その日、いつものように夕方の特売に赴いていた上条は、またもその少女と出くわしていた。

 金色の髪をポニーテールにし、肩にかけた部分を縦ロール気味にしているお嬢様スタイル。

 黒ぶちの眼鏡の奥からでも分かるくらいに吊り上がって威圧的な印象を感じさせる青い瞳。

 一見すると『性格のキツいお嬢様』という感じのこの少女だったが――、

 

「じゃあ、行きますか……!」

「おう…………!!」

 

 今となっては、立派な『戦友』となっていた。

 

***

 

第一章 予定調和なんて知らない Theory_is_broken.

 

おまけ:幻想殺しの少年の雑感

 

***

 

 上条がレイシア=ブラックガードと出会ったのは、今からおよそ二週間前の夕方だった。

 

 いつものように夕方になって安くなった商品を買うべく近場のスーパーを目指していた上条の背中に、『あのう……』という遠慮がちな声がかけられたのだ。

 最初に見た時は、正直上条も思わず目を見張った。

 

 体のラインを隠すようなだぼっとした黒地のジャージに、安物のジーンズ。ジョークグッズか何かと見まがうような質の黒縁眼鏡は、いっそ胡散臭さすら漂わせていたかもしれない。

 ファッションに疎い上条でも分かる。

 そこらのディスカウントショップで買ったのであろう安っぽい服に身を包んだ、脱引きこもりを果たした直後のファッションにルーズな女性――――では、絶対にない。

 何故なら、身を包む服と反比例して、彼女()()にはこれでもかというくらいお金がかかっているのが分かったからだ。

 粗末な髪ゴムでポニーテールにしているが、背中の中ほどまであるだろう金髪は上質な絹のような輝きを放ち、ゆるやかなウェーブを描いているし、その肌は染みひとつなく夕暮れの赤い光を素直に照り返していた。キツそうな目つきの奥に光る青い輝きの瞳も、安っぽいジャージを力強く持ち上げる膨らみの発育も、何もかもが――――ド素人の上条にでも分かるくらい、()()()()()()

 あるいは、過剰に安っぽいもので周りを固めていたからこそド素人の上条でも分かるくらいに目立っていたのかもしれないが。

 何にせよ、上条のレイシア=ブラックガードに対する第一印象は、それなりに強烈だったと言って良いだろう。

 

「お疲れ様でした。……大丈夫ですか? なんか二人の念動使い(テレキネシスト)に押し潰されて強制的に変顔させられてましたけど」

「お、おう、おう…………」

 

 しかし、その印象はここ二週間ほどで大きく変化していた。

 まず、レイシアは非常に大人びている。彼の先輩であり高校二年生にもなる雲川芹亜と比べると流石に子供っぽい――いや、『若い』と形容すべきかもしれない――が、それでも最近上条に絡んで来るようになった某ビリビリ中学生よりもよっぽど落ち着いているし、このように上条のことを気遣う余裕さえあった。

 尤も、それは某ビリビリ中学生にはある『微笑ましさ』や『可愛げ』に欠けるという意味にもなるのだが、生憎上条もまだまだ年下に微笑ましさや可愛げを求めるほど老成はしていなかった。

 

「今日もすまんな……」

「い、いやいや……。あー……なんというか、最近は上条さんがデコイになってくれているお蔭で私に被害が飛んでこないんじゃないかって気もしますし」

 

 そんな風に笑いながら、レイシアはあまりにも無理やりなフォローを繰り出す。あまりに健気な気遣いに、上条はちょっと涙がこぼれた。全体的に不幸だ。……金髪グラサンの隣人や青髪ピアスの級友が聞けば、『隣に金髪碧眼で気立ての良い美少女を侍らしといて何が不幸だにゃー(やねん)!!』とかで天誅されそうな感じではあったが。

 

 閑話休題。

 

 先の特売戦争では、上条は二人の念動使い(テレキネシスト)の力場に挟み撃ちにされ、片方の能力を打ち消したらその時点で思いっきり吹っ飛ばされてリタイヤするという実に不幸な状況に叩き込まれていたりして、結局特売のお肉(おひとり様三パックまで)は一パックしか手に入れられなかったのだが……案の定三パック手に入れたレイシアに一パック分けてもらい、なんとか今夜の飢えは凌げたのだった。育ち盛りの汗だく野郎にとって今晩のお夕飯にお肉が一パック増えるか否かはまさしく死活問題なのである。牛丼(並盛)程度なんてオヤツにしかならないくらいだ。

 

「…………というか、上条さんって私がいなかった頃はどうやって乗り切ってたんですか?」

 

 別に今も特別レイシアと待ち合わせているわけではない(特売の時間帯に自然とやってくるので顔を合わせることが多いだけだ)が、それはそれとして上条がどうやって特売戦争を乗り切っていたのかについては、レイシアも純粋に興味があった。

 

「どうって…………気合だけど」

 

 それに対し上条は、何てことなさそうに返す。

 気合。便利な言葉だ。第七位あたりであれば日に一〇〇〇回は言っているかもしれない。だが、生憎彼女は全部気合とか根性であの絶望的不幸の克服を片付けられるほど精神論に毒されていないし、目の前の少年が人間離れしているとも思っていない。いや、人間離れの方については色んな意味で()()()()()()信頼はしているかもしれないが。

 

「…………気合? ど、どうやってですか?」

「いやだから、()()()()()()()

「……………………へ?」

 

 ……そこで、レイシアは何かしらの意識の断絶を感じる。

 おかしい。今自分達はどうやって特売戦争を乗り切ったのかという話をしていたのではないか? パンの耳でどうやって特売戦争を乗り切れるというのだ? 気合? 錬金術って気合で出来たのか??? そんな考えが彼女の脳内をグルグルと巡る。

 そんな彼女の様子を見て、上条は得心が行ったように頷きながら、

 

「あー、ごめん。分かりづらかったか。パン屋とかで余ったパンの耳をもらうんだよ。それを主食にして食いつなぐ訳だ」

「いや、あの…………」

 

 そこに至って、レイシアは気付いた。

 この少年は――上条当麻は、()()()()()乗り切り方について話していたわけではなかった。

 特売戦争を乗り切れないことなど、もとより前提扱い。

 彼が話していたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、についてだったのだ。

 そういえば、上条家の食卓はお鍋やるぞーと言った結果、何故かショゴスが入ってたりする、ルーニーでも紛れ込んだのかと言わんばかりの壊滅っぷりを誇っていたのだ。

 ――――今度は、レイシアが涙を禁じ得ない番だった。

 

「……上条さん、マジで私、今度何か持って来ましょうか? お金なら多少余裕はありますし……」

「へ? 何言ってんだ。後輩にモノたかるわけにはいかねえだろ」

「分かりました。でも、何か困ったことがあったら言ってくださいね。助けになりますから」

 

 きょとんとしながら返す上条に、レイシアはわりと真剣に進言する。上条は分かった分かったと適当に頷いていたが。

 

「なぁ、そういえばレイシアは、何でそんな俺の世話を焼こうとしてるんだ?」

 

 ふと気になって、上条はレイシアにそんなことを問いかけていた。

 

「……えっ、な、何の話ですか?」

 

 そこも、レイシアという少女の奇妙な点の一つだった。

 人懐っこく無警戒とまで言えそうなほど社交的な性格のわりに、ここ二週間弱の間、上条が特売に来るときは大体毎回顔を合わせている。つまり、友人同士で集まったりしている様子がない。

 わざわざ欠かさず特売にやってきていたり、服装は安っぽかったりしている癖に、言葉の端々からは経済的な余裕が垣間見えているし、それを隠す気もない。

 まるで世間知らずのお嬢様がお忍びで社会勉強でもしているみたいだな、と思えてくるようなちぐはぐさだった。

 まぁ、上条のその思考は実のところかなりいい線なのだが…………世間知らずと評されたのは、レイシアにとっては多分けっこうな屈辱だろう。

 

「いや、ただ道を教えてやっただけなのに、レイシアってけっこう俺のこと気にかけてくれるじゃんか」

 

 なんて言いながらも、上条の心中に淡い春色の期待が全くなかったかと言えばウソになる。何かと自分によくしてくれる年下の少女。ビリビリと違って素直で可愛い。これで期待しない童貞はいないと言っても良いだろう。

 それに何と言ってもレイシアはおっぱいがデカいし、可愛いし、胸が大きいし、気立ても良いし、あと何といってもバストサイズが優れている。

 多分これ言ったらビンタされて縁切られるだろうなと上条も分かってはいたが、分かっていてもやっぱりおっぱいは無視できない男の浪漫なのである。貧乳? なんのこったよ。

 で、そんなおっぱい大好き上条にレイシアはむしろ不安そうにしながら、

 

「あ、あの、あんまりしつこく言いすぎて気分を悪くされたんでしたら、謝ります……」

 

 と、見当違いな方向へ配慮していた。ほんのちょっぴり淡い期待をしていた思春期ボーイ上条は直前までの春色おっぱい思考をどこかへブン投げて、慌てて首を横に振って否定する。

 

「違う違う違う! そういうことじゃなくて、普通に疑問だったんだよ。特売にわざわざ来てるわりには、特に俺と違って家計が火の車って訳でもなさそうだし」

「あ、あぁ…………そういうことでしたか」

 

 レイシアはほっとした様子を見せて、

 

「普通に、自分にできる範囲で節制を心がけているだけですよ。ちょっとこう、思うところがあったので…………」

 

 そんなぼんやりとした回答に終わった。

 結局、レイシアについて分かったことは、何となくお金はあるが、それはそれとして節制を心がけている感心なお嬢さんだということだけだった。

 

(まぁ、だからって困ることでもねーけどな)

 

 そこで、上条はあっけなく思案をやめる。お互いの所属校も知らなければ連絡先も知らない、特売の時だけどちらからともなく協力する『戦友』。

 何の接点もない女の子とそんな関係になるのも面白い。上条はそう思って満足できるタイプの人間だった。でもなければ、自分をビリビリと追い掛け回す少女にいつまでも付き合ってたりはしないだろうが。

 

「では、私はこれで」

 

 やがて、これまで一緒だった二人の歩く道が分かれると、レイシアは決まってそう言う。

 上条も、『おう、じゃあな』と言って手を振り、別れていく。特に何もない――――ごく平凡な別れだ。

 

「…………明日から、夏休み、かー」

 

『またね』、とはどちらも言わない。

 二人は別に『また』会うことを確約するほど親しい仲ではない、という認識もあったのかもしれない。

 

「夕飯買ったけど、一丁派手に、ファミレスで無駄食いでもするかな!」

 

 ()()()()()

 この時点では、まだ二人は単なる『特売でよく顔を合わせる戦友』だった。

 

 その認識が少し変化するまで、()()()()




この話は、前回(四話)の『一日前』の出来事となっております。

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