【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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四六話:風が吹き

「…………いいでしょう」

 

 

 そこまで言った段階で、食蜂さんは僅かに瞑目し、そう切り出した。

 いいでしょう……ってことは、俺達のことを信頼してくれたってことだろうか? いやいやいや、よかった。やっぱり話せば分かるってことなんだよな。レイシアちゃん見たかい、相手だって悪い子では──

 

 

「こんな風に順序立てた『ドラマ』を展開されておいて取り付く島もなしじゃこっちの『風聞』が悪くなるだけだしぃ、演技(タテマエ)とはいえ私の能力に対して無防備に自分を晒した豪胆力と腹黒力に免じて、正直に()()を話してあげるわぁ」

 

《シレン! やっぱりコイツダメですわよ! シレンのせっかくの心遣いを建前って!》

 

《待って待って待ってレイシアちゃん!》

 

 

 上から目線っぽく来られるとダメなレイシアちゃんはさておくけど、それはそれとして気になる話が出てきた。

 ()()? 俺はてっきり、最近急成長しているレイシア=ブラックガードという存在が信頼に足る存在か確認したいからこっちに接触してきたんだと思ったんだけど……、いや、実際にそういう目的はあったはずだ。でなければあんな風に分かりやすく能力開発のことや美琴のことを話に出してこっちの反応を窺ったりはしないはず。

 

 …………いや、違う。

 

 おかしいといえば、そこが既におかしいんだ。

 

 だって、食蜂操祈だぞ? 天下無敵の超能力者(レベル5)の五番目、あらゆる人間を問答無用で支配できる精神系能力者の頂点が、果たして『何者かまだ見極め切れていない』人間に直接コンタクトをとろうとするか……?

 

 

「……()()()が、今までどんな道のりを歩んできたかについては、()()()()()()()()()

 

「……っ」

 

 

 その一言に、俺は思わず息を呑む。

 ……この発言で、食蜂さんの切り出したい『本題』の方向性が掴めてきたからだ。

 俺が今まで関わってきた大きな『事件』は、大きく分けて四つ。禁書目録争奪戦に、絶対能力進化(レベル6シフト)計画、革命未明(サイレントパーティ)、そして先日の残骸(レムナント)事件だ。

 最初のインデックスの件は違うが、他の案件についてはある共通点が存在している。それは……、

 

 

「…………此処で、話していいことなんですの?」

 

 

 クローン。

 絶対能力進化(レベル6シフト)計画にしても、革命未明(サイレントパーティ)にしても、残骸(レムナント)事件にしても、そこにはクローン技術が──もっと言えば、妹達(シスターズ)が関わっていた。

 フェブリとジャーニーについては既に外部の協力機関にいて、話に関わってくるはずもないから──必然的に、此処での『本題』は妹達(シスターズ)についてと言うことになると思う。……流石に、彼女達の他にまだクローン実験があるとは思いたくないからね。

 

 ちなみに、彼女達の存在については、GMDWの面々にも伏せている。一方通行(アクセラレータ)との戦いだって、美琴のことを害そうとしているから助けるという形で説明していた(嘘は言っていないが)。

 妹達(シスターズ)のことといえば、モロにこの街の『闇』の話題だからな。

 もちろんいずれはしっかり話して協力を仰ぐつもりだけど、その為には超能力(レベル5)昇格の話と同じようにしっかりと組織としての隙をなくして、あと美琴さんの同意も得ないといけないし。

 

 

「勘違いしないでねぇ、本題はここから。────ぶっちゃけちゃうと、私、大覇星祭で()()()()()()があるのよぉ。ただ、最近の貴方達、勢力も強くなってきてるし、放っておいたら競合しちゃいそうなのよねぇ。だからこのあたりで一つ、話をつけないとと思ったのよぉ」

 

「随分、親切なんですのね」

 

 

 一通り食蜂さんの話を聞いた俺は、まずそう返した。

 

 

「……それは、どういう意味かしらぁ?」

 

「そもそも、アナタはわたくしに対してこんな風に()()に話を進めなくたってよかったはずですわ。その能力を使って洗脳すれば事足りる。──いえ、常盤台の大派閥というわたくしの立場を考えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!!」

 

 

 その一言で、食蜂さんの目の色が変わった。

 …………いや、だってそうでしょ? 常盤台の大派閥の長だよ? 『最大派閥』を率いる食蜂さんとしては、平和な学校生活を保つ為に、もしもの為の洗脳を施してたって全く不思議じゃない。むしろ、そうしてない方がおかしいレベルだと思う。

 

 そう考えると、こうやって『俺達』にはぐらかしながらも自分の目的を説明しようとしているのは、やっぱりおかしいんだ。

 

 食蜂さんが、大覇星祭で何かをやりたいっていうのは分かった。

 それが妹達(シスターズ)か、それにまつわる何かに関することだってことも。

 そして、その為には俺達が好き勝手に動いていたら、何か不都合があることも。

 でも、それは俺達に対して素直に対話する理由にはならない。食蜂操祈なら、洗脳という選択肢をまず最初に掴むべきだ。

 それをやらない理由。

 

 俺は、声を落とし、目の前の食蜂さんにしか聞こえない程度の声量で、こう言った。

 

 

「…………能力が、」

 

 

 ──使えない事情があるのではないか。

 俺は、そう考えた。

 何か能力が使えない事情があるから、わざわざ俺達に対して洗脳ではなく対話という選択肢を選ばざるを得なくなった。

 そう考えれば、この状況にも一定の説明はつく。

 

 そしてもしそうならば、状況はかなりシビアだ。食蜂さんが能力を封じられるだけの『何か』があって、こうして俺だけでなく『派閥』を巻き込んでまで状況を展開しなくてはならないほどにまで追い詰められているのではないだろうか。

 

 ……もしそうならば。

 

 それは、同じ学校の仲間として──なんてきれいごとではなく。一人の少女が、それほどまでに追い詰められてしまっているのなら、事情はどうあれ立ち上がらなきゃあ──

 

 

「あー……。なんていうか、そのぉ、貴方、そこまでお人好し力の高いヒトだったかしらぁ……?」

 

 

 ──と思っていたのだが。

 

 むしろ、食蜂さんは呆れた調子で脱力していた。

 

 

「……、まぁ、そうねぇ、分かっていたことだわぁ。御坂さんと違ってブラックガードさんは、全く無関係なのにあの『実験』に割り込んできた出歯亀力の高さだしぃ……」

 

《出歯亀ですって? あの一件はそもそもシレンが襲われたから──》

 

《まぁまぁレイシアちゃん》

 

 

 食蜂さんは小さく溜息を吐いて、

 

 

「心配しなくても大丈夫よぉ。私の、第五位の超能力(レベル5)は今も健在。たとえ何者だろうと、指先一つで操ることが可能ねぇ。…………ま、例外力もあるんだけどぉ」

 

 

 つい、と、食蜂さんはそう言って、俺のことを指差す。

 そして、これだけは言いたくありませんでしたとばかりに渋い顔をして、こう続けたのだった。

 

 

「……なんでか、操れなくなってるのよねぇ。貴方それ、どういう成長力なのぉ?」

 

 

 


 

 

 

第一章 桶屋の風なんて吹かない Psicopics.

 

 

四六話:風が吹き ButterFly_Takes_off.

 

 

 


 

 

 

 ……え?

 いやいやいやいや、操れなくなってる? それって俺達が?

 

 

 茫然としている俺を置いて、食蜂さんは話を進めていってしまう。

 

 

()()()()()は、まだ『最適化』も生きてたはずなんだけどぉ……。ホットミルクの表面に張った膜がスプーンで突き破られるみたいに、何かの影響力でズタボロ。今の私は、貴方の心を読むことすらできないわぁ」

 

 

 そ、そうなのか……。

 能力の対象外になった理由は、なんとなく分かる。俺が憑依したからだろう。この世界のものではない魂が入り込んだから、食蜂さんの能力がリセットされたとか、多分そんな感じなんだと思う。

 そうか。だから食蜂さんは、俺達に対して洗脳ではなく対話で接触をとったってことか。そしてそう考えると、休日に接触をとったことをはじめ諸々の余裕なさげな対応の数々にも納得がいく。要するに、安全牌な第一希望が使い物にならなくなったから、食蜂さんサイドもテンパっちゃってたということなのだろう。

 うむ、納得。全ての憂いが晴れた。

 

 

「かといって、『派閥』の面々に手を出したら貴方、絶対激怒力を発揮するでしょぉ? 貴方と私は、似ているものぉ。大切にしているものも、惹かれた『正義』の在り方も。そういう意味では、一匹狼を気取ってるどこかの誰かさんよりはよっぽど信用が置けると思っているわぁ」

 

 

 すっ、と。

 食蜂さんは、視線を彼女の周囲に侍る少女達へ向けて、続ける。

 

 

「だから、これは警告。貴方が妙な気を起こして私と利害力が対立すれば、真っ先に傷つくのはどちらかの『派閥』の誰かよぉ。それが嫌なら、賢明な判断をお願いしたいわぁ」

 

「──彼女達を、盾にする気ですの?」

 

 

 あっ、レイシアちゃんが出てきちゃった。

 まぁ、こういう話し方されればレイシアちゃんが黙ってないのはなんとなく分かってたけども。むしろ今までよく我慢していた。

 

 

「出たわねぇ、二乗人格(スクエアフェイス)。……まぁ、どうとってもらっても構わないわぁ。私としては、大覇星祭での私の『やりたいこと』で貴方が競合しなければ、それでいいんだし──」

 

「理解しましたわ。それなら何も問題ありません。で、わたくしは具体的に何を協力すればよろしいので?」

 

 

 まぁ、俺はそういう腹芸にはあまり興味がないんだけども……。

 

 

「…………は?」

「…………は?」

 

 

 食蜂さんとレイシアちゃんの声が、綺麗にハモった。

 

 

「いやいやいや、だってそうでしょう? 大覇星祭でアナタが『何か』をやりたいということは分かりました。その為に、なるべくイレギュラーを抑えたいということも。……であれば、積極的に協力した方がいいでしょう。アナタが悪事をはたらくような人間でないことは、よく分かっていますわ」

 

「…………」

 

 

 …………ん? あれ? なんか変なこと言ったか? なんでドン引きしたような顔で沈黙されなきゃいけないんだ?

 いやいやいや、食蜂さんが悪事をはたらいてないって分かってるなら、干渉しないなんて冷たいこと言わず、積極的に協力すればいいっていうのは自然な話の流れなんじゃないだろうか……?

 

 

「……ええ、そうねぇ。そういうヒトなのねぇそっちの人格は。…………やりづらいわぁ」

 

 

 食蜂さんは何やらブツブツと呟き、

 

 

「協力してくれるというならぁ──陽動力を発揮してくれるかしらぁ? 大覇星祭で、類を見ないくらい大活躍してちょうだい。そうして有象無象の注目力を集めてくれれば、私の方もやりやすくなるわぁ」

 

「そんなものでいいのでしたら……」

 

 

 元々、GMDWの面々で中心にチームを組んで、常盤台総合優勝を目指すつもりではあったんだし。……でも、大覇星祭で注目を集めることが陽動になりうるってどういうことなんだろう……? 結局詳細は全く分からないし……。

 

 

「決まりねぇ」

 

 

 釈然としない俺との対話を断ち切るように、食蜂さんは最後の紅茶を上品に飲み干して、席を立つ。

 同時に、彼女の派閥の面々も一斉に立ち上がった。……おお、凄い統率力だ。ウチはまだ、あんな感じで組織行動できたりはしないからなぁ……。

 

 

「……それじゃ、大覇星祭、武運力を祈ってるわぁ」

 

 

 最後にそう言って。

 

 食蜂操祈との最初の『会談』は、釈然としないものを残して終わったのだった。




食蜂さん:妹達を幻生が利用しようとしてるぽいし、早めに手を打たないと……って善性力に任せて首突っ込んで盤面メチャクチャにしそうな人が急成長して御坂さんと友誼力を高めててなんか手がつけられないことになってるわぁ!? 下手に首突っ込まないようにさっさと釘刺さないとぉ……!

シレン:なるほど(完全理解)。じゃあ、何か手伝えることある?

食蜂さん:首突っ込まないでくれって言ってるでしょこの人バカなのぉ!?

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