【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
《レイシアちゃんさ~》
《……申し訳ありませんわ……》
俺とレイシアちゃんは、内心で反省会を行っていた。
いやね? まぁこの流れは計画通りではあったんだよ???
俺の復活パーティの後に発覚した、レイシアちゃんの婚約事情。
正直俺達にとって、それは遠慮願いたいものだった。だから、破棄する。それはいい。
ただ……過去のレイシアちゃんは、それを普通に受け入れてたんだよね。
レイシアちゃん、こういうところ──というか恋愛関係はけっこうドライな性格してるから。だから政略結婚とか気にしないし、たぶん今でも愛のない結婚とか普通に受け入れられると思う。俺はちょっと、無理だけど。
だから、過去に受け入れていた婚約を今更になって破棄するには、相応の理由が必要だと、俺達は判断した。
じゃないと相手だっていきなり拒絶されたら気分悪いだろうし、そのことでレイシアちゃんのお父さんとお母さんが不利益被ったら申し訳ないしな。
まぁ、婚約破棄って時点で悪印象は確実だと思うが……それならなおさら、悪印象は最小限に抑えられるよう努力しなくてはなるまい。
ただ、実はそこまで物々しいことになるとは思ってなくて、断りの理由は情状酌量の余地があるものなら正直なんでもいいかなとも思っていたりする。
だって、なんだかんだ言って口約束だしな。いくら会社同士の友誼云々があったとして、離婚してすぐさくっと後妻に切り替えられるような人だ。俺個人に対する執着なんて大したことないだろうし。
……ってなわけで、『学園都市で恋心を知ったら自分の境遇に違和感をおぼえるようになっちゃったぞ』的なノリで上条さんを彼氏役に起用して両親に婚約破棄を打診する算段を思いついたわけだ。
まぁ、発案はレイシアちゃんなわけなんだけど。
思春期の女の子なら学校生活で誰かを好きになるのは自然だし、人を好きになることで今まで気にしていなかったことが我慢ならなくなるのも自然だ。
そして、お父様とお母様も大事な娘の恋愛事情を鑑みれば、こっちの肩を持つに決まってる。
恋人役の上条さんの適性については、もはや言うまでもなくというわけで、けっこう完璧な作戦だと思う。
ただ、交渉については俺の計画とはだいぶ違っていて……、
《まぁ、
計算外といえば、そこからだった。
そういえば夏休み最終日、あの二人は恋人のふりやってたんだよな~……。
たしかその時点でけっこう難色示してたし、似たようなことが立て続けに起きれば、そりゃあ態度も渋くなるよね。
《…………関係ないですけど、その『美琴さん』ってなんだか慣れませんわね》
《ああ、まあね》
一回既に、口が滑って御坂呼びから美琴呼びに変わっちゃったからな。
最近、一個の人格として存在を許されたせいか──ちょっとレイシアちゃんの口調エミュが緩くなってきた気がするんだよね。だから咄嗟の時に口が滑ってもいいように、表面上の呼び方と内心の呼び方も合わせとこうと思って。
ちなみに『上条さん』って呼び方もその一環だ。
正直、必要なことかと言えば、そうでもないんだけれど──
でもまぁ、これが俺の覚悟! みたいなところもあるのだ。レイシアちゃんの身体で、レイシアちゃんの一部として生きていく以上、こう、馴染むように変わっていこうかなってさ。照れ臭いから言わないけどね。
……未だにむず痒いというか気持ち悪い感があるが、まぁそのうち慣れるだろ。レイシアちゃんも頑張って慣れてくれ。
《それはともかく! いっくら交渉が難航してたからといってアレはないだろ! 上条さんが鈍感オブ鈍感だったからまだよかったものの……》
話がズレかけたので俺は意識的に声を張って、話題を修正する。
《あれじゃまるで、俺が上条さんのこと好きみたいじゃないか!》
《でも、好きでしょう》
《いやいやいや、またレイシアちゃんはそうやって囃し立てる~……》
確かに好きは好きだけどさ……そういうんじゃないって何度も言ってるでしょ。いい加減俺も怒るよ。
《だいたい、仮に好きだったとしてもあのタイミングで言うのは悪手じゃないか。ムードも何もあったもんじゃないし……》
《ですから、そこは申し訳ないと思っていますわ……》
──で、最初の問答に戻るわけである。
《ただ、シレンの言い分がどうにももどかしくて……。上条なら誤解されてもいいくらいに憎からず思っているのは事実でしょう? なぜそれを伝えずに、当たり障りのない理由を言うのかと……》
《………………そ、それはだね》
いやまぁ、そうなんだけどさ……。
レイシアちゃんの言う通り、そこを言っちゃえば早いんだけど、それ言ったら……俺が上条さんのこと好きみたいじゃん。そういう風に誤解…………されなかったか。でもほら……、
《……恥ずかしいじゃん、そんなこと言うのはさ》
《お、乙女ですわ……》
《乙女言うな!!》
いやいやいや、わりと一般的な感性だと思うよ?
だってまだ相手が自分のことどう思ってるのか分からない、脈があるかないかも分からないような状態で暗に『私はアナタのことが好きです』なんて言えないじゃん? 恥ずかしいし。
あと単純に、俺は自意識としては男なので、『上条のことが好きです』みたいな感じに受け取れそうなこと言うのがヤだ。これも何度も言ってると思うけど。
《とにかく! 上条さんだけだったからよかったけど、他の子がいる前であんな誤解を招くようなこと言わないこと! いいね?》
《えー……。……んー、分かりましたわー……》
……うーん、分かってるんだか、分かってないんだか……。
「シレイシア!」
と。
内心で反省会をしていた俺の背中に、何やら途轍もない期待を込めた声がかけられる。
「ごはん、まだかな!? 何作ってるのかな!?」
──銀髪のシスターがいた。
ついでに、俺は上条家で料理を作っていた。
いやいやいや、別に通い妻をやっているというわけではなくね?
さっきの流れで、確かに上条さんには『恋人役』をやる約束をとりつけることができた。ただ、婚約破棄というのは学園都市にいながらできるというわけでもなく。
仮にも向こうさんはいち企業の社長さんなので、当然『外』に住んでいることになる。そこへ挨拶に行くのだから、上条さんも外出してもらう必要があるのである。
ちなみにもちろん俺は前もって外泊許可をもらっているのだが、上条さんについては今から外泊許可をとりつけないといけない。上条さんの単位を考えると土日のうちに全部終わらせたいし、お役所は土日はやってないからね。
とはいえ、いきなり外泊許可をとりつけるのはいち学生である上条さんにとってもかなりハードルが高いので、俺も一緒に行って色々口利きをすることになった。
そのため、上条さんが必要な書類とかを集めている間、俺も上条さんの家で待つことになり──ついでにインデックスがお腹すいたというので、適当にお料理を作っているのだった。
まだインデックスには今回の趣旨を話してないからね、もちろんインデックスも外出には同行してもらうつもりだけど、一応ご機嫌とっておかないとね。
《またシレンは無駄なことを……》
《無駄じゃないでしょ。インデックスにも迷惑かけるわけだしさ、お詫びとして》
《どうせ奪い取るんだからご機嫌取りとか無駄じゃないですか》
《悪役!! 発想が悪役令嬢だよレイシアちゃん!!!!》
この子、こういうところはホント容赦ないよな……。
……というか、うわぁ、考えないようにしてたけどそうか、上条さんとくっつくルートってことはインデックスとか美琴とか、そういう子達の恋心を無にするわけか……。
《……レイシアちゃん》
《本気で怒りますわよ》
《はい……》
上条さん、無理じゃない? と言いかけたところで、レイシアちゃんの本気の一言が飛び出したのでそこで黙ってしまう。
うん、分かってるんだ。レイシアちゃんが俺達の未来を本気で考えてくれてるってことは。
その上で、個人の感情とか上条さんの実績とか気持ちとか全てを踏まえて、色々なことを考慮してこうやって動いてるってことも、分かってる。
ただの自己中心的な暴走じゃない。それが分かってるからこそ、俺も頭ごなしに否定はできないでいるんだから。
でもなぁ……。俺、まだ覚悟とか全然決まってないんだよなぁ……。
《……ま、すぐにとは言いませんわ。大丈夫。心苦しい部分はわたくしが引き受けますから。わたくし、そういうのは得意ですのよ》
《下手に得意そうだから任せられないんだよ! 今のポジションで本気で美琴さん相手に悪役令嬢かましたら、色々なものに取り返しつかなくなるから!》
主に美琴さんのメンタルとか!
《いや、別にそういう悪だくみではなく……、》
「むー。シレイシア、またアストラル体で交信してる? 私の質問にもちゃんと答えてほしいかも」
はっ、いかんいかん。
「ごめんなさいね、インデックス。ええと、それで……なんでしたっけ?」
「もう! ご飯何作ってるの? って聞いてたんだよ」
「ああ……。いや、ついぼんやりしてましたわ。今作っているのは肉じゃがですわよ」
「肉じゃが!」
インデックスの目が、分かりやすく輝く。
レイシアちゃんの関係改善としてお料理修行をした日々は……ぶっちゃけ今にして思えば迷走だったが、それでも完全な無駄に終わったわけじゃない。
レイシアちゃんの身体で料理に慣れることができたので、今も簡単な料理くらいならぱっぱとできるのだ。
《シレン、たまにわたくしよりも女性らしくなりますわよね……》
《今時、料理できるから女っぽいっていうのは古いよ、レイシアちゃん》
《いや料理だけでなく……》
じゃあなんだというのだろうか……。まぁいいか。
「あとは、このまま煮込み続ければ完成ですわね。そろそろ上条さんの書類準備も終わりそうですし……インデックス、火の番はできますか? 沸騰してきたら、ここのつまみを回すだけなのですけど……」
「それくらいだったら私にもできるかも。……でも、書類? そういえばレイシアと一緒に帰ってきてから、とうまが何か漁ってたけど」
「ああ、それなんですけれどね、」
俺がインデックスに事のあらましを説明しようとした、ちょうどその時。
まずインターホンが鳴り、それに誰も反応できないうちに、不用心にも鍵をかけていなかった上条家の扉が勢いよく捻られる。飛び込んできた招かれざる客人は、開口一番にこう言ったのだった。
「ミサカと、ミサカの妹達の命を助けてください。と、ミサカは精一杯の懇願をします」
Q.なんで呼び方変えてるのに口調も変えないの?
A.呼び方変えるのもけっこう無理してるので、口調はまだ先になりそうです。一生無理かも。なんでそんな無理してるんだろうね、この人……。