【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
さて、操歯さんを調べるという方針が決まったのはいいが、それを具体的にどのように遂行するか。操歯さんは実際に研究所にいるわけで、彼女と接触する為には必然的に研究所内部に入る必要があるわけだが──
《シレン! 外から入りますわよ! セキュリティ
《ダメに決まってるでしょ》
不法侵入だよレイシアちゃん。
《そもそも、前提を疑っていかなきゃ。所長は確かに操歯さんと『誰か』のことを呼んでいた。でも、本当にそこに操歯さんはいたのか。単に別で通話していた可能性は?》
《あっ》
そう。さっきはそこに『操歯さんと呼ばれる何者か』がいたって前提で話してたけど、テレビ会議とかで話している最中だったって可能性ももちろんあるんだ。
その場合、勢い勇んで乱入したらテレビ会議中の所長と操歯さんに遭遇し、ひたすら平謝りするハメになる。
今の俺達は大派閥の長だ。そんなスキャンダルは以ての外。組織の長として、やるならきちんと正攻法で乗り込むべきなのだ。
《ではどうするのです? 手がかりがもうないのですが……》
《あるよ、手がかりなら》
思い出すのだレイシアちゃん。ヒントについては、自分で既に言っているのだから。
《…………?》
《新色見中学の、二年。操歯さんは別に暗部に所属している人というわけでもないのだから、学籍を軸に追っていけばきっと何か見つかるはずだ》
《だめでした…………》
新色見中学にアポをとって確認をとった(派閥の長というコネが活きました。やったね)のだが、どうも操歯さんはまだ休学中、しかも住所も特に変わっていないということで……。
一応登録されているマンションの方に連絡をとってみたんだけど、こっちも空振り。もはや完全に手がかりがなくなってしまったのだった。
《……シレン、やはり潜入》
《絶対ダメ!!》
なんでそんな危ない橋を渡りたがるのさ! 相手が完璧にクロだと分かってるならまだしも、まだこっちはちょっと嘘っぽいこと言われただけだからね!?
《ではどうしろというんですの! このままではプランBもままなりませんわよ! それに、明らかに情報を偽ってまで研究所に軟禁されている操歯は宙ぶらりんですわよ!》
《でもアレ、同意の上かもしれないよ》
所長の会話から察するに、何かしらの事情を操歯さんに隠しているのかもしれないけど、あそこに留まっていること自体に操歯さんは強い反発をしていない。
だから所長はあんな調子で操歯さんを宥めることができたのだから。
そして同意の上だとすれば……そもそもそんな操歯さんの素性を探るような真似はマズイのではないだろうか。プライバシーの侵害的な意味で。
う~ん、そもそも発端が俺達の問題だからな~…………。
条件を整理しよう。
俺とレイシアちゃんは、婚約破棄がしたい。
でもその為には、プライドの高い
レイシアちゃんの手管を以てすればそれは可能だが、その為には余計な付け入る隙を与えないよう、対面で行うのが望ましい。
しかし学園都市の外へ出るのは、諸々の事情で難しくなってしまった。
だから逆転の発想で、塗替斧令を呼びつける必要がある。
その為に、彼が進めているプロジェクトの有力者である操歯涼子に協力してもらわなくてはならない。
だが、その操歯涼子の足取りは掴めない。
加えて、研究所はその所在について何かを隠している。
《……む~、状況を整理したのはいいけど、何も見えてこないな~……》
分かったのは、たまたま俺達の事情で操歯さんに接触を取ろうとしたら、何故かそっちでも別口で『何か』が起こっていた……ということくらい。
それが良いことなのか悪いことなのかも、イマイチ分からないという始末だ。せめて操歯さんの状況が分かれば、プランBの放棄にしろ徹底抗戦にしろ、何かしらの答えが出せるのだが……。
《お待ちなさい、シレン》
ん? レイシアちゃん何か思い浮かんだっぽいな。
《これ、わたくしが操歯にメールを送ればそれで済む話ではありませんの?》
……あ。
ば、馬鹿だ俺ェェえええええええっっ!!!!
そ、そうじゃん!
なんか所長が何かを隠してるっぽい素振りを見せてたからもう操歯さんとの連絡は無理みたいに考えてたけど、そもそもレイシアちゃんは操歯さんとメールのやりとりをしてたんだった!
無事かどうかを確認する意味でも、まずはそっちを当たってみるべきだったじゃん! うっかりしてた!
失敗したな~、時間をすっかり無駄にしてしまった。とりあえずメールについてはレイシアちゃんにお任せするとして……所長達のことは気になるけど、これで普通に返事が返ってくるなら特に問題はないってことなんだよな。
なんなら、操歯さんに直接確認をとってみるというのも悪くないかもしれない。
《あ、返事来ましたわ》
《早っ!?》
『これでもわたくし、研究所の有力スポンサーのお得意様ですからね。そりゃあ研究者から無下に扱われることはありませんわよ』などと言っているレイシアちゃんはさておき、俺はメールの文面を確認する。
そもそもレイシアちゃんの文面は『婚約者と正式な話し合いの場を設けたいので、その為の連絡役になってくれ』という大意だったのだが、それに対する操歯さんの回答はというと──
『了解した。あまり時間を取ることはできないが、何か打ち合わせすることはあるだろうか?』
という、予想外に気楽なものだった。
《……決まりだね》
どうにも腑に落ちない部分は、確かにあるが……。
こうしてメールの返事を返してくれ、しかも『会う約束』まで取り付けられそうなことを考えると、やはり彼女が何かの事件に巻き込まれていたというのは俺達の思い過ごしだったようだ。
《むぅ、何か釈然としませんけど》
《レイシアちゃん、世の中そんなに事件がたくさんあるってわけじゃないんだから》
上条さんは毎日のように何かに巻き込まれてるっぽいけど。
でも、それを基準にして、大したことないものに対して身構えすぎてもよくない。せっかく精神が二人いるんだから、お互いにバランスをとっていかないとね。
《ま、いいですわ。これで当面、プランBは上手く行きそうです。ええと……スケジュールの方はどうでしたっけ》
《んーと、来週は月曜日の放課後が空いていたはずだよ。他は開発関連の用事があったと思う》
《ふむ。それじゃあ早速、来週の月曜日に予定を入れておくよう伝えますか》
と。
今まさに操歯さんのメールを見ていた端末の画面が切り替わり、通話受付画面が表示される。
《うわっ》
《間が悪いですわね。……あら、夢月ですわ。何かしら》
突然表示が切り替わったのでびっくりした俺をよそに、レイシアちゃんが端末を操作して通話に出る。
電話口の夢月さんは、何やら焦っているようだった。
「もしもし。夢月さん、どうかしましたか?」
とりあえず落ち着かせる意味も込めて、開口一番にそう呼び掛ける。すると夢月さんはやはりまくし立てるように、
『あっあのっ! レイシア、いやシレンさん!? 落ち着いて聞きやがってくださいね!?』
「夢月、アナタがまず落ち着きなさいな」
クールにツッコミを入れるレイシアちゃんだが、夢月さんは興奮冷めやらぬといった感じで、
『これが落ち着いていられますかっ!! だって、あの
──なんと???
その後、俺達は超特急でGMDWの面々がたまり場の一つとして利用している予約制のカフェテラスへと戻った。
土曜日だというのに、そこには派閥の全メンバーが既に集合していた。
まぁ、そのくらいの異常事態だということだ。
実のところ、レイシアちゃんと食蜂さんの関係はあまり良い物とは言えない。
昔は自分よりも優れたところのある人に対しては険悪な雰囲気を出すレイシアちゃんだったので、当然こっち側からの印象も悪いし──『派閥』の力を振るいがちなレイシアちゃんは、食蜂さんから見ても厄介だったようだ。少なくとも、美琴さんのように『傍から見たら仲良し』みたいな微笑ましい関係ではなかった。
それでもお互い大派閥の長なので、食蜂さんの方から直接釘を刺すようなことは今まで一度もなかったのだが────なぜ、このタイミングで? という疑問は先に立つ。
まさか今更、空中分解しかけた時の情報をもとにしてアプローチを仕掛けてきたというのも考えづらいしなぁ……。
まぁなんにしても、当時の状況を聞かないことには何とも言えないが。
「それで」
香りだけで一級品だと分かる高級な紅茶を片手に持ちながら、レイシアちゃんは話を切り出す。
同じテーブルに座っているのは、夢月さん、燐火さん、それと彼女らの後継者として今絶賛育成中の桐生さんと阿宮さんだ。
桐生さんは俺と同じ二年生。機械いじりが趣味で、工業系の加工技術に興味を持っていた縁でGMDWに入っている。
阿宮さんは一年生。少しおっちょこちょいだが、素直ないい子だ。彼女は確か、弾性の研究をメインにしていたっけ。
そして、それ以外の面々は別のテーブルにつきながらも、俺達の方へ視線を向けてしっかりと話を聞いている。
「食蜂操祈が、我々に接触してきたと。その時の具体的な話をお願いできますか?」
「は、はいっ。今日は来月の定例発表の為の資料作りということで、数人のメンバーが常盤台の研究室を使用していたのですがっ、そこに帆風さんがいらっしゃいましてっ」
《帆風……?》
《食蜂の派閥のナンバー2ですわ。まぁお飾りのナンバー1と違って、実質的に派閥を取りまとめているのは奴という噂もありますが》
いいなぁ、ウチもそういう感じにできたらなぁ。
《……シレン?》
《う、ごほん。話の続きを聞こうか》
燐火さんの話は続く。
「なんでもっ、食蜂さんがレイシアさんと直接お話がしたい、とっ……。当時残っていたのはあたくしと恒見さん他複数メンバーだけでしたのでっ、とりあえず話だけ受け取っておきましたがっ……」
「それでいいですわ。向こうも休日にわざわざ顔を出したのです。そこまで期待はしていないでしょう。……しかし、気になりますわね。わざわざ休日に、派閥のナンバー2を使いに出して、しかもこちらに対応を考える余裕まで与えて。あまりにもこちらに利のあるアプローチの仕方ですわ」
レイシアちゃんは、紅茶を一口含んだあとにそう言って指を顎に当てて考えだす。
はー……、レイシアちゃんが何を気にしてるのかはあまり分からないけど、確かに休日にこっちにアプローチを仕掛けてきたっていうのは気になる話だ。
それだけ、緊急性があるってことなんだろうか? それとも、単純に『アプローチを仕掛けた事実』自体をそこまで目立たせたくなかったとか……? 土日なら、生徒の目につく可能性も低いしね。
「……ともかく、この件についての口外は基本的に禁じますわ。『最大派閥』との関連を変に勘繰られて突かれても面白くありませんし」
「りょっ、了解しましたっ。皆様もそれでよろしいですねっ」
もちろん、派閥の皆がこの決定に反発するはずもなく、流れるように全員が同意してくれた。
そして、具体的な会談の日取りだが──。
「一応、レイシアが次に空いているのは月曜日だと聞いてたんで、そっちに回しやがるよう伝えときましたが──まずかったですか?」
…………あー。
これ、操歯さんとの打ち合わせは来週以降になっちゃうねぇ……。