【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
それから、一時間ほどして、上条達はレイシアと合流を果たした。
御坂妹については存在を見られるのはまずいということで、途中で解散した。伝言によると、『頑張ってください。我々も応援しています、とミサカは見ず知らずの人格でも温かく激励します』とのことだった。いちいち一言多いのは彼女たちのデフォである。
「この『
得意げに言う上条の手には、
「……ですが、
「んー…………それは……」
至極当然な指摘を受けて、上条が困ったように唸った、その瞬間。
「そいつについては、問題ありませんよ!」
ザッ! と豪快に靴音を響かせ、一人の少女がその場に乱入してきた。
「刺鹿さんっ、少し待ってくださいっ……急ぎすぎですっ」
「…………やれやれ、もう少し老体をいたわってほしいんだけどね?」
いなくなったはずの刺鹿夢月。
それと、苑内燐火が、
***
***
「あ、アナタは!?」
「いや、すまないね、まずは誤解を解こうと思ったんだけど、少し君の精神を慮っていなかったね?」
思い切り目を見開くレイシアに、カエル顔の医者は相変わらずの調子でそう返した。
「先生! っつか、先生顔広いですよね!」
「それは君も同じなんだね? まさかほかの
「……それよりっ! いったい、どういう事情で……?」
「ああ、君が話を最後まで聞かなかった件だね?」
そう言われて、レイシアはやっと、自分が『何かミスをしていたのでは?』という事実に思い至る。……いや、それ以前にも『情報を得られないとしても少しでも食い下がるべきだった』と後悔はしているのだが、それ以前の問題で。
たとえば、正解を目の前にしておきながら、それを素通りしてしまったかのような……。
「これからする話には二重人格に対する誤解があるとある意味致命打になりかねないからね、だからその前に誤解をとこうとしていただけだったんだね? 君は、その前に早合点してしまったようだけどね?」
「…………どう、いう…………?」
「ああ、つまりだね」
ぽかんとしているレイシアに対し、カエル顔の医者はそこで言葉を切る。
常の遊びが入った口調から、スイッチが切り替わるように声が低くなっていく。
「
「…………だぶる?? すくえあ????」
レイシアの目が、一気に点になった。
「二重人格というのは、脳の中の二か所がネットワークとして並列している。だから、個々のネットワークに個別の干渉を施す……つまり、消えていく人格を復元するのは、死者蘇生並の難易度だ」
ここまでは分かると思うが、と
「ただし、独立しているとはいえ、二つのネットワークは根本的に一つの脳内に宿っている。だから、同じ脳内を共有している以上、脳内のどこかしらで『接点』が生じている。ある種の二重人格では肉体のある部位を第二人格が支配している、ということがあるように」
「つまり、その『接点』を通じて、二つの人格は影響を及ぼしあう関係にある。それなら、君の人格を第二人格――シレンさんの人格に干渉するよう励起させられれば、シレンさんの消えかけた人格を『接点』ごしに励起させることだって、不可能ではない」
無論、それは無理難題もいいところだろう。
言ってしまえば、それは離れたところにある洗面器に手で風を送って、その風で揺らいだ水面でアートを作れと言っているようなものだ。何万何億と試行したって、失敗するのが関の山だろう。
ただし。
その無理難題を可能にしてみせるのが、この男の仕事でもある。
「もちろん、それだけでは駄目だ。言ってみれば、これは二つの
――たとえば、那由他と呼ばれていた木原。
――たとえば、エリスと呼ばれていた学生。
人の肉体が許容できるチカラの総量には限度がある。『異なる種類のチカラ』を使ったとしても、その総量を超えたチカラの行使をすれば……当然、待っているのは無残な結末だ。
「それに、人格の励起は検体が変わるごとに変数や一部定数まで改変しなくてはならない。シレンさんの人格を励起させることを考えると、彼女自身の演算や感情のデータも必要になってくるだろう」
「…………それは、瀬見さん達と協力する必要がありますが――」
「心配は、いらないわ」
そこで、セリフと同時に乱入してくる人影が一つ。
白衣を身にまとった、言葉遣いとは裏腹に声色からはいまいち覇気や余裕が感じられない女性。
しかし、今に限っては、余裕のあるいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「瀬見さん!? どうしてここに!?」
「フフ、ちょっとね」
瀬見海良。
先ほど、シレンの消滅を『二重人格からの快癒』ととらえて、それゆえに彼女たちからの協力は絶望的だとされていたはずだったが……。
「我々は、
瀬見は、いたずらっぽく言って笑った。
「……もっとも、最初は意味を取り違えてしまったが……貴方の去り際の様子がおかしいということに気づいたので、何かあると思ったの」
それからは、地道に貴方の行動を観察したというわけ、と瀬見は語る。
「経験上、こういったときの貴方に何か言ったところで、状況を悪化させるだけだもの。ただ、今の貴方には、仲間が大勢いるわ。なので、貴方の仲間によって精神状態が改善したときを見計らってやって来ようと思っていたのよ」
「そ、そうでしたか……」
「第二人格と、話をしたいんでしょう? 何かの役に立つと思って、第二人格が稼働していた時期の演算や感情、思考パターンのデータは一応持ってきているわ。ほかに何か必要なものがあれば、研究所に連絡をとるけれど」
「じゅ、十分ですわ。……ええ、本当に」
なんだか完璧に自分の言動や思考パターンを理解された対応に、レイシアは思わずバツが悪そうに縮こまってしまう。まさにさっき『状況を悪化させた』前例を作ってしまったため、余計に何も言えなかった。
なんだかんだ言って、瀬見のことも、
「……そう縮こまらなくてもいいの。貴方はまだ、子どもなのだから。それに――貴方のことをよく理解している仲間が、貴方のカバーに入ってくれていたでしょう?」
そんな彼女の心情を読み取ったのだろうか。そう言って、瀬見は刺鹿と苑内を指し示す。
「ふふん。私達も一応年長者ですからね。勝手に勘違いしやがって出ていきやがったレイシアさんに代わって、こちらの先生から話を聞かせてもらってたってゆーわけです」
「何かあればサポートするのがっ、あたくし達の役割でもありますからねっ」
「アナタ達…………。…………ありがとうございます」
「役者は、これで全員そろったな」
笑顔で言うレイシアの横で、上条は不敵な笑みを浮かべながら、拳をぱしっと叩く。
「ちょっと待ってほしいんだけどね、数値の問題が解決しても、まだ器の強度の問題が改善していないんだね? このまま始められるというような奮起をされても困るんだね?」
「……………………」
「……上条、考えなしのバカ」
「やめろっ!! 上条さんもともと頭の出来はよろしくないんですよ! 頑張って話についていこうと努力してるんですよ!」
「フン、無様だな、上条当麻」
ギャースカと漫才が展開されかけたところで、皮肉っぽい笑みと共に、赤髪の少年がその場に登場する。
「ステイル!」
「ええい気安く呼ぶな! こっちはインデックスを狙う輩を珍しく穏便に捕獲したりと慣れないことをしてただでさえ疲れているんだ!」
「ステイル!!」
「違う! 日和ったわけではない! ただ、大一番を前に騒ぎを大きくして足を引っ張ることになりそうなのが癪だっただけだ!」
「ステイル!!!!」
「違う! 今のはそういう意味じゃない! 別にあの女のことを大事に思っているわけではない!!」
…………結局、漫才が展開されるのは変わりないのだが。
「レイシアさん、あの方は? あと、その近くにいる目を瞑った男性とか、片方物凄い短くなってるジーンズを穿いてる人とか……。白いシスターさんは居候って話ですが」
「………………あ、暗示系の! 暗示系の能力者ですわ! 離れた学区の、神学校に通っている方で! 上条さん経由で知り合った……ようですわ! シレンの日記で見ました! 優秀なのでよく海外に飛んでいて、なかなか会えないらしいんですけどね!」
咄嗟にステイル達にも聞こえるように言い訳しつつ、レイシアは内心で頭を抱える。
こうなるから、彼らをGMDWの面々と対面させたくなかったのだ。せめて、魔術が『別方式の超能力』として認知される第三次世界大戦の少し前あたりなら変に誤魔化す必要もなかったというのに。
一応、レイシアが意図的に大声で話しているから、上条やステイル達には『建前』を認識させることには成功しているだろう。それだけが救いだが。
「じゃあステイルはどうにかできるってのか!? お前だって出来ることねぇだろ!」
「フン、舐めるなよ上条当麻。僕だって準備はしてきてある!」
と言って、ステイルは堂々と何やらルーン文字が描かれた護符のようなものを取り出した。
「インデックスの知恵を借りて天使の涙の機構を模倣して作った、」
「お守り、ですわね?」
「……は? レイシア……」
「お守り、作ってくれたんですね? ありがとうございますわ」
「…………、あ、ああ……」
有無を言わせずにお守り(多分『器』の強化とかをしてくれるのだろう)を受け取ったレイシアは、『オメーみんなの前で魔術知識披露しやがったらブチ殺すぞ』という確殺の意思を込めてステイルに感謝の笑みを向ける。
それに、レイシアとしても器の問題は考えがないわけではないのだ。
「高速安定ライン」
レイシアはして懸念を提示した
「ただ励起させるだけでは、確かに力を御しきれず、暴走してしまうかもしれません。しかし、いっそ突き抜けてみれば? 高速で飛ぶ飛行機が安定するように、チカラの運用も安定するのではないでしょうか」
これが、単なる思いつきであれば、暴論もいいところだっただろう。しかし、この世界には既にアックアという前例があり、そしてAIMはシレンの記憶を参照する限り、様々な点で魔術サイドのチカラとの類似性が指摘されている。
少なくとも、科学サイドの権威に提案してみるくらいは、する価値のある発想のはずだ。
「…………まさか、そこに自力で?」
カエル顔の医者は、思わずといった調子で目を丸くしていた。その表情は、レイシアの提案の有用性を端的に示していると言っていいだろう。
これは、レイシアが思いついたわけでは、もちろんない。神裂が、天草式が命懸けで暴いたアックアの秘密を読んだ記憶があればこそのチートだ。
だからこそ――レイシアは内心で感謝する。この情報を伝えてくれた、此処とは違う歴史の神裂達に。
「だが……それは厳しい選択だ。飛行機の操縦が高難易度ということを考えれば分かると思うが、それには途轍もないコントロールの技量が必要になる。安全は保証できない」
「ふふん。わたくしが、わたくし達が誰か分かってのご忠告ですの?」
リスクを伝える
しかしレイシアは、不敵な笑みすら浮かべていた。
技術的に『不可能』なら、どうにもならないだろう。
能力的に『不可能』なら、どうにもならないだろう。
結局のところ、人間にはどうしても不可能なことは存在するし、いくら威勢の良い言葉で取り繕ってもそれは誤魔化しがきかない。
それは、ただの考えなしの玉砕でしかない。
でも、たとえ少なくとも、そこに可能性が残っているのなら。
掴み取れる。
自分一人なら無理でも、自分と、あの青年ならば――きっと。
まして、此処には大勢の仲間だっているのだから。
「そこに可能性があるならば、