【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
四〇話:甘い秘め事
とある少女達の井戸端会議。
「わたくし、今度派閥を作ることにしましたの。白井さんもどうかしら?」
「……はぁ。やめておいた方が無難ですの。貴女が派閥を作ったところで、三日で空中分解がいいところですわ」
「なっ、そんなことありませんわ! わたくしの能力と婚后の家柄が合わさればっ、不可能など、」
「
「…………?」
「貴女が家柄と能力に固執し続けている限り、その先に待っているのは、破局しかありませんわ。わたくし、『アレ』ほどの奇跡がそう何度も起きると思うほどロマンチストではありませんので」
「アレ……? 何の話をしておりますの??」
「……失礼。しかし『彼女』の話はおそらく貴女も聞いたことが……」
直後、
「上条! わたくしの夫になりなさい!」
────九月一四日。
その日、人生最大級の衝撃が上条当麻を襲った。
いつものように学校を終え、そして自宅に戻った頃──ちょうど、彼の友人であり、常盤台中学でも屈指の大派閥の長でもあるレイシア=ブラックガードから連絡を受けたのが全ての始まりだった。
レイシアの勝気な連絡を受けた上条は、『一人で来てくださいまし』というレイシアの言葉に『どーゆー意図だろーなー』などと平和でボケボケの思考のまま公園にやって来て──そして開口一番、この宣告を受けたのであった。
「はッ……え!? 何、夫!? ちょ、ばっ……レイシア!?」
上条が動揺するのも無理はない。
確かに、上条当麻はレイシア=ブラックガードという少女の世界においては、けっこう重要な役割を持った男性だ。上条にだって、流石にその自覚はある。
(上条自身は記憶喪失なので覚えていないが)以前から『戦友』なんて形容できるような付き合いがあり、八月二一日には共に学園都市最強の
これだけ彼女の人生に食い込んでいる異性は、確かに上条を
いやそこまで色々やっとけばそりゃー思春期の女の子が恋慕の感情を抱いちゃってもおかしくないだろうという常識なツッコミもあるにはあるがそこはそれ。度重なる不幸のせいで自身にイロコイ沙汰が発生する可能性を信じられなくなった哀れな不幸男上条当麻にしてみれば、この事態は寝耳に水なのであった。
「……鈍感男でも勘違いできないよう、分かりやすく簡潔に要望を伝えたつもりでしたが」
動揺で世界すら揺れてるのではないかと錯覚しそうな上条に対し、その衝撃を与えた令嬢──レイシア=ブラックガードは、呆れすら伴って溜息を吐いた。
上条はそんな、今まさに自分に対し不遜極まりない
ありていに言えば、美少女だった。
確かに、第一印象はあまりよくない。美人なのだが、切れ長の目つきや仏頂面、それからどこか神経質そうな所作のせいで、なんとなくとっつきづらい雰囲気がある。
まるで、漫画の中に出てくる神経質でイジワルなお嬢様──『
しかしそんな第一印象を取り払って改めてその容姿を見れば、きわめて稀有な美貌を持っていることも分かった。
金糸で編みこまれたかのような輝かしいブロンドの長髪は、素人目に見てもかなりの手間がかかった手入れをしているのが分かるし──
白磁のような肌は冗談みたいにキメ細かく、自身も急な告白で緊張しているのか、うっすらと桃色に染まった頬は庇護欲をくすぐるし──
左に白、右に黒のロンググローブを纏った指先はほっそりと長く、とても中学生とは思えない色香を感じさせるし──
ロンググローブとは反対の配色のサイハイソックスから覗く肌色の絶対領域は、彼の級友なら確実に悶絶していただろう。
そして、男子高校生である上条にしてみればその胸に視線がいく。
肩にかかるあたりからドリルのようにカールしたブロンドヘアーの、その下。
端的に言って、そこには中学生離れしたバストがあった。既に高校生水準で言っても圧倒的な破壊力を備えているそれは、やはり男子からしてみればそれだけで一定の暴力だろう。
「……まぁいいですわ。一度で理解できなかったのであれば何度でも言います。上条、」
「分かってる! 分かってるから!!」
それはそれとして公園で何度も愛の告白じみたことをされては敵わない。上条はやっとの思いでレイシアを制止すると、あたりを見渡してみる。──幸い、今のやりとりは誰にも聞かれていなかったらしい。
「それであの、……レイシア? でいいんだよな。今のは一体……」
「ですから、」「…………あ~、詳しいことは、わたくしから説明してもよろしいでしょうか」
不意に。
勝気一色だったレイシアの雰囲気が、急速に軟化する。
まるで生意気盛りの中学生の従妹のようだった気配が、近所に住む女子大生のお姉さんのような気配に。
「……シレン」
──レイシア=ブラックガードは二重人格である。
かつて友人と仲違いしたレイシアは、その時の精神的ショックから精神的にふさぎ込んでしまい、その時に誕生した人格が、今目の前にいる彼女──シレンだと、上条は聞いている。
色々あったが、今はこうしてレイシアの第二人格として、突っ走り気味な彼女のことをフォローする良いサポート役に落ち着いているらしい。
「実はですね……わたくし、婚約者がいるようでして」
「ぶっっ!?!?!?」
突然のカミングアウトに、上条は思わず吹き出してしまった。
それから、あまり吹き出すような情報ではなかったことに気付いて上条も気まずそうな表情をするが、シレンもその反応は予測していたのか、あまり拘泥せずに続ける。
「わたくしも、この間の一件が終わってから初めて知ったのですが……今から三年ほど前に、父が口約束で、わたくしが成人したら、と。それで、その……お相手はわたくしより一五歳年上らしく」
「じゅうごっ……!?」
レイシアは体の前で手を組み、俯きながら、
「お相手はブラックガード財閥とは協力関係にある企業の若社長さんで、サイボーグ関連の産業ではそこそこ名の知れた方なのですが、前妻の方と離婚されたので、ちょうどいいし後妻にわたくしを、と希望されまして」
「な、なんだそれ……」
別にバツイチが悪いなんて上条は思わないが、『離婚したからじゃあすぐに後妻に婚約!』なんてヤツがまともな結婚観を持っているとも思えない。
先入観による偏見かもしれないが、上条もそんな男に自分の大事な後輩を任せたくない、と思った。
そんな上条の思いを感じ取ってか、シレンは指先をくるくると回しながら、
「それで二人で話し合いまして、流石に、この方と政略結婚はご勘弁願いたく……」
「ま、まぁ、そうだな……」
上条だって、一五歳年上の、三〇過ぎのお姉さんと突然結婚と言われたらもちろん戸惑う。これが学生寮の管理人をしてるお姉さん(おっとり気味・ちょっとおっちょこちょいで天然)だったらわりと真剣に悩むのだが……、
「いや! 家の事情でよく知らない相手とっていうのは、な!!」
寸前で煩悩を振り払い、目の前の少女の気持ちに寄り添う。流石にそのくらいのデリカシーは持ち合わせていた。
それに何より、今回は年の差以前に相手にあまりいい印象がない。
それはさておき、
「でも、それでなんで俺が夫になるって話になるんだ?」
「そ、そこはレイシアちゃんの言葉が悪かったですわね。正確には──『夫役』、ですわ」
顔を上げて、シレンは苦笑いしながら、
「嫌なら婚約は破棄をすればよいのです。ですが一方で、両家の間で取り交わした約束を『娘が嫌だから』という理由で突っぱねては、色々と問題が発生します」
「……???」
義理とか体面とかが分からない一般学生上条当麻にとっては、そのへんは理解できない感性だ。
シレンは補足するように、
「今のわたくしからすれば堪ったものではない約束ですが、当時のわたくしは特に拒絶することもなかったですから。『あの時は良いって言ってたのに!』……となるのは、自然な心理ではなくて?」
確かに、それはそうだろう。
それでも嫌なら嫌だと声を上げていい、と上条などは思うが──そのあたりはお人好しで責任感の強いシレンのことだ。相手の体面のことを考えて、あえて良しとしなかったのだろう。
「とはいえ、口約束は口約束。法的拘束力はありませんし、話を聞く限りそこまで本気でもなさそうです。ですから、『断る口実』さえあれば上手くまとまると思ったのですわ。それが──」
「俺を夫役に、か?」
「……ですわ」
シレンは恥じるように俯いた。
「失礼な申し出ということは承知しております。ですが……その、頼めるような方は、わたくしの周りには上条さんしかおらず……」
「ん~……、と言っても、なあ」
そこで初めて、上条は難色を示した。
というのも、似たようなことをつい二週間ほど前に経験しているのである。
レイシアと同じく常盤台中学に通う少女・御坂美琴につき纏う男に対して、振り払う為に『恋人役』を買って出たことがあったのだが──その時、上条は言いようのない罪悪感を抱いたものだった。
あの男は特別誠実な性根だったが、仮にそうでなかったとしても、誰かを騙したりするようなことは不義理に思える。そこは、レイシアが解決すべき部分なのではないだろうか、と上条は思ってしまう。
その結果発生した厄介事については、それこそ右手を握って介入してやるという決意もセットだが。
そんな上条の難色を悟ったのだろう。シレンは少し慌てたように、
「あ、……ですが、その、」「シレン、だからアナタはダメなのですわ」
そこで、スイッチが切り替わった。
世界のすべてに宣戦布告しそうな不敵さを備えた少女レイシアは、むしろ心外だと言わんばかりに上条へ詰め寄る。
「上条」
アクアマリンのような輝きの瞳が、一気に接近する。
不満げに尖らせた唇の桜色が、いやに目を惹く。ちょうど上条とレイシアの身長差は五センチくらいなので、こうして距離を詰めて見上げられると、視界がレイシアの顔でいっぱいになる。
恋愛経験──いや女性とのこういう関わりに乏しい上条としては、けっこう刺激の強い接触だ。
「……なな、なんだよ」
レイシアは上条の胸元を人差し指で突きながら、
「
と、一言そう言った。
無論、それだけで全てを察せたら上条当麻は今頃数多の女性によるハーレム帝国を築き上げているだろう。
だからレイシアはさらに続けた。
「頼めるような殿方がいない。事実ですわ。ですが……それだけでわたくし達がアナタを頼るとでもお思いで?」
レイシアは、種明かしをするような不敵さで、
「夫役。当然、騙すのはわたくしのお父様とお母様も含みます。つまり、アナタはわたくしの両親公認の『婚約者』になるということですわ。無論、あとで役柄は解消して一時的なもので終わるにしても、です」
「…………確かにそうなるな」
「もし、何かの間違いで『夫役』の解消が両親に上手く伝わらなければ、その場合はなし崩し的にアナタがわたくしの婚約者ということになる。そういうリスクだって、もちろんあるのですわ」「あ、リスクっていうのはもちろん上条さんにとってのリスクということで、別にわたくし達が上条さんとそうなるのを厭っているというわけでは、」「……シレン、別に補足しなくたって上条は分かりますわ、そのくらい」
そこまで言われて、上条も少しピンと来るものがあった。
『演技』が『演技』で終わらなくなる可能性。──それはつまり。
「それでもそのリスクは許容できる。いえ、リスクと感じていない。わたくし達は……特にシレンは! そう考えたということですわ。さあ上条、此処まで言えばアナタも乙女心がお分かりで、」「ちょちょっちょっ! いやいやいや、レイシアちゃん急に何言ってるのですわ!? あのですね上条さんこれは……」
「大丈夫だ、シレン。みなまで言わなくていいよ」
流石に上条も、そこまで言われればレイシアが言わんとしていることが分かる。
もしも本当の婚約者ということにされてしまっても、それはそれで受け入れる。そんな判断ができるくらいに、レイシアは、シレンは──。
「俺のこと、信頼してくれてるんだな」
……………………………………………………。
「……あの」
それは、どちらの人格の呟きだったか。
しかし上条は、一気に冷え込んだ雰囲気には一切気付かず、明らかに誤った理解をドヤ顔のかっこつけムードで披露しだす。
「もしご両親に誤解されても、俺だったら投げ出さずに解消してくれる。絡まった糸を解きほぐしていける。そんなふうに信頼してくれてるから、俺のことを頼ってくれたんだな。…………ったく、先輩冥利に尽きるぜ。半端な気持ちで、その場しのぎの為にってんなら断ってたけどさ……。そこまで考えてんなら、断れねーじゃねーか」
「……………………」
もはや完全にレイシア及びシレンの方は白けてしまっているのだが、それはさておき上条はレイシアの手をとる。
「ただし。相手が騙さなくても話が分かるような良い奴だったら、俺は降りるぞ。良い奴を騙すのは気が引けるし。それでいいなら……なってやるよ、お前の『夫』に!」
このツンツン頭に対して、優しいシレンに許された回答はただ一つだった。
「あ……はい、ありがとう、ございます…………」