【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
『っていうか、俺が復活しないと戻れないって話なんだから、そもそも復活する以外の選択肢を選んだらレイシアちゃんまで巻き添えになる可能性大じゃん……テンパってたとはいえなんで俺こんなことにも気づけないんだ……』
『シレン? だからいちいち悩むなって言いましたわよねわたくし?』
――そんなわけで。
一緒に同じ未来を進んでいこうと心に決めた二人だったのだが、決断早々シレンがくよくよするのであった。
『……そうは言ってもなぁ、俺って大概こんな性格だし。いろいろくよくよすると思うよ? なんだかんだ言って、この二か月もけっこう悩むときは悩んでたからなぁ』
『では、わたくしがそのたびに笑い飛ばして差し上げます。いいバランスではなくて?』
『かなぁ……』
さっそく役割分担ができつつある二人だったが、とくに悲壮感はなかった。
とくに根拠があるわけではない。でも、隣にこれほど頼もしい仲間がいるのだ。どんなに厳しい状況になっても、それこそ最後の瞬間まで希望を捨てないくらいには、心強い環境だ。
……というか、そもそもからしてシレンも、そして再起したレイシアも、とことん諦めが悪いという部分では共通しているのである。でもなければ、第一位の能力を土壇場で成長して覆すことなどできっこない。
『そういえば、一応計画の流れは聞いたけど……本当に、俺達のすることってもう何もないの? 高速安定ラインに入ったら制御する必要があるって話だったけど……』
『そのあたりは外部制御ですので。まぁ、能力が暴走しないように抑えることくらいはする必要がありますが、わたくし達二人ならば大丈夫でしょう』
『…………これは自信とかじゃなくて慢心な気がするな』
レイシアの自信満々なセリフを話半分に聞くという対応を覚えたシレンが身構えた、ちょうどそのときだった。
ドグン、と。
空間全体が脈動するように震え、そして『死』そのものを象徴するかのようにまっ黒だった世界に、大きな亀裂が走った。
***
***
「…………これ、いったいどういうこと……!?」
『それ』の発現で、その場は騒然としていた。
機材を装着したレイシアを囲んだ、協力者たちの輪。その中で美琴が呟くのも、無理はない。
イスに深く腰掛けたレイシアの背後から、あの日見た『亀裂』が、まるで天使の翼のように伸びているのだから。
それは、機械の光を跳ね返し、神々しい輝きを放っていた。
白と、黒。
光すらも切断する『亀裂』の特性によって、二つの色を帯びたレイシアのチカラの完成形は、椅子に深く腰掛けた少女の周辺で、まるで羽化する蝶の翅のようにゆったりと、それでいてビシビシと空間全体が軋むような破滅的な音を奏でながら広がっていった。
もっとも、今はあの時のように長大なものではないので周辺機材に被害はないが……このまま『亀裂』が伸びれば、そうなってしまう可能性も無視はできない。
いや。
それ以前に、あの時の規模が無秩序に、それもこんな街中で勃発すれば、それこそ被害は計り知れなくなるだろう。学園都市中が亀裂によって細断される、という結末も、ありえなくはない。
「能力の暴走だってのか!?」
「いや……違うね、もしも暴走だとしたらレイシアさんの身体が傷ついているはずなんだね? この現象は……」
…………少なくとも、科学サイドの常識からすれば。
「……これは…………天使、だと……?」
「……厳密には違いますが、この感じ……。……質はともあれ、例の一件の時に戦った
「…………これ、このままだと、まずいんだよ!」
インデックスが、隣にいる上条の袖を掴みながら、悲痛そうに叫ぶ。
「インデックス、これいったいどういうことなんだ!? っつか、なんで科学サイドのモンなのにお前らが何か分かってる感じなんだよ!?」
「部品は全然違うけれど、それでもこの感じは間違いないんだよ! レイシア達…………『人間』の壁を越えかけてるかも!」
「はぁ!? どういうことだ!?」
インデックスの言葉に、上条は思わず問い返すことしかできない。
それに対し、インデックスは慌てながら付け加える。
「多分、せんせいやレイシアの思惑は、全部上手くいってるかも。……でも、
「それって、どういうことなんだよ!?」
「……十字教の古い神話では、神に認められた人間が天使として天界に召し上げられた伝承も、残ってる。多神教の神話を紐解けば、人間が神になった例なんていくらでもあるんだよ。というか、そういう思想がグノーシスを生む土壌にもなったんだしね」
インデックスは目を伏せる。
「レイシア達が行っている一連の流れは、瞑想によって自己の魂の位階を高め、異なる界に接続する業そのもの。つまり、ある種
深刻そうな表情で言うインデックスだが、上条にはその具体的な『凄さ』が分からない。別の次元の存在だの、向こう側の存在だの……上条には想像もできないからだ。例の
「要するに!?」
「このままだとレイシアとシレンが、私達の知ってるレイシアやシレンじゃなくなっちゃうんだよ!!」
「そいつは、絶対に勘弁願いたいな……!」
ようやく理解してそう呟き、上条は右手を構える。
一応、途中で能力を打ち消すことで何かしらの不具合が出るのではないかと周囲を見回してみるが、みんな上条が右手を出したことを理解し、その意味を知っているが、制止するような人間はいなかった。
「とうま。直接レイシアのことを触るのはダメだよ。……でも、レイシアの身体からあふれ出ている『余剰のチカラ』なら、打ち消してもいいかも」
「……なるほど。そいつは、分かりやすくていいな」
かくして上条は、拳を握る。
「…………ここまで来て、こいつらの幻想が世界を傷つけるなんて、そんなの許せるわけねぇだろ!」
愛すべき後輩の大切な幻想を守るため、に、
「……………………あれ?」
その拳を振るおうとした、そのときだった。
「…………亀裂が、消えた?」
先ほどまで広がっていた白と黒の断裂が、上条が触れる前にすっと消え失せてしまったのだ。
なんというか、手を突き出そうとした間抜けな態勢のまま、上条は思わずぽかんとしてしまう。そして手を下して、上条はすぐに悟った。
カタストロフは、終着した。
いや、終着させたのだ。
上条ではない。
おそらくは、今はまだ眠り姫をやっているこの金髪の少女が。
そのことを悟って、上条はこらえきれずに笑ってしまった。
「……………………ああ、そっか。そうだよな。
労うように言い、上条は右手の代わりに左手で、この場の一番の功労者の頭を撫でた。
勝手に触るなと、みんなからめっちゃ怒られた。
***
その少し前、レイシアとシレン達は突如現れた亀裂の向こう側に見える景色に、二人してビビり倒していた。
『ど、どうしよう』
どういう原理なのかは分からないが、彼女たちの前に突如現れた『亀裂』の向こう側には、現実世界におけるレイシアの周辺が映っていた。まったく理屈が分からないが、そこには何やら『亀裂』が展開されていて、仲間たちが泡を食っていた。
それを見て、シレンはあわあわと狼狽しながら言う。
『このままじゃ世界が……』
『フン、この程度、危機でもありませんわわわあわあわあわあわわ…………』
『ビビってんじゃねぇよ!』
…………レイシアもビビっていた。
いやまぁ、レイシアとしても想定外なのだろう。自分の身体だ、これがただの暴走ではないということくらいは、分かる。
『んー……あれかな、ひょっとして俺達、偶然なんかの儀式的なことしちゃったんじゃないかなぁ……』
『どういうことですのシレン!?』
『ほら、科学サイドでも一定の手順を踏んだら能力成長、みたいなのあるじゃん。
『なんですのその理不尽な展開は! それじゃあ回避のしようがないではありませんの!!』
『まぁそうなんだけどなぁ……』
どうにも、出力が高すぎるなぁというのは、二人とも感じていた。
たとえば、ジェット機の運転をしていたら出力が高すぎて、このままだと重力を完全に振り切って大気圏外へ飛び去ってしまいそう……みたいな感覚である。
『どうしましょうどうしましょう……、いっそこのまま新しい存在に進化してしまいましょうか……』
『うーん。俺はどうせなら人の方がいいかなぁ』
……そこはかとなく緊張感の薄いやりとりだったが、まぁ、つまり、そういうことである。
レイシアとシレンは、どちらともなく目を合わせると、こらえきれないとばかりに吹き出し、互いに笑いあう。
『……ま、俺たち一人ずつじゃ多分こんなの乗り切れなかったけど、二人ならなんとかなるんじゃないかな』
『そう! それが言いたかったのですわ!』
『……現金なヤツ』
ぼそりと呟き、シレンはレイシアの手を取る。
実は、方法の目星は既についていた。
ステイル達が作ってくれた護符。あれのお蔭で、人間基準でいえば、レイシア達のチカラの許容量はそこそこある。
その許容量に合わせるように、チカラの総量をコントロールすればいいだけの話だ。そのくらいなら、まだなんとかできる。
もちろん、それは言うほど簡単なことではない。
これまでのように、ただチカラを発露しているだけではいけない。チカラを抑えつつ発露するという、途轍もなく精密な作業が必要になってくる。
『ま、俺たちの
それでも、大丈夫だと、シレンは思うのだ。
何故なら、彼らは一人ではないから。
一人だけではできないことも、二人なら。仲間たちと一緒なら、きっと大丈夫。
『ちょっとお待ちあそばせ。内心だから意味が通じますわよ。その当て字はないのではなくて?』
『…………頼むから決めさせてくれよ、最後くらい』
『最後? 何を言っていますの!』
溜息を吐くシレンを笑うように、レイシアは不敵な笑みを浮かべた。
とある令嬢が、挫折した。
とある青年によって、とある令嬢は再起した。
そんな物語は、もう終わる。
でも、彼らの進む未来が、此処で終わるわけではない。
むしろ。
『物語はこれからじゃありませんか。これから