【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
四三話:歴史は語らず
《……うーん、どうしましょうかねぇ……》
あくる日の土曜日。
俺は部屋でゴロゴロしながら、今後のことについて考えを巡らせていた。
当然、事件は無事に片付いた。
途中で逃げた結標さんを追いかけてたら上条さんと
しかし、それだけの大立ち回りを演じれば突然時間もかかるし、ただでさえ夕飯時だったというのにそこに時間を使えば、当然ながら金曜夜のお役所は早々に閉まってしまうわけで。
学生の街である学園都市は、授業終わりの学生にも留意してお役所の窓口は『外』より多少長く開いているが、それはあくまで『多少』の範疇でしかない。
結果として、上条さんの外出許可を取り付けることはできず、この土日の婚約破棄はお流れとなってしまったのだった。
まぁ、それ自体はいいのだが、問題はその後で……。
『……ほう? 外出許可を、この土壇場でキャンセルと』
……俺達の方は既に外出許可を(相当無理を言って)取り付けていたので、それをキャンセルするということで、寮監とちょっと揉めたのだった。いや、揉めたというか……。
『……無計画な外出許可申請については寮監として釘を刺しておくが、問題は手続き上のお前の信頼だぞ、ブラックガード。こうした「前例」が生まれた以上、またキャンセルされては敵わんと考えるのがお役所仕事だ。これからしばらく、外出許可のハードルは上がると考えた方が良い』
とのことなのだった。
《寮監も融通が利きませんわ。わたくし達だってキャンセルしたくてキャンセルしたわけではありませんのに! だいたい、事件が起きているなら御坂がもっと早めにわたくし達を頼れば……》
《まぁまぁレイシアちゃん。美琴さんもきっと切羽詰まってたんだと思うし》
原因というなら、油断して
それに、今考えなくちゃいけないのはそっちよりも……、
《問題は、どうやって外出せずに婚約破棄するか、だなぁ》
まず俺達が外出を目論んでいたのは、婚約破棄には対面しての報告が必須だったという意識が前提にある。
仮にも約束を反故にするわけだからね、やっぱり対面で話をしないとダメだろうと思ったのだ。
しかししばらく『外』に出るのが難しくなるとなればなぁ……。ぶっちゃけ、俺は今後も上条さん関連の事件には首突っ込む気満々なので、そうなると今年いっぱい婚約破棄の話を進めるの難しくない? という気がするのだが。
《こうなれば、プランBですわね》
と、そこでレイシアちゃんが突然気になることを言いだした。
《プランB?》
《ええ。付け入る隙を与えたくなかったので、なるべくならこちらから赴いて話にケリをつけたいところでしたが…………》
表情が、得意げな笑みの形に変わる。これはレイシアちゃんが浮かべている感情に引っ張られてるな。
そしてそんな得意げな感情のまま、レイシアちゃんはこう言い放ったのだった。
《我々が出向けないなら、向こうに出向かせればよいのです》
そうして、俺達はレイシアちゃんの歩みによって、外へと繰り出していた。
《それで、結局どこに行くのさ?》
《『協力者』の元へ、です》
《協力者?》
協力者……はて、そもそも婚約ってブラックガード家の問題だと思うのだが……。外部協力者とかいるの?
《わたくしの婚約者がサイボーグ関連産業を扱った企業だという話は以前少ししましたわよね? そもそもサイボーグというのは維持費などの問題から下火の技術なのですわ。大真面目に開発しているところなど、学園都市くらいのものでしてよ》
《……あー》
《そう。お察しの通り、アレの会社は表向きは独立企業ですが、実質は学園都市におんぶだっこの『学園都市協力機関』。当然ながら、実質の有力者もまた学園都市にいるのです。そして! わたくしは! その有力者と個人的なコネがあります! どやぁ!!》
《おー……素直に凄い……》
そしてどやぁという俗な語彙が自然に出てくるあたり、レイシアちゃんのオタク教育は順調なようだ。むふふ。
って! いやそこではなくない!?
《…………そんなこと日記に書いてなかったと思うんだけど》
《そりゃそうですわ。シレン、何でもかんでもその日起こったことを日記に書くとお思い?》
《書くんじゃないかなぁ……》
《チッチッチッ、甘いですわよシレン。たとえば清少納言の随筆として有名な『枕草子』ですが、この中には日記章段と呼ばれる箇所があり、こちらも彼女の主人である中宮定子に捧げたもので高度に政治的な意図を含んでいたと考えられています。他にも土佐日記などは女性に扮した日記であり明らかに読者を意識していますわ。そもそも平安時代の日記とは有職故実を一族の者に伝えるハウツー本としての性質も……、》
《あ、うん! 知識の話はさておいて!》
《むう、ここからだというのに……。まぁ要するに、わたくしのような公人は、日記を書くにもいずれ公開することを見越した形で書くということですわ! 現にアレはわたくしが『派閥』を掌握し常盤台の中で駆け上がっていくサクセスストーリーとしての側面が……、》
《の割には、公にしたら色々燃えそうなことばっかり書いてあったと思うんだけど》
《あ、あれは……。当時のわたくしはそうだと思わず…………》
……ま、最後のページにあった染みとか他にも徹底しきれてなかった部分はあったと思うけど、レイシアちゃん的にはそのつもりだったってことなのかね。
レイシアちゃんの自意識が公人とかそういう部分はもう今更なアレなのでスルーしておくとして。
《ともかく! わたくしの開発には関係のないことなので日記には書いていませんでしたが、わたくしの協力者が学園都市にいるのですわ! 確か、第二〇学区の
《名前は?》
もう色々とツッコミを入れることは諦め、俺は端的な質問をする。
これから会う人の名前も知らないようでは、色々と締まりが悪い。もっとも、交渉事に関してはレイシアちゃんが担当することになるので俺がそれを聞いても意味がないけれど──
ともあれ、レイシアちゃんは次にこう返したのだった。
《
レイシアちゃんと操歯さんの出会いは、二年前に遡る。
当時からブラックガード財閥と親しくしていた婚約者の男との付き合いで学園都市を案内していた折、同年代の少女ということで研究機関側から紹介されたのが始まりだったようだ。
根っからの研究者である操歯さんとどっちかといえば雇用者側のレイシアちゃんとの相性はそこまでよくなかったみたいだけど、それでも『婚約者の所属企業の傘下』という立場が幸いして、当時のレイシアちゃんも『派閥』や自身の
研究機関とのつながりは流石にそれ以降顔見知りレベルで落ち着いているのでコネとしては使えないが、操歯さんに関しては猫を被った付き合いをしていたこともあって特に関係がこじれることもなく、未だにメールのやりとりが続いていたらしい。(流石に自殺騒動の後は途切れているが)
今回レイシアちゃんは操歯さんとのコネを使って、研究所をすっ飛ばして婚約者にコンタクトをとるつもりのようだ。
《で、大丈夫かなぁ》
《何がですの? 研究機関の場所なら既に把握していますわよ。何度か行ったことがありますし》
《いやそうなんだけどさ、操歯さんっていち研究者なんでしょ? しかも俺達と同い年の。企業との連絡役なんて外交っぽいこと、やってもらえるかなぁ》
《ああ、心配要りませんわ。最初のとっかかり以外は全部わたくしがやりますから。あの子、弁舌とかからっきしだから下手に任せれば余計にこじれそうですもの》
《ふむ……》
あ、そうなんだ。
そしてレイシアちゃん、確かにこういう交渉事というか、裏工作じみたことって得意そうだもんなぁ……。得意だからこそ美琴にやられるまで好き放題できてたという側面もあるわけだし。
《さ、着きましたわよ》
とかなんとかむにゃむにゃ考えているうちに、気付けば目の前に高層ビルがあった。……高層ビル?
《此処? どう見てもなんかのオフィスとかがありそうなんだけど……》
《最上層以外は侵入者を阻むセキュリティ
そうなんだ。いやいや、確かにそう考えると普通に平地に設置するより安全なのかもしれないな。学園都市の研究事情、全く分からないからな……。こういうことは折に触れて聞いておいた方がいいかもしれない。
いつでもレイシアちゃんのサポートがあるとはいえ、咄嗟の時に変なこと言って恥かいたりはしたくないし。
「さて、と。ご無沙汰しております。以前お世話になったレイシア=ブラックガードですわ。操歯に取次ぎをお願いしたいのですが」
と、ぼんやり考え込んでいるとレイシアちゃんが受付の電話を取って何やら研究所の人に連絡をしていた。しかし電話口からの声は芳しくなく、
『あ、ああ……ブラックガードさん。ご無沙汰してます。しかしですね、操歯くんは今は研究所にはいないのですよ……』
「ええっ? そうだったんですの。あの研究バカが……。……いったいどちらにいらっしゃいますの? 寮ですか?」
『いや、確か……部屋を借りたとか言っていたっけな……。すみません、詳しい所在についてはこちらも教えてもらっていないんですよ。研究もいち段落ついているし、操歯くん本人も少し休みが欲しいと言っていましたからね。彼女は我々の英雄だ! その意向については尊重したいですから、ね!』
…………ん、なんかちょっとテンションが高いな。研究がいち段落したって言ってたし、何か芳しい結果を操歯さんが出したってことだろうか……。
「そうですか……。ありがとうございます」
『操歯くんに何か用があったのなら、連絡を入れますが──っと、あぁ、気にしないでくれ。関係者から通話が来ていただけだ。
「…………所長?」
『い、いや! こちらの話だ、気にしないでくれ! 今は少し……忙しいので、これで! それじゃあ!』
「あっ……!」
それを最後に、通話は切れてしまった。……というか、所長?
《レイシアちゃん、今の人は?》
《この研究機関の所長ですわ。わたくし、これでも相当VIPなのですわよ? 連絡を入れれば所長級が対応するのは当然ですわ》
《研究機関の人に迷惑かかるし、今度からは遠慮しようね》
《えぇー……それじゃメンツが……、……えぇまぁ、いいですけど……》
よし、セーフ。こういう小さな横暴がレイシアちゃんを追い込んでいくのだ。
今度会ったら俺が主導で研究機関の人には謝っておかねば。
…………で。
問題は、そこだけではなく。
《……所長さん、電話口で
《のように、聞こえましたわね。何故操歯の存在をわたくし達から匿おうとしているのか分かりませんが……》
理由は分からない。何をしているのかも不明瞭だ。それが悪いことなのかも定かではない。
だが事実として、あの所長の言動は明らかに何かを誤魔化そうとしているものだったし、キナ臭いものだった。
決めつけるわけにはいかないが……此処を素通りするのは、それはそれで不用心のような気もする。最悪、操歯さんが何かの事件に巻き込まれている可能性だってあるのだから。
《どのみち、プランBには操歯の協力が必須ですわ。とりあえず、あの子の動向を追いますわよ》
レイシアちゃんも同じ思考に辿り着いたのか、あっさりとそう決断し。
俺もまた、そんな主人格の決定に追従した。